2-4 こ……こだわりがあるんだな
「スリングはオレが作りました」
「え? ベルランがすりんぐを作ったのか?」
「はい」
「……器用なヤツだなぁ。使用されている布も特殊な素材みたいだが?」
「ええ。まあ。竜の巣に使われる植物の繊維を使って織り上げましたから」
「……誰が?」
「オレです」
「機織りなら、誰か他のヒトに頼めるだろ?」
機織りは特殊技術が必要で、専門職になる。子どもの頃から工房に弟子入りして、徒弟としてそこで技術を学び、腕を磨くのだ。
普通の機織りは平民の職人であったり、女たちが冬場の内職として行うこともある。
だが、布に魔力を込めながら織り上げるというのは、技術の他にも膨大な魔力と労力を必要とするので、そこまでのクラスになるには、さらに特殊な専門の道具と、努力と才能と魔力が必要となってくる。
貴族のご婦人方が趣味として織物を愉しむこともあった。
しかし、趣味としての織物では、使用する道具のレベルも違うので、ここまでのものはできない。
普通は職人に依頼する。
というか、普通はいちから布を作るのではなく、すでに布になったものを購入して作るだろう。
「布には繊維の段階から、オレの魔力を何重にもからめているんですよ。その方がギンハも落ち着けるかな、と思ったので。自分の魔力を布に込めたいのなら、自分で織らないと意味がないじゃないですか?」
「こ……こだわりがあるんだな」
すりんぐに魔道具としての機能は組み込まれていないが、ベルランの濃厚な魔力の気配を感じることができる。
兄の息子たちの中で、ベルランの魔力の多さはダントツ一位と聞いていたが、カバンひとつに相当量の魔力が込められている。
己の騎竜が喜ぶためなら労力を惜しまないミルウスだが、さすがにここまでのこだわりはない。というか、普通はできない。
「ギンハの寝床みたいなものですからね。素材選びからこだわりましたし、繊維をとりだすのも、糸に加工するのも、すべてひとりでやりました」
「は? 最初から最後までベルランがひとりで作ったのか?」
「ええ。だって、ギンハを入れるスリングですからね。色々とこだわりたいじゃないですか」
ベルランを背中に乗せての会話なので、お互いの表情はわからない。
ミルウスは呆れ返り、ベルランはうっとりと楽しそうな表情を浮かべている。
「まさか、その色も自分で染料を集めて染めたとか言うんじゃないだろうな?」
「ミルウス兄様、よくわかりましたね」
「えええっ?」
驚きのあまり声が上ずってしまった。
そこまでするか、というか、そこまでできるのか、という驚愕だ。
「空天の渓谷の鉱石をいくつか採取して、色を調合したんです。『ギンハの色』をイメージしてみたんですが、わかりますか?」
「色を自分で作ったぁ?」
その知識はいつ、どこで仕入れたのかというツッコミと、色を染めるときにも魔力を込めたんだろうな、という確信めいた呟きは心の中だけでする。
「鉱石を砕いて調合して、魔力を込めました。染めることによって、鮮やかさと耐久性をもたせ、色落ちを防止させています」
「魔力を込めると、そんなこともできるのか?」
「染色の基本ですよ」
「そ、そうか。オレは竜騎士の基本くらいしか知らないからな」
「だったらわかりますよね? 竜は主人の魔力に包まれていると、穏やかな気持ちになれますよね」
「ああ。そうだ。そのとおりだ。今の時期は、食事以外のときにも魔力を与え、竜に自分の魔力を覚えさせておくといいだろう。与える魔力が多ければ多いほど、成長したときに立派な竜になるからな」
「はい。だから、『素材作りから完成までの全行程』において、魔力を込めて作成しました」
「……うん。そうだな。その考えは間違っていない。間違っていないんだが……」
ミルウスはもごもごとひとりごちる。
ベルランは銀白竜を育てるために魔力を与えながら、この魔力たっぷり、愛情たっぷりなすりんぐを作り上げたのである。
たいした魔力量である。
魔力が有り余って仕方がないのだろう。
「魔力回復薬を使いながら作成したのか?」
「いいえ。薬で人工的に魔力を増やすと、魔力の色や匂いが変わってしまうじゃないですか。ギンハがストレスを感じてはいけないと思って、使いませんでした」
「……多少は色や匂いが変わるだろうが、それはほんの『多少』だぞ。その程度でどうこうなるものではないんだけどな」
騎竜となった竜たちは、自分の主人の魔力が『大好物』だ。
竜がどうやって主人を選ぶのかは謎だが、魔力の好き嫌いで選んでいるという説が最も有力だ。
主人の魔力が織り込まれた布で作ったカバンなら竜も喜ぶだろう。
「ところで質問なのだが……」
「はい?」
「やはり、そのすりんぐの中に幼竜を入れるのは、魔力を馴染ませたすりんぐではないとダメなのか?」
「たぶん、そうだと思います」
ベルランによると、試供品や予備もふくめて多めにすりんぐを作ったらしい。
さらに、父の命令で普通の布で作ったスリング、普通の布で作ったスリングにベルランの魔力を馴染ませたもの、父の魔力を馴染ませたもの、母の魔力を馴染ませたもの、三人の魔力を馴染ませたものを用意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます