第19話
星一つ見えない夜天のバディストンは、得体のしれない魔物や怪物たちが出てきそうな不気味な佇まいだった。
「何か出そうな気がしますね」
「気を付けて進もう」
町は静まり、微かな火の光源もない。
「トーアが捕まっているとしたら、城、でしょうね」
「城は警備が厳重だ。そう簡単には入り込めないだろうな」
「ひとまず、体を休めよう。話はそれからだ」
宿はどこも閉まっていた。二人は適当な町の隅を見つけて、しばしの休息をとった。
翌朝の鐘が聞こえると同時に、二人はバディストンの近衛兵たちに囲まれていた。
「お前たち、エルフだな」
「ええ、それが何か」
連行しろ、という声に応じて、近衛兵たちがアーフェルタイン達を引っ立てた。
「ここでは、野宿は行けませんでしたか?」
と尋ねても、近衛兵たちは応じず、バディストン城のヘクナームのいるところまで連行された。
「エルフを連れてまいりました」
近衛兵の報告に、蛇のようなヘクナームは、その陰湿な粘着質のある目線を二人に送った。
「この者ではない。解放しろ」
「……、了解しました」
近衛兵はまた城の入口まで二人を連行し、まるでごみでも捨てるように二人を解放した。
「随分と乱暴な連中だな」
ニーアフェルトが眉を顰めた。
「おそらく、トーアを探しているのでしょうね」
「でも、合成獣はすでに出来上っているのだろう?トーアはもう用が済んだはずだが」
「合成獣一つで満足するような男には見えませんでしたがね。まだ利用価値があると踏んでいるのでしょう」
「だが探している、といるとなると、逃げ出したってことか」
「そうなりますね。厄介ですね」
「どこに逃げたか、だな。すでに脱出していて、行き違いになっているなら面倒だし、といって、町の中にいるは思えないな」
そうしていると、どこかで大きな悲鳴が聞こえた。町中も騒然として、野次馬になって向かっている。
「あの声」
「まさか、とは思いますが」
野次馬たちの人だかりになっているのは、町郊外の一軒家だった。二人が扉を開けようとしていた時、だしぬけに扉が開き、人が飛び出してきた。
「先ほどの叫び声を聞いて、もしかして、と思ったのですが、やはり、トーアパティでしたか」
「知っているのか、あのエルフを」
「ええ、トーアパティ。私と同じ、旅のエルフですよ」
「助かった、実は、マクーニ中毒なんだ、どうにかできないか」
奥から迫ってくるトーアパティは、正気を失っていた。落ちていた中剣を素早く奪い、アーフェルタインにふりかぶった。受け止めたアーフェルタインの顔が歪む。
「トーア、私ですよ。アーフェルタインですよ」
アーフェルタインの声は届かないのか、トーアパティはうなりを上げて尚も襲いかかる。その隙に家にいた者たちは外に出たが、騒ぎを聞きつけた近衛兵たちが喚声を上げてやってくる。
「おい、こっちだ」
ニーアフェルトが避難する連中を誘導し、アーフェルタインはトーアパティのがら空きとなった腹部に深いこぶしを入れた。衝撃でトーアパティの体はくの字に折れ、ようやく意識を途絶えさせることが出来た。
迫ってくる近衛兵に、アーフェルタインは詠唱して『炎の壁』を創り出すと、近衛兵たちが手こずっている間に、バディストンから大きく離れた村にまで避難をした。
「それにしても、運がよかった」
木を失って横になっているトーアパティを見ながら、アーフェルタインは自ら傷を治している。
「それにしても、なぜあそこにいたのでしょう」
「俺が、ヘクナームの地下室から連れだして来たんだ」
「あなたでしたか。同胞を助けていただき、お礼の言葉も見つかりません。私は、アーフェルタイン、こちらにいるのはニーアフェルトといいます」
「キリィ・ランバートだ」
「キリィさん、ですか。もう少し詳しく教えていただけませんか?」
キリィはこれまでの事をつぶさに語り始めた。まず、キリィはシーフ=ロードの『鷹の目』という工作員で、バディストンの動向を探っていた。そんな中、マクミットとかいう円卓の者によって筆頭文官のヘクナームを見張っていた。所が途中で捕まり、地下室に閉じ込められたところ、このトーアパティを見つけ、脱出をしてきた、という。
「そうでしたか」
アーフェルタインはトーアパティの体を調べた。腕の刺されたような傷や、顔色、さらに目の瞳孔などを丹念に調べた。
「トーアはマクーニ中毒を起こしていますね?」
「ああ、ヘクナームに盛られている。それと、そこのエルフは、自分がとんでもないことをした、と何度か言っていたな」
トーアパティが目を覚ました。
「こ、ここは?」
「トーア、見つけることが出来ました。これで、御大にも報せることが出来ます」
「アーフェル?それにニーアも。私のために?」
「ええ、御大から直々に頼まれました」
トーアは人目をはばかることもせずに泣き暮れた。
「辛い、旅でしたね」
「ええ」
トーアは憶えている限りに事を話し始めた。
「神の森を出て、そこから南に下ったの。スキュラから、バストーク。ラウル山地を越えて、南にある『狼の草原』まで行った」
「狼が生まれて還る場所、でしたかね」
「そこの狼たちや狼族たちといっぱい遊んだ後、ラードゥロからスタインウッド遺跡、そこから北に上がって、シーフ=ロードへ行ったの」
「ミストラに、行きましたね?」
うん、とトーアは頷いた。すると、そこでミストラの犯罪者たちに攫われ、連絡が取ることが出来なくなった、ということだった。
「あの時の雇い主が、ボーンズだとすると、やはり、バディストンが誘拐の依頼を随分と頼んでいた、ということでしょうね」
