第18話
ミストラに戻ったアーフェルタインは、宿でニーアフェルトと合流し、ギッチ・ギッチを連れてミストラの裏番街に向かった。
裏番街は、ただでさえ治安の悪いミストラの中でもとりわけ悪く、はっきり言って犯罪者のたまり場のようでさえある。
「だ、大丈夫なのかよ」
ギッチ・ギッチは不安な顔を隠そうともしない。
「大丈夫ですよ、金貨五枚、欲しくありませんか?」
「欲しいよ、欲しい」
「だったら、私を信じる事です。そうすれば、無事に五枚、受け取れますよ」
裏番街の入り口は、一目で見て、それとは分からないほど、町の風景に溶け込んでいる。アーフェルタインたちは裏番街に踏み入れる。
「ナリサヒトさんはおられませんか?」
私だ、という声はするが、姿が見えない。ニーアフェルトが遠見の魔術を使う。アーフェルタインに目くばせをする。
「引き渡しますが、出向いて来ていただけませんか」
「それは駄目だ。置いていけ」
「……、わかりました。では、よろしくお願いします」
抗議するギッチ・ギッチを置き去りにして、二人は裏番街を出ると、近くの物陰に隠れた。ギッチ・ギッチが叫ぶと、人間の男が近寄ってきた。
「確かにグランドランナーだな。……、間違いありませんや」
ナリサヒトとは違う声の男が叫ぶと、そうか、と出てきたのは、軽鎧姿の男だった。
「まさか」
アーフェルタインとニーアフェルトはかつて、それもつい最近見たことのある姿だった。
「まさか、貴方だったとは。……、たしか、ボーンズとか言いましたか」
「貴様。……、そうか、こいつはお前たちの仲間か」
ナリサヒトことボーンズがギッチ・ギッチを殺そうとするのを、アーフェルタインが小さな火球を撃ち、ニーアフェルトがギッチ・ギッチを救い出すと、裏番街がにわかに殺気立った。
「こいつらを殺せ」
ボーンズは裏番街の連中を手懐けているらしい。裏番街の犯罪者たちが、二人とギッチ・ギッチを追込んでいく。
「逃げるか」
「まさか」
アーフェルタインが、ニーアフェルトに答えた。アーフェルタインがしゃがんで地面に手をつける。辺りの地面が軟化し、ぬかるみのようになって、犯罪者たちの動きを封じると、ニーアフェルトが周囲の風を止めて水の精霊力を高め、犯罪者たちを凍り付かせた。
「だから、魔術は嫌いだ」
ボーンズは吐き捨てるように言って、盾をとり、腰の長剣を抜いて構えた。
アーフェルタインも細剣を構えた。ニーアフェルトも構えようとするが、
「ニーアは手出ししないでください。貴方は他の者が動かないように見ておいてください」
わかった、とニーアの答えを受け取るや、ボーンズが盾を構えて突進してきた。
ボーンズの剣捌きは、いうなれば力任せで、技術も技量もあったものではなかったが、勢いだけはすさまじく、力押しで倒してくるようだ。
盾の使い方はアーフェルタインにとって邪魔でしかなかった。アーフェルタインが仕掛ける先にかならず盾があり、ろくに攻撃が通らない。
決闘のような戦いは十数合に及んだ。どちらも決め手に欠き、といって優勢でもなく、不毛な戦いといってよかった。ボーンズはアーフェルタインを倒そうと躍起になっているが技量に劣る為に倒すことが出来ず、一方のアーフェルタインもボーンズの盾の前に苦戦していた。
暫くしてミストラの自衛組織が塊となって押し寄せてきたのを幸いにして、ボーンズは
「一旦預ける」
と言い残してその場を去っていった。
自衛組織の連中はここぞとばかりに犯罪者たちを捕まえていき、アーフェルタイン達にまで及ぼうとした。
「私たちが捕まえたのですから、むしろ感謝してもらいたいくらいですね」
とアーフェルタインがぼやくと、自衛組織の長が、
「これは失礼しました。ここは私たちが引受けますので、お引き取りください」
といってきたので、三人は『片目の隼』に戻った。
ところが、扉が閉まったままで、開けることが出来ない。宿はいつでも出入りが出来るように常に開けているものなのだが、アーフェルタインは不審に思った。
「まさか、とは思いますが」
アーフェルタインが扉を蹴りやぶった。酒場も宿ももぬけの殻になっていた。
「なるほど、この宿の主人が、人さらいの請負をしていた、というわけだったのですね」
ニーアフェルトが酒場にあった椅子に腰を掛けた。
「どうする?」
「一旦、ギッチ・ギッチを集落に返しましょう。その後は、バディストンに乗り込みます」
「しかし、二人だぞ」
「そうですね、二人しかいませんから」
「仲間を呼ぶか、もう少し準備を整えてからにするか」
「そのような時間はないと思いますよ?向こうが魔獣の子供たちを連れ去り、トーアパティも連れ去ったとなると、考えられるのは合成獣を創り出すことですからね、トーアパティは拒否をするでしょうが、それでおいそれと計画をやめるような連中ではないでしょう」
「止めるしかないか」
そうですね、とアーフェルタインが頷く。
「で、さあ」
ギッチ・ギッチが手の平を出してきた。
「ああ、金貨五枚でしたね。……、ニーア、貰いましたか?」
「あの状況でくれると思うか?」
「ですよね。……、とはいえ、何もなし、というわけではありませんからね、この宿で金目になりそうなものを見つけて、適当に売り捌けば、金貨五枚くらいは稼げるんじゃありませんか?グランダナンラーであれば、お手のものでしょう」
ギッチ・ギッチが宿の中をあらためると、あるじはよほど慌てて飛び出したとみえて、店の金が入った革袋が、丸々置かれてあった。
