第9話 わたしお姫様になっちゃった
領地サビアに向かう馬車は、100名ほどの護衛騎士に護られつつ、
ゆったりとした旅程で西へと向かう。
途中、王国貴族領を通過するたび、挨拶のため主城を訪ねて拝礼を受ける。
ときには宿に借り、いちばん上等な部屋に案内されてベアトリスとふたり、ゆったりと休ませてもらう。
「しばらく羽根を伸ばしてくればいい」
と、王太后陛下から賜ったお言葉のとおり、いそぐ旅でもない。
「最高の卒業旅行ね」
と、ベアトリスが笑うように、わたしたちはまだ、王立学院を春に卒業して最初の夏を迎えたばかりだ。
やがて、馬車がサビア伯爵領に入ると、
「ふわぁぁぁ! キレイねぇ~~~っ!!」
と、一面のひまわり畑に出迎えてもらった。
濃い青色をした空を背景に、どこまでも広がる黄金色の絨毯。
帝国の象徴である太陽を崇拝しているかのように無数の花首が傾き、大輪の花を咲かせている。
ほのかに漂う甘い香りに心が落ち着けられ、見ているだけでも幸福感にあふれてくる。
馬車を止めてもらい、ベアトリスとふたりで、しばらく圧巻の景色に見惚れてしまった。
「マダレナ? ……あれ。なにかしら?」
と、ふいに眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべたベアトリスが、ひまわり畑の奥をそっと指差す。
ベアトリスのほそくて綺麗な指の先では、黒っぽい縞模様のいでたちで全身を覆った人たちが数人、見え隠れしていた。
顔も厚手のヴェールで覆われていて表情は窺えず、ぶ厚い革の上着に、革の手袋――、
「養蜂家ね」
「……養蜂?」
「蜜蜂を飼っているのよ。ひまわり畑に放して、ひまわりの蜜を集めているんだわ」
「へぇ~~~っ! それで、あんなに厳重に身体を覆ってるんだ?」
「そうね。蜂蜜は甘くて美味しいけど、刺されたら大変だもの」
「それにしても、あの縞模様は何なのかしら? 怪しさ満点なんだけど」
「ふふっ。縞模様は蜜蜂を混乱させるって考えられてて、刺されにくくするための工夫なのよ」
「へぇ~っ。……マダレナ、よく知ってるわねぇ~?」
「あら、わたくしこう見えましても、王立学院を首席で卒業した才媛でございますのよ?」
「あ、そうでした。これは失礼しました」
「うふふ。……ひまわりは小麦と輪作されることが多いの。きっと、この先には小麦畑の黄金色が待ってるわよ?」
「え? 夏なのにもう黄金色なの?」
「ええ。小麦が緑色をしてるのは春まで。夏には黄金色、収穫を迎える秋には褐色へと色を変えていくの。ひまわりも素敵だけど、きっと一面の小麦畑も見応えあるわよ?」
「へぇ~~~っ! それは楽しみね!」
と、わたしの予想通り、ひまわり畑を抜けると、小麦畑が広がっていて、
白い壁に赤い屋根、いわゆる「カサ・ブランカ様式」の家屋がポツリポツリと見られるようになってきた。
「のどかで、いいところねぇ~」
と、馬車の窓から入る風に、チョコレートブラウンの髪を揺らすベアトリスが、目をほそめた。
穏やかな気候に豊かな自然、すこし乾燥がキツいけど、綿密に整備された灌漑システムが広大な農地を支えている。
こんなに素晴らしい領地を、惜しげもなくわたしにくださった、王太后陛下への感謝の念が溢れて止まらない。
それもこれも、
――帝国第2皇子アルフォンソ殿下から直接のお声掛けを賜った、
という栄誉のお陰だ。
目のまえに広がる黄金色の絶景に、殿下の金糸のような美しいハニーゴールドの髪色を重ねながら、
ただただ、心を奪われていた――。
Ψ
馬車が市街地に入ると、今度は白壁の家が隙間なく立ち並び、行き交う商人たちで活気に満ち溢れていた。
サビア伯爵領の北方に広がる草原地帯では、羊やヤギの放牧が盛んなはずで、多様なチーズを店先に並べた店が数多くあり、
ベアトリスが目を輝かせた。
「チーズに蜂蜜……、最高じゃない!」
「羊肉料理も楽しみだわ♪ ……ロースト、シチュー、煮込み。羊肉をハーブと一緒に煮込んだら、とっても美味しいって書物で読んだことがあるわ」
「うわぁ、それも楽しみねぇ!」
そして、サビア伯爵領の主城「カスティリョ・デ・ロス・ヒラリソス」、領民たちからは敬愛の念を込めて〈ひまわり城〉と呼ばれる、
