第24話

 ドワーフ達に、昼夜の別はない。鐘がなると起きて仕事を始め、また鐘が鳴ると手を休めて仕事を終える。その後は食事をしたりして英気を養い、寝る。そして鐘がなり、起きて仕事をする。……、という暮らしを、永劫のように過ごしている。そしてドワーフ達はそのことについて何の疑問を持っていないようだった。


 当然、エファルたちもここにいる間はそのように暮らさなければならないが、ドワーフと違うエファルたちには、次第に時間の感覚が鈍ってきているように感じられた。


 ドストマが出来上がった脇差を持って、エファルたちの前に現れたとき、一体いつのことなのか、と言われてもわからないはずだ。


 エファルは、ドストマがあつらえてくれた一分刻の鞘から抜き放った。

 刀身は紛れもなくハーロルトが、エファルに下された物に間違いない。間違いないが、刀身の輝きはそれまでのものとは別物のように見える。


「砥石で磨いただけだ」

 ドストマは言った。

「いや、見事でござる。切れ味を試したいが、如何」

「藁斬りでも致すか」

「有難く存ずる」


 ドストマが用意した藁は、腰ほどの高さの台に乗せられた、直径が、ドワーフの胴くらいのもので、これは、エファルが榊陽之助として人吉に居た時に使われていたものと同じだった。


「……、やはり、ドストマ殿は、それがしと同じ境涯でござろうな」

 エファルは確信したような確かな声で言った。


「この世界で、このような事を知っている者は、それがしと同じ人吉相良家の者でなければ分からぬ事ばかり。……、ドストマ殿は、人吉相良家中の者か、それにゆかりのある者でござろう」

「なぜ、それが分かる」

「それがしが、まごうことなく人吉相良家納戸役、榊陽之助と申す者にて、貴殿のご姓名を承りたい」

「何?何と申された?」

「人吉相良家納戸役、榊陽之助でござる」


 ドストマはそれまでの無愛想な表情から一転して、全く感情豊かな、それでいて懐かしそうに目を細めた。

「榊殿、中山彦四郎でござる。このようないでたちになってはいるが」

「中山殿。……、あの中山殿でござるか?」

「そう、登城の折、貴殿に待たされた、おなじ納戸役の中山彦四郎でござる」


 エファルは初めて、人前で、感情らしい感情を伴った嗚咽をもらした。

「ということは、ドストマさんは、エファルさんの事を御存じなのですか?」

「ああ、榊殿は、一緒の納戸役だった。故あって袂を分かってしまったが、屋敷は隣同士、榊殿の御内儀であるあけび殿は、儂の親戚筋にあたり、倅の小太郎殿はよく遊びに来ていたほどだ」

