第34話
小人鬼の集団がわらわらと後ろからやってくるのを、対峙していた小人鬼が制した。明らかに、エファルとの話し合いを望んでいるようだった。
「では、貴殿に伺う」
小人鬼は首を傾げた。
「何か?」
小人鬼は、なんとも形容しがたい音を出しているだけで、抑揚や音の長短でかろうじて何かを伝えようとしているのは間違いないが、それ何か、エファルには当然わかるはずもない。
「これでは話が先に進めぬな。誰か、分かるものはおらぬか?」
小人鬼の集団の中から、外套を纏った、赤銅色の小人鬼がやって来た。
「ワタシナラバワカルゾ」
「おお、それはありがたい。それがし、狼族のエファルと申す者。貴殿の、ご姓名を承りたい」
「ナイ」
「ナイ殿、でござるか。それも姓名を持ち合わせておらぬのか」
アーフェルタインによると、小人鬼には名前を持ち合わせていないという。
「ではごぶりん殿、この巣にエルフの娘御を預かってはおりませぬか?、褐色の肌に金髪が目印になるが」
赤銅色の小人鬼は、娘ではないが、エルフが一人いることを伝えた。その者は、奥の牢屋につなげてある、という。
エルフ達は明らかに、小人鬼に対して殺意を向けているが、アーフェルタインは宥めつつ何とか抑えている。エファルはその牢屋に案内を乞うと、赤銅色の小人鬼はくるり、と背を向けて歩き出した。
牢屋は直ぐ近くにあり、そこにいる優男風のエルフは、少し衰弱しているように見えた。
「この者はなにゆえ、このように獄に繋がれているのだ?何か罪科でも」
このエルフは、小人鬼たちの巣に迷い込んだらしく、赤銅色の小人鬼が追い出そうとしたところ、エルフはいきなり武器を構えて威嚇してきた。小人鬼たちもそれに応じたが、多勢に無勢と悟ったのか、このエルフは大人しくなり、この牢屋に閉じ込めているのだという。
「アーフェルタイン殿、こちらにござる」
アーフェルタインが衰弱している姿のエルフを見て、
「ファーレンタイトじゃありませんか!!このような所にいたのですね」
と、心底驚いている様子だった。他のエルフ達も、意外な再会に戸惑っている様子だ。アーフェルタインが回復魔術を使って、ファーレンタイトの体力を回復させると、ファーレンタイトの意識が確実なものになっていった。
「わかりますか?私が」
「ああ、アーフェルタインか。俺としたことが、まさか小人鬼どもの巣窟で捕まるとは思わなかったよ。で、小人鬼共はどうした?殺したのか?」
「いえ、珍しいことに、小人鬼たちは、我々と敵対することなく、ここまで案内してくれましたよ。この狼族のエファルさんのおかげです」
「それがし、エファルと申す。以後、見知りおき願いたい」
「それよりも、なんで殺さない。小人鬼共をころさねば周囲が荒らされるだけだぞ」
「ふぁーれんたいと、と申されたか。そのように無用な争いの種は、互いのためになり申さぬ、と心得る」
「ふざけたことを言うな、狼族。あいつらには言葉が通じないんだぞ」
「『言葉』は通じ申す。なぜなら、ここまで案内仕っていただいたのは、そこなる赤銅色の小人鬼殿でござるからな」
「そうじゃない、こちらの意思と小人鬼共の考えは、全く交わることがないんだ。それに闇の生物である小人鬼共をこのまま生かしておけば、後々禍の種になるんだぞ」
「……、確かに、その懸念はござろう。だが、それでも、今この時だけは手を出すことは許されぬ。なぜなら、このごぶりん達は、貴殿の命の恩人ではないのか。それを、恩を仇で返すというなら、いくらエルフとて、それがしが相手仕ろう。……、ごぶりん殿、この獄を開け放ってもらいたい」
エファルに気圧された赤銅色の小人鬼はみずから牢獄の鍵を開けた。ファーレンタイトが外に出る。途端に、小人鬼たちを脅かすような素振りを見せた。
「ファーレンタイト」
アーフェルタインが嗜めるように呼んだ。
「そこの狼族、お前は変わったやつだな」
「行く先々で必ず承る」
