第20話 どんな恋愛物語なの?

アルフォンソ殿下から、わたし宛てに届いた〈お手紙〉は、第2皇子としての公式書簡だった。



――マダレナ・オルキデア。貴殿の代理侯爵就任を祝す。



それだけ。


代官のナディアが微笑んだ。



「妹君であるロレーナ殿下へのご配慮でしょう。妹想いでいらっしゃるアルフォンソ殿下らしいですわ」


「え、ええ……、そうですわね……」



と、平静を装ったけど、内心では落胆が激しい。



――そりゃ、ラブレターだとまでは思わないけどさ……。もうちょっと、なにかあっても……。



わたしと殿下の関係は、自分でもよく分かってない。


政治的なドロドロのせいで、直接の接触が難しいというのも、あたまでは理解してるつもり。



――だけど、ドレスやコートは贈って下さるしさ。……こっちだって、ドキドキしたりはするんですよ? 殿下……。



しばらく、ジッと見詰めたあと、こちらの城でも記録として保管するため、書簡をナディアに手渡した。


帝都の政庁にも記録が残る、公式書簡。


文章が定型なのも、むべなるかな。


でも、わざわざ白騎士様に託されては、



――なにか進展が!?



と、期待するなという方が、酷というものではありません?



「あら?」



と、ナディアがいつもの穏やかな調子で、ちいさな驚きの声をあげた。


ふり向くと、殿下からの書簡を、窓から入る日の光に透かしていた。



「めずらしい。殿下のご真筆ですわね」


「……え?」


「通常ですと、秘書官が代筆するものなのですが……。ほら、陽に透かすとインクが虹色に輝きます」



駆け寄りたい気持ちを押さえて、ゆったりとナディアに近づく。


そして、ナディアの後ろから、そっとのぞき込む。



「ほんとね……、虹色に光ってる」


「皇家にあられる方だけがお使いになれる、専用のインクですわ」


「へ、へぇ~、そうなのですね……」


「アルコイリスという美しい蝶から採れる、特殊な鱗粉が混ぜられておりますの。……虹は太陽が描き出すものとして、太陽帝国では尊ばれますから」


「へぇ~、……知らなかったわ。教えてくれて、ありがとう。ナディア」


「いえ、どういたしまして」


「……ふ、ふつうは、その……、秘書官の方が?」


「ええ。公式書簡でご真筆というのは、初めて拝見しました」


「へ、へぇ~、そうなんだぁ~」


「ふふっ。マダレナ閣下がお持ちになられますか?」


「えっ!?」


「マダレナ閣下宛てでございますし、記念にお持ちになられても、問題ないかと存じますが?」


「あ、そうなんだぁ~」


「ええ」


「……じゃ、じゃあ、そうさせてもらおうかしら? き、記念に……」


「ええ。光栄なことにございますわね」



と、にこやかに微笑んだナディアが、書簡を、わたしに返してくれた。


この紙を、殿下も握っておられて……、



――マダレナ・オルキデア。



と、ペンを走らせてくださった。



肉筆――、



やわらかな文字の向こう側には、殿下の息づかいがある。


わずかなハネ、トメにも、殿下のお人柄を読み取ろうとしてしまう。



――ペンを紙に乗せた瞬間のお気持ち。マダレナのマを書かれて……、ダを書かれて……、ペンを紙から離されて……。きっと、眺めてくださったわよね?



殿下の手で書かれた、わたしの名前を指先で、そっと撫でた――。



   Ψ



殿下からの書簡は、手先の器用なフリアに頼んで額装してもらい、わたしの寝室に飾らせてもらった。


夜は、ベアトリスと緊急会議だ。



「毎回おなじ場所とは参りません」



という、出来る侍女モードのベアトリスに案内された今晩の〈内緒話スポット〉は、書庫の奥から外に出られるテラス。


春の夜風が、ほほに気持ちいい。


エンカンターダスに隣接するわたしの領地、サビアから送ってもらったチーズをかじりながら、ちいさな杯にいれたシェリー酒を舐める。



――う~ん、わたしったら背伸びしちゃってるぅ!



というシチュエーションに、心を弾ませてしまう18歳の乙女ふたりで、ヒソヒソ話。



「ナディアって……、聞かされてるのかな? その……、〈翡翠〉とのこと……?」



あたらしく贈っていただいたドレスの色に合わせて、殿下を指す暗号も〈珊瑚〉から〈翡翠〉にクラスチェンジ。



「さぁ~、どうだろうねぇ~?」



と、ベアトリスが眉を寄せながら、盛大に苦笑いした。



「ナディア様って、表情から読めないのよねぇ。出来る文官様って感じ?」


「う~ん。気になるわぁ~」


「……でも、良かったわね、マダレナ」


「ええ~っ!? なにがよ?」


「だって、すごく嬉しそうよ?」


「そりゃ……、出来る精一杯を考えてくださってるんだなぁ……、って思ったらさ……。ああ、気になる!」


「そうね」


「はやく、直接うかがいたい。なに考えてるのか」


「マダレナの、どこが良かったのか……、でしょ?」


「そう……、だけど」


「なに?」


「……直筆で名前を書いてもらっただけで、トキめいている自分が……、ちょっと悔しい」


「はやく、ご期待に応えて出世しなくちゃね?」



結局、わたしたちのヒソヒソ話は、いつもここに落ち着く。


殿下でもどうにもならないことを、わたしがどうこう出来るはずがない。



――兄上が考案した新作戦だ!



と、ドヤ顔で胸を張られた、兄想いのロレーナ殿下の言葉に乗るしかない。


ひとしきり話を聞いてもらった後のベアトリスが、はにかむような表情を急に浮かべた。



「……今晩は、私も内緒話があるのよ」


「うん。なになに?」


「その……」


「なによ?」


「……ちょっと、マダレナ」


「ん?」


「急かさないでよ。話しにくいじゃない」


「あ、ごめんなさい」



わたしが黙ると、ベアトリスはほほを赤くして俯いた。



「……騎士団長のフェデリコ様と」


「うん……」


「交際することになりました!!」



うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!?



という声を、押さえ込んだ。


両手で口を押さえたまま、はにかむベアトリスを凝視して、小刻みになんども首を振る。



「……まだ、みんなには内緒にしておいてね?」


「う、うん……。どっちから?」


「フェデリコ様から……」


「へ、へぇ~~~!?」


「……パトリシアを取り成したときの機転が、……良かったんだって」


「口説かれたんだ」


「えっ?」


「口説かれたんだ、ベア」


「え、ええ、そうね……」


「いいなぁ~」


「そ、そう?」


「いいなぁ~、いいなぁ~、いいなぁ~、いいなぁ~、いいなぁ~」


「ちょっと、マダレナ。……いいなあって、言い過ぎじゃない?」


「だって、わたしなんか、まだ殿下からひと言も口説いてもらってない」


「……で、殿下って言っちゃってるわよ?」


「あ……、うん。でも、いいなぁ~、ベア、いいなぁ~」


「もう、分かったから」


「わたしなんか、研究も統治も全部、口説かれに行くためにやってるのにぃ~~~~っ!!」


「ふふっ。そ……、そうね」


「ああ、もう。口説かれに行くってなんなの? どんな恋愛物語なの? 立身出世して迎えに行くのは、男の役回りなんじゃないの?」


「ぷぷっ……、ほんとね」


「なのに、こんなにドキドキさせられて……、割に合わないわぁ~~~」


「……うん」


「でも、ベア。おめでとう」


「あ……、ありがと」


「ベアのいいところ見付けてくれる男の人、絶対いるって思ってた。それが〈庭園の騎士〉様だなんて、わたしもすごく嬉しい」


「うん……」


「女嫌いだなんて言ってたけど、運命の人に巡り合えてなかっただけなのね。それがベアだったなんて、う~ん、ステキじゃない!」


「ふふっ。……パトリシアのときの機転と、酔って背中バシバシ叩いてたのと……、私なら気を使わなくて良さそうだ、って……」


「口説かれたんだ?」


「う、うん……」


「口説き落とされたんだ」


「そ、そうよ。私、口説き落とされたわよ?」


「そういう、気の強いところがいいって言われたんだ?」


「なんで分かるのよ?」


「ふふっ。ベア、いい顔してるから」


「……でもね、やっぱり帝国でも結婚してるかどうかが大事なんだって」


「うん……」


「ホルヘ様みたいに、王太后陛下との仲みたいな、特別な事情でもないかぎり、上を目指せないって……」


「ホルヘの話、そんなに有名なんだ」


「暗黙の了解? って感じらしいけど」


「へぇ~」


「でね」


「うん」


「私、間に合わせにされたのかなぁ~、って、一瞬、思っちゃったんだけど」


「うん」


「ちゃんと考えてくれてて……」


「うん」


「……マダレナに、厚かましいお願いがあるのよ」


「なあに?」


「フェデリコ様と結婚するには、私の出自じゃ、ちょっと身分が足りないの……」


「わかった! 全力で応援する!」


「マダレナ……」


「身分違いの純愛譚に喰い付かない貴族令嬢はいないわ! わたし調べで! そして、みんなハッピーエンドが大好きなの! ハッピーエンド以外、見たくないのよ! わたし調べで!」


「うん……」


「折りを見て、ロレーナ殿下にも相談する。……あっ!」


「……なに?」


「わたしが統治実績を上げたら、エンカンターダス侯爵に叙爵してくださるって仰られてたわ」


「うん、そうね」


「そしたら、サビア伯爵位が余るじゃない!?」


「あ、余るって……、マダレナ?」


「譲ってくださった王太后陛下に断り入れて、ベアがサビア伯爵になればいいのよ!」


「え、ええ~っ!? そんな、簡単に」


「大丈夫! ベアに名乗りを許された王太后陛下だって、反対されることないわよ!? ね? そうしましょうよ!」


「そうなったら、ステキね」


「ああ~っ! 信じてないでしょ?」


「こういうとき、いい言葉をマダレナから教えてもらったわ」


「わたしから?」


「……夢の中にいるみたい」


「ふふふ。……わたしの気持ち、分かった?」


「約1年越しに」



夜風の吹くテラスで、ベアとふたり、夢の中にいる話で微笑み合った。


そして、ギュッと抱きしめあい、身体を冷やしすぎないように部屋にもどる。


けど、ポカポカしてたのは、舐めたシェリー酒のせいだけじゃないって思う。


話の続きは、3日後に迫る、楽しみにしてた温泉地への巡察のとき、ゆっくりしようねって、お互いの部屋にもどった――。

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