第20話

「大事ないか」

 エファルはゲイザーから剣を抜こうとしたとき、剣が柄の根本からぽっきりと折れてしまった。


「ああ、ハーロルト様からいただいた剣が」

 アーフェルタインたちもゲイザーの元に集まる。

「ああ、これは難しいですね、直すのは」

 アーフェルタインが剣の様子を見て言った。エファルはそれでも剣を引き抜き、刃は回収することが出来た。


「これも、ハーロルト様から賜りし物故、寿命が来たのやもしれぬ」

「それにしても、助かりました。どうしてエファルさんはこちらに?」

「いや、それは追々話しましょうず。……、見かけぬかたが幾人かおられるようでござるが」

「彼らは、シーフ=ロードの工作員たちです」

「シーフ=ロード、と申さば、バディストンの南にある国であったかな」

「そうです。彼らはその国の諜報員なのです」

「ちょうほういん。……、間者でござろうか。忍びとはこれまた珍しい」

「……、ま、まあそういうことです」

「その、こうさくいんどの、それがし、エファルと申す。以後、お見知りおき願いたい」

 キリィたちはエファルの様子に少し驚いた。


「まあ、助けてくれて、礼を言うよ」

「いや、相身互いでござる。互いに助け合って生きていかねばなりませぬからな」

「まあ、よろしく頼む。キリィ・ランバートだ」

「きりぃ、殿でござるな。御名、忘れまじく候」

「なんでもいいや、俺達はこのまま帰るぜ。国に報告をしなきゃいけないからな」

「では、ここでお別れしましょう」

 キリィ達を見送ったエファルたちは、ひとまず神の森に戻ることにした。


 神の森では、ハンナを始め、御大や他のエルフ達が出迎えてくれた。

「よくやってくれたな、アーフェル、ニーア」

「それよりも、トーアの容態はあまりよろしくありません」

 御大がトーアの様子をあれこれと診断していく。


「マクーニか」

「はい、バディストンのヘクナームという男に何度も」

「じつにけしからんやつだ。同胞を連れ去るだけなく、このような事をするとは」

「まくーに、とは」

「中毒作用のある草です。これを乾燥させ、すりつぶして水に溶かし、さらに煙にしたり、あるいは体にじかに入れたりするのですが、はじめは耐えていても、いずれ毒が回って、判断力が落ち、相手のいうがままになるのです」

「ほう。……、聞いたことがあるな」

「何を、ですか?」

「似たような話でござる。たしか、戦国の頃に、伊賀衆が使った物の中に麻を使った茶があり、それを口に運べばアホウになって相手のいわれるがままになるという」

「同じようなものがあるのですね、どこにも」

「左様でござるな。……、して、とーあぱてぃ殿は如何あいなりまするかな、御大殿」

「まあ、暫く毒を抜く作業をせねばならないが、これほどまでに深く入り込んでいるとなると時間がかかる。だから、トーアは当面、ここにいることになる。……、狼族の男」

「はっ」

「剣が折れたらしいな」

「面目次第もござらぬ。手入れを怠っておりました」

 見せてみろ、という御大の言葉に、エファルは鞘ごと差し出した。


「見事に根本から折れているな」

「はあ、お恥ずかしい限り」

 鞘から剣を抜き取り、刃に気を付けつつ調べていると、

「中々の逸品だな。これほどの鍛冶を行なえるものはそうはおるまい。それにしても、これほどまで見事に折れていると、むしろ清々しいくらいだな。どうだろう。ドワーフの国に行ってみればどうだ?」

