第24話 妹はスケールが大きすぎた

わたしは、結構、えらい。


偉くなった。


急に予定を変えたところで、誰からも叱られないくらいには。


主城に急使を飛ばし、温泉地での滞在を延長すると告げ、研究道具を一式送ってもらった。


というのも、滞在の最終日、一緒に露天風呂に浸かる白騎士ルシアさんが寂しげに笑い、こう言ったからだ。



「……とても、楽しかったですわ」


「ええ、わたしたちもルシアさんと仲良く遊べて、とても楽しかったです」


「終わってしまうのが、ちょっと寂しくなります……」


「また! また、一緒に来ましょうよ! ううん、今度は別のところもいいですね」


「別のところ……?」


「あっ! わたしの領地サビアのひまわり畑が、そろそろ見頃のはずです。わたしもサビアは代官に任せっぱなしにしてますし、一度くらい帰らないと。ルシアさんもご一緒にどうですか?」


「ふふっ。それも楽しそうです」


「ねっ?」


「……ほんとうに、いいお湯でした。美肌にいいというのは本当ですね。わたしのお腹……」



と、ルシアさんは醜くただれた、ご自分の下腹部を撫でた。



「すこし、調子がいいみたいです……」


「み、見せてもらってもいいですか?」


「え、ええ……。でも、汚いですわよ?」


「そんなことありません!!!!」


「……マ、マダレナ閣下?」



すこし声を荒げ過ぎたと反省しつつ、


驚くルシアさんの紅蓮の瞳を、まっすぐに見詰めた。



「……そんなことありません。帝国のため、平和のために捧げられたお身体のことを、そんな風に仰られては……、悲しいです……」


「……マダレナ閣下」


「おおきな声を出して、ごめんなさい。……見せていただいても?」


「ええ……、どうぞ」



岩づくりの浴槽の縁に腰を下ろしてもらい、顔を近づけてじっくりと見させてもらう。


ちゃぷ。


と、温泉のお湯をかけてみる。


時間をあけて、何度も繰り返す。



「マ、マダレナ閣下……?」



と、戸惑うルシアさんに、ベアトリスが呆れたようにかける声が、聞こえてはいる。



「ルシアさん。こうなったマダレナの耳には、なにも聴こえてないんですのよ?」


「えっと……?」


「なにが引っかかったのかは分かりませんけど、気になることがあったら、いつもこうなんです」


「……そうなんですね」


「ま、だからこそ王立学院は首席で卒業しちゃうし、学都サピエンティアには招かれるし……、学問バカってことなんでしょうけどね」


「誰がバカよ」


「なんだ、聞いてるんじゃない」



というベアトリスに返事はせず、


ジッと、ルシアさんの〈ただれ〉を見詰め続ける。


そして、呪いの紋様みたいな〈ただれ〉に、髪の毛の10分の1くらいの幅だったけど、わずかな揺らぎを認めたとき、


わたしとルシアさんには、湯冷めしないように大きなバスタオルがかけられていた。



「まったく。代理侯爵閣下が素っ裸でなにやってるのよ?」


「ありがとう、ベア」


「……なにか分かられましたか? マダレナ閣下」



と、穏やかな微笑を浮かべたルシアさんの真っ白な髪と肌は、夕陽に照らされ綺麗なオレンジ色に染まっていた。



「ルシアさん」


「はい」


「魔導具の作用による〈ただれ〉が、温泉の美肌効果などに影響を受けるはずありません」


「え?」


「ですが、たしかに今、なんらかの効果を確認しました。そして、ルシアさんの体感として『調子がいい』のですよね?」


「は、はい……」


「詳しく調べないと、たしかなことは言えませんが……」


「ええ……」


「根本的な解決には至らなくても、この温泉のお湯には、ルシアさんの……、いえ、白騎士様の〈終焉〉を遅らせる効果が期待できるかもしれません」


「……な、なんと」


「期待だけさせて、わたしの勘違いだったら、本当にごめんなさい」


「い、いえ……」


「だけど、詳しく研究させていただく訳にはいきませんでしょうか?」



わたしの食い入るような視線が可笑しかったのか、くすっと笑われたルシアさんは、



「ええ、いいですよ。どうせ帝国を〈ウロウロ〉するほかに、特に用事もない身ですから」


「ありがとうございます!」


「ふふっ。温泉旅行、延長ですわね」



ルシアさんが楽しげな笑顔を夕陽に向け、わたしたちの滞在延長が決まった。



――侯爵に叙爵できる実績。



つまり、アルフォンソ殿下にお会いできる日につながる可能性のある〈発見〉だということ以上に、


ルシアさんがこともなげに仰られた〈短い人生〉を、少しでも長く出来るのではないかと、


わたしは気を引き締めていた――。



   Ψ



といっても、やることは温泉に浸かってのんびりするだけ。


ルシアさんとベアトリスが楽しそうにお喋りを楽しんでる横で、わたしはジッとルシアさんのお腹を観察する。


