第46話

 店主は、どのような注文も受ける、という。そしてそれは、自身の商売として当然のことだ、ともいった。


「死霊魔術を嫌う奴は多いさ。でもね、死霊魔術を求めてくる人は、やましい連中だけじゃないのさ」

「しかし、死者を蘇らせるのは、あまり良いことではないと思いますが」

「身内が死んだ時、その身内を蘇らせたい、と言う場合はどうするね?」

「気持は分かります。ですが。……」


 フレデリックが反論しようとするのへ、エファルが止めた。

「フレデリック殿、今はそのような評定をしている場合ではござらぬ。……、あるじ。近頃、その死霊魔術の魔法陣とやらを売った覚えはあるか?」

「……、それを聞いてどうするね」

「そう身構えずともよい。なにも御用検めをしているわけではない。ただ、濡れ衣を着せられた者を助けんがため、こうして訪ねている次第。仔細を知りたいのだ」

「売ったのは三人だ。一人は、妻を亡くしたといって買っていった男。もう一人は、子供を亡くしたという母親と父親。もう一人が、役人だったね、あれは」

「役人と申したか?その者の姿かたちをおぼえておるか?」


 ああ、と店主がうなずくと、

「その者の似せ絵を作ることはできるか?他の二人も含めて」

「ああ、できるよ。ただし、こちらには一切お咎めのないようにする、という約束をしてもらうことになるよ」

「無論だ。商いは信用が第一故な」

 店主はさらに羊皮紙に三人の似顔絵を描いた。三人は三枚の羊皮紙を受取り、宿へ戻った。


 そうしているところへハイアットもやってきたので、フレデリックが例の羊皮紙を渡した。似顔絵を見て、はじめは反応がなかったハイアットだったが、三人目の似顔絵を見た時、ハイアットはわなわなと震えていた。


「どうした?当たったか?」

「ええ、フレッド。大当たりよ。この似顔絵、役人とか言ってなかった?」

「確かに、そう言っていたな」

「間違いない。……、フレッド、そいつをここへ呼び出す。エルフ、私を依り代にして人形を作れない?」

「ええ、お安い御用ですとも」


 アーフェルタインは詠唱を唱えることもなく、一体の人形を作った。それは、あの時、小男を殺した『ハイアット』にそっくりだった。

「わたしは、いまからこいつを呼び出してくる。夜まで待っていて」

 ハイアットは暴風のように宿を飛び出した。


 日が落ちて星々が煌めき始めた頃に、ハイアットは羊皮紙の人物を連れて戻ってきた。その人物は、ハイアットの人形を見るなり、息をのんで固まった。

「どう?よくできているでしょ、ナイア」

「な、何の冗談よ、これは」


 ナイアは扉の近くにそれとなく近づいたが、扉の前にはエファルが立っていた。

「これはね、ムーラのゴードン卿を暗殺しようとした『私』に似せた人形。何故、これに驚いたの?」

「そりゃ、びっくりするでしょう。ハイアットが二人いるんだから」

「じゃあ、あなた、死霊魔術の魔法陣を買ったわよね?調べはついているの」

「……」

「なんで、私だったの?」


 ナイアはぼつぼつと話し始めた。

 ナイアは、ムーラについて併呑をするべきだという、拡大派だった。その為には、あくまで独立を是とするボールド・ゴードンの存在を消すべきだ、というかねてから考えていたことを実行に移すべく、暗殺に動いた。


