第25話

 ドワーフ達はすべての作業を止め、王のもとに集まった。王は、第十五坑道の出来事を話し、ドハメルへの弔意を示した。そして、第十五坑道については封鎖をし、立ち入りを禁止する触れを出した。


 その上で、

「ここを、引き払わなければならないかもしれない」

 というような事を言った。


 第十五坑道は、それまでの十四本に及ぶ坑道において、白銀や白砂といった比較的希少な金属が採掘出来ていたが、その鉱脈も乏しくなって来たところへ掘り進めて行った坑道だった。

 今回、大蚯蚓が出現し、その為に犠牲が生まれたことは、王にとって痛恨の極みだった。


「だが、ここを離れるにしても、どこへ行けばいい」

「次の場所のあてがあるのか」

 という声が飛んだが、ドワーフは鉱山に生き、鉱山に死ぬ種族だ。無論、町に出て溶け込んでいるドワーフもいるが、殆どは、鉱山の中で一生を終える。そのドワーフが、次の場所も見定めずに鉱山を放棄するのは、種族のアイデンティティを捨てることに他ならない。


 それについて、王はすでに次の鉱山を見定めていた。

「次の鉱山は、ここに決めている」

 西大陸の地図を広げた王は、一点を指さした。神の森の南、狼の草原からほど近い山地だった。ここをラウル山地という。


「ラウルか、悪くないな」

 これも誰かが言った。そして、その近くにあるバストークには、ドギッチがいるはずだ、とも。ドギッチとは、集落から離れ、町で鍛冶屋をやっているドワーフで、変わり者としてちょっとした評判になっているドワーフだ。


「だとしたら、はやいこと用意を済ませて、ラウル山地へ行こう」

 ということになって、皆が急いで支度をととのえている時、鉱山全体が、にわかに上下に揺れ出した。


「おそらく、さきほどの大蚯蚓かもしれませんね」

 アーフェルタインがいうと、皆が一斉に外へ逃げ出した。エファルもアケビにハンナを乗せ、外へ急いだ。そんな中、ドストマだけが、ドワーフの波に逆らって奥へと向かって行く。


「中山殿?!」

「榊殿、先に出て行って下され、おぬしの刀を忘れておった」

「刀は次の機会でよろしゅうござる。命を大切にされるべし」

「儂にとってあの刀は、命だ。何千振り作っても納得のいくものは出来なかった。だが、あれは、あれは儂の中でもっとも納得のいく、たった一振りなのだ。頼む、これを逃して生き延びるくらいであれば、貴殿に渡して死する方がよほど儂にとって有益なのだ」

 ドストマそういってエファルを振り切って、奥へと消えていった。

「エファルさん、ひとまず外へ出ましょう」

「しかし、アーフェルタイン殿」

「ドストマさんは必ず戻ってきます。約束を違えるようなことはしないでしょう。ですから、彼を信じましょう」

 ぞくぞくと、ドワーフ達が鉱山の外へ出ていく。脳が揺れるような地鳴りが起こった。皆が地面にしがみつく。


 直ぐに地鳴りはおさまった。かと思えば、ドワーフ達の棲家であり仕事場だった山の方々から、崩落の音と共に大蚯蚓が顔を出した。女ドワーフ達は悲鳴を上げて逃げまどい、ドワーフ達は手持ちの武器を持って構えた。


「こちらが牽制しますよ」

 アーフェルタインは風の精霊力を使って大蚯蚓の皮膚を切り裂くが、大蚯蚓はそれでひるむことはない。耳がつんざくような鳴き声がこだまする。暴れぶりがより大きくなって、見る見るうちに、鉱山の形は、崩れ落ちてなくなっていく。

 大蚯蚓の全貌が現れた。大蚯蚓は、いくつかの蚯蚓が絡まり合った、団子ような様相だった。


 アーフェルタインが詠唱をして放ったのは、いくつかの竜巻で、大蚯蚓を囲うようにして発生すると、次々と襲いかかる。皮膚を傷つけるたびに、あの不快な鳴き声が辺りに響く。

