第6話
ジェシカ婆が話し始めたのは、今から十日ばかり前の事で、ビシャの町はいつものように平穏であったらしい。
ところが、ムーラの北の地域に住んでいる、
「有翼人が?」
信じられない、とハンナは言った。ハンナがいうには、有翼人は戦闘する能力は高い部類だが、平和を望む種族であり、何の理由もなく襲いかかるというのは考えられない、といった。
「ああ、ハンナのいう通りでね、本当は、有翼人は争いを好まないのさ。だけどあの日、有翼人は、まるで私たちを獣狩りのように襲いかかってきたのさ」
「じぇしか殿、襲われるにあたりなにか訳でもあったのであろうかの」
「いいえ、狼族。私たちは長い間、有翼人とは持ちつもたれつの関係でやって来たのよ。そりゃ、長い付き合いだから、多少の行き違いはあったけど、それでもその度に話し合って、解決してきたの。今回のように、いきなり襲いかかってくる、なんていうことはなかったわ」
「それまで、格別に厚誼の間柄であったにも拘らず、だしぬけに襲われた、ということはなにか大きないさかいがあったか、あるいは、心境の変化か」
「どうであるにせよ、ひとまず町を綺麗にしましょう。ジェシカさん、遺体はどこに運べはよいですか?」
「町の外れに墓場があるから、そちらに。……、ハンナ、案内してやって」
ハンナは何度も鼻をすすりながら町はずれの墓場に二人を連れて行った。墓場の隣に教会があったのだが、そこを覗いてみたところ、やはりそこの神父も殺されていた。
エファルとアーフェルタインが手分けして死体を運び、それをハンナとジェシカが手分けして世帯ごとに分けるうちに夜が通りすぎ、明け方になっていた。
「ムーラでは、火葬でしたね」
アーフェルタインの問いにジェシカが頷いた。とはいえ、数百人もの大量の死体を火葬するのは魔力の関係上、とても出来ることではない。するとエファルが墓場にあった木を切り倒し、松明を作った。死体から布をはぎ取り、先端を布で覆うと、油を調達し、火をつけた。自分の家族の晩になると、ハンナは目に涙をためて見ていたが、耐え切れなくなって、目を逸らした。それでも最後には真直ぐに見つめ直していた。
「墓守がおらぬというのは無念であろうが、これも定めと思うて」
と、エファルは左手を立て、念仏を唱え始めた。謡でも見せた朗々とした声がビシャの町を被う。念仏を唱えながら、エファルは松明を使って、荼毘に伏せ始めた。エファルの念仏は途切れることはなく、息が切れることもなかった。やがて、すべての死体を荼毘にふし終わると、
「ジェシカ殿、それがしの憶えているやり方で荼毘にふしたが、よろしかったか」
「いえ、何も言うことはありませんよ。……家に寄っていらっしゃい。ハンナも、色々と疲れたでしょう」
ジェシカの家は町の中心部に近い所にあった。ハンナも遊びに来た事があったという。
「ジェシカさん、重ねて聞きますが、なぜ、有翼人はこの町を襲ったのでしょう?」
「それが分かれば良いんだけどね、思い当たることはないよ」
「では、理由もなく有翼人は町を襲ったことになりますね」
「ばあちゃん、小さな事でもいいから、何かない?」
ハンナの質問にも、ジェシカはただ首を振るだけだった。
「あーふぇるたいん殿、この妙齢のご婦人が何も知らぬというのであれば、その有翼人とやらに会うしかあるまい」
「そうですね、明日の朝にでも集落に行くとしましょう。この季節ならば、まだ北の集落にいるでしょうから」
「有翼人は、よく巣を変えるのでござるか?」
「巣ではなく、集落です。彼らは寒くなれば南に向かい、温かくなれば、北にやってきます。今は水の期から炎の期に差し掛かる手前ですから、北にいると考えたほうがいいと思いますね」
「渡り鳥のような生活をしているということか」
「そういうことです。どこか寝られる場所があるといいのですが」
それならば、とジェシカは家の離れへ三人を連れて行った。それぞれ寝袋を敷き、その上に横になった瞬間、三人の意識はなくなった。