 依代は、聖道外れの集団墓地から見つけ、ハイアットの姿に似たのは、ハイアットの髪の毛を一本取っていたからで、何故ハイアットに狙いを定めたのか、については、

「貴女が妬ましかった」

 といった。直言気質であるのに、ハイアットの評判はなぜか悪くなく、文官としての等級もハイアットが一つ上であることも、ナイアの嫉妬を加速させたらしい。


「そんな浅はかな理由で?……、愚かしい」

「エルフには分からないわよ、そんな世界に暮らしていないのだから」


 ナイアの顔は普段の温和な顔とは全く違っていた。それを、エファルは、

「はてもさても、真蛇の面というべきかな」

 といった。能面の一つで、恨みや嫉みが高ぶりすぎて蛇のようになってしまった能面で、その激しさは怨霊と目される中で最も強い。その次に強いのが生成、別名を般若という。以下、嫉妬を押し殺して理性を何とか保たせている泥眼、嫉妬がない通常の状態を現わすのが増女となっている。


「嫉妬などと申すものどこの世にもあるもの。それがしとて、お納戸役に任ぜられたる折、同輩の者に妬みや嫉みを買うたこともある。確かに、貴殿の心情、如何ばかりか察せられるところではある。されど、その妬みを持って相手をおとしめ、あまつさえ下手人に仕立て上げようとするは言語道断。恥を知るがよい」

「うるさい!お前達に、私の何が分かるのよ」


 ナイアの理性はすでに欠片もなくなっていた。懐にしまっていた短剣を取り出し、ハイアットに襲いかかった。

「御免!」

 エファルが背後からナイアの側頭部を手刀で打った。途端にナイアは短剣を落し、気を失った。

「お見事ですね」


 フレデリックが驚きながらいった。

「いや、この程度のことは造作もないこと。それよりも、それがしはこの者がただの一人で起こしたこととは到底思えぬ。裏で動いている者があるように思う」

「考えられますね。……、ハイアット。ナイアの家は分かるか?」

「ええ」

「ならば、一緒に、ナイアの家を当たってくれ。そこに何かあるかもしれない。エファルさんとアーフェルタインさんは、このままナイアさんを頼みます」


 フレデリックとハイアットがナイアの家に向かった。エファルはナイアの手足を縛り、さらに口に布を噛ませた。

「舌を切らせぬためでござる」

「念入りですね」

「大事な下手人ゆえ、これほどのことはしておかぬと。……、それより、このまま関わってよいのでござろうか」

「私も、そう思っていました。バディストンが本格的に準備をととのえれば、まず攻めるとすれば、神の森になるでしょうし。はやく戻ることに越したことはありませんが、こちらも気になりますからね。それに、乗り掛かった舟を下りるには、ずいぶんと沖合まで来たと思いませんか?」

「確かに。ここは、もう流れに任せるしかござらぬな」


 しばらくしてハイアットとフレデリックが戻ってきた。フレデリックの手にある紙片には、

『ボールド・ゴードンの命を奪え。それがかなえられた時はムーラを併呑でき、その折には、しかるべき領地と、地位を与える』


 と書かれてあった。エファルは気を失っているナイアの正気を取り戻させ、

「この文の主は誰か」

 と問うた。当然、ナイアは答えることがない。ハイアットに見せても、この筆跡は見たことがない、という。

「ということは、すくなくとも、ハイアット殿の存じよりの者ではない、ということになる」

「そうなると、ムーラか、バディストン、ということになりますね」


 エファルとアーフェルタインが話していると、

「ここからは、あなた方に立ち入ってもらいたくない。これからは、レザリアの中の話になるから」

「確かに。……、じゃあ、あとはハイアットに任せるよ」

 フレデリックたちは宿を引き払い、レザリアを後にした。こののち、ナイア・ブリーズは法廷にかけられながらも、ついに指示をした人物の名を明かすことなく、自ら命を絶った。帝国歴九八八年水の期七〇日の事だった。バディストンが神の森を襲撃し、ムーラ侵攻を始めてから三年が過ぎた頃だった。



 エファルたちにとって、一番の気がかりは神の森の状況だった。バディストンがヘーゲン砦を拡張し、砦として強固なものになり、シーフ=ロードのミストラを支配下に置いてからすでにかなりの時間が経っている。その間に目立った動きは確かにないが、といっていつ侵略が始まってもおかしくないことに変わりはない。