ああ、とシーフ=ロードの工作員たちが話に入って来た。
「随分と前から問題になってはいたんだ、ミストラの治安がね。あそこは半ば独立しているような気風だからか、国いうことを全く聞こうとしない。それどころか、ミストラの自衛組織とかいう連中も裏でつながっているという評判だ」
「ええ、その自衛組織に、私たちも捕まりましたからね」
「不運だったな、そりゃ。どうやって出て来たんだ?」
「我々はエルフですから」
「どうとでも方法はある、か。……、ミストラについてはこちらで処理をする。そいつらの代わりといっちゃなんだが、すまなかった」
工作員たちが頭を下げたのを見て、いいのですよ、とアーフェルタインは頭を上げさせようとした。
「それよりも、問題は、なぜ貴女だったのか、ということです。無論、あなた方一族が、命を吹き込む一族である事は我々も分かっています。ですが、人間がそのような事を知っているとはとても思えません」
「ミストラからあそこに連れてこられた時、何人かのエルフたちはいたの。あのヘクナームとかいう男が、手あたりしだいにエルフを連れだしては、暫くして殺していったりしていた。はじめは何をしているのか全く分からなかったけど、私の番になったとき、全てを知った。バディストンは、ヘクナームは在らざる者たちを創り出し、その命を吹き込む役目を私にさせていたの」
「だがあなたは屈しなかった。だから、マクーニまで使って、貴女を使役した、ということですかね」
穏やかな口調とは裏腹に、アーフェルタインの顔は、これまで見たこともないほど歪んでいた。
「許せませんね、そのヘクナームというのは」
「私をこうしたのもヘクナーム。ヘクナームは言う事を聞かない私にマクーニを打ったりして、言うことを聞かせたわ。でもそのために、あんな怪物を。……」
「貴女が気に病むことはありません。私たちが、いずれ始末しますよ」
「アーフェル、気を付けて。バディストンの闇は思ったより深い。下手な手出しは命を縮めることになるから」
「ええ、十分わかっています。だから、貴女はニーアと共に森に帰って、治療を受けたほうがいいでしょうね。ニーア、お願いできますか?」
「アーフェルはどうするんだ?」
「バディストンを探ります。場合によっては、ヘクナームを。……」
それは無理だ、とキリィが言葉を遮った。
「なぜ、無理なのですか?」
「俺は、ある人から頼まれて、ヘクナームを探ったことがある。一見して隙だらけで、容易く見える相手だが、どうして警戒が強い。蛇のような男だという評判だが、確かに狡知に長けた奴であるには間違いない。俺達も知るべきことは知ったし、一旦国に戻るつもりだ。エルフ達も早く戻った方がいい」
そうした方がいい、とニーアフェルトも頷いた。ひとまず、トーアパティを神の森に帰し、治療をすることが大事だろう、ともいった。
「……、ではそうしましょうか。エファルさんの事も気になりますしね」
そういったとき、だしぬけに奇怪な叫び声が聞こえた。
正体は、在らざるべき怪物だった。巨大な目の玉がふわふわと浮んでいて、こちらに近づいてきている。
「何だ、あれは?」
と工作員が笑いながら指さした瞬間、『巨大な目の玉』から出された光線で、一瞬にして蒸発した。
「ナシェル!!」
工作員の名を叫んでいたキリィに、もう一度光線が飛んできた。すんでのところでキリィはかわしたが、先ほどまでいたキリィの場所は、黒焦げになっていた。
「あれは?」
アーフェルタインがトーアパティに尋ねると、ゲイザーという、死んだエルフの目玉を取り出して作り上げたもので、トーアパティが命を吹き込んだもののひとつらしい。
「ということは、他にもあるのですね」
「ごめんなさい。……」
「まあ、合成獣一つだけ、なわけがないでしょうからね、考えられることではありますよ。貴女があやまることではありません」
アーフェルタインはひとまず散り散りになるように言った。そうすることで、ゲイザーの光線から狙われにくくなるかもしれない、と思ったからだ。 ゲイザーは動かない。その代り、せわしなく左右に動かして当たりの様子をうかがっているようだ。
ニーアフェルトが詠唱しながら熱戦をゲイザーの目に向けて放った。
「やったか」
だがゲイザーは瞬時に瞼で目を被い、熱線を防いだ。瞼が少し焦げただけだった。
「恐らく、目が弱点になりそうですね」
アーフェルタインが小さな雷撃を、ニーアフェルトが熱線を繰出したが、ゲイザーの目には届かない。
そのくせ、ゲイザーの光線は間を置くことなく、次々と放たれて行く。シーフ=ロードの工作員たちも必死にかわしているだけで、とても戦闘に役立ちそうになかった。
更に遠くから蹄の音が聞こえてきたとき、アーフェルタインは
「ここまで、ですか」
と、諦めた顔で蹄の音のする方を見ると、
「アーフェルタイン殿!!」
と、馬上のまま駆けてくるのはエファルだった。
「エ、エファルさん!!」
「大事あるまいか!!」
「な、なんとか」
エファルは馬上のまま剣を抜き、さらに手綱を操りつつ、今度は器用に足でアケビを操りつつ、ゲイザーに向かって突進していく。
ゲイザーは光線を繰り出そうとするが、アケビの機転で当てられることなく、エファルは閉じようとしている巨大な目に剣を突き立てた。痙攣するゲイザーは、そのまま地面に落ちた。エファルは馬上から降り、剣を深く突き入れることで、止めを刺した。
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