「どわーふ」

「そうだ、そこなら、直せるかもしれんぞ」

「そは、いずこに?」

「森を抜け、狼の草原を越えて南にある。ドワーフの国は、山脈の中にあるから、そこで直してもらえ。アーフェルも一緒に連れていけ」

「それはかたじけのうござる。……、ハンナ殿については、またしばらく」

「わかった。ただし、そのことはお前が直に言うがよかろう」

 エファルがハンナにこの事を伝えると、ハンナは途端に拗ねて口を聞かなくなった。


「エファル様は私を子供扱いする」

 というのが、気に入らないらしい。

「どのような危険があるやもしれず、どうか辛抱下され」

「嫌でございます。一緒でなければ、私は、一人で旅をします」

「滅多なことを申すでない。とにかく、ここはこらえてもらいたい」

「いやです」

 どうにも機嫌が治らないハンナに、アーフェルタインが、


「では、一緒に連れていったらどうですか?これまでとは違って危険の度合いは低いでしょうし、それに、ハンナさんもずっと離れ離れでいることに、不安を覚えているようです。私もいる事ですし、どうでしょうか」

「しかし、物見遊山ではござりませぬぞ」

「……、たしかに旅行ではありませんが、まあ、ここはハンナさんの気持も考えてあげたほうがいいかもしれません」

「……、ハンナ殿、長い旅ゆえ、支度はしっかりと整えるがよろしかろう」

 ハンナは目をキラキラさせて、小気味よい返事をするや、直ぐに支度をととのえ始めた。


 その間、エファルは御大から、ドワーフの国について詳しい情報を仕入れた。

「ドワーフは、もともと力が強いくせに細工物が得意、という極端な種族だ。王国と呼ばれる集落をいくつか抱えている。先ほど言った南の集落、竜諸島、、それと異界の柱だ」

「異界の柱、と申さば、バディストンより北でござるな」

「そういうことになるが、この異界の柱の集落は、前に亡びた、と聞いている。残っているのは、先ほどの三つ。そのうち一番近いのが、南の集落になる」

「ここからどのくらいかかりましょうや」

「ざっと、一周期はかからぬであろうから、今から出たとして、向こうに着くのは次の水の期くらいか。そこからこちらに戻ってくるとなれば。……、次の風の期ほどにはかかろうかな」

「一年以上、という計算になりまするかな?」

「往復を合わせると、一周期半ほどになるかもしれんな。それも、運よく行けた場合だ」

「では、不運に見舞われれば?」

「当然、途上で死ぬ。そうでなくとも、魔物たちがいたりする。旅とはそういうものだ」

「確かに、物見遊山であっても、盗賊や護摩の灰といった輩はおりまするな」

「気を付けていけ。南の魔物たちも相応に危険であることは間違いないからな」


 支度をととのえたハンナは疲れて眠ってしまっていたので、エファルたちも同じように御大の屋敷で、旅の疲れをとることにした。

「エファルさん、助かりました」

 アーフェルタインは、神の森の木から摘み取った若葉の茶の入ったコップをエファルに渡した。かたじけない、と受け取ったエファルはそのままぴちゃぴちゃと舐める。


「なんともいえぬ香りのするものだ、それに、この茶は、疲れを取ってくれるような、不思議な味がする」

「神の森の木の若葉を煎じ、賢の湖で汲んだ水を使うと、多少ながら疲れを癒してくれるのです。まあ、実際には、気分程度ですが」

「なるほど。……、ところで、あの目の妖怪な何者でござろうか?」

「あれは、ゲイザーというものらしいですね。亡くなった者の目に命を宿させ、魔物になったものです」

「奇怪な。……、まさか」

「その、まさかです」

「魔獣の子供に飽き足らず、死者の臓物まで使うとは、どこまでも見下げ果てたやつ。我が故国ながら、いよいよ許せぬ」

「それと、もうひとつ」


 アーフェルタインは、ギッチ・ギッチやトーアパティから聞いた、合成獣のことについて話した。すでに魔獣の子供たちは殺され、その死骸から縫い合わせ、それに命を吹き込んで出来上がっていること、そして、それがすでに活動を始めている事など。