エファルの耳が動いた。エファルが顔を上げ、周囲を見渡した。影が動いたように見えた。片刃の長剣を引き寄せ、狼の態勢のまま、エファルは影のほうへ走った。
影は町の中を駈け廻っている。エファルはそれを追いかけている。影が町の端で止まったとき、
「なぜ追いかける、狼族」
と振り返った。鷲の翼が生えている、有翼人だった。槍を手にしてはいるが、鎧らしい鎧も身に着けておらず、見るからに戦いに来たわけではない。
エファルはその有翼人の姿を見るなり、
「烏天狗ではないか!」
と、期せずして有名人にあったような声をあげた。
聞いたこともない言葉をいきなり浴びせられた有翼人は戸惑った。
「か、カラス?」
「そう。貴殿の、いでたちこそは聞いている話とは少し違うが、その翼、嘴。まさしくそれがしが伝聞に聞き及ぶ烏天狗によく似ておる。いや、よく似ておるというものではない、まさに烏天狗」
「我々は有翼人だ、そのようなものではない。もう一度聞く。なぜ追いかけてくるのだ」
「貴殿こそ、何をしにこちらに参られた?すでにこの町の民はほぼ殺されており申す」
「貴様には関係のない話だ」
「それがしのよく知っている者が、この町の出でござってな、その為にこの町に参った次第」
「奇妙な話し方だな。……、まあいい。とにかく邪魔をするな」
「なぜ、この町の民を皆殺しにした?」
「奪ったからだ」
「奪った?何を」
「我らの至宝」
そう言い残して、有翼人は上空へと羽ばたいていった。
翌朝尋ねたところ、ジェシカは、至宝という言葉について、知らなかった。
「至宝、というからには、なにか大事なものであるには間違いないでしょう。ただ、それが何を指しているのか、分りませんね」
「ただわかることは、この町にある、とあの烏天狗たちは考えておる様子。我らもその至宝というものを探した方がよろしかろうと存ずる」
「カラステング?」
「有翼人の姿かたちが、それがしがおとぎ話で聞いている烏天狗に実によく似てござった」
「それは、よかったです。……、しかしエファルさん、何が至宝なのか、分からない中で探すのは困難だと思いますよ」
「それは、ジェシカ殿に調べてもらえばよいことかと」
「つまり、ジェシカさんが見たこともないようなものであれば、それが『至宝』に違いない、という考えですね」
左様、とエファルは頷いた。
三人は町を手分けして探した。『至宝』というものがどういうものが分からない為、気になったものは町の中央に持ってくる、ということに、鑑定は、持ち込んで来たものから順にジェシカがおこなうことになった。
ジェシカは一つ一つ持ってきたものを速やかに答えていった。そういう意味では、ジェシカは町中の事を記憶しているようだった。
めぼしい物は、ちいさな山のようになっていたが、どれもジェシカが見聞き知っていたものばかりで、とても有翼人が探しているもののようには思えなかった。
「町中を探したわけですね、これで」
アーフェルタインの息が上がっていた。日が半ば落ちそうになっていて、これ以上の捜索は困難だろう、といって、ひとまずジェシカの家に入ることになった。
「それにしても、有翼人は何を探しているんでしょう」
ハンナの疑問には、誰も答えられない。
「ただ、よほどの物だと思いますよ。なにせ温厚なあの有翼人が猛り狂っているわけですからね」
「これ以上探してもそれらしきものがない、ということはまことにここにないか、あるいは探しきれておらぬ場所があるか、のどちらかになるが。……」
アーフェルタインが口に人差指をあてた。影の様子を認めたエファルは、気取られぬようにジェシカの家の裏口から出た。
エファルは影に飛びついた。
「放せ、放せよ」
影の正体は人間の少年で、エファルがジェシカの家に入れると、ハンナが少年の姿を見て、
「アーキムじゃない!!生きてたのね」
と、抱きしめた。
「ハ、ハンナかよ。……どうなってるんだ、これ。町の人間がだれもいないんだよ」
「あのね。……」
ハンナから事情を聴くなり、アーキムは歯をぎりぎりと食いしばった。