「左様、中山殿は、登城の折によう来てくださったが、いつも待たせてばかりであった。それがしの寝坊のために」

「今思えば懐かしいことよ。ささ、早う」


 エファルは涙をぬぐい、藁の前に正座した。そして電光のように素早く抜くや、突きを二度、さらに左右に藁を斬り捨てた。藁は寸断され、落ちた。

「見事。腕は衰えておらぬ様子」

「鍛錬だけは積み申した。いや、実に見事な切れ味。……、中山殿にこのような取り柄があったとは知らなんだ」

「元々、侍鍛冶の坊丸殿の手伝いをしておった故、自然と身に着いたのやもしれん。……、榊殿とはつもる話もある」

「それがしとて同じこと。……、されど、今は」

「わかっておる。刀を所望であろう?その脇差にふさわしい打刀を打ってみせよう。……、その前に、実は、玉鋼が足りぬのだ。多少、時を貰いたいが、よろしいか」

「仕方ござらぬ。それまで待ちましょうず」


 ドストマこと中山彦四郎が、エファルのための新しい武器を持ってやって来たのは、仕事始めの鐘と仕事終わりの鐘がそれぞれ十回ほど鳴った頃だった。


 鞘は質素な黒塗りのもので、鍔にも装飾はないが、エファルが一度抜くと、

「これは。……」

 といったきり絶句した。丸裸にして透かし見るように丹念に、調べる。

「もしや、四方詰めでござるか」

「そうだ。坊丸が美濃の出であったからな、教えてもろうたことがあった。出来は稀に見る良さだと思うている」

「試し切りは、できませぬか」

「ならば、少し待ちなされ」

 ドストマは部屋に戻り、再び出てきた時には、鉄板を体に巻き付けていた。


「中山殿、どういう趣向でござろうか」

「榊殿、試し切りを致したいのであれば、この鉄板を切ってみるがよろしかろう」

「しかし、それでは中山殿が無事ではすみますまい」

「家中きっての使い手ならば、それもできよう」

「無茶を言われる」


 戸惑いながらも、エファルは足を引いて体を一直線にすると、柄に手をかけ、摺り足で間合いを測りつつ、じり、じりと近づく。やがて止まった。かと思った刹那、電光石火の如く鉄板を斬り捨てた。


 重く乾いた音を立てて鉄板が落ちる。エファルはドストマの恰好を見て、含み笑いをした。


 鉄板の中に、ドストマは幅広の剣を隠し持っていた。

「手合わせできるか」

「中山殿、何故そのようなことを」

「手合わせをせぬと、儂の気が済まぬ」

「……、お下屋敷のことならば、すでに遠い昔ことではござらぬか」

「気が済まぬのだ。頼む」

 冗談ではないのは、ドストマの様子から明らかで、エファルは刀を戻し、あらためてドストマと対峙した。


 皆が見守る中、エファルとドストマは互いに一礼し、構えた。

 同じ人吉相良家であるので、流派は当然にタイ捨流になる。向い合ったまま、ぴくりとも動かない。


 エファルが飛び込みざまに胴を狙い、それを防がれると、上段から袈裟掛けに斬り、さらに撥ね上げ、突き、振り下ろし、間合いを詰めてさらにドストマの態勢を崩し、追撃した。が、ドストマの最後の一線はどうしても突き崩せない。

「中山殿は、やはり崩せぬか」

「いやいや、榊殿も、『あの時』より強い」

 ドストマの攻撃は、エファルと違って重い。そして正確だった。エファルは防戦しつつ、間隙を突くがそれでも双方決め手はなく、数十合打ち合って、決着はつかなかった。


 二人の間に割って入ったのは、王だった。

「ここまでやれば、満足だろう?両方とも死ぬわけにはいかんぞ」

 エファルとドストマはそれぞれ刀と剣をおさめた。

「榊殿、申し訳なかった」

「中山殿、過ぎたことでござる。あの時は互いの役目ゆえ、そうせねばならなんだ、ただそれだけのことでござる。……、それよりも、あの後どうなったのか、色々聞かせて下され」

「何から聞きたい」

「あけびと、小太郎の行く末でござる」

「貴殿が、お下屋敷で死んだあと、御内儀は自ら命を絶った。小太郎殿は、その後どうなったか分からぬ。行方知れずになった」

 エファルの表情は沈んだものになった。


「それから、江戸で預けられた相良清兵衛は、弘前に遠流になった」

「そうでござったか。……」

「あの後も大変でな、村上左近殿を知っておろう。ほれ、御用人に近かった」

「ああ、村上殿か。よう存じておる」

「あの村上殿もな、御内儀の横やりがきっかけで、一族もろとも殺された」

「あの御内儀か。……、あの御内儀は、左近殿に似合わぬ方であった。それがしはどうにも苦手でござった」

「儂も苦手でな、ちょくちょく家に招かれたが、あの御内儀はどうも。……」


 さきほどまで斬り合っていたとは思えないほど、つもる話に花が咲いている二人を見て、ハンナは、

「私は、エファル様が分からない」

 と、困惑しながらいった。

「私もわかりません。ですが、あの二人の間には、あの二人にしかない『何か』があるのでしょうね。二人にしかない何かが」

 とはいいながらも、アーフェルタインも、その心の奥底では、分かりかねているようだった。


「それからな。……」

「ほうほう。……」

 二人は時折笑っている。

「それにしても、中山殿が、ドワーフとは、意外でござった」

「榊殿も、狼族とやらになるとはな。……、それにしても不思議な事よ、我らはどういう経緯で、いつ死んだのかはそれぞれなれど、今こうして姿かたちを変えてめぐり合うとは、どうにも冥土というのは不思議なところだわい」

