第30話
御大によって神の森のエルフ達が始原の木近くの広場に呼び出された。
「山門牒状というべきか」
「なんですかそれは?」
「昔、木曽義仲という大変な武者がおり申した。そのものが、京の都の鎮護を司っている比叡山の僧侶たちに説き聞かせ、平氏から離反をさせたことがござり申した」
「それが、その」
「山門牒状でござる」
「皆を説得できれば、何でも構いません。ここはエファルさんの腕次第ですよ」
エルフ達が一堂に集まった、というので、エファルは皆の前に立ち、開口一番、
「首鼠両端は是、亡国の兆しなり」
と朗々と述べた。さらに、
「貴殿らの考え、感情は、それがしに察せられるところではある。されど、『運用の妙は一心に存する』の喩えの如く、このままでは如何ともしがたい事明々白々でござる」
といったところで、聴衆の反応は全くない。それでも、エファルは構わず、
「なれば、此度のバディストンとの戦に置かれては、これ種族存亡の戦いと心得るべし」
と言い切った。聴衆からは、
「人間同士の争いに、私たちを巻き込むな」
「私たちの仲間に何をしたのか分かっているのか」
「狼族はエルフに喧嘩を売るつもりか」
といった怒号が飛びかった。御大は何も言うことなくただ聴衆を見据え、ニーアフェルトとアーフェルタイン、そしてゴードン卿は心配そうにエファルを見つめている。アケビとハンナにいたっては、耐え切れないのか、広場から離れていった。怒号がひとまず収まったところで、
「なれば問う!!」
エファルはこれまでにないほどの大音声で尋ねた。
「このまま坐して死ぬるがよいか、それとも抗って生き残るか。二つに一つ!!この戦、合力致さねば、蹴散らされ、撫で斬りの憂き目にあうかあるいは、奴婢として永久にこき使われるか。いずれにせよ、死ぬることは必定なり!!」
聴衆、沈黙する。
「死中に活を求め、恩讐を越えれば、平穏無事に戻ろう。このエファル、喧嘩を売るつもりは毛頭ござらぬ。されど、このままでは、人間同士はおろか、この神の森も蹂躙され、ついには塵芥に帰し、滅ぶこと疑いござらぬ。後は、各々方で考えらるるべし」
エファルはここで降りた。後は、エルフ達の判断に任せる、という意志表明だった。
マクミットが行方不明になっているという。
「ヘクナーム、何か知らないか」
ラグランスは尋ねたが、
「分りません。所詮は、余所者ですから。大方逃げたのでしょう」
ヘクナームは明らかにとぼけているが、ラグランスはそれについて問い詰めることをせず、
「マクミットを探せ。やるべきことがある」
といった。ヘクナームは城から退去し、屋敷に戻り、地下室に向かった。燭台の火が揺れ、階段を照らす。
「まさか、あなたがムーラのスパイだったとはね」
呼びかけた先には、かつてのトーアパティと同じような恰好で繋がれているマクミットの姿があった。
「いつからだ?」
「私はスパイではない」
「嘘をつけ。屋敷に忍び込んだあの男の時にはまさか、とは思っていたが、ムーラの評議員連中との繋がりを調べていた時に確信した、貴女がスパイだとね。なぜ、国を裏切った」
「裏切ってなどいない。私は、この国の行く末を案じる者として、自分の信条に基づいたまでだ」
「そうか。でも、貴女は元は、ムーラのゴードン家に嫁いでいたではないか。それがいつの間にかこちらに来ている」
「来ているのではない、帰ってきているのだ。この国の者として」
「どうとでもいえ。国を裏切っているのは間違いないのだからな」
「私が裏切り者ならば、お前は、国を亡ぼす逆臣じゃないか。人の道に悖る事をすれば、その報いはからなず返ってくるのよ」
「……、私は君と論争をするためにいるのではない。私の情報を誰に流したのか。それを知りたいだけだ」
ヘクナームは懐から液体を取り出し、嫌がるマクミットの口を強引にねじあけ、流し込んだ上に吐かせぬよう口を閉じた。しばらく我慢していたマクミットだったが、ゆっくりと喉が鳴った。激しく息をつくマクミットに、
「これから少しずつ馴らせてやるからな。その上で、自白してもらう」
「マ、マクーニ。……、か」
マクミットの意識はそこで消えた。ヘクナームは地下室から出て行くと、扉を閉めた。ヘクナームが出てきたところで、
「どうでしたか」
と尋ねたのはボーンズだった。
「しぶといが、もう少しすれば落ちるだろう。それにしても、君は実に有能だ。どうやってそのことを知ったのか、種明かしをしてもらいたいものだ」
「ドノバンですよ」
「ああ、あのドノバンか」
「あのドワーフは、少し金を握らせればすぐにぺらぺらと話をしますからね。あたりをつけたのはあてずっぽうですが、あそこ以外考えられませんでしたから」
「まあ、それでもよくやってくれたよ。君には感謝する。ところで、円卓の者たちはどうなっている?とくにダイセンは」
「ダイセンは、今のところ尻尾を掴めませんが、いずれ、マクミットとのつながりもわかるでしょう。なかったとしても、どうにか理由をつけて処すればいい」
「惨たらしいことを言う。……、まあ、その方が後腐れないか」
「それよりも厄介なのは、鉄盤の行方ですな。あの竜族の連中、しくじりやがった」
「他の連中、とくにムーラあたりに渡っていれば厄介だな」
「襲うか?ムーラを」
それは無茶だ、とヘクナームは止めた。
「鉄盤はひとまず置いておくしかない。大事なのは、バディストンが力を得て、大陸を震え上がらせ、ひれ伏させることなのだから。その為にも、国はまとまっておかねばならない。不穏分子は、除くに限る」
「俺は、戦争が出来ればそれでいい」
ボーンズが屋敷を出て行く姿を、ヘクナームは蔑んだような目で見送っていた。