ハンナは耳を抑え、アケビはハンナを庇うようにして守っている。ドワーフ達は鳴き声に顔をしかめながらも斧や鉄槌などで攻撃を続けるが、大蚯蚓には効いているようには見えない。


「このままだとこちらが参ってしまいますね」

 アーフェルタインのいう通り、ドワーフ達が次々と蹴散らされ、倒れていく。アーフェルタインはもう一度、今度は風の精霊力を応用させた『爆発』魔術を使うが、やはり皮膚を傷つけただけで、やはり目立った効果はないように見える。

 エファルは脇差で戦おうとするが、それは人間の皮膚を爪楊枝でつつくほどにしかならず、戦力になっていない。


「中山殿。……」

 エファルは崩れ落ちている鉱山を見つめた。何かが動いているように見える。エファルは大蚯蚓のなかをかいくぐって近づくと、ドストマが刀を抱えていた。

「中山殿!!」

 ドストマの下半身が岩で埋め尽くされ、寸断されていた。岩に大量の血が付着していて、ドストマは息絶えていた。


 エファルは固まったドストマの指を一本ずつ丁寧に開け、刀を腰に差すや、犬歯が砕けんばかりに歯ぎしりを鳴らしながら、大蚯蚓の背後を襲った。エファルは大蚯蚓に乗り、絶妙に平衡を保たせながら刀を抜いた。研ぎはまだ途中のようだったが、

「切っ先さえ磨いていればそれでよい」

 と、大蚯蚓の首と思しき箇所に突き立てた。大蚯蚓は初めて、苦悶のように聞こえる叫び声を上げた。それは不快ではなく、傍目からみても、手応えがあった、と思わせた。


 エファルはさらに柄を掴んだまま、全体重を乗せて大蚯蚓の首を中ほどまで掻っ切ると、大蚯蚓の首がぶらり、と垂れ下った。

「アーフェル!!」

 エファルの合図で、アーフェルタインが『電撃球』を打ち込み、大蚯蚓の生命活動は停止した。エファルは刀をおさめてドストマの所にもう一度向かった。

「中山殿、……、彦四郎殿。ご苦労でござった」

 南無阿弥陀仏、とエファルは両手を合わせ何度か唱えた。

「後は、我々が引受ける。……、その武器は、我々が手入れをしよう」

 エファルは痕を王に任せた。ドワーフの手入れは見事で、エファルは大蚯蚓の死体相手に何度か試し斬りをしたが、刃かけ、刃こぼれ一つなく、むしろ刀身は不思議な光を纏っている。


「これは?」

「あいつめ、少ないオリハルコンを贅沢に使ったな?全く」

 王が苦笑すると、

「ドストマにとって、お前は唯一、心を許せる者であったのかもしれんな。お前に会えて、それを残せて、ドストマも多少は満足しているだろう。どうか、それを長く使ってやってくれ。もし、何かあった時は、どこでもいいから、ドワーフに預けてくれ。悪いようにはしないから」

「はっ」

 エファルは徐に目釘を抜き、柄巻を外して、柄を取る。茎には銘は切られていない。


「では、殿。この茎に、この字を刻んでもらいたいのだが、如何に」

「おお、お安い御用だとも。しかし、それはなんだ?」

「友の加護を願うためでござる」

 茎に刻んだ銘は、『彦』の一文字だった。

 エファルたちは神の森へ、ドワーフ達はラウル山地へと向かうため、ともに北上することになる。



 エファルたちが神の森からドワーフの国に向かう頃にまでさかのぼる。

 キリィ・ランバートは、残った『鷹の目』の工作員たちと共に、バディストンから月下の鷹へと逃れた。

 情報省長官、通称は情報大臣というが、イリア・パッソムはキリィ達からの報告を、青ざめた顔で聞いていた。


「バディストンが、合成獣を造っていたとは、驚愕ね」

「もう少し、大臣には早くお伝えするつもりでした」

「いや、報告だけでも十分。ナシェルら死亡者については任務での死亡により、後で遺族の方に、弔慰金として金貨を十枚ほど、渡すよう、王に掛け合いましょう」

「ありがとうございます」

「規定になっているから、礼を言われることではないわ……、それにしても、なんとも困ったことになった」

「何か、ありましたか」

「バディストンが、ミストラに砦を造り始めた。度々、騎士団や部隊を派遣して妨害をしているが、見たこともない怪物たちが出てきよって、どうにもうまくいかん。潜入も難しい。さて、どうしたものか」