 が、その前にムーラに寄らねばならない。フレデリックを見送らねばならない。

 ゴードン邸に戻ったとき、いち早く駈けつけてきたのは、ほかならぬゴードン卿だった。

「早く来い、大変なことになっているぞ」

 エファルたちが連れてこられたのは、客室で、そこのベッドに寝ている人物を見たエファルが思わず叫んだ。


「ハ、ハンナ殿?!」

 ゴードン卿によると、ハンナは疲れのあまりに深く眠っているということだった。

「なぜ、ハンナ殿がここに?」

 ゴードン卿によると、バーストの警備隊が見つけたらしく、しきりにエファルの名前を口にしていた、という。偶然に、アレックスが所用で出かけた先で鉢合わせをし、事情を聴いたアレックスが連れて来たらしい。


「アレックス殿、このご恩、エファルは生涯忘れませぬ」

 アレックスは無言のままだっただが、面映ゆいような顔をしていた。

「エ、エファル様。……、エファル様」

 ハンナがうなされているのを、エファルはなんとも言えない顔付で見つめている。そして、ハンナの目がゆっくりと開いた。


「ハンナ殿、ハンナ殿!」

「エ、エファル様」

 ハンナは涙を浮かべて、エファルに縋りついた。

「よく頑張った。もう、安堵いたせ」

「はい。……」

「何があった?」

「か、神の森が、神の森が」

「いかがした?神の森に何があった?」


 ハンナはそれ以上話すにはまだ体力が戻っていないのか、すぐに意識を失った。エファルが静かに、ハンナを寝かせる。ハンナは深く寝息を立てている。

「……、ゴードン殿、何か聞いておられまするか」

「ああ。実はな、お前達が儂の事でレザリアに向かっている間に、バディストンの軍勢が、神の森を再び襲撃したらしい。森は焼け、多くの者が害を蒙ったと聞いている。少女のことは任せて、直ぐに森へ戻れ。軍勢もすぐに編成して、加勢するつもりだ」


 エファルとアーフェルタインが神の森へ戻ったのは、炎の期に入って程なくの事で、二人は、神の森の惨状に絶句した。

 豊かに大きく繁っていた森が黒く焦げて変色し、幾筋か煙が上がって風にたなびいている。森の外では、逃げ出してきたエルフ達がどうにか糊口をしのいでいた。

「帰ってきたか!」


 二人の姿を見つけたニーアフェルトが走り寄って来た。

「ずいぶんと荒らされましたね」

 穏やかな口振りとは裏腹に、アーフェルタインの表情は赤黒くなって、今にもバディストンに殴り込みをかけそうなほどだ。


「ああ、やられたよ。お前達が出て行って程なくの事だ、魔獣がいたところをもう一度襲いかかられてな。何とか追い返したが、あいつら、火矢を打ち込んできた。おかげで森は焼けて、再生するにはかなりの時間がいるだろう」

「で、皆は無事ですか?」

「子供や若エルフ達は先に逃がしたこともあって無事だが、御大が」

「御大に、何かあったのですね?」

「逃げ遅れたのさ。アーデルファル達を逃がそうとしたときに火の手が回ってな。どうにか救い出すことはできたが、動くこともできない」


 御大は宿のベッドを借りて床に就いていた。白い肌やすすけて所々黒く、焦げた為か光のような金髪はくすんでいた。

「御大、御大!」

「ア、アーフェルか。……、エファルも一緒だな」

 御大の声は実に弱々しくなって、直ぐにでも消えそうなほどだ。

「ええ、ええ」

「無事で何よりだ。ムーラとの交渉はどうなった?」

「すこし寄り道をしてしまいましたが、ムーラは我々と同じ方向を進んでくれることになりました」

 それはよかった、と御大の声は持ち直したが、それも束の間で、

「アーフェル。……、無茶はするなよ」

 これが、御大の最期の言葉になった。

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