「……、だが、お前の言うことも一理ある。確かに俺が先に仕掛けず、素直にここを出ていればこのような事にならなかったし、命を助けてもらっただけでも、本来ならありえない話だ。……、小人鬼たち、すまなかった」
「ワカレバソレデイイ」
「ただし、作物を奪ったり、他の者を傷つけるようなことをしたら、容赦はしない」
「ソレモワカッタ。タダ、ワレワレモクワネバシヌ。ドウスレバイイ」
「……、アーフェルタイン、何か方法はないか」
そうですねぇ、とアーフェルタインはしばらく広場をながめていたが、ここでは作物を育てるには狭すぎる事や、光を吸収することが出来ないので、難しい、といった。
「外を見てましょうか」
巣の外は多少の土地があった。おそらく小人鬼の巣であることが分かって誰も手を入れていないのか、荒れ果てたままではあったが。
「ここなら多少の作物は作れそうですね」
ただ、外で育てるとなると、夜行性で光に弱い小人鬼たちにとっては困難になる。
「外套を着ればどうですか?そこののように。黒い外套であれば、光を防ぐことが出来ますからね」
アーフェルタインは、近くの町まで出向こうとするのを、他のエルフ達が止める。そこまでする必要があるのか、アーデルを救うのが先ではないか、と。
「禍根になる根を断つのは、何も滅ぼすことだけではありませんよ?これで、互いが襲わなくなったら、それこそ両方は幸せになるんじゃないでしょうかね」
「だがな、アーフェル。アーデルが先だ」
「それは分かります。ですが、闇雲に探して、アーデルが見つかりますか?手がかりも何もないというのに」
「なにも小人鬼たちにそこまですることはないだろう。後は任せておけばいいはずだ」
「そのようにすると、あとでまた災いに戻りかねませんよ?」
それでも食い下がろうとするファーレンタイトに、エファルが言った。
「ファーレンタイト殿、もしここで見捨ててしまえば、元の木阿弥ということになる。武士は相身互い、と申す。無論、ごぶりんは武士ではないが、とは申せ、このまま見捨つることに躊躇いはござらぬか」
「当然だ。あいつらは元は周りを襲う、醜悪な化け物だ」
「……、確かに、身なりこそあまりよろしくはない。だが、それよって迫害を蒙るというのはいささか理不尽ではござらぬか?どのようであれ、この世に生まれた者は、生きる役目がござる。すくなくとも、他者の一存によってのみ、生殺与奪の権を持つべきではない、と存ずるが如何に」
「周りを襲うような奴らでもか」
「訳もなく襲う者がこの世におろうか。襲うのであれば、襲うなりの訳がござる。無論、襲うことを是とはしておらぬ。ただ、襲うわけを知らず、ただ一方が撫で斬りに致すのは不毛ではあるまいか。訳を知り、それが落着に至れるのであれば、まずはそこからもさくするべきではあるまいか?」
ファーレンタイトは言い返さなかった。言い返えせなかった、というべきかもしれない。
「もし、この小人鬼どもが、それでも暴れたらその時は」
「その時は、存分に仕置きなさるがよろしかろう。そこまで掛ける情けは、むしろ災いにござる。『匹夫の勇と婦人の情は災いの種』でござる」
「その言い回しはよくわからんが、そこまでいうなら、覚悟はできていると判断するぞ」
「ご随意に」
エファルはアーフェルタインに向けて首肯すると、アーフェルタインは外套用の黒い布と多少の作物の種を取りに、神の森へ戻ろうとしたとき、
「俺が行く。アーフェルは『瞬間移動』は使えないだろう」
「ええ、ミストラで捕まった時も、『隠し身』で切り抜けましたからね、では貴方にお願いしましょう。ですが、なぜ」
「俺も文句だけのエルフにはなりたくない」
「では、お願いしますね」
ファーレンタイトは面白くなさそうに鼻を鳴らしつつも、姿が掻き消えた。暫くしてファーレンタイトは何重にも重なった黒い布と、多少の種を持って現れた。
「まさか、エルフが小人鬼たちのためにここまでする羽目になるとはな」
ため息交じりにファーレンタイトがこぼしならが、エファルに一式を渡した。
「平和的に解決ができるなら、それでいいじゃありませんか」
