第29話 ことしも咲き誇るピンクのつる薔薇

わたしの王国統治が始まった。


勅使様が到着されるまでの短い間とはいえ、やるべきことは山積みだ。


いったん、わたしの王都屋敷に入って、正装に着替える。



「妹君の色らしいけど、これでいい?」



と、ベアトリスがひろげるコーラルピンクのドレス。



「バカ。そんなの気にするわけないでしょ!?」



着替えさせてもらい、メイクしてもらう。



「しかし、色の所有権を主張するとは、豪気な妹君を持たれましたわね」


「嬉しくないけど」


「……ピンクの所有者?」


「うわ。イヤな帝国ね」


「ぷっ。……ピ、ピンク帝国?」


「ちょっと、ベア! メイクしながら、笑わせないでよ!!」


「偉大なるピンク皇帝」


「もう! やめてってば……、くっ、ぷぷぷっ」


「ぷぷぷぷっ」



あらためて王宮に入り、すべての王国貴族から拝礼を受ける。


パトリシアの起こしたクーデターに関与の度合いがつよい家は出席を控え、屋敷で謹慎している。


また、敢然とクーデターに異を唱えられた王太后陛下をのぞき、国王陛下を含むすべての王族も、統治能力なしと見なされて謹慎。


勅使様の裁きを待つ。


わたしは、国のゆく末を危ぶむ王国貴族たちの動揺を鎮めるため、王都屋敷の中庭で私的な園遊会をひらく。



「皇帝陛下が代理人を遣わされるのです。裁きは必ず公平公正。身に覚えがないなら、なんの心配もありませんわ」



と、本来なら帝国の代理侯爵たるわたしへの謁見が叶わない、王国の下位貴族にいたるまで、丁寧に声をかけて回る。


なかには、なにを勘違いしたのか有難~いアドバイスをくださる方もいるので、丁重にお礼を申し上げる。



「はっは。わがネヴィス王国ご出身のマダレナ閣下がついておるのです。私はなんの心配もしておりませんぞ」


「恐れ入ります」


「しかし閣下も、そのように可愛げのないことでは、帝国でもご苦労されますぞ? 女は可愛らしくあらねばなりません」


「これは貴重なご助言。痛みります」


「なんのなんの。王国の未来を握られるマダレナ閣下に対し当然のこと。なんでも頼ってくだされよ」


「貴殿が同じご助言を王太后陛下に申し上げておられれば、王国が歩む道を誤ることもなかったでしょうに。残念ですわ」


「い、いや、それは、その……」


「あ、そうか。可愛らしい第2王子妃殿下にご助言されたのは、貴殿でございましたのね! これは感服いたしました」


「……そのようなことは決して」


「口を慎まれよ」


「はっ……、申し訳ございません」



わたくし、学院時代から気の強さで知られていたのをご存知ありませんこと?


と、礼容にかなった、優雅な微笑みを添える。



かつて王太后陛下から賜った、わたしの王都屋敷。


復縁を求めて押しかけるジョアンに頭を悩ませていたわたしを心配し、王太后陛下が足を運んでくださった中庭。


淡いピンク色をしたつる薔薇が、ことしも見事に咲き誇っていた――。



   Ψ



占領統治を安定させてから、王太后宮を訪ねた。


サビアの騎士団長ホルヘに護衛を命じたのは、完全にわたしの趣味だ。


いつも凛々しく端正なエレオノラ王太后陛下が、ほんの少しだけ乙女な表情を見せられたのを、わたしもベアトリスも見逃さない。



「ずいぶん図太くなったの」



と、王太后陛下に苦笑いされてしまった。


でも、いいもの見られて満足。


王太后陛下に直接お会いするのは1年ぶりに近い。だけど、そんな気がしない。


わたしの〈帝使〉を務めていただいているため、パトリシアの〈靴音事件〉以外でも連絡はまめにとっていた。



「白騎士のルシアと随分、仲良くしておるようだな」


「ええ、すっかりお友だちです」


「……やはり、大器」


「え?」


「白騎士と本当に心を通わせた者など、マダレナのほかに妾はふたりしか知らん」


「……アルフォンソ殿下とロレーナ殿下でいらっしゃいますね」


「うむ。……妾でもダメだ。頭では分かっておるつもりでも、白騎士を前にすれば身体が勝手にすくむ。彼女たちはそれを見逃さぬ」


「ええ……」


「そして、こちらを傷付けぬようにと、顔に微笑を貼り付ける。……恋も愛も結婚もなく帝国に身体を捧げる乙女たちに対して、不甲斐ない限りだ」


「……白騎士様はお強いですものね。恐ろしく感じるのも、無理のないことです」


「うむ……。彼女たちを見ておれば、遥かな太古、魔導の時代はいかばかりに恐ろしかったことかと、身震いさせられるばかりだ」


「……聖女が祈り、剣聖が駆けた伝説の時代ですわね」


「古文書や物語で目にするだけだが、聖女や剣聖に友だちはおったのかと、素直には読めんよ」


「ええ……、分かる気がします」


「……そんな聖女や剣聖にも匹敵する白騎士に、臆することなく接するのは、誰にでも出来ることではない」


「恐れ入ります」



エレオノラ王太后陛下は、王族つまりご自身の家族のことを決して口にされない。



――言えば命乞いになる。



そう考えておられるのは、明らかだった。


国王陛下のご廃位は確実だろう。


帝都では兄君のグティエレス公爵閣下が奔走されているだろうけど、王太后陛下が動けば逆効果にもなりかねない。


それなのに泰然とお過ごしになられる王太后陛下の方が、よほど大器だ。


妹パトリシアのしでかした特大の不祥事のために、申し訳ない。


と、王太后陛下が口元を緩められた。



「パトリシア。アレはアレで、天才よのう……」


「えっ?」


「妾を出し抜き、王国騎士3万を籠絡しおった。姉に負けず劣らずの、優れた大器。感服させられるわ」


「お、お戯れを……」


「……パトリシアに正しき心があれば、比類なき〈賢姉妹〉として王国史……、いや帝国史にも名を遺したやもしれんのに、惜しいものよ」


「……面目次第もありません」


「皮肉で言うておるのではない。マダレナ……、パトリシアに油断するではないぞ?」


「……えっ?」


「アレの涙に、妾がなんど騙されたことか……」



という王太后陛下の苦笑いは、的中する。


パトリシアが脱獄したのだ。

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