第21話 山あいに木霊させた爽快な声

「ルシアさんも一緒に行きません? 温泉地の巡察。 ……美肌にいいんですって!」



と、わたしが誘うと、


白騎士ルシアさんは、キョトンとして、初めて微笑でない表情を見せてくれた。


それから、にっこり笑い、



「ええ、では喜んで」



と、燃えるような紅蓮の瞳には、学院で周囲に溶けこめない後輩女子をお昼に誘ってあげたときのような、


照れくさそうな色が映り、生気を感じられない薄い色の唇はゆるんで見えた。


ただ、騎士団長のフェデリコが、



「白騎士様が護衛されるのであれば、我らはむしろ不要」



と、言い出し、


代官のナディアも、



「マダレナ閣下も代理侯爵にご就任以来、パトリシア妃殿下のことなど、目まぐるしい日々を送られました。休暇のおつもりで行ってらっしゃいませ」



と、巡察は公式のものから、急遽、お忍びの形に改められた。


白騎士であるルシアさんを差別してる訳でなく、極大の敬意を払ってる結果って、分かってるんだけど、



――や、やってしまった~~~っ!



と、片目をキュッと堅く閉じた。


思い付きで家臣を振り回す主君を、やってしまった……。



――こういうのは、ロレーナ殿下みたいなご身分とご気性なら、様になるってもんだけど、わたしでは……。



白騎士様には帝国領土内を、自由に巡察する権限を与えられている。


戦乱が収まって長い大陸で、ふだんの白騎士様には果たすべきお役目も特になく――、



「ウロウロしてるってことですか?」



と聞いて、ロレーナ殿下に大笑いされた。



「そうだ! ウロウロしておる! な、ルシア!?」


「ええ、ウロウロしてます。……くすっ」



最後の「くすっ」が、とても可愛らしかったんだけど、


そんなお立場なら、温泉でもご一緒にいかが? って、思ったのだ。


学都サピエンティアに降る綿雪より白い肌をしたルシアさんが、美肌に興味あるかはともかく……。



代官ナディアに声を潜めて、



「……帰ったら、帝国における白騎士様の位置付けを、もう一回、イチからレクチャーしてくれる?」


「かしこまりました」


「いや……、ううん。わたし、暗黙の了解的なのも分からないから、ゼロからお願い」



と、頼み、


ベアトリスには、



「ごめ~ん! ……フェデリコとの温泉、楽しみにしてたよねぇ~?」



と、手を合わせた。



「バカ。領主様代理の公式行事に、私情を持ち込む訳ないでしょ? 行っても、ふたりでスンってしてただけよ?」


「でも、ごめんねぇ~。交際を始めて、最初の遠出だったのにぃ~。夜中に逢引きとかしたかったよねぇ~!?」



――夜中に逢引き。



身分違いの純愛譚で定番だ。


わたし調べで。



「も、もう……。今度、ふたりで行くからいいわよ」


「あら、ごちそうさま」



さらに、巡察先の温泉地は、山奥にある秘湯だ。


馬車が入れないので、騎馬と歩兵で向かう予定にしていた。


だけど、ルシアさんも同行するお忍びの形になって、騎馬だけで向かうことになってしまった。


そして、



「ごめんね~。フリア、お留守番になっちゃってぇ~~~」


「とんでもございません。……ふだんの忙しさにかまけて、乗馬の訓練を怠っていた私がわるいのです」


「ほんと、ごめんね~。次は、絶対一緒に行こうね」


「はいっ! せっかくの機会ですから、マダレナ閣下とベアトリス様のご不在中、乗馬の訓練に励ませていただきます!」



と、フリアにも頭をさげた。



――かぁ~。美少女と温泉、一緒に浸かりたかったぁ~!!



とは立場上、口が裂けても言えない。


でも、残念。


だけど、ロレーナ殿下が切なそうに、



「……私は、ルシアに遅れて来た青春を、謳歌させてやりたいのだ」



と、仰られた、そのルシアさんに、


ちょっとしたイベントを、プレゼントしてあげたかったのだ。


結局、わたしとベアトリスにルシアさんの女3人旅になってしまった。



――あれ? 逆に意外と青春っぽい?



とか、馬上で首をひねりながら、ほそい山道を登っていった――。



   Ψ



まだ冬が終わったばかりの、標高の高い露天風呂。お忍びとはいえ貸し切りにしてある。


新芽が吹き出したばかりの背のたかい樹々に囲まれた浴場で、


ひさしぶりに一緒に入浴するベアトリスの裸体が、やけに艶っぽく見えて、



――恋か? 恋のせいなのか!?



