第23話

 マクミットは、エファルが日頃よく目にしていたものとは全く違う、妖精の羽のように透き通った、淡い若葉のような色のローブを身に着けていた。


「随分と無茶をするのね、貴方は」

「子供を奪われた親の気持ちを思えば、多少の無茶は造作もないこと」

「貴方に子供が出来れば、その子供はさぞかし幸せでしょうね」

「さあ、どうであったかな。小太郎からはそのようなことは聞かされておりませぬゆえ」

「貴方に子供がいたのは、驚きね」

 マクミットはおどけたように笑った。


「本題に入りましょう。……、貴方は城へ入って神の森の魔獣の子供たちを取り戻そうとしてるようだけど、それはやめておきなさい。無駄になるだけよ」

「無駄?」

「ヘクナームの館には?」

「いましがた。……、そこでは、大量の魔獣の血と思しき血だまりが出来ており申した。子供たちの姿は見ておりませぬ」

「なるほどね。……、これは確かではないけれど、ヘクナームは、魔獣の子供たちを使って、何かをたくらんでいるらしい、というほどの事は分かっているのだけれどね」

「なるほど、それが何かまでは判明せず、と」

「城で何かをしている様子はわかっているけれど、あの男も警戒心が強いからね、滅多なことでは、ボロは出さないでしょう」

「たしかに、あの御仁は少々のことでは、下手を打ちますまいな。……、それにしても、よくそれがしの居場所を見つけられましたが、いかにして」

「一応、私も魔術師の端くれではあるのよ?得意なのは、占術だけど」

「なるほど、ゴードン殿に所縁のある者は、皆そのようなことが出来るわけでござるな?」

「……、義父に、会って来たの?」

「はっ、実は」

 エファルから一通り聞かされたマクミットは、少し未練を残したような顔をした。


「フレッドは、元気にしてた?」

「フレッドなる方には会うことは叶わず。されど、ゴードン殿は矍鑠とされたご老体でござった」

「相変わらずね」

「……、もしや、フレッドなる方は、貴殿の御亭主であらせられるか」

「元、ね。何年になるかしら」

「これは、立ち入ったことを聞き申した。ご容赦下され」

「……、話を戻しましょう。ひとまず、あなたはここを離れなさい、すぐに。あなた一人では勝ち目がない事くらいは分かるわよね?いま、ここであなたは死ぬわけには行かないのよ」

「では、子供たちはどうすればよろしかろう」

「子供たちは諦めなさい。つらい決断になるだろうけどね」

「……、分かり申した。それがしはこのまま、ここを離れると致そう。……、貴殿をこの場は信じることに致す」

 エファルはアケビとともに、バディストンの出入り口の中で、使われていない地下水道の出口から、出た。



「なるほど、そのようなことが。それで、私たちとあそこで会ったのですね」

「まくみっと殿がうまくやっていてもらえればよいが、今は、どわーふの国に向かうことに専念いたそう」

 南へ降る事百日近く、スキュラ、バストーク、さらに南のラウル山地を越えて到着したのは、『狼の草原』というところだった。


「狼がたくさん!!」

 ハンナは目を輝かせていた。狼の草原は、一見すると狼の牧場のように見えるが、この狼たちは皆、狼族の子供たちで、これが大きくなり、やがて二足で歩き始めると、エファルのような狼族になる。そして寿命が近づくと、狼族はここへ戻り、生涯を閉じる、という狼族にとって、聖地になっている場所だ。


「エファルさん、憶えていますか?」

 アーフェルタインが尋ねた。が、エファルはこの風景に何の感傷も抱いていない。


「エファルさんは、ここの出身ではないのですね?」

「申し訳ござらぬが、この場所はいささかたりとも憶えておりませぬ。それがしは気が付けば、ハーロルト様とともにおりましたゆえ」

 そうですか、とアーフェルタインは独り言のようにつぶやいた。


「アーフェルタイン殿、ここからドワーフの国まではどの程度でござろうか」

「まだ、近くではありませんが、これまでの距離の半分より少し多いくらいでしょうかね。五、六十日ほどあれば、到着できますから」

「やはり、随分とかかりまするな」

「それだけ、この大陸は広いということです。……、行きましょうか」

 エファルたちは風の期特有の、乾いた風を受けながら、狼の草原からドワーフ達のいる山脈へと向かう。

 途中、何度か魔物たちの襲撃や遭遇などがあったものの、誰一人欠けることなく、ドワーフ達がいる、とされる山脈に着いたのは、地の期に足を入れたところだった。


 ドワーフの山脈は、山脈とはいうは名ばかりで、孤峰として屹立しているだけだった。無機質な岩肌は、まるで鑿で削られたような人工的な筋が無尽に刻まれていた。


「どこが、入り口に御座候」

「こちらですよ」

 アーフェルタインの様子から、何度か来ているようだった。入り口とされる場所も、他と全く同じ景色になって溶け込んでいるため、それとは全く分からない。アーフェルタインが、それと思しき場所に立って、岩肌を何度か叩くと、徐に岩肌が音を立てて地面に沈んでいく。


