2-6 オレの浮気を疑っているのか?
ベルランが銀白色の竜に主人として選ばれた――という報告を聞いたベルランの父は、ショックのあまり三日三晩ふさぎこんでいたという。
このようなやりとりの後では、やはりベルランには『竜の棲まう地の守護者』になって欲しかったと、ミルウスも思ってしまった。
ミルウスだけではない。セイレスト家の重鎮たちはひとり残らず嘆いていた。
出立前の挨拶時に「教育の引継ぎだ」とかいって、ミルウスは兄から分厚い書類の束を渡されていた。
その紙束の厚みと、書かれた字の細かさに愕然とした。斜め読みしてみると、今までにベルランに施した教育内容の記録と、時間が足りずに兄夫婦が教えられなかったことが詳細に記されていたのである。
この書類に記載されている内容を、帝都にいるミルウスと長兄が今後は行うようにと命令された。
行間からは兄がどれだけベルランに期待していたかということと、無念と執念がにじみでていた。
その怨念すら感じされられる内容に、ミルウスの顔から血の気が失せる。
今回の件、田舎育ちの箱入りな甥っ子を、帝都で暮らす叔父が預かって面倒をみる……くらいに考えていたのだが、認識が甘かったようである。
――セイレスト家の逸材、いや、至宝をオマエタチに委ねるが、くれぐれも『磨き方』を間違えてくれるなよ?――
書類を手渡されたときに、耳元で囁かれた兄の言葉が脳裏によみがえる。
と同時に、背筋に悪寒が走った。
アレは冗談ではなかった。
脅し……恐喝だ。
兄は本気だった。
(帝都にはオレ以外にもセイレスト家の人間はいるのに……)
ベルランの身になにかあれば、ミルウスの身も無事ではすまされないだろう。
セイレスト家は、優秀な竜騎士を排出する家門として有名だった。
その頂点に君臨する人物からの命令だ。
侮ってはいけないし、怒らせるのはもっといけない。
兄弟だからといって、いや、兄弟だからこそ、しくじったら制裁がとんでもなく厳しくなる。
やっぱりこいつは、とんでもない……もったいない……とミルウスはひとりごちた。
「ミルウス兄様?」
何度か呼んでみたが、ミルウスからは返事がない。
前方を見据え、ブツブツと呟きながらなにやら考えはじめたミルウスをみて、ベルランは口を閉じた。
「キュルキュルッッ!」
ギンハが「遊ぼ! 遊ぼ!」と煩く鳴いている。
ベルランは叔父の相手から、幼竜の相手へと気持ちを切り替えた。
今は遊んでやることはできないが、片手で撫でてやることくらいはできるだろう。
ベルランは右手に魔力を集めると、ギンハの頭にそっと触れた。
「ぴゅるぴゅるっ」
ギンハは嬉しそうに喉を鳴らす。
おやつをもらって喜ぶ子どもみたいなものだ。
成体の瑠璃竜と違って、鳴き声はとても小さくて愛くるしい。
癒される……。
ベルランだけでなく、ミルウスの顔もほころぶ。
突然、瑠璃竜が「ぶるん」と身体を大きく震わせた。
いきなりの縦揺れに、騎乗者たちは面食らう。
「くッ!」
「うわぁっ!」
「きゅるうるうっ!」
ふたりと一匹が慌てる。
ミルウスは急いで手綱を引き締め、ベルランはミルウスの背にひしっとしがみついた。
押しつぶされたギンハが「きゅぃ――」と苦しそうな鳴き声をあげたが、身体が跳ね上がった後に襲ってくる左右の激しい揺れをしのぐには、我慢してもらうしかない。
[コラッ! ルリー! 暴れるな! 嫉妬はみっともないぞ!]
ミルウスが『古のコトバ』で声を張り上げる。
[まさか……ルリーは、オレの浮気を疑っているのか?]
ルリーは返事をする代わりに、首を大きく一振りする。
巨体が大きく傾き、乗り手たちは声を上げて狼狽える。空ではなく地面が見えた。
背中越しにミルウスがため息をつくのがわかった。
[おいおい。オマエほど綺麗で可憐な竜は他にいないのに。オレが他の竜にうつつをぬかすわけがないだろ? チビ竜の一匹程度にうろたえるなよ! オレとオマエの絆はそんなものじゃないだろ?]
「ギュルルウウゥ!」
[若ければいいってもんじゃないし!]
「ギャウギャウゥツ!」
[ごめん! まあ、正直なところ、ベルランの銀白竜は、とてもカワイイかなぁとかは思ったよ……]
「ギュルゥ!」
[いや、ちょっとくらい撫でたっていいじゃないか! 撫でてほしそうにしてたから、仕方がないだろ? そもそも、ちょっと撫でたくらいで、浮気とかありえないだろ? 今まで他の騎竜を撫でても怒らなかったのに、なんでダメなの?]
「ガルルルル――ッ!」
激しい横揺れは、さらに激しくなっていく。
まるでロデオのようだ。
いや、実際に瑠璃竜は前進するのを止めて、空中停止状態で駄々をこねはじめたのである。
「おいおい! どうした――! わ――っ! お、お、おちつけ――!」
ミルウスの悲鳴めいた叫び声が空に消える。
上に、下に、左右に……ガックンガックンとベルランとミルウスの身体が揺れる。
ギンハが「きゅるううっ」と怯えたような声で鳴いた。
「ガルルルル――ッ!」
[ルリー! 落ち着け!]
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