第32話

「あらためて見ると、若いな、お前さん」

 ボールド・ゴードンの、ラルミゴ・ラスフェンをまじまじと見つめたうえでの感想だった。


「前周期に、就任したばかりです」

「なるほど。シーフ=ロードの王は、元気かね」

「……、それよりも、我が王の意思を伝えたい」

「聞こう」

 ラルミゴは、デューク王の要望を御大とゴードン卿に伝えた。


「なんとも虫の良い話だな。自身の体面を保ちつつ、手を結びたい、と」

「我らとて、南方の国々の手前、取るべき手は取らねばならない。どうか、承知をして、手を結んでもらいたい」

「手を結ぶこと自体は、我らも望むところだ。だが、貴国がそのような考えでは、とても応じることはできない。我々にも、体裁というものがあるからな」

 ラルミゴはなんとも言い難い顔で聞いている。


「だが、バディストンの横暴を止める、という点においては我々の目的は一致している。となれば、だ。ここは、少しずつ譲って、手を組まないか?」

 ゴードン卿の提案は、ムーラとシーフ=ロードの国交を始め、シーフ=ロードは、南方の小国について、独立を認めることだった。


「貴国の、南方の国々に対する扱いを少し改めればよい。話でよく聞いているのは、国力で劣る国々を事実上の属国として扱っていることだ。この度についても、噂の程ではあるが、シーフ=ロードの本隊はほぼ戦わず、ミストラ陥落も、かねてよりあった反感のようなものが噴出した結果だ。違うか?ならば、もう少し、東方の盟主として威厳を持つべきではないかな」

「それは、部外者である貴方に言われることではない。南方の国々は、自ら庇護を求めて傘下に入った。ミストラについては、魔獣に阻まれてのことだ」


 ラルミゴの姿勢は崩れることはない。ゴードン卿はため息交じりに、

「どうあっても、条件は飲まないか?」

 と尋ねたところ、ラルミゴは微動だにしない。ゴードン卿はため息をつき、

「今のところは、双方とも手は組めないな」

 と、交渉を打ち切った。

「若い団長、いま、我々にとって何が一番大事か。そのことは、考えておいてくれ」

 部屋を出たゴードン卿は、憂鬱なままにソファに腰をおろした。


「宰相殿、如何に」

 エファルがそう尋ねた。

「どうもこうもない。シーフ=ロードは己の体面を第一に考えている。事情は分らんでもないが、何も譲る気がない、というのであれば交渉のやりようがない」

「では、宰相殿はこのまま決裂させるおつもりか?」

「出来ればそうはしたくない。向こうにも体裁があるのと同じように、我々にも体裁というものはある。こちらから交渉を仕掛けて無下に断られたのだ、これ以上何をやれという」

「たしかに、体面というものは大事でござる。我ら武士は体面を傷つけられれば、それを命を持って報いなばなりませぬ。手討を認められたるは、その為もあり申す」

「手討?バディストンでは、失礼な態度であれば殺してよい、というのか」

「いや、バディストンの話ではなく、それがしが嘗て居た人吉、もっと申せば、神君家康公より始められたる徳川家により大公儀の御世の話でござる」


 ゴードン卿は、なにやら怪しげな呪文を聞かされているような、胡乱げに感じているようだった。エファルはそれに気づいて、自らの身の上を話し始めた。

「それがしは、もとはこの大陸の住人ではござらぬ。人吉相良家納戸役、榊陽之助というのが、本来のそれがしの姓名でござる」

 という言葉からはじまり、エファルは身の上を詳らかにした。それを聞き終えたゴードン卿は、

「面白いことを言う」

 と笑いつつも、しかしどこか腑に落ちるところがあるのか、

「出鱈目もいいところだな」

 というようなことは言わなかった。


「その話をそのまま信じろ、というのは少し無理があるが、お前さんのいうことを頭ごなしに否定するつもりはない。だが、それと、今回の話とどういう関りがある」

「体面の話でござりまする。どこの国もどこの御世においても、体面というのは実に厄介でござる。無碍にされれば大名家の威信にかかわり、といって遠慮をして相手のいいようにされてもまた、威信に傷がつき申す。双方の威信に傷がつかぬように立ち振る舞わなければなりませぬ」