 イリアは、キリィに周辺を調べたスケッチを渡した。


「砦、というには、質素。……、これは、本当に砦ですか?」

「一応、ね。ここと、ヘーゲンから東にもう一つ。恐らくこれは、対ムーラのための取りなのだろうけど、二つとも同じような砦になっている。もっとも、ヘーゲンのほうは、狼族の男に一度破られたみたいだけど」

 エファルの事だ、とキリィはすぐに察した。


「それで、これからどうしますか。バディストンを攻めるか、このまま静観するか」

「それは、王が決める事よ。その為にも、貴方も王の前に出なさい」

「でなきゃ、いけませんか」

「当然でしょう?貴方が報告者なのだから」

 デューク王の前に出るのは、キリィが最も苦手にすることの一つだ。

「どうにも、こういうのは苦手で。大臣にお任せしますよ」

「そういうわけにはいかないでしょう。貴方は現場にいたのだから、そういう子供じみたことは言わないように」

 玉座の間に、すでにデューク王は待っている、という。


「わかりました。その代り、竜諸島の分と今回の分の休暇、合算して貰えますよね?」

「ええ、当然。そこまで鬼ではないよ、私も」

 イリアとキリィが玉座の前に立ち、デューク王に報告を済ませた。デューク王はキリィには何も言葉にかけず、

「要するに、バディストンは合成獣を創り出した、ということだな」

 と尋ねて来たので、キリィは、

「そう考えてよろしいかと思います」

 そう答えた。


「厄介だな、それは」

「はい、厄介です。実際、ナシェルはゲイザーによって殺されました。ゲイザーは、元は死んだエルフの目を使ったものだそうです」

「そうなると、小国ながら、バディストンはこちらやムーラに対する切り札を得たことになるな。交渉材料としては最適か」

 ですが、とイリアはいう。


「バディストンからの交渉に応じるのですか?」

「応じるわけがないだろう。たかが北方の小国が多少戦力を得たところで、さして情勢は変わるまい。それに、いま、バディストンが狙いを定めているのはムーラだろう」

「では、ミストラに砦を築いているのは、どうお考えですか」

「牽制のつもりか、あるいは二正面作戦をとるか。……、だが、二正面作戦をとるならば、圧倒的な軍事力が必要だが、それが揃っているとは思えん。牽制、と考えるのが妥当なところだろうな」

「牽制、ですか」

「恐らくはな。まあ、万が一こちらに攻めてくるとなってくれば、迎え撃たねばならないが、さて、我が国だけで対処できるかどうか」

「ムーラに助けを求めますか」

「助けを求めるのではない、バディストンという共通の敵を叩くために、手を結ぶ、ということだ」

 失礼いたしました、と言いながらも、イリアは笑っている。


「何がおかしい」

「物は言いようだな、とあらためて思いました」

「それが、外交ってやつだよ。そしてすべては政治に依存するのだ」

「バディストンへの工作員派遣はどうなさいますか」

「ひとまずの情報は得た。工作員たちの生命も、我が国にとっては大事な財産だ、当面は休ませていいだろう。……、キリィ・ランバート、ご苦労だった。暫くの休暇を取って英気を養え」

「ありがとうございます」

 デューク王は、着けていた首飾りをキリィに渡すと、

「出産祝いだと思ってくれ」

「こ、このような」

「とっておけ。本来ならば、休暇であったのに、無理にやってもらったのだ、それくらいは当然のことだ」

「妻も、喜ぶと思います」

 キリィはようやく、任務が終った実感が沸いてきた。

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