「レザリア銀貨だ。これだったらいいや」
内訳は、レザリア銀貨が数枚、丸銀貨という彫り物のない銀貨が十数枚、丸銅貨が数十枚、という具合だった。
「これだけあれば、文句はないよ」
「まあ、持って行きなさい。おそらく、ここの主人は戻ってくることはないでしょうから」
アーフェルタインとニーアフェルトが、ギッチ・ギッチを連れてグランドランナーの集落に戻ってきたとき、集落の長がなにやら青ざめた顔をして、アーフェルタインに言ってきたのは、
「見たことの無い獣の姿を見た」
というものだった。鷲獅子の体に雄牛と狼、鷲の頭が並んで生えていて、尻尾は蛇になっている怪物だったらしい。
「それは、どちらからきて、どちらに向かいましたか?」
「向こうからだ」
と、月下の鷹の方向を指さし、
「そして、向こうに行った」
と、今度は真逆の方に指を向け、
「それからまた元に戻ってきた」
といった。一往復したらしい。
「あれはなんだ?集落の皆が振るえておる。エルフ共が余計な事をしたんじゃないだろうな」
「まさか、長。もし私たちが行なったのだとしたら、そもそもギッチ・ギッチを連れて戻ってはきませんよ」
「まあ、それもそうだな。ただ、お前達エルフは魔術が出来るからといって、途方もないことをやる。それを憂えている事を忘れるな」
「ええ、忘れませんよ」
エルフ二人は集落から去り、ミストラへ戻った。
「合成獣に間違いないでしょうね」
アーフェルタインが不安そうな顔をして呟いた。
「まさか、そこまで進んでいたとはな」
ニーアフェルトは驚きを隠そうとしなかった。
「はやく、バディストンに向かわなければいけませんね、被害が出る前に」
「急ぐか、バディストンに」
「ええ、急ぎましょう」
二人が馬上の人となったとき、ミストラの自衛組織が行く手を阻んできた。昨日のことで話があるらしい。
「手短にお願いします」
自衛組織の長がいうには、昨日の騒ぎの時、何があったのかもう一度聞きたい、ということだった。できれば、自衛組織の詰所で話を聞きたい、と。
「アーフェル」
「無用な争いは避けた方がいいでしょう。それに、話をしてくれれば向こうもすぐに分かりますよ」
二人は馬から下りて、自衛組織に囲まれたまま、詰所に連行された。さらに、二人は組織が管理をする牢屋に放り込まれたのだ。
「随分な扱いですね」
さすがにアーフェルタインは眉をひそめて抗議した。すると、
「昨日のことでのタレこみでな、お前達がグランドランナーを売り渡そうとした、という話が出たんだよ。それも一人や二人じゃない。真相を確かめるために、このような事になった」
「言いがかりですね、それは」
「だが、お前達は『片目の隼』で依頼を受けただろう?それを見た連中もいるんだ」
ボーンズとその手下たちが口裏を合わせているのは間違いない。アーフェルタインたちは何度も説明したが、長は聞く耳を持たない。潔白の証明は、どうにも難しそうに思えた。
「いっそ、脱出するか」
「先にニーアが脱してください。私がここに残りますから」
「それは出来ないだろう」
「ええ、私は『脱出』の魔術が使えませんからね、どの道無理なのですよ。それに、無用な争いはあとで面倒になりますから」
「じゃあ、どうする?」
「……、『隠転』を使いますか」
なるほど、とニーアフェルトは理解したようで、片目の隼で落ち合うことを確認すると、アーフェルタインが短い詠唱を唱えて姿を消すと、ニーアフェルトが牢屋の鉄格子を揺らして暴れた。
「アーフェルが、アーフェルが」
牢屋にやって来た自衛組織の男が面倒そうにやってくると、アーフェルタインの姿が見えないことに驚いた。そして急いで牢屋の鍵を開け、中を見渡したが、ニーアフェルト以外は誰もいない。
「もう一人のエルフはどこに行った?」
「分からない、気が付いたら一人だった」
「そんなわけがあるか、どこかに隠れているのだろう、どこにいる?」
男が詰め寄っても、ニーアは分からない、というだけだった。業を煮やしたのだろう、男は他の連中も呼び寄せ、徹底して探してまわることにした。
「お前はここに残っておけ。何か変な事をしたら問答無用で殺すからな」
男はニーアにそう言い残してアーフェルタイン探索に向かった。ニーアは、呪文を詠唱しするや、風が吹いたように姿を消した。
ニーアはすでに片目の隼にいた。宿は相変わらず誰もおらず、アーフェルタインが来ている様子もない。
暫くニーアフェルトが待っていると、扉が徐に開き、風が入り込んで来たか、とおもえば、アーフェルタインが姿を現した。
「うまくいったな」
「ええ、迫真でしたよ、お見事です」
「で、馬はどうする」
「表に待たせてあります。早く行きましょう」
再び馬上になった二人は、ミストラの出入り口まで、まるでぶつかるような速度で駈け抜けた。自衛組織の連中が追いかけて来るが、馬と人間では差は広がるばかりで、ようやく自衛組織の連中を振り払った時には、手に収まりそうなほどのバディストンの城が見えていた。
「無事だといいのですがね」
「とにかく急ごう」
二人は焦燥に駆られていたが、肝心の馬が疲れ果ててどうにもならなかった。アーフェルタインは馬に、神の森に帰るよう言うと、馬は疲れたように鼻息を鳴らして頷くと、二人は『駈足』の魔術を用いて、バディストンに向かった。
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