「それが出来ておらぬから、こうなっている」

「さすれば、どちらかから、話を持ち込もうと致すゆえ、体面というものが重石になり申す。なれば、双方に縁もゆかりもない第三国、若しくは第三者が、この盟約を取り付ければどうなりましょうや」

「仲立ちをする者が必要であることは分かった。だが、その仲立ちを誰がする?レザリアであればシーフ=ロードは文句を言うだろう。ウルフ=アイは、そのようなことには見向きもしない。ほかにとなると竜諸島になるが、これもウルフ=アイと同じ結果になるだろう。神の森もしかり、だ。誰が、その役を担えるというのだ、エファル」

「……、それがしが請合い申そう」

 ゴードン卿は極上の喜劇を見ている観客のように笑った。


「たかが一介の狼族に、そこまでのことが出来るわけがないだろう」

「では、それがし以外に、この任に能うる者がおりましょうや」

 そういわれて、ゴードン卿は一転して黙った。


「では、訊ねるがな、狼族。お前さんはどの立場で盟約の仲立ちをするというのだ?バディストンからの亡命者のいうことに、デューク=ガーストが話を聞くと思うか?ムーラですら、とりまとめは難しいだろう」

「そう、そのバディストンの亡命者ゆえ、でござる」

「どういう意味だ?」

「それがしのあるじ、ハーロルト公はこの外征については反対でござった。されどラグランス公王は、最後にはハーロルト公を殺し申した。こういうのは誤用でござるが、それがしにとっては、これは『弑殺』あるいは『謀殺』というべきものでござる。バディストンとて一枚岩でござりませぬ」

「なるほど、ハーロルトの死を利用することで、バディストンを内部から崩壊させるということか。だが、ハーロルトはラグランスのなんだ?血縁者なのか?」

「それは、ハンナ殿に尋ねなければなりますまい。されど、公国内では、ハーロルト公の人徳は隅々まで届いており申した。このような事をするのは心苦しゅうござるが、ハーロルト公の死で、和平が調うのであれば、主君も浮ばれましょう」

「お前という男は、忠臣のくせをして、策謀家でもあるのだな。主君とやらの死を利用するのだから」

 ゴードン卿はさらに続ける。


「だが、それでも、あの王を説得するのは難しいだろう」

 バディストンの実力者であるハーロルトの影響力がどれほどのものか、ゴードン卿には分からない。だが確実に言えるのは、立場としては脆弱である、ということだ。

「今回の戦いにおいて、必要なのは、シーフ=ロード、ムーラ、そして神の森の三者が、手を取り合って臨むことだ。シーフ=ロードはあの若い団長が勤めるだろう。そしてムーラは儂が全責任を負う。問題は、神の森だ」

 神の森の現状は、未だ態度が判別してない。


「狼族、お前が代表になれば一番よいがな」

「しかし宰相殿、それがしは一度説諭いたしましたが、人心を掴むこと叶わず」

「余所者の、たった一度の説諭で他人が動くと思うか?人であれ何であれ、他者を説き伏せるのは時間と熱量が必要だ。ましてやエルフ達だ、そう簡単に心を動かすことはない」

「と申して、何度も同じことをするわけにもいきませぬ」

「そこが、問題だな。だが、お前がエルフ達を束ねることが出来れば、シーフ=ロードの王と、わがリンク王と、対等になる。その時こそ、お前の『思惑』を成就させることが叶うだろう」


 ゴードン卿はそう言い置いて、ひとまず宿に戻っていった。

 ゴードン卿が出て行ったあとも、エファルの中で、

 ―― お前が束ねることが出来たなら。

 という言葉が頭を駆け巡っている。確かに、この神の森のエルフをたとえ一時的にせよ、まとめることが出来れば、心強いことはいうまでもない。だが、それには大きな壁がある。


 エルフたちが、エファルを認めるかどうか。

 アーフェルタインやニーアフェルトは認めてくれるかもしれない。だが、他のエルフ、とりわけ御大に近い、老エルフ達が、エファルについてどう思っているか、分からない。無論、悪く思ってはくれていないだろう。だがそれと、エファルを神の森の盟主として認めることにはならないし、客人だと思えばこそ、何も言わなかったとも考えられる。