アーフェルタインはまんざらでもない様子だ。
「確かに、無駄に戦って体力を減らしたくはないからな。それにしても、なんでお前はあんな変な狼族の肩を持つんだ」
「そこそこに一緒に旅をしていますからね、多少の肩入れはあるかもしれません。ですが、彼は実に面白い、そうは思いませんか?」
エファルは周囲の土地を廃材を元に作った手製の鋤や鍬を使って掘り起こし、土を柔らかくしていく。
はじめは呆然として眺めているだけの、アーデルファルの両親たちだったが、熱心に指導をするエファルを少しずつ手伝い始めた。
出来上がった外套を着けた小人鬼から、土を耕していき、余計な草や木の株、深く張った木の根などを取り除いていく。大きな物にはエルフ達の土の魔術を用いて引き抜いたりして、耕作に合わせた場所に造り替えていった。
エファルは少し土をつまんで、匂いを嗅ぎ、口にした。
「少し掘るか」
エファルは耕作地から少し離れた場所を徹底的に掘り下げた。エファルの姿が見えなくなり、アーフェルタインが覗き込むが、おそらく十レーテ、エファルが五,六人分ほどの深さを掘ったところで、エファルが叫んだ。
「湿り気のある土が出ましたぞ」
エファルは狼らしく器用に上って戻ると、
「そこのごぶりん殿、そこいらの大きな幹をいくつか伐採できるか」
というと、頭小人鬼にいわれた小人鬼たちが伐採した木材を、エファルは器用にならしていった。
「エファルさんは実に器用ですね」
アーフェルタインは呆れたような口ぶりでいった。
「アーフェルタイン殿、この穴をもう少し掘り下げたいのだが」
「分かりました」
アーフェルタインが『地形変化』の魔術で、掘り進めて行くと、地下水脈に当たったようで、水がしみ出してきた。
エファルはその穴を丸型になるように整え、器用にならした木材を板状に切り分け、それを井戸の穴に合わせるような丸型にあら辺て蔓で縛り、井戸の中に設置した。
「これでよかろう。頭殿、もしこの木材が緩むようなことがあれば、今見られた様に直さばもとに戻る。後は、井戸の道具を作らねばならぬ。エルフ殿に今一度力を借りたいがよろしいか」
「ここまできて帰るわけにはいかないだろ。何をする」
「木桶を二つ、縄とつるべ落としを作らねば井戸は成り立たぬ。その為に櫓も作らねばならぬ。櫓を作れば屋根もいる。普請はむしろこれからでござる」
えるふと小人鬼たちは自然と共同に作業を始めていた。エファルは作業を指示しつつ、自らも滑車を工作したりし、井戸が完成したのは、初めてから数日経ってからのことだった。
「これでひとまずはよろしかろう。あとは、水が湧出るのを待つばかりだが、見れば、水が掬えるほどには溜っておる様子。ひとまず掬ってみるか」
井戸からすくった水は多少濁っていた。
「まあ、使えばそのうち綺麗になろう。あとは畑作だが、作物はこの耕した土に穴をあけ、種を入れて、埋める。そして水をやり、日の光を浴びせると、作物はできる。ただ、出来る時と出来ぬ時があることを、ゆめゆめ忘れることなかれ」
「ワカッタ。ヤサシキオオカミゾク、レイヲイウ」
「いや、礼には及ばぬ。ただ、もし、褐色肌の金の髪のエルフを見かけたら、出来れば神の森へ報せてもらいたい」
「ワカッタ」
頭小人鬼は、不器用な笑顔を見せた。ファーレンタイトたちエルフはそれを見て、天地が逆転したような驚いた顔をした。
「小人鬼が、笑った?」
「頭殿、いま一つ約定してもらいたい」
「モウ、ダレモオソワナイ」
「それでよい。無用な争いは不毛になるだけでござるからな。話してわかるなら、それに越したことはない」
エファルたちは、小人鬼たちの見送りを受けて、一旦神の森に戻っていった。
この小人鬼の集落の場所は、他の誰にも分からない場所にある。だが、人々の、他の種族たちの間に、伝説のように、『友情の集落』と囁かれるようになった。
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