「面白い仕掛けでござるな」

「ドワーフはこういう物を作ることが出来る、器用な種族なのです」

「職人は、いつの世も面白うござる」

 出てきたのは如何にも分厚そうな鉄の扉だった。


「誰だ」

 地面を掘るような野太い声が聞こえた。

「私です、アーフェルタインです」

「何だ、またエルフか。よほど暇らしいな」

「いつもならそうなのですがね、今日は少し用事があって来ました」

「用事?……、まあ、入りたければ入れ」


 耳を追いたくなるような音を立てて、扉が開く。

 中に入ると、別天地のような想像以上に広い世界があった。ハンナは驚きのあまりだろう、口が開いて閉じようともせず、アケビはただ見上げているだけだった。


「何だ、エルフだけじゃないのか」

「これは、突然のご無礼、ひらにご容赦願いたい。それがし、エファルと申す狼族でござる。実は、ドワーフ殿に、この」

 と、エファルは剣を渡し、

「剣を打ち直してもらいたいと思い、推参致した次第。なにとぞよろしくお願い申す」

「奇妙なしゃべり方だな、狼」

「よう言われまする」

「剣を見るぞ」

 ドワーフは剣を抜こうとした。勢いよく手が飛ぶ」

「根本から折れているのか」

「刀身は、中に」


 鞘から取り出したドワーフは、

「中々のものだが、こうも割れていると、元に戻すのは困難だな。この剣を少し短くすれば、作り直すことはできるだろう。だがなあ」

「どうしました?」

 アーフェルタインが尋ねると、いま、ドワーフ達は、鉱脈探しでほとんどが狩り出されていて、修復師に頼まなければならない、という。


「では、その修復師さんに会わせていただけませんか」

「会うのはええが、中々気難しいやつでな、引受けてくれるかどうかわからんぞ」

「会わないわけにはいきませんからね、よろしくお願いします」

 そういうなら、とドワーフは、エファルたちを案内した。


「おーい、ドストマ。客人だ」

 ドストマ、と呼ばれたドワーフは、鋼を打っていて、反応しない。

「ドストマ。客だ」

 ドワーフが声を大きくしてもう一度呼ぶと、ドストマが振り返った。

「何用か?」

「客だ、そこにいる」

 ドワーフがエファルたちを指さし、エファルが挨拶をした。


「エファルと申す。実は、剣を打ち直してもらいたく、こちらに参った次第。ドストマ殿、と申されたな、よしなにお取り計らい願いたい」

 ドストマは無言のまま、柄と剣を取り出した。そして、

「元どおりにはなるまい。ここを」

 と、ドストマは折れた根本を指さし、

「削って形を整え、茎に作り変えれば、使える」

 といった。


「脇差にするということでござるか」

「そういうことだ。だがそうなれば、大刀が要る」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんですか、そのワキザシとか、ナカゴ、とか」

「脇差とは、これより幾寸か短い刀の事だ、茎は、柄をつけるための鉄の身を指す。そのようなこともわからんか」

「いや、今までに聞いたことがありません」

「エルフという割には、知らぬこともあるのだな」

 ドストマが笑うと、アーフェルタインは、

「知らないことが多いから旅をしているのです」

 そう言い返した。


「だが、そこの狼男は分かっておるようだ」

「左様、ハーロルト様より下されたこの剣は、反りのある片刃故、いうなれば刀と同様。刀であれば、脇差にするのは造作もないことでござろう。されど、ドストマ殿は何故その事をご存知か」

 ドストマはそれには応えなかった。


「……、まずは、これを作り替えるところから始めるぞ」

「ご随意に」

 ドストマが作業に取り掛かるというので、エファルたちは一旦ドストマと別れて、ここのドワーフ達を束ねている『王』に拝謁した。

「長旅だったな、まあ、くつろいでくれ。長い友人の連れ立ちならば、我々にとっても友人だ」

 鏡面のように光る長いテーブルに、岩から器用に切り出した椅子が並んでいる。調度品はすべて銀製で、銀はドワーフが好んで使うものだ。


 王は、他のドワーフと同様、背丈は小さい割に酒樽に手足を生やしたような体格に、豊かな赤ひげと対照的な白い肌のいかつい顔をしている。


 王の名前はドガトスといった。エファルはドガトスの前で端座し、

「この度は、王のご尊顔を拝し、恐悦至極。それがし、エファルと申す、バディストンより亡命致した狼族でござる。以後、お見知りおき願いたく候」

「ようわからんが、挨拶と受け取っておこう。ここの王であるドカトスだ。まあ、ここは他と違って、よほどのことがない限り制限を設けることはない。好きにしていいぞ」

「かたじけのう存ずる。して、王」

「何だ」

「あのドストマとか申される御仁は、どのような御方で?」

「珍しいだろう、あいつは生まれも育ちもここだが、どういうわけか他のドワーフ共と匂いが違う」

「におい、でござるか」

「ああ。……、どこか別の所からやって来たような男だ。だが、腕はいい。特に鍛冶がな。ドストマは、それまでの我々が持っている技術を一変させた。武器や工具の修復、鍛造、手先の器用さ。どれをとっても、他のドワーフより抜きんでている。我々が知らぬようなことを、ドストマはよく知っている。不思議な男だ」

「……、どわーふたちは、脇差や、茎というものを御存じあるや」

 ない、と王は頭を横に降った。


「エファルさん」

「おそらく、あの御仁はそれがしと同じような者かもしれませぬ」

「なるほどな、ドストマとお前には、似たようなにおいがある。一度、話してみるがよかろう。どうだろうな、ここで飯でも食って、一晩といわず泊っていけ」


 王は、その体格に見合った豪儀な男だった。

 ドワーフの食事は、女のドワーフ達によって作られるが、そのほとんどが近くの木の実などで、存外に草食だった。

「いつも疑問に思うのですが、このような食事でよくあれだけの仕事と力が出せますね」

 アーフェルタインがいうように、あの体型と力仕事を思えば、とても食事の量は足りないはずだ。

「木の実だってあながち馬鹿には出来ないんだよ?使いようさね」

 女ドワーフ達の笑い声は豪快だった。

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