第17話 妹に最後まで耐え切った

第3皇女ロレーナ殿下から統治を任されたエンカンターダスは、


帝国東端の丘陵地帯に位置し、ネヴィス王国との国境にも一部接している。


大陸の戦乱期に築かれた主城は、山肌に張り付くような城塞で、城壁が太陽の光を受けて黄金色に輝いていた。


一歩足を踏み入れると、美しい庭園に鏡のような方形をした広い人工池があって、


水面に、伝統を感じさせる主殿の重厚な姿を映し出す。


池をかこむ噴水が涼やかな水音をかき鳴らし、その周りで色とりどりの春の花が咲き誇って、


わたしの入城を、出迎えてくれた。



アルフォンソ殿下から贈られたコーラルピンクのドレスを身にまとい、新たな家臣たちからの拝礼を受ける。


着せてくれるベアトリスには、



「あらぁ~、すっかり〈珊瑚〉色に染まっちゃってぇ~」



と、からかわれた。



「む、無理もないでしょっ!?」



鏡のなかのわたしが、みるみる頬を赤くしてしまう。


時間が経ち、冷静になれば冷静になるほど、



《金糸のように美しいハニーゴールドの髪をした、美形で長身の皇子様が、遠く離れた華の都で、わたしに恋焦がれてため息を吐いている》



という事実が、わたしの胸に沁みていった。



――そ、そんなの、こちらだって〈その気〉になって、胸をトキめかさない訳が、ないではないか……、な、ないではないか!



そして、わたしたちの〈カワイイ〉の師匠、侯爵令嬢パウラ様から免許皆伝を許されたベアトリスが、


わたしの凛々しい銀髪を、編み込みのハーフアップに仕上げてくれた。



「うん。可愛くて凛々しいわね」



と、鏡越しのベアトリスは、満足気に微笑んでくれる。


さらに、師匠パウラ様から〈家元〉の名乗りを許された最強美少女侍女フリアが、わたしに完璧なメイクを施す。



「はぁ~~~、私のしたメイクですけど、マダレナ閣下、お美しいですぅ~~~」



フリアの吐いたため息に、はにかみ笑いを隠せず、わたしは化粧台の前から立ち上がった。



「マダレナも帝国貴族として、そろそろ歳の近い者たちと交流しないとな。……だが、男ではアルフォンソ兄上をヤキモキさせてしまうだろうしなぁ……」



との、ロレーナ殿下のご配慮で、わたしとほぼ同時に赴任してきた代官は、女性。


クールで知的な印象を与えるアッシュブロンドの髪に、物憂げな表情がかえって有能さを示している女性文官、


ナディア・イバニェス。


歳が近いといってもお母様より年上で、お子様もいる46歳。


騎士団長には、



「あいつは、女嫌いで有名だから大丈夫」



と、ロレーナ殿下が言い切った、超絶美形騎士、フェデリコ・エスコバル。


端正な顔立ちに、ながく伸ばした紺色の髪が映える28歳。


とにかく不愛想。


サビアで騎士団長を務めてくれている、王太后陛下と恋仲だった偉丈夫ホルヘとは対照的な、


シュッとした細身の〈庭園の騎士〉様。


フリアの目がハートマークになっているのは仕方ないけど、女嫌いらしいわよ?



帝国の東を守る、城塞都市のひとつとしての性格もあるエンカンターダス。


入城後、正式に開かれた代理侯爵への就任式は、閲兵式も兼ねたもので、ロレーナ殿下から贈られた、煌びやかな鎧を身に着けさせられた。



ピーチピンクの金属光沢を放つ儀礼用の鎧は、優美な曲線を描く女性らしいシルエットを強調するデザイン。


滑らかな曲線が美しい、艶やかな鎧だ。


細部にまで施された精巧な装飾は、第3皇女殿下の代理人としての威厳を象徴している。



――さ、さすがに気恥ずかしいわね。



と、生まれて初めての鎧姿だけど、ロレーナ殿下の権威を傷付けるような振る舞いはできない。


国境を接したネヴィス王国からの来賓に、妹パトリシアの姿を見付けても、


表情を変えることなく、厳粛な式典を終えた――。



   Ψ



主殿に場を移し、あらためて来賓から祝賀の拝礼を受ける。


巨大な柱が何本も立ち並ぶ、豪壮なつくりをした謁見の間。


境を接する帝国貴族領の代人や、属国属領の祝賀使が、次々にわたしの前で片膝を突いていく。


わたしは飽くまでも、



――第3皇女殿下の代理人。



だ。


自身の持つ帝国伯爵位はおろか、帝国貴族である代理侯爵以上の扱いで、みなが恭しく頭をさげた。



そして――、



ネヴィス王国からの祝賀使である、第2王子リカルド殿下と、パトリシア妃のご夫妻が、わたしの前に膝を突いた。


帝国貴族より序列の下がる、属国ネヴィス王国の王子夫妻。


わたしに拝礼できる順番も、遅い。


さすがに礼容に叶う微笑を浮かべるパトリシアだけど、こめかみがピクついていた。


第2王子との婚約で継承権を奪い、わたしを出し抜いたパトリシア。


しかも、わたしの結婚を壊すタイミングを見計らって決行された、はかりごと。


ずっと猫をかぶって、気が強く可愛げのない姉マダレナを欺いて生きてきた甲斐があったと、高笑いしたことだろう。


それが、いまや逆転どころか、圧倒的な立場の差を生じさせた。



――たぶん、王太后陛下の差し金だろうけど、さすがに趣味悪いな……。



と、淡々とリカルド殿下からの祝辞を受けた。


だけど、



――いや……、徹底的に屈服させるのが、帝国の流儀なのか……。



と、気が付いて、空恐ろしい思いに身を震わせ、ふと視線を逸らすと、見覚えのある顔があった。


ハネっ毛の金髪に、オドオドした表情。


ジョアンだった。


わたしの幼馴染で元婚約者。


パトリシアの従者として随従しているようだった。


わたしに手酷い婚約破棄を突きつけたジョアン。


そのわたしが、帝国伯爵に叙爵されたことで立場を失い、


いき場をなくしていたところを、おそらくパトリシアが拾ったのだろう。


視線をパトリシア夫妻に戻すと、



――貴女のモノを奪ってやったわよ?



とでも言わんばかりに、パトリシアが鼻をスンと鳴らした。



――ア……、アホですか?



と、吹き出しそうになったのを、最後まで耐え切った自分を褒めたい。


要するにわたしは、パトリシアのことを何も知らなかったのだな、と改めて納得がいった。


印象を重ねてしまった師匠で帝国侯爵令嬢のパウラ様に、申し訳ない思いがするほどだ。



そして、来賓からの拝礼をすべて受け終えて開かれた園遊会で、事件は起きた――。

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