第11話 ハラリと手から落とす

「マダレナ閣下の確かな馬術。感服いたしました」


「褒め過ぎですわよ」



と、わたしを苦笑いさせたのは、サビアの騎士団長を務めてくれるホルヘ・サントスだ。


お父様より年上の61歳で、皇帝陛下直属の〈庭園の騎士〉さま。


わたしの領地巡察に帯同し、ともに馬を並べてくれているけど、さすが威風堂々とした風格を漂わせる。


帝国の最高戦力たる6人の白騎士様に次ぐ、選び抜かれた精鋭のおひとり。


皇帝陛下のお目に触れる〈庭園の騎士〉は眉目秀麗であることも、その要件とされるだけあって、年齢を感じさせない精悍なお顔立ちだ。


ベアトリスより赤みを帯びたブラウンの髪を、武人らしくスッキリとまとめている。


帝国領に再編入されたサビアのために、帝都ソリス・エテルナから派遣された。


だけど、



――わたしとベアトリスが、エステバンとホルヘに挟まれたら、お爺さんとお出かけする孫娘みたいね。



と、クスリと笑ってしまう。


わたしの統治に障りがないよう、経験充分な者に支えてもらう。ここでもエレオノラ王太后陛下のご配慮があったのではないかと想像している。


代官のエステバンが馬上で、顔をほころばせた。



「ホルヘは世辞を言うような性格ではございません。100万を数える帝国軍の頂点に立つ〈庭園の騎士〉から認められたと、ご自分の馬術に自信を持たれてもよろしかろうと存じます」


