第19話 危険物でも扱うかように

パトリシアがわたしの園遊会で起こした事件で、すぐに、王太后陛下からの詫び状が届いた。



「たいしたことない園遊会ね」



という〈失言〉にお詫びいただいたのではない。


あれは、わたしとベアトリスが取り成したし、聞いた者も少ない。


それよりも大きな問題になったのは、退席する際、感情のままに大きな靴音を響かせたことだ。


出席者で気付かなかった者がいないほどの大きな音を立て、不機嫌を隠すこともなく庭園をあとにした。


第3皇女ロレーナ殿下の代理人に対し、


王太后陛下の孫嫁である第2王子妃パトリシアは、あからさまな非礼を働いたのだ。



「わたしが初めて王太后宮に上がるとき、メイドたちがすごく緊張してたの、パトリシアも見てるはずなんだけどなぁ~。わずかな着衣の乱れが非礼になって、大問題になりかねないって……」



と、ベアトリスにボヤキながら、王太后陛下への返書より先に、


ロレーナ殿下への〈取り成し状〉をしたためる。


わたしと同じか、それ以上の詫び状が王太后陛下からロレーナ殿下のもとに届いているはずだ。


続いて、国王陛下、王妃陛下、王太子殿下からも、それぞれ別々に、



――第2王子妃の教育不行き届き。



について、丁寧な詫び状が届く。


母国の国王ご一家から、属国の悲哀を感じさせられて、わたしもすこし胸が痛い。


ちなみに、第2王子妃に過ぎないパトリシアは、帝国の代理侯爵たるわたしに直接手紙を出せるような立場ではない。


さらに、王太后陛下から、内々に、



――園遊会の出席者リストを提供してほしい。



との書簡が届き、代官のナディアに対応させた。


出席していたのは領主代人や祝賀使であって、彼らは当然の責務として、園遊会で起きたことを主君に報告している。


その主君である帝国貴族や属国の国王、属領の総督などに、弁明と口止めの書簡を、王太后陛下から送られるおつもりだろう。


わたしからも、彼らに〈取り成し状〉をしたためる。


さらに、騎士団長フェデリコに拝み込んで、〈庭園の騎士〉として皇帝陛下に報告してもおかしくないところを、ロレーナ殿下への報告にとどめてもらった。


やがて、ロレーナ殿下からは、



「いつか妹御に会う機会があれば、私が直々に〈妹の道〉を説いて聞かせてやろう。気にするな」



と、殿下らしく、ざっくばらんにもお優しい返書が届き、胸を撫で下ろす。


これらを、代理侯爵に就任したばかりの領地を把握する作業と、同時並行でこなしたのだ。



ヘトヘトである。


気疲れが半端ではない。



さっそく〈内緒話スポット〉を確保してくれてたベアトリスに、ボヤいた。



「さすがに、わたし主催の園遊会が原因でパトリシアが処断されたら、寝覚めが悪いわよ……」


「ちょっとは痛い目みたらいいのよ、パトリシアは」



というベアトリスは、前々からパトリシアに対して批判的だ。


自分でも変だと思うけど、ついパトリシアの肩を持ってしまう。



「ま……、離宮で謹慎させられてるらしいから、ちょっとは考えてくれるんじゃない?」


「どうだか。どうせ、猫かぶってるだけよ」



だけど、肩を持とうにも限界がすぐにくる。



「はぁ~~~~~~~~っ」


「うわっ、大きなため息ね。らしくないわよ? マダレナ」


「……猫かぶるんなら、最後までかぶり通してほしいわ。……詰めが甘いのよ、パトリシアは」



わたしがジョアンから婚約を破棄されたとき、泣き真似をしながらも、ゆるむ口元を隠せてなかった。


いや、あれはワザと見せつけてきてたのかもと疑ってるけど、いずれにしても、詰めが甘い。


あれがなければ、わたしは今でも〈可愛らしい妹〉を疑うことなく、心から可愛がっていたはずだ。



