2-7 この空に誓って宣言する!

 騎竜がこうなってしまったら、竜騎士は無力な存在と化す。振り落とされないように注意しながら、ひたすら己の騎竜をなだめなければならないのだ。

 これではどちらが主人なのかわからない。


[ルリー! 悪かった! オレが悪かった!]


 瑠璃竜の機嫌が悪いのは、騎乗前にベルランの幼竜をミルウスが「可愛い。とても綺麗な竜だ。美人さんだな」と言って褒めちぎり、撫でたのが原因だったのか、とベルランはようやく悟る。


 竜はプライドが高く、嫉妬深いのだ。


[ルリーが一番だ! ルリーこそが最高に素晴らしい竜だ! 間違いない。オレが断言する! ルリーよりも美しくて、素晴らしい竜はいない! この空に誓って宣言する! ルリーはオレの全てだ!]


 ミルウスがルリーをなだめる。

 騎竜の機嫌を損ねたら、とにかく、褒めて、褒めて、褒めちぎって、己の騎竜を称えるしかない。


 鱗がステキ。ツノの艶が素晴らしい。爪がとても輝いている。翼はとても優雅だ。鳴き声が痺れる。瞳は宝石のように美しい。尻尾の動きにうっとりしてしまう。尻尾の先っぽがなんとも色っぽい。などなど。


 いかに自分の騎竜がこの世で一番素晴らしい存在であるかを熱烈に伝え、唯一無二の宝であることを騎竜に納得させるのだ。


 ここで恥ずかしがっていてはいけない。

 とにかく、あらゆる珠玉のコトバに魔力と真摯な想いを込めて、吟遊詩人が謡うように、騎竜に愛を捧げるのが竜騎士という存在だ。


[……ルリーが大好きだ! 父上よりも母上よりも、兄弟たちよりも、ルリーが大好きだ! ルリーが最も愛おしい存在なんだ! ルリー以外の騎竜はいない! 考えられない! ルリーはオレの全てだ! 愛してるルリー! 愛しているから! 大好きだ! ルリー!]

「ギュルッ!」

[ルリーがいない人生なんて考えられない! オレにはルリーしかいない! 真実の愛はルリーに捧げる!]


 ミルウスの瑠璃竜絶賛はまだまだ続き、終わりが全くみえない。

 役者も青ざめるような、陳腐で歯の浮くセリフの大洪水に、ベルランは居心地の悪さを感じていた。

 気持ち的には、今すぐ竜の背から飛び降りたいくらいである。


 大空のど真ん中で必死になって『愛』を叫ぶ叔父は……残念なくらいにカッコ悪い。

 まるで、浮気がバレて衆人の前で謝罪しているかのようであった。


 そして……そんな情けない姿の叔父に、瑠璃竜は『大満足』している。


 竜騎士になるからには、己の騎竜の世話に励むと同時に、暇さえあれば恋愛小説を読み漁り、恋愛劇を観劇するようにと両親から言われたのだが、このために必要なことなのかとベルランは戦慄する。


「ギュルルゥ」


 ミルウスの愛の絶叫をひととおり聞き終え、ご満悦の瑠璃竜はゆっくりと空を進みはじめた。


「はぁ。今回はなかなか許してくれなかったな……」


 ミルウスの独り言が聞こえた。

 言い聞かせる際にそれなりの魔力を消耗したようで、ミルウスの顔には疲れがみえる。

 自分の背中に甥がくっついていることを忘れているのではないだろうか。


 『今回は』ということは、こういうことはたびたびあるのかもしれない。

 だが、叔父の名誉を守るためにも、この件については触れないでおこう……とベルランは思った。


 叔父が独身なのは、瑠璃竜が原因なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、叔父の声が聞こえた。

 歴戦の竜騎士は気持ちの切り替えも早い。


「ベルラン、そろそろセイレスト領の境界だぞ」

「あ、はい。ミルウス兄様」


 ベルランは叔父の警告に、慌ててミルウスの背中にしがみつく。

 腹の前で交差した両腕にしっかりと力を込め、これから起こることに対して身構える。


 だが、好奇心の方が勝ってしまい、ベルランは身体を少しだけ横に傾け、前方に広がる景色をミルウスの背中越しに覗き見た。


 視線の先には青い空が見えた。

 日の出は終わり、朝焼けで赤かった空も、今は青色になっている。

 ずっと、ずっと青い空が続いており、行く手を遮るものは何もない。

 雲を感じたいのなら、もう少し高度を上げなければならないし、地上の景色を目に入れたいのなら、高度を下げる必要がある。


 青一色な景色に変化はない。

 だが、進路の先では、凝縮された魔力の渦が揺らめいているのをベルランは感じ取っていた。

 それはまるで壁のように立ちふさがり、前方で気流のように渦を巻いている。


 セイレスト領を護る見えない『結界』だ。


 ミルウスの騎竜が、警告を発するかのように「ぐるるっ」と喉を鳴らした。


 バサッツ。バサッツ。


 竜の力強い翼が、ひときわ大きくゆっくりと動き、その振動で身体が揺れる。

 ベルランの両腕に自然と力がこもる。


「いくぞ! 落ちるなよ!」


 ミルウスが『古のコトバ』で合言葉を唱える。


 見えない壁が揺れた。

 視認できない魔力の渦に向かって、竜が咆哮をあげながら一直線に飛び込む。


 ベルランはさらに両腕に力を込め、反射的に目を閉じた。


 不意に空気が変わった。

 反発する力と、押しとどめようとする圧力が全身にかかり、身体の自由が奪われて硬直する。思いっきり頭を殴られたような衝撃に息が詰まった。

 濃密な魔力の中にいる違和感と不快感に、ベルランは歯を食いしばって耐える。


 今まで余裕をみせていたミルウスも全身に力を込め、この衝撃に耐えているのが、密着している部分から伝わってきた。

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