第47話

 神の森を眼前にして、丸太でくみ上げられた台座に、御大の亡骸が横たわっている。それは御大だけではなく、この襲撃で殺されたエルフ達全員だ。


 御大の子孫であるニーアフェルトが、エルフ語で、御大を始め、老エルフ達の、これまでの功績を讃え、

「我らの神に召され、永遠の加護が在らんことを切に願う」


 といって、台座に火をつけた。他のエルフ達も一斉に火をつけ、老エルフ達の亡骸は炎の中に崩れ落ちていった。

御大を始めとする、犠牲になったエルフ達は数百人にも及び、特に老エルフ達の数が一気に減ってしまった。


 これは、エルフ達にとって、痛恨事だった。老エルフ達は、若いエルフ達を教え道くことがなにより重要で、若エルフ達も、老エルフから教えを乞うことで、種族の守成と繁栄を築いてきた。


 それが、バディストンという余所者のために壊されてしまった。温厚で、口さがない言い方をすればのんびり屋の多いエルフ達にとって、これまでにない怒りの感情が湧き上がってきたのは言うまでも無いことだった。


 エルフ達が聡明な理性を失わなかったといえるのは、エファルへの攻撃がなかったことだ。エファルはこの面倒事を、本人の意思ではなかったにせよ、持ち込んでしまった、いうなれば疫病神のような存在であったのにもかかわらず、エルフ達は自分たちが認めた『余所者』を非難することはしなかった。ただ、一部では、


「エファルが責任を取るべきだ」

 という意見が出てきた。ただこれは、エファルを追い詰めるといった類のものではなく、エファルが、今回に限ってエルフ達を率いて戦い、そして死んでいった者たちを弔いたい、という、いわばエファルに陣頭指揮を執ってほしい、という願望の表れだった。


「無論でござる」

 エファルはこれに応じた。もとより、バディストンは、エファルにとってはハーロルトを殺された仇であり、エルフ達を虐殺した、仇敵だ。これに応じずして、何のために御大たちに認められて、神の森の代表になったのか。


「では、皆を集めてもらえまするか」

 アーフェルタインやニーアフェルト、ファーレンタイトが森のエルフをエファルの前に集合させた。

「僭越ながら、それがしがこの度の総大将の拝命を受けることに致しまするが、皆はそれでよろしゅうござるな?」

 エルフの口々から賛意の言葉が飛んだ。


「では、それがしは総大将として、皆に命じることになる。各々方、此度の無念を晴らし、見事バディストンを討ち果たすべし!」

 自然に出たエルフたちの鬨の声は、エファルと神の森が真に一体になった瞬間だったといってもよかった。


 エファルはまず宿を貸し切り、ここを本陣と置いた。そして、周辺の地図を広げ、まずどのような陣取りになっているかを整理し始めた。

 ムーラ本国から、軍勢がやって来たのはその頃で、騎士団、魔法戦士隊合わせて一万というかなりの大所帯だった。


 その一万の軍勢を率いている人物を見たエファルは、

「これは、わざわざのお運び、いたみいる。フレデリック殿」

 といって、深く頭を下げた。


「いや、神の森が攻撃されたということは、我々に対する宣戦布告と同じことです。しかも、前の時は我々は何もできなかった。今回は、共に戦いましょう」

「力強い言葉、有難く存ずる」

「状況を教えてください」

 エファルは、アーフェルタインやニーアフェルト、フレデリックなどの主だった者を集め、ひとまずの状況と課題を説明した。


「ここにあるヘーゲン砦を攻略する、というのが、当面、我らがこなすべき戦でござる。されど、以前それがしが単騎で突破した、あの張りぼての砦とは全く違っているであろうことは容易く考えられる。そこで、この出城の見取りが欲しい。表門は元より、裏口、堀、構え、狭間、石落とし。その他、この出城の様子を疎漏なく知りたい」

「つまり、この砦を総がかりで調べ上げる、ということですね」

「左様。それについて、なるべく敵に悟られぬよう、迅速にしたい。それと合わせて出来れば図面なども頂戴したいが、適任は。……」

「それならば、エファルさん。最も信頼できる適任者を連れてきていますよ」

 フレデリックがエファルの前に引出したのは、メルダロッサだった。


「あの時、急いで出て行ったので、置いてけぼりを食らった、とおもってずいぶんと怒って、寂しがっていたので、連れてきました」

「おお、それはありがたい。……、メルダロッサ、おぬしの盗っ人として思う存分振るってくるがよい。ただし、盗むのは図面のみ。他には目もくれるな」

「わかったよ、おっさん。で、報酬は?」

「……、もしこの戦に勝ち、すべてが終わったとき、金子でも宝物でも何でも欲しいだけやろう。領地などは。……」

「そんなことより、もしこの戦争が終わったら、すむところ用意してくれよ」

「それならば、ムーラがあるではないか」

「おっさんが用意しろ。条件はそれだ」


 フレデリックが嗜ようとするのへ、エファルはそれを目で制した。

「よかろう。なにせ、戦に勝ったらおぬしのいう通りにしよう」

 エファルはドストマに鍛え直してもらった、ハーロルトから譲り受けた脇差を少し抜き、小柄を外して、チョウ、とはばきを叩いた。


「なんだ?それ」

「金打といって、我ら武士は一旦約定したことは命を懸けて違えぬ、という証だ。おぬしもこの音を聞いたであろう?ということは、おぬしも決して約定を違えてはならぬ。ましてや、逃げ出したりいたせば、地の果てまでも追いかけて、討ち取るということだ」