「でも、パトリシアはまた絶対、なにか企んでると思うのよね」



と、ベアトリスが眉間にしわを寄せた。



「……え? 企むって?」


「あの娘の考えることなんか分からないわよ。……ふつう、帝国貴族の公式行事で、聞こえるように陰口たたいたりするぅ~?」


「ま、たしかに……」


「詰めは甘くても、マダレナに15年間も、猫かぶってることを気付かせなかった娘よ、パトリシアは?」


「う、うん……」


「王国内なら第2王子妃としてチヤホヤされて過ごせてたのに、それを奪われたって逆恨みしてても、あの娘ならおかしくないわよ?」


「……こ、恐いこと言わないでよ」


「恐くはないでしょ?」


「いや……、正直、パトリシアがわたしをどうこうは、もうできないと思うんだけど……。今回だって、王太后陛下を走り回らさせた訳じゃない?」


「あ、それは、そうね……」


「それに、実家のカルドーゾ侯爵家がお取りつぶしになったりでもしたら、目も当てられないわ」


「う~ん――……」



と、ベアトリスは、その尖った顎にほそい指をあて、しばらく思案顔でいた。


そして――、



「……私の実家のロシャ伯爵家に頼んでみるわ」


「えっ!? ……なにを?」


「うん。パトリシアの周りで変なことがあったら、すぐ連絡してって」


「あ~~~~、なんか、悪いわね~」


「帝国の代理侯爵閣下に恩を売れる機会よっ! って、お尻たたいとくわよ!」


「あ~~、着る。恩に着る。お願いしとくわぁ~~~」


「ぷっ。覇気ないわねぇ~」


「覇気もなくなるわよ。ヘトヘトで……。あ~あ、パトリシアが第2王子妃じゃなかったら、わたしの侍女にでもして引き取るんだけどなぁ~」


「イヤよ、私」


「……どうせ、無理なんだし。連れないこと言わないでよ」



と、力なく笑うわたしの肩を、ベアトリスがポンポンッと叩いてくれた。



   Ψ



わたしの手元では、いったん事後処理が落ち着き、


おそらくネヴィス王国では、まだ大騒ぎ中だと思うけど、


ロレーナ殿下から任された領地、エンカンターダスの統治を本格化させるため、巡察の準備を始めた。


草原地帯のサビアとは違い、丘陵地帯をおおく含んでるエンカンターダス。


春だし。


きっとキレイな景色も見れるはず。


と、気分を入れ替えた。



最初の巡察先はシェリー酒の産地で、代官のナディアが、



「マダレナ閣下もベアトリス殿も、そろそろお酒をたしなむ、練習を始めてよい頃合いでは?」



と、その柔らかな物腰で勧めてきてくれたので、


騎士団長フェデリコも交えた4人で、かるい酒席をもった。


翌朝――、



「……酒は呑んでも呑まれるな、と申します。特に貴族は」



と、ナディアがにこやかに、たしなめてくれた。


笑い上戸だったベアトリスが、フェデリコの背中をバンバン叩いてたのは覚えてる。


そして、笑い上戸は、わたしもだった。


ふたりを指差し、腹を抱えて笑ってたような……。



「明るいお酒は、良いものですけどね」



ナディアのフォローが心に痛い。


ベアトリスは、なにかと気の合う親友だけど、お酒の飲み方まで一緒だったとは、穴があったら入りたい気持ちだ。



とまあ、年齢なりの失敗もしつつ、順調に巡察をこなしてた、ある日。


突然、白騎士のルシアさんがエンカンターダスに、わたしを訪ねてきてくださった。


そして、変わらない微笑を浮かべ、さし出してくださったのは、


アルフォンソ殿下からの、


お手紙だった。



――わたしに!?



と、舞い上がりながら、危険物でも扱うかのように、


そ――っと、封を切った。

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