湯の成分も分析したけど、特に変わったものは含まれていなかった。


ただひたすら、毎日の変化を記録し、ルシアさんが体感してる調子を聞き取って一緒に記録していく。


そして、研究に夢中になると他のことが目に入らなくなるわたしを察して、ベアトリスが城から封蝋の印璽を取り寄せてくれた。



「いいかげん、王太后陛下とお母様にお返事しないといけないでしょ?」


「ほんとだ。……ごめん、ベア。ありがとう」


「出来る侍女ですから」


「たすかりました」



王太后陛下の晩餐会には1か月後でどうでしょう? とお返事し、


あとの調整は代官のナディアに一任した。


お母様には、



「なにがあってもわたしはお母様の娘だと申し上げた気持ちに、変わりありません」



とだけ、お返事しておいた。


妹パトリシアの夫であるリカルド殿下を臣籍降下させ、カルドーゾ侯爵家の家督をさし出す……、


というのは、今の時点ではわたしの憶測に過ぎない。


わたしを頼ってサビアに移住しなくてはならないほど、侯爵家のすべてをさし出すからと、パトリシアの命乞いをしている。


かどうか、確証はない。


変に事態を後押しするようなことがないように、慎重な言い回しにとどめておいた。


そして再び、露天風呂にもどる。


この手の研究は、すぐに成果が形になるものではない。


書籍や文献を取り寄せて、お湯の成分の分析方法を色々試してみながら、


じっくりと腰を据えて、ルシアさんのお腹を見つめ続ける。


わたしが、こういうモードに入ってしまったとき、睡眠時間も削りがちで、いつもなら調子を落とすお肌が、ツヤッツヤになっていくので、



「美肌効果は確かなのねぇ……」



と、プルップルになったお肌を撫でながら、ベアトリスが嬉しそうに言った。


嫁入り前に、正直たすかる。


アルフォンソ殿下にお会いできたとしても、わたしのお肌がボロボロでは様にならない。


ベアトリスもはやく、恋人になった騎士団長のフェデリコに見せたいに違いない。


3週間が過ぎ、わたしとベアトリスの肌が、おそらく人間としては限界まで美しくなった頃、



「……見付けました。ほんのわずかですけど、特殊な魔鉄成分がお湯に含まれていました」



と、ルシアさんに報告することができた。



「どういう機序――、働きをしているのかは、これから分析しないといけませんけど、おそらく、この魔鉄成分が魔導具〈大聖女の涙〉に、なんらかの効果をもたらしています」


「マダレナ閣下は、本当に才媛であられますのね」



と、優しげに微笑むルシアさん。


睡眠時間を削った苦労が報われた気がして、ツヤッツヤのまぶたをこすった。



――まずは、分析結果をまとめて、それをビビアナ教授に送って、意見を求めて……。



と、研究に使った資料を荷づくりし、帰り支度を始めた頃、


突然、騎士団長のフェデリコが馬を飛ばし、中年の男性と一緒に姿を見せた。


連れていたのは、ベアトリスの父君、ロシャ伯爵――、



――ん~っ? わたしが研究に夢中になってる間に、ベアの結婚話になにか進展が~っ!?



なんて、浮ついた気持ちになったのは、一瞬だった。


フェデリコが浮かべる表情は、ふだんの不愛想にも増して険しい。



「ネヴィス王国でクーデターの動きありとのこと」


「……え?」


「ロシャ=ネヴィス伯爵閣下が、御自ら知らせに走ってくださいました」


「それは……」



言葉を失ったわたしが、ロシャ伯爵に目を向けると、寝ずに馬を飛ばしてくれたのか顔色が悪い。



「ロシャ=ネヴィス伯爵。直言を許します」


「ははっ。……マダレナ代理侯爵閣下に恐れながら申し上げます」


「はい」


「王政に不満をもった王国騎士団が決起。すでに王宮は占拠され、王太后宮も包囲されております」


「……王政に、不満?」


「……帝国への屈辱外交の度が過ぎると」



パトリシアのおかした失態で、事態を収拾するため、王太后陛下も国王陛下も各方面に頭をさげて回られた。



――パトリシア……、ついに国を滅ぼすの……?



ダメ妹のスケールが、ちょっと大きすぎやしませんこと?


呆気にとられるわたしに、フェデリコが鋭い視線を向けた。



「マダレナ閣下。エンカンターダスは帝国の東を護る要衝。属国の政変は見過ごせません。ただちに城にお戻りください」



すでに日が落ちて夜を迎えようとしていたけど、フェデリコに護られながら馬を飛ばす。


もう、パトリシアを守ってやることは出来ないだろう。


わたしは帝国の代理侯爵として、第3皇女の代理人として、妹の引き起こした事態に、決着をつけないといけない――。

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