「話には聞いていたが、すでに、そのようなことにまでなっていたとは」

「ええ、合成獣はまだ本格的な活動をしてはいないようですが、油断はできません。ゲイザーのような魔物を創り上げているということは、他にもいると考えたほうがいいでしょう」

「それにしても、ヘクナームは人の風上にもおけぬ男だ」

「ヘクナームというのは、どういう人物ですか?」

「それがしがバディストンにいた頃のへくなーむは、さほどに目立った男ではなかった。確かに、少々陰湿なところがござった。公王陛下には、阿諛追従し、その他の者には邪険にしたり、あるいは嫌味などを申しておった。付き従うものには優しゅうするが、ハーロルト様のように対立をするとなると、途端に陰険になる。それがしから見れば、奸佞邪知の徒でござった」


「かんねいじゃち?」

「悪知恵の働く悪党、というほどの意味でござる。あのような者がそばにおっては、いずれ傾国致すことは必定。ハーロルト様はおそらくそれを憂いていたのでござろう。裏では、すねいぷる、と称する者もおり申した」

「スネイプル、ですか」

「すねいぷる、とはどのようなものでござるか?」

 あれですよ、と窓をあけ、枝に巻きついている蛇を指さした。

「なるほど、くちなわのことか」

「エファルさんのほうでは、そういうのですね。この大陸でも、蛇は邪な存在としてしられていますからね。ここの蛇は、従順で可愛いのですが」


 アーフェルタインは、一息間をおいて、

「エファルさんは、なぜそのような口調なのですか」

 と、尋ねた。

「最初から気になっていました。そのような口調をする狼族はいませんからね」

「ああ。……、それがしの本名を名乗っておりませなんだな」

「本名?エファル、ではないのですか?」

「エファル、というのはこちらの世界で、ハーロルト様に名づけられたものゆえ、実の名は違い申す」

「では、本名というのは?」

「榊陽之助と申す。人吉相良家納戸役」

「……、似合いませんね」

 アーフェルタインとエファルはそれぞれ笑いあった。


「いまでは、エファルの名も慣れ申した。それに、元々その頃の記憶が抜けていた頃から呼ばれておった故、今更名を変えるつもりもござらぬ」

「その方がいいですね、私にとっても、貴方はエファル、ですから」

「……、では、それがしも疲れたゆえ、床に入りまするが、アーフェルタイン殿は、どうなされる?」

「私も、もう寝ます。さすがに、疲れました」



 翌朝、一番早く起きたのはエファルだった。御大の屋敷を出、木漏れ日の中で体を伸ばし、落ちていた小振りの枝を手にすると、徐に振り始めた。小枝の、空気を斬る軽い音が、次第に激しくなっていく。

 エファルは型を構えた。タイ捨流は、「右半開に始まり、左半開に終る。全ては袈裟斬りに終結する」という。エファルは正眼から上段に振り上げ、一度振り下ろし、右肩に沿わせるように構えて、横に振る。これを皮切りに、自在に小枝を振るっていった。次第に熱を帯び、空気を斬る音が大きくなっていく。


 狼族の特性であるため、エファルは汗をかくということがない。少し息が上がり、舌を大きく出して、息を整えていると、

「よく、体を動かしているな」

 と、後ろから声をかけてきたのは御大だった。


「よく眠れたようだな」

「これほど長く眠れたのは、久方ぶりでござりました」

「もうそろそろ、他の者も起きてくるだろう、食事をとってから行くがよい」

「かたじけのうござる。その間、バディストンの動向は」

「よく分かっておる。神の森は、そう簡単にやられることはない」

「それを聞いて何より心強うなり申した。では、支度が整い次第、南へと向かいまする」


 起きてきた、ハンナやアーフェルタインらと食事をとり、アケビを伴って神の森を出たのは、炎の期から風の期に変わる間際だった。

「そういえば、エファルさん。なぜ、あそこにいたのですか?」

「ああ、それは。……」

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