長らく生きていると、種族の如何に問わず、保守的になるらしい。
この場合の保守、とは、伝統文化その他を守る護国的保守ではなく、ただ現状維持を貫き、嵐が過ぎるのを待つだけの、逃げの姿勢でしかない事を指す。
「小田原評定で国が持ったためしはない」
エファルがいうように、長い会議は時間が不毛に過ぎていくだけで、結果、バディストンに利益をもたらすだけになる。そして準備が整ったバディストンは、順次侵略に及ぶだろう。そうなったとき、連合をしたところで最早間に合わないかもしれず、個別に破られるだけになる。
「わかっておられるのか、御大は」
というような苦言を、エファルは言わない。エファルは待つことしかできない。それでも、いら立ちは募るようで、木剣を振るう速度や動作が荒々しくなっている。
「エファル様、荒れていらっしゃいますね」
ハンナが心配そうに言うと、アーフェルタインが頷いた。
「いつまでも決まらないからでしょう。御大も皆に決断を促したりしない方ですしね。よしんば我々が言ったところで、何も変わらないでしょう」
「じゃあ、エファル様は何のために、ここまでのことを」
「我々もそう思いますよ。でも、動くのは森のみんなですから、私たちだけで決められる事でもありません」
そんなことはない、と弱々しい声がした。トーアパティだった。
「私が、皆を説得します」
「君はまだ、そのようなことをが出来る体ではないですよ?」
「いうべきことがあるの」
アーフェルタインの制止を振り切って、トーアパティは御大に、もう一度集まってもらえるよう懇願した。
御大はもう一度皆に集まってもらい、トーアパティが話し始めた。
「バディストンが何をやっているか、もう知っているだろうから繰返したくはない」
トーアパティは息をととのえながら続けた。
トーアパティが話し続けたのは、バディストンでの生活だった。ミストラで捕まり、仲間のエルフ達が殺されていき、そして、トーアパティの体がすでに死に走り始めている事、そしてその死は止められず、しかも、神の森を襲う合成獣に命を吹き込まされ、森を窮地に追いやっている事をあやまった。
「だからこそ、みんなは力を合わせて守ってほしい。人間がどうとか、エルフ達がどうとか、そんなことを言っていられる場合じゃないの。このまま責められてしまったら、間違いなくこの森はなくなる。始原の木も枯れはて、この大陸の生命は消えてしまうでしょう。それでいいわけがない。だから、たすけてほしい」
トーアパティは倒れた。近くにいたハンナが状態を見るが、体力を使ったあまりに気を失っている、といった。
アーフェルタインの背中に身をゆだねながらも、うわごとのように繰返していた。
トーアパティの文字通り命を削った言葉は、ひび割れた大地にしみこんでいく清水のように、エルフ達の心情を、ゆっくりとではあるが変じさせ始めていた。
森の中でも比較的若いエルフ達は、トーアパティと近いこともあって、態度が軟化していったが、御大に近い古いエルフ達は、逆に態度を硬化していった。理由としては、やはりトーアパティを傷つけた人間に対する怒りが、またしても沸念と出てきたことだった。それは世代的分断を迎えることになり、一種の世代間闘争にまで発展しそうな勢いなっていった。
そのことを御大がどう見ていたのか。については、御大は口に出すことをしない。
「皆が一丸とならなければならない」
ということだけは、口にしていたが。
「では、御大はどうなされるのか」
古いエルフの一人が御大に尋ねた。この古いエルフは、始原の木の周辺の番人のような事をしているエルフで、御大が名を捨てたのとほぼ同じ頃に同じく名を捨てた、という御大への忠誠が篤いエルフだ。
古いエルフ達としては、トーアパティのいうことは分かるが、やはりトーアパティにこのような言わせるほどの愚かな行為を繰り広げている人間という種族に対して、大いなる嫌悪感を覚えているようで、その人間たちと手を組む、という発想が、そもそも信じられない、という具合だった。
「だが、トーアパティを助けてくれたのも人間だ。あのハンナも人間だ。古いエルフ達は、人間か否かで行動を決めるのであれば、可愛がっているハンナについても、森の外に追い出さねば話が通じない」
「ハンナはそのような事をしているわけではない」
「だが、ハンナは確かに人間だ。人間の中でも、これだけ違うのであれば、我々が選別するべき対象は、『悪か否か』ではないか?人間というのは実に愚かしい生き物だ、無用な戦争を引き起こし、それによって、自らの庭を大きくしようとする。我々よりはるかに短い生命を、何とも無駄に使っている。だが、その同じ人間でも、その短い生命でも、立派に使い果てようとしている者もいる。我々が助けるべきは、後者ではないのかな?」
「……」
「お前のいいたい事もわかる。だが、悪を倒すことを第一に考えれば、悪ではない人間たちと手を組み、森を守ることの方がよほど大事なのではないのかな。すくなくとも、悪ではない人間を、私は一人は知っている」
「……、全員が同じように手を組むとは限らないが、少なくとも、私は、立ち向かう者たちの手助けを陰ながら行なうとしよう」
「そうしてくれたら、若い者たちも喜ぶだろうて」
老エルフは、御大の全てに従ったわけではないことを話した。
「それでもいい、神の森が守られるならば」
エルフ達ほどの濃密な関係であっても決して一枚岩であるわけではない。といって、ここで割れてしまえば、確実に神の森は蹂躙され、この大陸は大きく変質する。そしてその変質は、この大陸全体にとって、決してよろしくない。
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