第33話

「このエルフ、どうします?」

 手下から問われたベラグラハムは、気を失って倒れているアーデルファルの顎に手をやり、やや強引に上げた。


「思ったより、エルフのガキは綺麗なもんだな」

「売りますか?」

「いや」

「でも、神の森のエルフからは金は取れませんぜ」

「んなことたぁ分かってるさ。まあそう焦るな。神の森のエルフ、バディストン。その双方が来てもこちらに有利なようにするさ」


 バディストンの前線基地であるヘーゲン砦に続く街道は、バディストン公国の一方的な通達によって街道が封鎖されているため、ベラグラハムの一味とアーデルファル以外に人影がない。


「はやいとこ、連れだすぞ」

 ベラグラハムに言われて手下たちはアーデルファルを馬に積み、いくつかある根城の一つ、バディストンのほうへと向かっていった。

 エファルが同じ場所に到着したのは、それからほどなくだった。アーデルファルの匂いがここで途切れたので、エファルは周りを見渡した。ただ茫漠とした乾いた風景だけが佇んでいる。


 エファルはひとまず馬から降り、周囲の、とくに地面を丹念に眺めた。乱雑な足跡がかろうじて残っている。足跡の先は、バディストンの方角に続いている。エファルは一旦足跡の追跡をやめ、アケビに再び跨ると、神の森に戻っていった。


「アーフェル殿」

 エファルが声をかけたとき、アーフェルタインは困惑しているようだった。

「しかし、それではアーデルが可哀想です」

 言い争っているのは老エルフだった。老エルフは、

「森の外に出る方が悪い」

 といって全く譲る気配がない。


「なにか、ござったか」

「いや。……」

「狼族の男には関係のない話だ。少し黙っていてもらおう」

 老エルフの態度は尊大だった。


「実は、外に出てしまったアーデルファルを探さなくてもよい、とこの方がいうのです」

「老エルフ殿、訳をお聞かせ願いたい」

「部外者に話す道理はない」

「確かに、それがしは部外者ではござる。さりとて、これまでによって、それがしも部外者ではなくなっておると、自負いたしており申す。それに、どのような経緯があるとはいえ、外へ迷い出てしもうたかもしれぬ童を救う事叶わじと聞けば、聞き捨てなど出来申さず。わけを聞きたいものでござる」

「森の外は危険だ。たかが迷い子のために、他の者を危険な目にあわせるわけにはいかないのだ」

「そのために、童の命を見捨てよ、と申さるるか」

「……」

「迷い子を救わずして、衆が得心されようか?おとなは童を救い、導かねばならぬ者に候わずして、おとなと呼べようか」


 老エルフはあくまで自説を曲げようとはしなかった。エファルはこの老エルフからアーフェルタインに切り替え、バディストンにへむかう途中でアーデルファルの匂いが途切れたこと、複数の乱雑な足跡を見つけたことを伝えた。


「連れ去られた可能性が高いですね」

「手分けをして探したいところでござるが、手数が少ない。できれば、もう二、三。できれば五人ほど都合できればありがたい」

「アーデルの両親に頼めば、数人は来てくれるかも知れません。話をしましょう」


 アーフェルタインがアーデルファルの両親と祖父母、さらに数人の知り合いを連れてきたのは間もなくのことだった。エファルはアケビを御大に預け、例の場所までやって来た。多少消えかかっているが、確かに複数の足跡が残っている。と、アーデルファルの母親が何かを見つけた。

 アーデルファルが身に着けている装飾品だった。


「これで、すくなくともアーデルファルが、ここで何者かに連れ去られたのは間違いなかろう。……さて」

 遠くにヘーゲン砦があるのは、エファルはすでに知っている。そして、足跡はそちらに向かっている。

「厄介ですね、もしヘーゲン砦に連れ去ったとしたら、救い出すのは少し難しくなるかもしれません」

「されど、目の前の困難のために、若い命を見捨てるわけにもいきますまい、アーフェルタイン殿」

「ええ、勿論ですよ。ここはひとまず、この足跡をたよりにするしかありませんね」


 アーフェルタインのいう通りに、皆はひとまずバディストンの軍勢に気取られないように慎重に、そして足跡を見逃さぬようにして尾行した。

ところがその足跡も、追跡をして間もなくかき消されていた。


「向こうも、中々慣れているということですね」

 悔しそうな顔のアーフェルタインに、

「たしか、貴殿は遠眼鏡をお持ちでござったな?あれを貸してはくれまいか

「とおめ。……、ああ、あれですね、わかりました」

 アーフェルタインはエファルの後に立ち、肩に手を置いた。


「この近くに小屋が二つ。あそこと、あれでござるな」

 エファルが指を差した先に小さな点のように見えるものが二つある。他のエルフ達も同じように『遠目の魔術』を使い確認したところ、ひとつは黒い屋根の小屋で、もう一つは小屋というより、ちょっとした屋敷のように見えた。