 エファルはわざとらしくいった。

「おどかすなよ、ちゃんと仕事はやる」

「よかろう。ならば、ヘーゲン砦の近くに存じよりの者の山小屋があるゆえ、そこまで向かおう。馬では目立つ故、徒歩で参る」

 エファルを以前助けたエファームがすんでいる山小屋が残っていること、それがバディストンに接収されていないことを願った。


 ヘーゲン街道を少し外れた形で進んでいったのは、バディストン側に察知されることを懸念してのことで、実際、街道にはバディストンの兵士たちが監視と警備のためにいくつか詰所のようなものを作っていて、一定毎に置かれている。

「厳しいな」

 メルダロッサが呟いた。


「うむ。以前よりもだいぶ態勢を整えているようだ。このまま突入したとていずれ捕まるのは必定」

「で、山小屋というのは、どこですか?」

 アーフェルタインが尋ねた。

「それは。……」

 エファルが鼻をうごかすや、険しい顔になった。

「どうしました?」

「……、この鼻は実に都合がよい」

 エファルが動き出すのへ、皆がそれに続いた。



 エファルが感じた匂いは、山小屋からだった。エファルが中に入ると、エファームの亡骸が転がっていた。傷口をみると、最近殺されたようだった。


「このお方は、それがしとアケビが途方に暮れていた所を助けてもろうた、恩人でござった」

「この山小屋の位置から考えると、バディストンの兵士に殺されたかもしませんね」

「助けてもろうた折、兵士たちがやって来た事があったが、その後に襲われたやもしれぬ。……、この者を鄭重に弔いたい」

「分かりました」

 エファルとフレデリックが山小屋の裏側に穴を掘ってそこにエファームを置き、土をかぶせて石を置いた。エファルが手を合わせて念仏を唱える。


「これでよかろう。……、では山小屋を拝借いたそう」

 山小屋から見えるヘーゲン砦は、実に堅固そうだった。聳える石壁は人間を縦に並べて三人分ほどの高さで、所々に周辺を見渡すためであろう塔のようなものが二つほど立っている。


「やはり、早くに攻めてこなんだのは、あの出城を強固たるものにするためであったか」

「おっさん、どこから入るんだよ?」

「それは、分らん」

「分らんって。……、そんな無責任な事を言うなよ」

「大丈夫ですよ、メルダロッサ。私には遠目の魔術が使えますから」

「だったら早く頼むよ」


 アーフェルタインとフレデリックが遠目の魔術を使ってヘーゲン砦を見渡す。

「石壁は砦を囲うようにして作られていますね。砦の中は。……」

「中は。……これが司令塔かな?中央にひときわ大きな建物がある」

「警備は厳重ですね」

 二人がそれぞれ述べていると、

「どこから入るんだよ」

 メルダロッサが焦れたようにして尋ねる。


「待ってください。……、ここからですね」

 アーフェルタインがメルダロッサの肩を掴んだ。メルダロッサに見えたのは、石壁のある箇所が崩れていて、まだ補修をしていない所だ。


「ここから入れば、そこの大きな塔の死角を突くことが出来ます」

「あのさ」

「なんですか?」

「そうやって魔術が使えるなら、わざわざ塔の図面なんか要らないんじゃないのか?」

「そう思いますか?」

「だってさ、そうやって遠くから見られるなら、それでいいじゃん」

「確かに、魔術は一見して万能のように見えます。ですが」


 アーフェルタインは遠目をさらに飛ばし、中央の塔の近くまで向かった。かと思ったところで暗転し、途切れた。


「これが限界です。つまり、ここから見える範囲は限られています。これ以上近づけば、捕まるかもしれない。そして、なによりこの砦を攻略するのに、皆がその陣容を把握しなければなりません。砦の出入り口はどこか。どこが手薄になりそうか。あるいは、どこが弱点なのか。それを知る上でも、砦の図面は必要なのです」

「分ったよ。で、あそこなんだな?入り口は」

「あそこ以外に忍び込める場所はないでしょう。幸い、あの辺りは見え辛そうですからね、そこまでは我々もご一緒します」


 山小屋を出ようとしたとき、エファルはメルダロッサに、

「よくぞ、我らを助けてくれる気になった。はじめはどうなることかと思うていたが、立派になってくれて、礼を申す」

 そう言って頭を下げた。

「う、うるさい。暇だから、暇つぶしなだけだ」

「そういうことにしておこう。では、参ろうか」



 一同は夜を待ち、辺りの風景が分からなくなるまで待った。例の箇所が手薄だった大きな理由は、鬱蒼とした森が迫っていたからだった。つまり、この修復をするにあたって、外からの作業が困難とまではいわないものの、多少のやりにくさもあって、放置している、と考えるのが無難だろう。


「不用心この上ない」

 とエファルが言うのも当然で、これでは侵入が容易く出来てしまうことになる。無論、その方がメルダロッサにとって都合がよい。


「では、頼みますよ。エファルさんはここに残ってください。我々は一旦山小屋に戻って、魔術を使ってひきつけますから」

 フレデリックが、メルダロッサにかける魔術は、体が軽くなって動きやすくなる『軽身』と、一時的に体が見えなくなる『隠転』という二つの魔術だった。そして、アーフェルタインとフレデリックが山小屋に戻っていってから、しばらくすると、騒ぎが聞えて来たので、その方をみると、大きな火球が天から次々と落ちていった。


「あれが合図かな」

「じゃあ、いってくるぞ。待ってろよ、おっさん」

「見捨てるような真似はせぬ。だが、その身が危うくなれば、戻ってこい。おぬしの命と図面であれば、おぬしの命の方が大事ゆえな」

 メルダロッサはじっとエファルの方を見やった。


「……、行って来るぞ」

「かならず、戻ってこい」

 メルダロッサは、

「……、行ってきます」

 そう言い直して、ヘーゲン砦の中に入っていった。

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