「あきーむ殿、それがし、狼族のエファルと申す。ハンナ殿とは、ハーロルト様に仕えていた同胞でござる」
「あ。ああ」
「一つお尋ねしたき儀これあり、貴殿は本日、こちらに帰られ申したか?」
「ああ、そうさ。二十日ほど前から隣町のムガで品物を卸して商売をしていたからな」
「では、有翼人のことは?」
「今回のことはまるきり知らないけど、『至宝』とかいうのの噂は聞いたことがあるぜ」
アーキムは、有翼人が大事にしているものについて、まずは子供、ついで、有翼人たちが飼っている獣などを挙げた。
「財宝の類はありませんか?例えば、代々伝わる宝石のような」
アーフェルタインの問いに、アーキムは首を振った。
「そうなると、至宝というのは、子供か獣、ということになりますね」
「いくら童と申せ、背中に翼が生えておるならば、逃げ出すこともさほど難しくはないであろう。となると考えられるのは赤ん坊か、獣の子供たちということになるでござろう」
「……、あ」
「どうしたの?ジェシカばあちゃん」
ジェシカは、町の地下の事を思い出していた。あの町はずれの教会に、地下がある。半地下になっていて、そこは余所者であれば、簡単に見つけることが出来ない、といった。
「その地下は何で作られたのでしょう」
「納骨のためだよ、死者を弔うためのね」
エファルは装備をととのえ、ジェシカの家を出ようとした。
「私もお供します、とアーフェルタインが同行を申し出ると、
「よかろう、力は多いに限りまする」
と答えて、ハンナ達に家から出ないように言い置き、ジェシカに後を頼むと、エファルとアーフェルタインは教会に向かった。
教会の入り口には入らず、二人は教会の周りを歩いて、地下へと続く階段を見つけると、辺りを警戒しながら入っていった。
地下特有の湿った空気が留まっていて、エファルは少し顔をしかめた。二人はさらに進んでいく。
納骨堂は人が三人も入れば身動きが取れなくなるほどの広さでしかなかった。二人は隅々まで丁寧に探した。
「どこにもありませんね」
アーフェルタインが外に出ようとしたとき、エファルは納骨の中を探し始めた。アーフェルタインもそれに付き合うと、納骨堂のなかでひときわ大きい礼拝堂の中から探し出したのは、布にくるまれた、寝ている有翼人の赤ん坊だった。
「これに間違いないでしょう」
「されど、赤子が何故このような所にいたのか」
「ひとまず、この子を保護しましょう」
ジェシカはこの赤ん坊について何も知らない、といった。そもそも、ここに赤ん坊がいるということ自体がおかしい。
「誰かがさらってきたのか、自分からやって来たのか。そのどちらかだろうね」
「おそらく、有翼人たちは、さらわれた、と思ってこの町を襲ったのやもしれません」
「ひとまず、それがしがこの御子をお返し申そう。そうすれば、少なくとも、襲ってはくるまい」
ビシャの町から、有翼人の集落まではおよそ十五日ほどの旅程になる。エファルは一人で、有翼人の赤ん坊を懐に抱いて、集落へ向かった。
有翼人の集落は、移住することを前提としているのか、家々は木と布で組んだだけの粗末な家ばかりだった。
「頼もう!!」
エファルの腹の底からの声に、有翼人が一気に飛びかかって囲った。
「狼族が何の用だ」
取囲んだ一人が凄んだ。
「ビシャの町を襲うたのはそちたちで間違いあるまいな」
「だから何だ」
「おぬしたちが探していたのは、これではないのか」
エファルが赤ん坊を見るなり、有翼人はそれぞれに驚いた反応をした。
「相違あるまいな」
「あ。ああ、ああ。そうだ。この子に間違いない」
「おぬしらにはいろいろと聞きたいことがある。よいな」
エファルが有無を言わさぬ圧力で尋ねると、有翼人たちは、
「わかった。なんでも聞いてくれ」
といった。そこには、ビシャの町を襲ったことへの悔恨があるように見えた。
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