「あら。エステバン殿は、ホルヘ殿とお親しいのですね?」


「ははは。私がエレオノラ陛下の兄君、グティエレス公爵閣下の幼馴染であれば、ホルヘはエレオノラ陛下の幼馴染。……長い付き合いにございますよ」



と、懐かしげに笑うエステバンとホルヘが、すこし羨ましい。


わたしは17歳にして、幼馴染ジョアンとの関係が破綻してしまったばかりだ。


老境にいたるまで心を通じ合わせている姿が、まぶしく見える。



「……ホルヘは、エレオノラ陛下と恋仲だったのでございますよ」


「えっ? えええっ!?」


「エステバン殿……」



と、突然の暴露に、眉をしかめて笑うホルヘも否定はしない。



「私はしょせん子爵家4男の生まれ。エレオノラ陛下との仲など、もともと叶うものではなかったのですよ」



サラリと言ってのけるところがまた、ホルヘの美丈夫ぶりを際立たせる。


わたしは思わず見惚れてしまうし、ベアトリスは目を潤ませている。



――身分違いの純愛譚。



に喰い付かない貴族令嬢などいない。


と、断言してしまおう。


わたしとベアトリスふたりして、巡察に出かけるたびに根掘り葉掘り聞きだしてしまった。



「ですが、派遣する騎士団長に私が選ばれたのには、第2皇子アルフォンソ殿下の思し召しがあったやに聞いております」


「え……」


「直接のお声掛けを賜ったマダレナ閣下ですからな。おかしなことはありますまい」



と、ホルヘの話を聞いた代官エステバンが、いかつい顔に厳粛な表情を浮かべた。


殿下に贈っていただいたコーラルピンクのドレスへのお礼状は、エステバンにやんわり止められていた。



「……エレオノラ陛下を通じて贈られたのであれば、直接のお礼は控えられた方がよろしいでしょうな」



言われてみれば、確かにそうだ。


心のなかで、しずかに手を合わせておくことにした。


けど――、



「……で、殿下からお声掛けを賜ったというのは、本当なのですか?」



と、わたしのお化粧を直してくれる美少女メイドのフリアが目を丸くした。



「ええ、身に余る栄誉を頂戴したわ」


「すごいです! それは突然の叙爵にも納得いきました! ……お仕え甲斐のある方を主君と仰げて、私も光栄です」



夏場の巡察ということで、化粧直し役で帯同してもらうことしたフリア。


そこには侍女であるベアトリスの配慮もあった。



「……マダレナから名乗りを許されたってことで、メイド仲間からやっかまれてるみたいね」


「あら……」


「イジメとまではいかないけど……、折りを見て侍女に取り立てて、側に置いてあげた方がいいかもね。フリア、いい娘だし」


「……まだ、新しい自分の立場を、理解できてなかったわ」


「仕方ないわよ。急に偉くなったんだもの。これから気を付ければいいの」



とりあえず、巡察への帯同を命じてメイド仲間から引き離すことにはしたけど、


学院の後輩女子を愛でるノリで、部屋に引きずり込んだことを後悔した。


もちろん、わたしはアルフォンソ殿下ほどの雲上人ではないけど、やはり自分の振る舞いには責任をとらなくてはいけない。



「ちょっとベア! このチーズ、美味しっ!」


「ほんとだ! フリアも食べてみなさいよっ!」


「え……、よろしいのですか?」


「なに遠慮してるのよ。城のなかじゃないんだし、いいのいいの」


「お……、美味しいです――っ!!」


「でしょう?」


「はいっ!」



と、巡察先では和気藹々と楽しんだ。


エステバンとホルヘは、孫世代の娘3人を温かく見守ってくれたし、


重鎮ふたりが、事実上の公認をしてくれたこともあって、



――フリア・アロンソは、マダレナ閣下のお気に入り。



ということで、城での立場を安定させてあげられた。



「まあ、見てて飽きない美少女でもあるし、良かったんじゃない?」



と、ベアトリスも胸を撫で下ろしたようだ。



――身分を乗り越える扱いをしたときは、後々までフォローしないと、かえって相手の負担になってしまう。



そのことを改めて学んだわたしは、


アルフォンソ殿下や王太后陛下から向けていただく格別のご好意への感謝もまた、改めて深くした――。



   Ψ



だけど、わたしは甘かった。


王太后陛下が急使で送ってくださった書簡を、ハラリと手から落とす。



「マ、マダレナ? どうしたの?」



慌てて拾い上げてくれるベアトリス。


自分でも自分が呆けた顔をしていることが分かる。


秋を迎えたサビアで、午後の柔らかな日差しが大きな窓から差し込む自室。


信じられないものを見るような目で、ベアトリスの顔をまじまじと眺めてしまった。



「マダレナ? ……だ、大丈夫? 」


「招待された」


「え?」


「招待された」


「う、うん……。どこに招待されたの?」


「……学都サピエンティア」


「ええっ!?」



サピエンティア――叡智を意味する名を冠した、唯一無二の学究都市。


帝国の頭脳。


ある意味では帝都ソリス・エテルナよりも狭き門。


それも――、



「ビビアナ・ナバーロ教授が、わたしの卒業論文を読んでくださったのですって……」


「ビ、ビビ……、どなた?」


「魔鉄研究の第一人者……」


「へ、へぇ~~~」


「失われた魔導の復興でも、研究をリードされてて……」


「す、すごい人なのねぇ……」


「も、もう!! ベア、なんで知らないのよお! ビビアナ教授はすごいんだから!!」


「あ、うん、ごめん……」


「キャ、キャア――――――ッ!!」



と、身体の奥から湧き上がる喜びに、思わず叫んでしまった。



「うそ、うそ。ビビアナ教授から招待されるなんて夢みたい」


「……う、うん」


「わたし、ビビアナ教授の論文は全部読んでるのよ!? すごいんだから、ビビアナ教授は!」


「あ、うん」


「ネヴィス王国の魔鉄鉱山事故が大幅に減ったのも、ビビアナ教授の研究のお陰なのよ!? ほんとに知らないのベア!?」


「あ、えっと……」


「まだお若いんだけど、女性で初めて大賢者様になられるんじゃないかって言われてるのよ!?」


「それは、すごいわね」


「ビビアナ教授が、わたしを招待してくださるだなんて……、はぁ~~~~、信じられない」


「……教授はマダレナの憧れなのね?」


「そうなの!!!!」


「そんな方に、マダレナの卒業論文を読んでもらえて良かったわね」



と、優しい笑顔を向けてくれるベアトリス。


そうだ。


帝国から見れば辺境にある、属国の学生が書いた卒業論文など、


読んでもらうどころか、通常であれば、ビビアナ教授の手に渡るはずがない。



「……第2皇子殿下のお計らいがあったとしか考えられないわ」


「そうね。だけど、その偉い教授が認めてくださったのは、マダレナの実力でしょ?」


「う、うん……、だけど……」



学都サピエンティアは、帝国の身分秩序の枠外に置かれている。


厳格な実力主義だからこそ〈帝国の頭脳〉足りえているし、帝都から別けて建設されたのもそのため。


実際、ビビアナ教授も平民の出自だ。


たとえ皇族の計らいがあったとしても、特別扱いされることはないとされる。


だけど――、



「読んでいただかないと、招待されることもなかったわ」


「そうね」


「……身分を乗り越えてしまった責任をとるために、ここまでのことをしてくださるのね」



王太后陛下と連絡を取りあい、秋の収穫祭を終えた後に、


わたしは急遽、ビビアナ教授の招待に応じて、学都サピエンティアのある、


西へと向かうことになった――。

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