2-5 工夫したらなんでもできるんだな

 かくして、両親と一緒にスリング実験を行った結果……。


 ギンハは『素材の時点からベルランの魔力が込められたスリング』をいたく気に入った。現在、使用しているスリングである。


 そのスリングに、小竜の大きさに変化した父と母の騎竜たちを入れようとしたが、どちらの騎竜も嫌がって暴れた。


 二匹の竜に感想を尋ねると[ふざけるな!][最低な主人だ!][主人の命令であっても断固拒否する][ボコられたくなかったら、とっとと命令を取り消せ!]という具合で、散々だったらしい。


 『普通の布のスリング』には、三匹とも入るのを嫌がって暴れた。


 感想はというと[狭い][気持ち悪い][居心地が悪い][荷物扱いするな]だった。


 『普通の布のスリングにそれぞれの魔力をこめたスリング』には、三匹が自分の主人たちのスリングに入った。

 これならいけると思ったのだが、竜たちは中でもぞもぞと動いて落ち着くことがなく、布に馴染ませた魔力が薄れてしまったら暴れはじめ、ついにはスリングからでてしまった。


 こんなに暴れていては、竜も竜の主人も怪我をする可能性がある。

 安全性の確保は大事だ。


 同じく使用感を尋ねてみると[この中に入る意味がわからない][魔力が足りない][違和感がある][緊張する][くつろげない]という具合だった。


 結局は『魔力』なのだ。


 素材採取ならできるが、そこから先の作業を竜騎士や竜騎士見習いができるわけがない。


 ベルランはイレギュラーのケースであり、スリングを導入するのは難しいと、ベルランの父は判断したようだ。


 だから自分たちに『すりんぐ』の情報共有がなかったのか、とミルウスは納得する。

 納得はしたが、なんとなく、モヤっとしたものが胸に残った。


「スリングの型紙、作成はいたってシンプルなものなのです。主人の魔力が込められているかいないかが問題ですけど、もっと色々なパターンで試してみないといけないと思います。父上もそうおっしゃっていました」

「だよなぁ……」

「例えば、完成品に魔力を馴染ませたスリングで、時間をかけて短い時間から訓練したらどうなるか、とか、契約成立した直後から使っていたらどうなるか、とか、主人が着ていた服でスリングを作ってみるなどが、今の段階で考えられます」

「なるほど。よく考えているな。試してみるのも面白そうだな」

「はい。時間が少なかったので、色々なパターンを検証することができませんでした」


 ベルランの声にミルウスは大きく頷く。


 そうだ。

 今回は特に時間がなく、急いでいるのだ。

 のんびり商品開発の試行錯誤などしている場合ではない。


 ……と、そこで新たな疑問がミルウスの中で形になる。

 

「……確か、銀白竜は生後三か月だったよな?」

「そうですけど?」

「オマエが竜騎士見習いの資格を得たのが三か月前だよな?」

「はい」


 竜が主人を決めた瞬間より、その主人は竜騎士見習いとなる『資格』を得たことになる。

 すごく当たり前のことを、なぜ、竜騎士である叔父が確認したのか、ベルランは首を傾げる。


「ベルラン……この三か月の間、すごく忙しくなかったか?」

「ええ。父上と母上から再教育と言われて、昼夜問わずに色々と叩きこまれました」


 よほどひどい目にあったのだろう。

 口調が苦々しく、ミルウスにつかまる手がプルプルと小刻みに震えていた。


 両親が三か月をかけて息子に叩き込んだのは、『今まで教えてこなかった』貴族や竜騎士としての一般的なマナーや教養、心得だった。


 さらにあのふたりは「座学ばかりではつまらんだろう」と、ダンスやひとおりの楽器演奏、一般的な剣術に、乗馬なども組み込んだという。


 それと並行して、セイレスト家の貴族としての立場、竜騎士としての特殊な立ち位置、意味と役割を徹底的に教えた。


 竜騎士にさせるつもりが全くなかったベルランには、一からの教育になったはずだ。

 座学と実技を織り交ぜながら、十年近くの歳月をかけて学んでいくことを、あの夫婦はわずか三か月でやってしまおうとした。


 教えられる方もだが、教える方も大変だったにちがいない。


「かなり無茶苦茶なスケジュールだったようだが、ちゃんと理解できたんだろ?」

「理解しただけです……」


 知識として理解できても、実際のシーンで活用できなければ知らないのと同じだ。

 ベルランは再び震えあがる。

 なにか嫌なことを思い出したのだろう。

 あの兄夫婦に本気で教育されたのなら、こうなっても仕方がないか。とミルウスは甥っ子の災難に同情する。


「そういうびっちりとした隙間のない過密スケジュールのなかで、ベルランは秘境の地にしかない特殊素材を採取して、布を織りあげて、布を染めて、裁縫をする時間がどこにあったんだ?」

「それなりに工夫したらできますよ」

「なにがだ?」

「時間とスリングです」

「…………そうか。工夫か。工夫したらなんでもできるんだな」


 手綱を握りながら、ミルウスはため息をつく。


 兄夫婦もたいがいなヒトだが、その夫婦の秘蔵っ子もとんでもないようだ。

 この先、末っ子が長兄を凌駕することになるのだろうか。


 膨大な魔力量。

 たいがいのことは問題なくやりとげてしまう器用さ。

 そして、所持している特殊なスキル。


 ベルランは一介の『竜騎士』にしておくには、もったいないほどの『貴重なスキル』を所持していた。


 実のところ、セイレスト家の家長は己の八番目の息子ベルランを、しばらく空位が続いている『竜の棲まう地の守護者』として育つように密かに教育していた。

 だが、ベルランが銀白色の竜を保護し、竜の主人となってしまったので、その企みはあっけなく頓挫してしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る