白と金で統一された、雄大な城塞が見えてきた。
そびえ立つ城壁と尖塔が幾重にも重なり、太陽の光に照らされて優美に輝く〈ひまわり城〉。
吊り橋を渡り、厳格な表情をした屈強な衛兵たちから最敬礼を受けて城門をくぐる。
馬車を降りると、色とりどりの花々が咲き乱れ、中央には大きな噴水が涼やかに虹を描き出す、美しい庭園が広がっていた。
そこには城に仕える騎士団、文官、メイド、使用人が厳粛な表情で整列し、
あたらしい領主である、わたしの到着を待ってくれていた。
煌びやかな甲冑をまとった儀仗兵たちが威厳を持って行進し、楽団が華やかな音楽を奏でる中、
代官であるエステバン・トーレスからの拝礼を受ける。
って、
――こーわっ。
と、内心おもわず怯んでしまうほどに、エステバンの顔はいかつい。
年齢からくると思われる白髪は長く伸ばされ毛量も多い。よく整えられた白い口髭も顎髭もフサフサで、胸板は厚くて迫力がある。
ほりの深い顔立ちの奥で光る眼光は鋭く、立派な鼻は力強さを感じさせる。
そして、眉毛が薄いのが〈いかつさ〉をより際立たせてる。
――そうか……。王太后陛下の幼馴染だって仰られてたわね。
という、いかついお爺さんが、わたしに恭しく頭をさげてくださった……、
――って、いや、家臣だし……。「さげてくださった」じゃなくて、「さげた」よね?
「マダレナ・オルキデア新サビア伯爵閣下。家臣一同、ご到着をお待ちしておりました」
――あ、声は柔らかくて優しげ……。
と、心を落ち着けながら、
「丁重なる出迎えを受け、感激いたしました。いまだ若輩にして、帝国の作法も分からぬ身の上。エレオノラ・ネヴィス王太后陛下が先帝陛下より賜った要地サビアを治めるには、みなの力添えが必要です。何卒、よしなに頼みます」
「はは――――っ!!」
と、わたしの言葉を受けた、数多くの優秀そうな家臣たちが、一斉に頭をさげた。
この家臣たちの向こうには、さらに多くの領民たちがいる。
わたしは、その上に立ち、君臨しなくてはならないのだ。
否が応にも、身が引き締まる。
そして、近くで見ればその威容に圧倒される〈ひまわり城〉の主殿へと案内された。
一歩足を踏み入れると、ゴシック様式の重厚な空間が広がり、様々なアーチが織りなす曲線が目に飛び込んでくる。
窓にはステンドグラスが輝き、色鮮やかな光が差し込んで、まるで宝石箱のような美しさ。
天井高くそびえる柱は、まるで巨人が支えているかのようで、荘厳な雰囲気を醸し出している。
「これはマダレナ、貴女、伯爵というより、姫ね……」
と、耳元でささやくベアトリスの声も、どこか間延びしていた。
案内してくれる代官のエステバンが、やさしい声音をベアトリスに向ける。
「侍女殿」
「あっ、こ、これは失礼を……」
「いえ、かまいません。侍女殿がマダレナ閣下のご学友で、友人付き合いを許されているご側近であられることは聞いておりますゆえ」
「……お、恐れ入ります」
「そうではなく、この〈ひまわり城〉は約280年前に、当時の帝国皇女殿下のために建てられた城。女性が主であるならば〈姫の城〉で間違いないのです」
「にっ、280年……」
息を呑み絶句するベアトリス。
わたしも思わず目を丸くした。
まさに夢のような、歴史と伝統を持つ威厳漂うお城、領地、爵位。
すべてが眩しいほどに輝いて見え、目眩がする思いだ。
入城のためにベアトリスが着せてくれた、アルフォンソ殿下から贈られたコーラルピンクのドレスの、滑らかな肌触りだけが、
かろうじて、これは現実の出来事なんだと、わたしを引き戻してくれる。
そして、謁見の間の主座に腰を降ろし、
浮ついているのか引き締まっているのか、自分でもよく分からない心持ちのまま、
サビア統治を担う重臣たちから、ひとりずつ挨拶を受けるのだ。
――うん。ベアの言うとおり、わたしお姫様になっちゃったんだわ……。
とでも思うしかない――。
ははっ。
さすがは大陸を支配する〈太陽帝国〉から賜る帝国爵位。
規模が想像を絶するわ……。
これからどんな生活が待ってるんだろ?
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