「ですが、あそこのどちらかに、アーデルがいるとは限りませんよ?」

「されど、まずはあそこを手始めに調べてみぬことには先には進めませぬぞ」

「確かに、このあたりでうってつけとなると、あの二つの小屋しかありませんからね。では、二手に分かれましょう。私とエファルさんはあちらの」


 と、屋敷の方を指さし、他のエルフは黒い屋根の小屋を目指すことにした。

『屋敷』へは、意外な事にすんなりと近づくことが出来た。アーフェルタインが『屋敷』の中を『遠目の魔術』をつかって『屋敷』の中を見た。


「あまり見たくない連中がいますね」

 エファルにも覗かせると、エファルは何とも言えな顔つきになった。

「たしか、べらぐらはむの手下であったか」

「ええ、間違いありませんね」

 エファルは鼻を鳴らした。


「かすかに、匂いを嗅ぎ取れまするな」

「アーデルの匂いですか?」

 左様、とエファルが頷くや、アーフェルタインは『屋敷』の木の扉を蹴破って中に入った。


 ベラグラハムの手下は五人で、これはあのグランドランナーの集落を襲っていた時と同じだった。

「何だ、お前達は」

「同胞を返してもらいに伺いました」

 ふざけるな、と手下たちは叫びながらそれぞれの得物を手に襲いかかってきた。エファルは彦四郎を抜き、アーフェルタインも剣を構えた。


 手下たちはエファルの剣技の前には赤子以下だった。いいように翻弄され、一人、また一人と倒されていく。

 一方で、アーフェルタインは一人を『拘束』の魔術で動けなくさせ、他の者についても気絶させたりして戦闘力を喪失させた。


「ここにエルフの少女がいたはずだ」

 手下は嘲り笑いながら話そうとしない。ならば、とエファルは手下の鬚を一つ、事もなげに斬り落とした。すると竜族である手下は、喉を潰さんばかりに絶叫した。竜族にとって、鬚はただの鬚ではなく、大きな触覚で、他の種族で例えるならば、いきなり腕を切り落とされたようなものだ。


「話す気になったか?」

 エファルの表情は少しも揺らぐことがない。そのことが、えにもいわれぬ恐怖を与えたようで、

「わ、わかった。話すから、これ以上は勘弁してくれ」

 と手下は懇願した。


「では、少女はどこにいる?」

「わからねえ」

「わからない?」

 手下がいうには、ベラグラハムがヘーゲン砦に向かった後、他の手下がアーデルファルの様子を見に行った時、すでにアーデルファルの姿がなかった、ということだった。エファルは鼻を鳴らして周囲を嗅ぎ始めた。アーデルファルの匂いは残ってはいるが、それは残り香といったほどのもので、近くにはいなさそうだった。


「おそらく『隠し身』を使ったのでしょう。が、厄介になりましたね。森の方へ戻っていればいいのですが」

 エファルは尚も嗅ぎ続けている。


「どうしました?」

「この匂いの方へ向かいたいと存ずる」

「ああ、『隠し身』は姿かたちは消せますが、匂いまでは消せませんからね。エファルさん、お願いできますか?」

「出来る限りの事は致そう」

 エファルは、拾い集めるようにして、アーデルファルの残り香を丹念に探した。手下たちのいた屋敷を離れ、街道をまたいで降っていく。匂いはさらに続いていたが、途中で匂いは途切れてしまった。


「この辺りに身の隠せる場所があるかどうか」

 エファルは周囲を調べて回った。あるのは洞窟と廃屋だけだった。廃屋に、人影はない。

「ひとまず、皆をここに集めてきます」

 アーフェルタインが離れ、他のエルフ達を連れて戻ってきた。


「考えられるとすれば、あの洞窟より他はござらぬであろうな。あの洞窟を探索するといたそう」

 エファルを先頭にして、洞窟の中に足を踏み入れると、後ろにいたアーフェルタインが『光明』の魔術を用いて、周囲を照らした。吸い込まれるように闇が奥へ向かう様を見て、

「この洞窟は随分と大きいようですね」

 といった。


 洞窟は枝分かれがなく、一本道になっていた。何度か『光明』を唱え直しながら進み、ようやく大きな広場のような場所が見えてきた。

「アーフェル殿、明かりを落としてもらいたい」

 アーフェルタインがその意を察して、魔術を解除すると、エファルは

「なにかがいる」

 といった。


「アーデルですか?」

「いや、娘御にはあらじ。されど、違う匂いも混ざっているようでもある」

 エファルは足で周囲を探るようにして、芋虫よりもゆっくりとしながら進んでいく。広場は、神の森ほどではないが、住居空間としてもゆうに数十人分は確保出来るほどの大きさで、明らかに、何かの集団が住んでいる形跡が見受けられた。


「これは。……」

「いかがされた?」

「この不快なにおいは、小人鬼ゴブリンに間違いない」

「ごぶりん、とは如何なる生き物にて」

 もうすぐわかりますよ、とアーフェルタインは武器を構えた。

 小人を少し大きくしたような人型で、体毛が一切ない、見るからに醜悪な生き物が素足で洞窟の地面を踏みつけるようにしてちかづいてきた。


「これが、ごぶりん、なるものか」

「小人鬼は言葉が通じません。生まれながらにして邪悪で、決して分かり合えません。ここは小人鬼たちの巣なのでしょう。引返すか、斃すしかありません」

「まあ、お待ちあれ。世に生まれながらにして邪悪、というのはいささか言葉過ぎましょうぞ。我々は敵対をしに来たのではござらぬ。ましてや、知らぬこととはいえ、他人の家に土足で上がることは礼を失すること。相手に礼を尽くし、誠を貫けば、胸襟を開かぬ者はおらぬ、とそれがしは考えておりまする。ひとまずは、それがしに預けてもらいたい」


 エファルはアーフェルタインの忠告も聞かず、小人鬼の前に立った。

「どうするんだ、アーフェル」

 周りのエルフ達に詰め寄られたが、アーフェルタインはただ苦笑するしかなかった。

「彼に任せましょう。不調であれば、今度は戦います。ですが今は、大人しくしておきましょう」

 小人鬼は、得物であろう小さな棍棒を持っていた。が、それを構える気配は見せない。

「おぬしがそのようにするのであれば、それがしは、こういたそう」

 エファルは彦四郎と脇差を近くにいたエルフに渡し、丸腰になった。

 小人鬼が、少し笑ったような気がした。

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