と、ジロジロ見てしまうと、



「な、なによ」



と、ベアトリスが、脱いだら印象の違う胸元をパッと手で隠したり、


背中を流しあったりと、ふたりでキャイキャイしてるところに、


遅れて入ってきたルシアさんの姿を見て、わたしは時間を止めてしまった。



「やはり、ご存知なかったのですね」



と、ルシアさんは、いつもの穏やかな微笑を浮かべた。


美しいお顔とおなじく、全身の肌が、生気を感じられない真っ白をしているルシアさん。


だけど、下腹部だけが醜くただれていた。


よく見ると、失われた魔導で描かれた呪いの紋様にも見える、異形を宿したようにグロテスクな、ただれ……。



「ご不快でしたら、遠慮させていただきますが……」



というルシアさんに、わたしは慌てて首を左右にブンブン何度も振った。



「……ごめんなさい。なにも知らなくて」


「ご一緒させていただいても……?」


「ええ、もちろん!!」



と、ベアトリスと3人、湯に浸かる。


魔導具〈大聖女の涙〉に子宮をさし出す、その意味を、わたしはまったく理解していなかった。


あたたかい湯に浸かっても上気しない、純白のお顔に微笑を湛えたまま、ルシアさんが淡々と語ってくださる。



「……この〈ただれ〉は、死期が近付くにつれ全身にひろがっていきます。私たちは動けなくなり、使命から解放され、あとにはまた〈大聖女の涙〉だけが残る、穏やかな〈終焉〉を迎えるのです」



――元の身体に戻す方法が見付かれば……。



と仰られた、ロレーナ殿下。


パトリシアの騒動に気をとられ、最近、研究を怠りがちだったことを、わたしは激しく後悔した。


ビビアナ教授から個人講義までしていただいて、わたしに託されたロレーナ殿下の想い。


いや――、



「これか……、アルフォンソ兄上が見付けられたのは……」



とも、ロレーナ殿下は仰られた。


わたしのお遊びのような卒業論文から、ルシアさんの身体を元に戻す可能性を見付けられた、アルフォンソ殿下。


その想いまで蔑ろにしてしまったような気がして、奥歯を堅く噛みしめた。



「ロレーナ殿下は、ああ仰ってくださいますが……」



と、ルシアさんが微笑を浮かべたまま、すこし眉を寄せた。



「……え?」


「ご自身たちが〈恋だの愛だの〉に浮かれている間もずっと、白騎士が平和を守っている……、と」


「え、ええ……、仰られてました」


「私たちも興味津々ですのよ?」


「え?」


「みなさん遠慮されて、私たちには聞かせてくれないのですよねぇ~。〈恋だの愛だの〉のお話を」


「あ、はい……」


「……せっかく、こうしてお誘いくださったのですから、責任とって聞かせてくださいません? おふたりの、恋だの愛だの……」



と、ルシアさんは、初めて見せてくれた照れ笑いを、わたしとベアトリスに向けた。


きっと、魔導具の残酷な作用がなければ、ほっぺたも真っ赤にしてたに違いない。



「はい! はい! はい! はい!」



と、わたしは精一杯に元気よく声をだして、手をあげた。



「ベアったら、最近、交際をはじめたばかりなんですよぉ~~~っ!?」


「まあ」


「ちょ、ちょっと、マダレナ?」


「お相手は、誰だと思います~?」


「あら? 私が知ってる方ですか?」


「そうなんですよぉ~。つい最近、確実にルシアさんも顔を合わされた方なんですよぉ~?」


「あら? ……どなたでしょう?」



と、ひとしきり、凛々しく端正な美人侍女ベアトリスと、美貌の女嫌い騎士団長フェデリコの、いまは秘められた、身分違いの純愛譚で盛り上がり、


顔をデコルテまで真っ赤にしたベアトリスを、わたしとルシアさんで質問責めにした。


やがて、ルシアさんが満ちたりた笑顔で、口をひらいた。



「マダレナ閣下、ベアトリス殿……。いまから私が言うことを、ぜひ、ご負担に思わないでくださいね?」


「は、はい……」



ルシアさんは首を上げ、淡い青空に紅蓮の瞳を向けた。


そして、思いきり大きく息を吸い込んでから、



「いい、なぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」



と、抜けるような明るく爽快な声を、山あいに木霊させた。



「へへっ。言っちゃいました。……皇帝陛下には内緒ですよ?」


「……お、お目にかかる機会があれば」


「ふふふ……、私はねぇ……、マダレナ閣下?」


「はい……」


「……第2皇子であられるアルフォンソ殿下に、マダレナ閣下への恋を……、成就させていただきたいのですよ……」



と、自然にかこまれた岩づくりの浴槽に、ルシアさんは背をあずけ、


アルフォンソ殿下への想いを、訥々と語り始めてくれた――。

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