第27話
ムーラの評議会の評議員というのは、総勢で三十名いる。そのどれもが、予備選挙を経て立候補し、評議員選抜選挙で選ばれた者たちばかりで、この評議員の意思は、いうなればムーラ国民の意思ということになる。
一方で、王の指名選挙も別に行われ、これは二重代表制になる。レザリアが封建君主制度で、シーフ=ロードが王と宮廷魔術師による少人数合議制、南方のウルフ=アイが部族政治であることを考えると、特徴的な政治制度といえる。
その評議員たちが、バディストンの侵略について、揺れ動いているのは変わらない。主戦と非戦に別れ、そのなかで、主戦派は、タカ的主戦(バディストン殲滅)、ハト的穏健(バディストンの体制変更させるための外圧程度)にわかれ、非戦でも主流的非戦(バディストンとの和平交渉を優先)と、バディストン降伏論に傾倒している者たちが居たりして、一言で言えば混乱状態にある、といってよい。
その中で、非戦派の、おもに降伏論者たちがジェネラル=リンク王を「執政の補佐をする」という名目で、事実上の軟禁状態にしている。これはゴードン卿でも見抜けなかった不意打ちだった。
三十名の評議員のうち、主戦非戦で真っ二つの十五名ずつに分かれ、そこから主戦論六名、穏健派九名、非戦七名、降伏論八名という内訳になっている、らしい。
らしい、というのは、実際には理屈などどうでも変わるため、この色分けが絶対ではない、ということだが、降伏派八名だけは揺るがないという。
「それが、この八名です」
フレデリックが調べ上げた八名の名を見たゴードン卿は、なんとも言えない顔をして頭を抱えた。
「どいつもこいつも、バディストンだけではない、レザリアやシーフ=ロードとも繋がっているというとかくの評判の連中じゃないか」
「ええ、私も驚きましたよ。評議会は、間諜の巣窟になっているかもしれませんね」
「なんと嘆かわしいことよ、国の代表者が他国の利権と深くなっているとはな」
「まあ、あくまで噂ですから」
「それを調べ上げるのがお前の仕事だ。一人でもいい、少しでも何かあったらすぐに尻尾を捕まえろ。そして、儂に話を持ってこい」
「父さん、本当にするんですか?下手を打てば、父さんだけではない、このゴードン家そのものが飛びますよ?!}
「国の一大事の前に、こんな小さな家柄なぞ埃のようなものだ、さっさと払いのければいい」
「マクミットの帰る家がなくなりますよ」
「マクミットは、納得して出て行ったんだ、今更ここがなくなっても、あいつは自分の足で立って生きるさ。お前だって、もうそろそろゴードンの家から出て行きたいだろう」
「そんなことはありませんよ、私は、おじいさんの代からのこの家を大事に思っていますし、出来れば残したい」
「残す子供がおらんだろう。マクミットとの間に子供が出来なかったことに義理立てして妻を取らぬのに、どうやって残すというんだ?」
「それを言われると、つらいですね」
「だから、儂は命を懸ける。お前にも迷惑がかかるだろうがな、頑固ジジイの最後のわがままと思って諦めてくれ」
「……、わかりました。父さんの好きにしてください」
「すまんな。……、で、その八人についてマクミットの報せと調べ合わせ、もし少しでも合致した時には、魔法城に乗り込む。当然、罪名は、国家反逆罪だ」
「とにもかくにも、マクミットからの報告待ちですね」
マクミットが報告をしてきたのは、それから三日ほど後のことで、バディストン側には、その八名と繋がっているという形跡はなかった。
『……、表向きはそうなっているけどね、実は、円卓の一人であるヘクナームという男とその八人との接点はあったみたいね。これが精いっぱいってところね』
フレデリックがゴードン卿に伝えると、
「マクミットにご苦労さん、と伝えてやってくれ。それと、そっちが危なくなったらいつでも戻ってこい、ともな」
『お気遣いありがとう、とだけ伝えておいて』
マクミットとの通信が切れた瞬間に、ゴードン卿は動いた。
降伏論者の八名の所在を突き止め、それぞれに逮捕するために直属組織である魔法戦士隊を派遣した。
八名のうち、事前に国外逃亡した一人を除いた七名が反逆の罪で逮捕され、魔術審問に掛けられることになった。
魔術審問にかけられた段階では、まだ評議員の身分は剥奪されないが、通例では、自ら評議員の身分を返上される。
「これは、陰謀だ」
降伏論者の一人が魔術審問に掛けられた折にそのようなことを口走ったらしい。
「だったら、疑われるような真似はするな」
と、ゴードン卿は言った。
ゴードン卿からしてみれば、敵国といってよいバディストンの、それも中枢の者の一人であるヘクナームと関りがある、という疑いがある時点で非難されるべきであり、いうなれば脇が甘い、といえる。もっといえば、降伏という考えは、バディストンに利益を与えるだけではなく、世上の不安、とくに国防、という国にとっての根幹が揺るがされることはあってはならない。
ゴードン卿は、自らのこの横紙破りな行為を、
「事前に危険の芽を摘んだ」
といった。
リンク王はそのこと自体で、ゴードン卿を咎めたりするようなことはしなかった。ただ、
「その情報はどこから仕入れたのか、聞くわけにはいかないな。聞けば、私は辛い決断をしなければならないだろうから」
と、なんとも言えない表情で呟いた。
ゴードン卿のこの危険な『賭け』は、どうあれ、ムーラの評議会開催にこぎつけ、さらに降伏論者が軒並みいなくなったことで、非戦派の勢いは大いに殺がれた。ということは、主戦あるいは穏健、という広い目で見れば対決姿勢を望むという評議会の形勢が出来上がったということになる。
リンク王は緊急事態宣言の発布をすることはなく、
「バディストンの侵攻に備え、国防をさらに充実させる」
という宣言によって、ひとまずは設備の増強、人員の増加に目をつけ、バディストン側の最前線の砦であるヘーゲン砦の攻略に舵を切った。
「その為には、神の森に人員を割かねばならないだろう」
それについては、とゴードン卿がいうには、ゴードン卿自らが、神の森に出向いて、エルフ達と話をつける、という提案をした。
「神の森のエルフたちはさほど頑固者でもないうえ、バディストン侵攻の被害を受けているため、かならず乗ってくるだろう、というのが私の意見です」
「考えられなくもないな。ならば、護衛をつけて先鞭をつけてくれ」
「吉報をお待ちください」
ゴードン卿が神の森へ出発したのは、エファルたちがドワーフの国へ向かう途上の頃だった。
神の森での混乱は、一応の収束を見た。旅のエルフ達が襲われ、死体を魔物にされてしまい、魔獣たちが人間の手によって合成獣という異形の魔物に造り替えられてしまったことへの怒りは当然にあるが、トーアパティが無事であったことや、御大の呼びかけもあって、ひとまずは静観する、という空気になっていた。
その御大は、自らの御屋敷でトーアパティの治療に専念している。
トーアパティは以前、ヘクナームによってマクーニ中毒に陥らされ、合成獣創造に加担をしてしまったことがあったが、それを御大は責めなかった。
「元は皆、人間が邪な心を抱いたのが原因なのだ、むしろトーアパティは害を蒙ったのだ」
と。
トーアパティの容態は、キリィが見つけて逃げ出した時に比べれば快方に向かっているが、時折マクーニ中毒の禁断症状によって、奇声を上げたり、あるいは暴れまわったり、エルフとは思えないような尋常ではない怪力でもって物を壊そうとしたりして、手におえなくなることがある。その時は、御大は魔術や精霊を召還して使役することでトーアパティを抑え込み、時には『拘束』の魔術を用いたりして、被害が少なくなるようにしている。マクーニ中毒の禁断症状は常に出ているわけではなく、落ちつけば、トーアパティは我に返る。その度に、申し訳なく思うのか、
「森を出ます」
というものの、御大がそれを止める、という流れが幾度となく続いている。ニーアフェルトも御大を手伝いながら、トーアパティの容態を常に見ている。
「以前に比べたら、顔色も良くなっているし、マクーニの毒は薄らいでいるんじゃないかな」
「そうかしらね。そうだといいのだけれど」
「トーアは、自覚はないのか?」
トーアパティは首を振った。
「そうか。……、マクーニには特効薬のようなものはないからな、マクーニの中毒を抜きつつ、時間をかけるしかない。長い戦いになるな」
「ええ。くるしいけれど、御大とニーアのためにも、頑張らないとね」
トーアパティが、ニーアフェルトの作ったスープを啜っていると、表でなにやら騒がしくなっているので見に行ってみると、
「私は、ムーラのボールド・ゴードンだ。この森の長老と話がしたい」
という老人が、エルフ達に囲まれていた。ニーアフェルトがゴードン卿に近づいた。するとゴードン卿は、
「貴方が、長老か?」
と尋ねてきた。
「いえ、私は長老ではありません。御大の事でしたならば、今はお会いすることはできません」
「なぜか、教えてもらえるか?」
「実は、御大は仲間のエルフの治療で手が離せません。私が代理として話を聞く、ということはできます。ですが、決断はできません」
「では、話を通してもらいたい。我々ムーラは、バディストン侵攻の被害者として、同じ被害者である神の森と『同盟』を結び、バディストンに対峙したい、と」
周りのエルフ達は一気にざわめきだした。それどころか、
「人間のせいでこうなった。直ぐに出て行け」
「同胞を傷つけておいてよくいう」
などと言って、聞く耳を持っていないようだ。ニーアフェルトは周りのエルフ達を止め、
「確かに、ムーラもバディストンの被害を受けています。ですが、我々エルフは仲間たちがひどく傷ついていることに、怒りを覚えています。そのことは御分かりですか?」
「ああ、だから、こうして敵意がないことを示しに来た。御大に伝えてくれまいか」
わかりました、とニーアフェルトは御大に話をつなげた。御大はながら一両のために疲れていて、顔も少しやつれていたが、
「会おう」
ということになった。
ゴードンは御大の姿を見るなり、
「魔術王国ムーラ、宮廷魔術師首座、ボールド・ゴードンと申します。神話のおとぎ話の頃より聞かされていたエルフの長老にお目にかかることが出来、この上ない喜びでございます」
と、普段のそれとは全く違う、恭しい態度で頭を下げた。
「人間にしては、行儀のよい態度だ。では、私の屋敷で話を聞こう」
御大の屋敷の主賓室のように使っている広間に、ゴードン卿は通された。エルフ側は、御大の他にニーアフェルトがいるのみだ。
「で、話とはなんだ」
「長老は、バディストン公国に神の森を荒らされた、と、エファルという狼族の男から聞いています」
「ああ、エファルなら、よく知っている。不思議な男だ」
「ええ。それで、我々もバディストン公国にはヘーゲンという町を占領されたり、国内を混乱に陥れられたりし、被害を受けています」
「我々と同じだ、といいたいようだが、用件はなんだ」
「単刀直入に言いましょう。バディストンの侵攻に対抗するため、手を組みませんか?無論、未来永劫、というわけにはいかないでしょうから、この侵攻の間だけでも」
御大は、ゴードン卿の話に合いの手を入れることをせず、ただ黙って聞いていた。
「一時的な同盟か」
「悪い話じゃないと思いますが」
「確かに、悪い話ではない」
御大はそういったものの、少し黙った後、こういった。
「申し訳ないが、人間と同盟を組むことはできない」
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