第28話
「なぜだ」
とは、ゴードン卿は尋ねなかった。その理由はなんとなく察することが出来たからだ。
「申し訳ない」
「長老、このままバラバラに戦って、まず勝ち目があると思いますか」
「……、やってみなければわからぬ、といいたいところだが、合成獣を造っているとなると、まず勝ち目は薄いだろう」
合成獣、という言葉を聞いたゴードン卿は頭を抱えた。
「魔獣を連れ去ったわけは、その為か」
「そうだ。アーフェルタインやここにいるニーアフェルトが、シーフ=ロードにいるグランドランナーから話を聞いている。その様子から察するに、いまのところ、合成獣はまだ完成していないのだろう、と考えている。が、それでも、勝てるかどうかは分からない」
「……、エルフにも感情がある、ということですかな」
「手を組むことを阻んでいるのではない、魔獣の子供たちを攫ったのも人間、こうして助けを求めているのも人間、そして何より、我らの同胞を悲惨な目に合わせたも人間。御大として、その恩讐を超えるように説得することはできない」
ゴードン卿からすれば、この御大の言い分は受け入れがたいものだった。同胞を傷つけ、魔獣の子供たちをさらったのはあくまでバディストンであって、ムーラではないからだ。
だが、エルフの立場で考えれば、バディストンであろうがムーラであろうが、それは人間の集落、という程度にしか見ておらず、同じ人間という種族がやったことに違いはないからで、エルフ達は、人間という種族そのものに、一時的であるかあるいは恒久的であるかは分からないが、怒りの感情を持っている。神の森のだけではない、エルフ達からすれば、定命といえる人間の組織の所属先はどれも同じに見える。要するに、ムーラやバディストン、といった区別は、エルフ達には通じない。
分かりました、とゴードン卿は席を立った。
「だが、私はあきらめるということを、本国に置いて来ていましてな、森の外にある宿で待っております。いつでも、連絡をくださるか、あるいは使いをよこしていただければ、こちらに来させていただきます」
「わかった。……、一つよいか、人間」
「はい」
「この森にはどうやって入って来た?」
「実は、私は随分昔に、といっても、そちらにとってはつい最近ということになるでしょうが、この森に迷い込んだことがありましてな、その時の記憶を頼りに、やってきました」
「随分と無茶をしたものだ」
「ええ、賭けでした。ですが、私はその賭けに勝った、と思っています」
「……、もし、何かあった時には、必ず連絡を入れよう。ただし、期待はするな」
「心得ました」
ゴードン卿が神の森を退去した。ニーアフェルトが御大に尋ねる。
「どうされますか」
「困ったものよ、それを思案している。積み上げてはそれを崩しながらな」
「確かに、トーアパティをああしたのは人間であり、助けを求めているのも人間です。人間同士の争いに、わざわざ我々が飛びこむこともないでしょう」
「……」
「ですが、人間と手を組み、戦わねば、我々にも被害は出ます、これ位まで以上に。アーティアやトーメールを危ない目に合わせたくありません」
御大はニーアフェルトの顔を、じっと見つめている。
「しばらく、考えさせてくれないか」
分かりました、とニーアフェルトは外に出た。幼いエルフ(それでも、人間よりはるかに長生きだが)のアーティアとトーメールがやって来た。一緒に遊びたい、という。
「わかった、わかった」
ニーアフェルトはぎこちない笑みを浮かべて、二人の遊びに付き合っていった。
壊滅したドワーフの国から北にある狼の草原、そのさらに北にあるのが、バストークという町だ。ドワーフたちはバストーク近くのラウル山地より少し外れた孤峰で、再び生活の基盤を作り上げるという。
「では、ますますの繁栄とご多幸を祈念申し上げる」
エファルはドワーフ王と握手をして、ドワーフたちと別れたのだが、エファルたちはバストークを越えて、スキュラまで一気に目指した。
その途上だった。
バストークからスキュラまでを繋ぐ街道を、ふらふらと一人のグランドランナーが、今にも倒れそうな様子で歩いている。エファルはそれを見つけるや、全速力でグランドランナーを受け止めた。
「しっかりされよ、いかがいたした」
グランドランナーはエファルの顔を見るなり、少し安心したような顔をして、直ぐに気を失った。エファルはグランドランナーを肩に担いで一行の所に戻ってきた。
「そのあたりで、少し休むことに致そう。この辺りで川はないか」
ハンナが指さした先に川の流れる音がするので、エファルたちはその近くで休むことにした。
グランドランナーの体に外傷はなく、ただ疲れがたまりすぎている、というのが、アーフェルタインの見立てだった。
「アーフェルタイン殿は、薬師の心得がござったか」
「……、まあ、このくらいの見当はつきますよ。それよりも、かなり衰弱しているようですね」
「回復魔術は使えませんか?」
ハンナが尋ねる。
「ケガなどがあれば、ですが、特にそういうこともなさそうですし、暫く休ませておけば目が覚めるでしょう。ハンナさんは、水を汲んできてください。水筒にもね」
はい、とハンナは水筒などを受け取って小川から水を汲み取っていく。
「一体、何者でござろうか」
「この人種はグランドランナーといって、方々で旅をしている種族ですよ。集団で旅をしていますから、もしかしたら近くに集落があるのかもしれませんね」
アーフェルタインは『遠目』の魔術を使って辺りを見回した。
あそこですね、とアーフェルタインは指を差すが、当然エファルは分からない。
「遠眼鏡があれば、それがしにもお見せ願いたい」
「あー。……、いや、我々は遠くのものが見えますので」
「それは羨ましや。……、ハンナ殿、そこなる。……」