「中山殿、ここは、冥土ではのうて、がるねりあとか申す場所らしゅうござる」

「皆はそう言っておるが、儂は冥土にしか思えぬわい」

「これから、どうなされる」

「ここで、生涯暮らすことに致すよ。もし、元に戻れるとしても、今更戻ったところで何もない」

「ならば、それ以上は申しますまい」

「……、一度研ぎ直しておこう。先ほどの事で、多少なりとも使うたわけであるしな」

「しからば、お願い申す」


 ドストマが研ぎ直そうと部屋に向かった時、大きな崩落の音が聞こえた。ほどなくしてドワーフが転がり込んできて、第十五坑道で穴が塞がってしまった、という。

 エファルはハンナとアケビにこの場に残るよう言い聞かせると、アーフェルタイン、そして研ぎを一旦諦めたドストマ、ドワーフ王と共に第十五坑道に向かった。


 第十五坑道は、掘り進めてきた坑道の中で、一番新しい坑道だった。それゆえ、慎重に堀勧めていくように取り決めをして、崩落が起きないように丸太でもって足場を組み、崩落を防ぐためにてをつくしていたはずだった。


「王!!」

「何があった!!」

「向こうで、なにか突き破るような音がしたと思ったら。……」

「なんだ、何か出てきたのか?」

大蚯蚓ジャイアントワームが出て来たんだ」


 崩落の原因が分かった四人は、ひとまず生き埋めになったドワーフ達を助けるために手を尽くした。アーフェルタインは魔術を使って大きな岩を、エファルたちはそれぞれ手を使って岩をどかせた。さらにアーフェルタインは、崩落が他に及ばぬよう、天井の岩を固めて動かないようにして、救助を支援した。


 生き埋めになったドワーフは五人で、そのうちの四人は直ぐに助けることが出来た。が、最後の一人、という所になって、崩落の原因である、大蚯蚓が顔を出した。大蚯蚓には目や鼻といった器官はないが、土を掘るための大きな口が備わっている。その大きな口に、ドワーフが食べられていた。ドワーフはすでに生気を失っていて、反応もない。


 アーフェルタインは、どかせた坑道の岩を大蚯蚓に当てるが、大蚯蚓の反応は鈍く、むしろドワーフを加えたまま、こちらに迫ってくる。


 エファルは脇差でもって応戦するが、大蚯蚓に効いているような素振りはない。

「このままだとまずいですね」

 アーフェルタインが一旦退くように王に進言するが、

「このまま退けば、ここだけではない、全ての坑道が破壊されるかもしれん。なんとしてもここで食い止めるしかない」

「しかし。……」

「何かないのか、方法は」

「……、試したいことがあります。皆さんは、私が手を上げたら、目を閉じてください。そして、腕でもって覆い隠してください」

 アーフェルタインが手を上げた時、三人は目を閉じ腕で目を覆った。すると、アーフェルタインの手の平から激しい光を伴う球体が現れた。


 大蚯蚓は耳が痛くなるような甲高い叫び声をあげ、加えていたドワーフを落すと、地中奥深くに逃げていった。

「ドハメル!!」

 王が落ちたドワーフの名を呼んだが、ドハメルやすでに息絶えていた。恐らく、一番最初に襲われ、殺されたのだろう。王は、ドハメルの遺体を担ぎ、

「ひとまず、第十五坑道は封鎖しよう」

 と、王の部屋まで戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る