2-2 甘ったれるな。己の身は己自身で守れ

 ミルウスはベルランを後ろ側に乗せ、帝都へと向かっている。


 ふたり用の騎乗鞍ではない。そもそも騎竜用の鞍には、ふたり用は存在しない。

 ひとり用の戦闘鞍に無理やりふたりが騎乗しているので、とても安定感が悪かった。

 油断していると、すぐに振り落とされるだろう。


 竜の主人は全く気にしていないが、竜にしてみれば、主人以外の『青臭いニンゲン』を、あっさりと自分の背中に乗せたのが腹立たしいようだ。

 わかりやすいほどに機嫌が悪い。


 さらに、ベルランの私物も運ばされているので、誇り高い竜には我慢ならないのだろう。

 出発してからずっと騎竜の鼻息が荒く、飛び方が安定していない。


 できるだけ身軽な方がいいと言われたので、帝都で用意できる日常品や衣類は、帝都にいる長兄に用意してもらうことにした。

 必要なものだけを厳選し、ベルランが持ち出した荷物はトランク二つ分にまで減らしたのだが、それでもまだ多かったようだ。


 父も母もそして、この叔父も「荷物はこれだけで本当にいいのか?」と何度も聞いてきたので、大荷物ではないと判断したのだが、その判断は違っていたようである。

 竜の気持ちはなかなかに難しい……。


 不機嫌そうな「グルグルッ」という唸り声がたびたび聞こえてくる。

 そのたびにミルウスは魔力を込めた手で竜の首筋を軽く叩き、『古のコトバ』で瑠璃竜をなだめていた。


 それでもなんとか瑠璃竜に乗せてもらえているのは、ベルランがミルウスの甥であり、魔力が叔父と似通っているからだろう。

 でなければ、ベルランはとっくの昔に瑠璃竜に振り落とされていた。


 それくらい、騎竜は扱いが難しく、誇り高い竜種なのだ。


 一応、魔道具の『命綱』をつけてはいるが、最優先とされるのは竜の主人であり、数少ない竜騎士であるミルウスだ。

 残念ながら、現在のベルランは文字通りの『お荷物』でしかない。

 真っ先に切り捨てられるモノだ。


 ベルランの腰につけられている『命綱』は、『ミルウスが巻き込まれて危険と判断したら、ミルウスを守るために簡単に切れてしまう』という、とても頼もしくない『命綱』であった。

 とんだ便利魔道具である。


 出立前に「ないよりはマシだろ」とミルウスは言ったが、命綱としてつける意味がないとベルランは思った。


 そういうわけで己の生命を守るはずの命綱は、全くアテにならない。逆に機能してもらっては困る命綱だ。

 そして、瑠璃竜はベルランが少しでもスキを見せたら、『邪魔者』を振り落とすつもりでいる。

 帝都までの空の旅を無事に終了させるには、ベルランが手を離さず、しっかりとミルウスの背中に捕まっている必要がありそうだ。


 甘ったれるな。己の身は己自身で守れ――ということだろう。


 ベルランの母がよく口にする言葉だ。


 ミルウスの逞しい背にベルランがぎゅっとしがみつくと、前掛けにしていたハンモック型のバッグがふたりの身体に挟まって、ぐにゃりと潰れた。


 変形したバッグがもぞもぞと動き、しばらくすると「きゅるうるう」という可愛らしい鳴き声をあげて、小さな竜が隙間からひょっこりと顔をだした。

 くるくると動く空色の瞳が愛らしい。


[あ、ごめん。ギンハ。苦しかったかな? でも、危ないからまだ中に入っていてね]

「きゅいきゅいっ」


 ギンハと名づけられた銀白色の竜が、ベルランに向かって甘えた声をだす。

 退屈だから遊んで欲しいと、ベルランにおねだりしてくる。

 生後三か月という幼い竜で、まだ飛ぶことも覚束ない。

 ニンゲンでいうなら、ハイハイをはじめた赤ん坊といったところだ。


 今、ここで外に転がり落ちてしまったら、未成熟な幼竜は飛ぶこともできずに地面に向かって落下する。

 騎竜の機嫌もわるいので、目的地に到着するまでカバンの中で大人しくしていて欲しいところだ。


[今晩はたくさん遊んであげるから、今はおりこうさんでいてくれるかな?]

 

 ベルランが『古のコトバ』で語りかけると幼い竜は大人しくなったが、ギンハはバッグから顔を出したまま、珍しそうに空を眺めている。


 幼い竜は常に魔力を欲している。

 本来なら、生後三か月の時点では、まだ親竜の庇護下で育つ時期なのだが、銀白色の竜は親竜といるよりも、ベルランの元で育つことを望んだのだ。


 なので、ベルランが名前をつけ、親代わりとして肌身離さず幼竜を懐の中で抱き続け、魔力を与えている。


 竜が自力で主人の肩につかまることができるようになるのは、もう少し成長して手足がしっかりしてからの話になる。


 強さを誇る竜も、幼いうちは庇護を必要とするか弱い存在だ。

 そして、腹立たしいことに、その習性を利用してひと儲けしようとする不埒な輩も大勢いる。


「キュルキュルッッ!」


 ギンハはベルランのカバンの中で、無邪気に鳴いていた。

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