「グランドランナーの方でしたら、お休みになっておられます」
「起きる気配は」
いいえ、とハンナは首を振り、あまり無茶をさせない方がいい、ということもいった。ほどなくして、グランドランナーが目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
グランドランナーの目の焦点が定まっておらず、意識はまだ完全に覚めてはいないようだった。
「は、はや。……」
「何かいいたいのですか?」
グランドランナーは集落の方を指さした。
「何かあったようですね」
「では、それがしが先行仕ろう。ハンナ殿はこの者の手当てを。して、場所は?」
「では、私の肩に手を置いてください」
エファルが恐る恐る手を置くと、集落の様子が見えた。それは、集落を誰かが襲っているよう見えた。
「まさか、遠眼鏡のような芸当も出来るとは、あーふぇるたいん殿は実に面白き御方よ。……、集落が襲われておる。早ういかねば」
エファルはアケビの背に跨るや、首を撫でて手綱で合図を送ると、アケビは四足を伸ばし、飛ぶようにして集落へ向かって行った。
集落では、グランドランナー達が逃げまどっていた。テントは引き裂かれ、柵は打ち破られて、集落の体をなしていなかった。
「やめぬか!!」
飛び込んだエファルが叫ぶと、竜族たちが荒らしていたのがわかった。
「竜族の連中だな。何故このような真似をした」
「邪魔だから壊したまでた」
悪びれることなく竜族たちは口々に言う。エファルはアケビから降りると、
「悪事はやめておくことだ」
といったが、竜族たちがそのような事を聞くはずもない。竜族の連中がエファルを取り囲むと、竜族は得意の得物の槍を構えた。エファルは彦四郎を抜いて上段に構える。竜族の一人がやりを繰り出すや、エファルはそれを穂先ごと刈り取るように切り捨て、返す刀であっという間に全員の穂先を刈り取った。何やら喚いた竜族たちはエファルに襲いかかろうとした。その時。
「やめておけ、そいつはお前らじゃ勝てねえよ」
声の主はベラグラハムだった。
「べらぐらはむか?」
「そうだ、覚えておいてくれたか」
「忘れいでか。それよりも、何故このような真似をする。ここは天下の往来であろうが」
「グランドランナーはどこにでも棲家を作りやがるから邪魔なんだよ。わかるだろ?」
ベラグラハムがグランドランナーを睨み付ける。グランドランナーは体を震わせているだけだった。
「別の場所を通ればよい。集落をつくってはならぬという法度は聞いたことがない」
「まあいいさ。気は済んだからな」
ベラグラハムが去ろうとするのへ、エファルは彦四郎の切っ先をベラグラハムに向けた。
「やるのか?」
「やらぬわけにはいかぬであろう」
「俺はやるつもりはない。いや、やってもいいがな、お前には恨みがあるからな。最も悔しいやり方で復讐するさ」
「逆恨みもよいところだ、馬泥棒めが」
「何とでもいえ」
ベラグラハムは竜族たちを従えて破壊しつくした集落を後にしていった。
何故、ベラグラハムがこの集落を襲ったのか。エファルが尋ねても、グランドランナー達は知らない、ということばかりだった。
「だが、理由がないのにおそう、というのは合点が参らぬな。誰ぞ、分かる者はおらぬか」
グランドランナーの塊の中から、小さな手を上げた女の子がいた。エファルはその女児を抱き上げた。
「何があったのか、分かるのか?」
女児が頷いて答えるのには、ベラグラハム達は何かを探しているようだった。女児は、ベラグラハム達が襲ってくる少し前に襲来を感じ取って、近くに潜んでいたらしいが、その時、竜族の声の一つに、
「ここに無ければ、他は分からねえぞ」
というものがあったという。エファルは女児をおろし、
「集落から何がなくなっているのか、あるいは何も取られていないのか。それをつぶさに調べねばならぬ。お手数でござるが、今から手分けをして、探してもらいたい」
グランドランナーたちは一斉に動きだし、集落の中をひっくり返さんばかりに探し始めた。暫くエファルは待っていたが、グランドランナー達の答えは、何もない、というものだった。
「何もない?」
「ええ、料理器具から具材、道具、何もかも残っています」
「ということは、ここにはなかった故、素直に出て行った、ということか」
エファルは逃げ出してきたグランドランナーを思い出していた。
「アケビ、申し訳ないが、アーフェルタイン殿の処へ向かってくれまいか」
エファルはグランドランナーから羊皮紙と羽ペンを借り受け、苦労しながら書き終えると、アケビの鞍に挟みこんだ。
アケビの大きな体が小さくなっていくのを見届けたエファルは、集落の後片付けを手伝い始めた。程なくして、道具を背負った姿のアーフェルタインが、アケビの手綱を持ち、背中にハンナと例のグランドランナーを乗せて、集落に現れた。
「なるほど、そういうことですか」
エファルからの報せを受けたアーフェルタインは、グランドランナーとハンナを下ろした。
「ビット・ビット!どこに行っていたんだ」 グランドランナーの名を誰かが呼ぶと、ビット・ビットはようやく意識を回復させた。
「皆、無事だったのかい」
「ああ。この狼族の方が助けて下さった。それでな、アルコ・アルコが竜族の連中の話を聞いているんだが、何か知っているか?あいつら、何かを探していたらしい」
ビット・ビットは、懐から手鏡ほどの大きさの鉄盤を出してきた。ビット・ビットはこれが何か分かっていないという。
「どこから盗んで来たんだ」
「いや、盗んじゃいない。拾ったんだ」
嘘つけ、とグランドランナー達がビット・ビットを責めるのへ、アーフェルタインが止める。
「まあ、ひとまずは話を聞きましょう」
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