第18話 妹と園遊会にて
祝賀への答礼を兼ねた園遊会。
来賓をもてなすことで、領主代人や祝賀使を派遣してくださった方々への、返礼の代わりとさせてもらうのだ。
さすがに、受けた祝賀のお礼で、各地を巡るのは効率が悪すぎる。
華やかで大仰で慌ただしい儀礼が続くけど、簡素化され収斂していった意味合いがちゃんとある。
春の庭園にテーブルをならべ、立食形式で歓談する来賓たちに挨拶して回るため、
ふたたびドレスに着替えるのだけど、
「新作だぞ。もちろん、私からだが……、もちろん、私からではない」
と、悪戯っ子のような笑みを浮かべたロレーナ殿下から贈っていただいた、
春の訪れを祝福してくれるような、ミントグリーンのドレス。
もちろん、
――アルフォンソ殿下からの贈り物、
であると、ロレーナ殿下が暗に仰られているのはよく分かる。
答礼の場でのもてなしに相応しい、エレガントなプリンセスライン。
ウエストラインに施された繊細なギャザーからふんわりと広がるスカートが、わたしのスラリとした長身を優しく包み込んで、可憐な印象を与えてくれる。
スカート全体には、春の訪れを告げるスズランの花が、繊細な刺繍とレースで表現されていて、
よく見ると、花びらには春生まれのわたしの誕生石、淡紫色をしたモルガナイトがさりげなくあしらわれており、
代理侯爵就任と18歳になるわたしの、新たな門出を祝福してくれているよう。
オフショルダーのデザインが、デコルテを綺麗に見せてくれているけど、すこし気恥ずかしい。
すでに園遊会が始まっている庭園に、わたしが姿を見せると、
――おぉ……、なんと美しい……、
――春の女神様のよう……、
――さすが皇女殿下の代理人……、
といった男女を問わない囁き声が聞こえてきて、ますます気恥ずかしいんだけど、
礼容にかなう優雅な微笑みを浮かべ、まずは皆さまの全体に、ふわりとスカートを広げたカーテシーでご挨拶する。
代官のナディアは、自身も初めて赴任する城でありながら、すでに全てを把握しているようで、来賓への答礼をテキパキと取り仕切ってくれる。
優秀な女性文官をつけてくださった、ロレーナ殿下のお心遣いに感謝するばかりだ。
一方で、女嫌いなのに、領主代理も代官も女性という女の花園のような城に派遣されてしまった、騎士団長のフェデリコ。
超絶美形フェイスに浮かぶ不愛想の度を増しながらも、
ベアトリスがそれとなくサポートしてくれている。
凛々しいベアトリスは、女嫌いの騎士団長でも〈ギリOK〉なようだ。それが、ベアトリスにとって悲報か朗報かは分からないけど……、
――騎士様と侍女様、お似合いねぇ……。
という、女性のため息まじりの声が聞こえてくる。
序列に従い、拝礼を受けた順に答礼に回らなくてはならないんだけど、皆さま、庭園の思い思いの場所でご歓談。
くるくると広い庭園内を歩いてまわる。
段差のある個所を移動するときに、わたしのドレスの裾を持ってくれるフリアにも、
――さすが、お美しい代理侯爵閣下が従える侍女様。まるで女神様を彩る、可憐な妖精が舞ってるみたいね……。
と、羨望の声が聞こえてくる。
わたしもだけど、正直、ふたりが褒められてるのが嬉しくてたまらない。
クゥ――ッ!!
と、胸のあたりにこみ上げてくるものがある。
わたしたちの〈カワイイ〉の師匠パウラ様は、わたしとベアトリスの中に、根強くあった、
「可愛らしいは、自分に似合わない」
という〈呪い〉を、丁寧に解きほぐしてくださったのだと思う。
いまから思えば、似合わないと思いながら、渋々やってた可愛らしく見せようとするメイクが、似合う訳などなかったのだ。
わたしもベアトリスも、随分、肩の力が抜けた。
自然な振る舞い――、
とは、こういうことか! と、実感しながら、華やかな園遊会の場を歩き回っている。
わたしの答礼の順番を待つ、妹パトリシアの前も、何度も横切る。
パトリシアは、たしかに可愛らしい。
イエローオレンジの髪はふんわりとウェーブしていて、おおきな紫色の瞳には庇護欲をそそられる。
小柄で愛くるしい体格に、ベビーピンクをしたベルラインのドレスがよく似合う。
だけど、女性はみんな可愛らしい、というパウラ様が仰る可愛らしさとは違う。
パトリシアは〈自分だけが可愛らしい〉と考えているのが、いまなら分かる。
夫である第2王子リカルド殿下にも、従者にしたわたしの元婚約者であるジョアンにも、目移りは一切許さず、自分を褒め称えさせ続けている。
――リカルド殿下が、すこしお気の毒ね……。
という、苦笑いを隠しながら、パトリシアの前を横切った、何度目かのとき、
「たいしたことない園遊会ね」
と、わたしにだけ聞こえるような小声で、パトリシアが、ボソッとつぶやいた。
――まったく、この娘は……。
わたしが内心、眉をしかめた瞬間だった、
「聞き捨てならんな」
と、鋭い刃物のような声が、低く響いた。
ふり返ると騎士団長のフェデリコが、無愛想を通り越した無表情で、パトリシアを見据えている。
「第3皇女ロレーナ殿下の代理人たる、マダレナ代理侯爵閣下の園遊会を貶めるは、ロレーナ殿下を貶めたも同然」
「あ、いや……、えっとぉ……」
と、パトリシアが上目遣いにフェデリコを見上げたけど、フェデリコの表情が変わることはない。
――妹よ。そいつは女嫌いだ。お前が自慢の〈可愛らしい〉は通用しないぞ?
と、姉は苦笑いしそうになったのだけど、
すでに家籍を離れたわたしとパトリシアは、公式の場において姉でも妹でもない。
そして――、
「騎士様の聞き間違いじゃないですかぁ~?」
と、やらかしてくれた。
「ほう……。皇帝陛下の親兵たる〈庭園の騎士〉を愚弄するか?」
「えっとぉ……」
「祝賀の場で働く非礼は、なお罪深い。庭園の品位を守るため、いかなる時もただちに処断できる権を、皇帝陛下よりお与えいただく〈庭園の騎士〉として、もう一度だけ聞く」
処断という言葉に、ようやく事態を把握したパトリシアの顔が、サッと青ざめる。
「……皇帝陛下のご息女たる、第3皇女ロレーナ殿下を貶めるは、なにゆえか?」
近くの来賓は静まり返っているけど、すこし離れるだけで園遊会は賑やかなまま。
出来るかぎり場の雰囲気を壊さないよう、フェデリコが配慮してくれてるのが分かる。
まさに〈陛下の庭園〉の守護者。
「フェデリコ様」
と、ベアトリスが、膝を折ってお辞儀した。
「……なにかな? 侍女殿」
「ネヴィス王国第2王子妃、パトリシア妃殿下は、マダレナ閣下とわたしのご学友」
「ほう……」
「王国貴族の子弟が集う、王立学院の中庭で、ともに昼食をとった仲でございます。マダレナ閣下と重ねた麗しき思い出に比べて『たいしたことない』とは、妃殿下なりの、最高の賛辞にございましょう」
わたしも微笑を浮かべ、フェデリコに一歩寄った。
「フェデリコ」
「ははっ」
と、わたしに片膝を突くフェデリコ。
わたしに洗練された礼容を執る美貌の騎士団長を、パトリシアは、信じられないものを見るような目で見た。
「フェデリコ。……すでに家籍は別れましたが、パトリシア妃はわたしの血を分けた妹ですの。幼き頃と変わらぬ拙い言葉遣いを、わたしは可愛らしく思っております」
「はっ。ロレーナ殿下の代理人たる、マダレナ閣下のお心のままに」
「ありがとう。フェデリコ」
答礼の序列を外れて、いまパトリシアに声をかける訳にはいかない。
わたしは踵を返し、次の来賓のもとへと向かう。
間の悪いことに、すぐ近くだ。
背後から、代官ナディアの優しい声が聞こえた。
「ご退席なさいませ」
「はあっ!?」
「……ご自身の首が、かろうじて繋がっていることがお分かりになりませんの?」
「……い、行きますわよ、リカルド殿下!」
「おひとりで退席なさいませ」
「は?」
「……ネヴィス王国の祝賀使は、マダレナ閣下の答礼を受けずに帰国なされるおつもりで?」
「な……」
「答礼に、騎士団の全軍を差し向けることになりますが、それをお望みですか?」
「……パ、パトリシア」
と、リカルド殿下の声がした。
「先に馬車で休んでおいで……。終わったらすぐに行くから、……ね?」
背中を向けていたので、パトリシアがどんな顔をしていたかまでは分からない。
だけど、ひどく尖った足音を響かせたのは、王子妃としての礼容からは外れていた――。
Ψ
わたしとベアトリスに救けられた形になった、パトリシア。
ネヴィス王国は、王太后陛下をはじめ王家をあげて事後処理に追われることとなり、
この事件は、後々まで尾を引く。
そして、わたしに対する完全なる屈服を、王家から求められたパトリシアは、さらなる愚挙に及ぶのだ――。
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