 事実、エファルがエルフ達に集まってもらって、エファルのいう「山門牒状」としたあの演説の反応を考えると、とても盟主として認めるはずがないだろう。

「そこを、変えさせるのだ」

 と、帰ったゴードン卿は言うだろう。だが、言うには易く、行なうには難いのはどこの世界でもふつうのことだ。

「どうしました?エファルさん」

 みかねたアーフェルタインがエファルに尋ねた。アーフェルタインはわけを聞いた。

「私は、エファルさんが、神の森の統べる存在になれば、面白いと思いますよ?ただ、私はニーアはともかくとしても、他のエルフ達は承知しないでしょうね。貴方はエルフではなく、狼族ですから」

「左様、それゆえ、宰相殿の申されることは、夢物語になり申す。されど、それでは、盟約を結び、バディストンに立ち向かうこともまた、夢物語になり申す」

「皆が、エファルさんを認めれば、事は進むのですがね。といって、そんな都合の良く事が運ぶとも思えません」

「それゆえ、このように悩んでおる次第。知恵を拝借もできず、どうにもなりませぬ」

「まあ、ここで考えめぐらしていても、どうにもなりませんよ?外へ出ましょう」

 エファルが御大の屋敷を出た時、外は騒然としていた。


 というのは、若いエルフ達が、右往左往して、とても尋常な雰囲気ではなかったからだ。

「何があったのですか?」

 アーフェルタインが若いエルフの一人を捕まえると、子供のエルフが先ほどから行方不明になっている、という。


「近くでかくれんぼでもしているのではないのですか?」

「それが、かくれんぼが終っても、一人だけ出て来てないのよ」

「だれが、出て来てないのですか?」

「長老の所の末娘さ」

「ああ、アーデルファルですか。あのお転婆にも困ったものですね。まだ近くにいるかもしれません。一緒に探しましょう」

「それがしも合力仕る。して、貴殿の娘御の特徴を教えてもらえればなおの事ありがたい」

 アーデルファルの特徴は、神の森のエルフにしては珍しい褐色肌で、金髪の下ろした長髪である、ということだった。


「では、手分けして捜し申そう。もうすこし手が欲しゅうござるゆえ、方々で声をかけてはいかがか」

 わかった、と若エルフはアーデルファルの為に声をかけながら、アーデルファルの行方を追った。

 森の中の隅々まで、それこそ魔獣がいる地域も含めて捜索したが、アーデルファルの姿は見つからない。


 手伝ってくれたエルフ達も、アーデルファルの姿を見つけることはできなかった。

「考えられるのは、森の外ですね」

 アーフェルタインの言葉に、若エルフ達は敏感に反応した。過剰、といったほうがよかった。


「森の外に出ることは決してないはずだ。いつもそう言い聞かせている」

 ですが、とアーフェルタインが反論する。

「アーデルファルの性格は、皆さんもよくご存じでしょう?どれだけ言い聞かせても、彼女が森の外に出ない、なんていう保証がありますか?いつのことだったか、森の外へ出て行った山リスファナテックを追いかけて、約束を破って森の外に出て、帰ってこなかったことがありましたよね?言いつけが聞けない子なんですから、外に出たことは十分に考えられると思いますが」

 そういうと、他のエルフ達は皆黙ってしまった。


「アーフェルタイン殿、森の外に出たとなると、探すのはちと面倒になりまするな」

 神の森の周囲はムーラ領内になるムガとビシャの町、南の荒野、東のシーフ=ロードにも繋がっている。どこから出たのかによって探す場所は全く変わるため、四方に手を尽くし、足を延ばして探さなければならなくなる。


「しかし、アーデルファルを見捨てるわけにはいきません」

 アーフェルタインは、他のエルフ達にも力添えを貰えるよう、方々に頼みに走った。

「アーデルファル殿は、どの辺りでかくれんぼをしておられたか?」

 子供エルフ達によると、魔獣のいる区域に向かっていたのを見た、という。


「アーデルファル殿の、持ち物はなにかござらぬか」

 エルフの一人が、日頃よく使っている、というアーデルファルの首飾りをエファルに渡すと、エファルはその首飾りを嗅ぎだした。微かにする匂いの先は確かに魔獣たちのいる区域に間違いない。

 エファルは屋敷に引き返し、アケビを連れだした。魔獣がいる区域の方角の先に、バディストンがある。

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