第7話

 エファルは有翼人の集落の中で、集落を束ねる長の家に向かった。

 長は、エファルから渡された赤子を見て言った。


「無事でよかった。ありがとう」

 エファルは無表情のまま、

「他に言うことがござろう」

 と断じた。


「何故、ビシャの町の者を撫で斬りにされた。こう申してはなんだが、たかが赤子一人のために、根絶やしにするのはちと暴に過ぎるのではないか」


 長は、赤子をあやしつつ、

「確かに、取り返しのつかないことをしてしまった。怒りに身を任せ、私はとんでもない過ちをしてしまった」

「何故そのようなことになったのか、訳を聞かせてもらえまいか」

 長は、他の者に赤子を預けると、神妙に話し始めた。


 事態は、今から十日ほど前に遡る。

 この集落に到着した時、出発の時と赤子の数が合わないことが判明し、有翼人たちは必死に探した。だが見つかることはなく、途方に暮れた時、どこからか、手紙が来た。内容は普通共通語で書かれていて、赤子をビシャの町で預かっているという内容だった。


「てっきり、赤子をさらったものと、思っていた。そして返してもらうように使者を派遣したのだ。ところが、町の連中は知らないというばかりで埒が明かなかった。それでも我々は丁寧に話をつづけたが、結局帰ってくることはなかった」


「つまりかどわかされた、と長殿は思われたわけでござるな?」


「そうだ。だから」


「だから、撫で斬りにした、と。心中は察し申す。なれど、今少し落ちつくべきであった。今更詮無きことであるが、撫で斬りは許されるものではござらぬ」


「それは、今となっては重々に承知している。許しを乞うつもりもない。我々のやって来た事は決して許されないのだから。……ともかく礼を言う」


 エファルは疑問に思った。なぜ、ビシャの町の者たちは、素直に求めに応じなかったのか。もし長のいうことが正しければ、預かっていて、しかも文までよこしておいて、赤子を引き渡さなかったことになる。どうにも、ちぐはぐになっている。


「ちなみに、この文について、誰から受け取ったのか存じある者はおりませぬか」


 受け取った、という有翼人の一人が手を上げた。エファルがその手紙を嗅ぐと、獣らしい匂いがした。


「……、色々と分かり申した。それではこれで失礼仕る」


 エファルはまた十五日の旅程を経ねばならない。帰りの食糧は多少ながら有翼人たちから分けられたこともあって、十分ではないにせよ、旅程分は賄えるに違いない。


 ビシャの町に戻ったエファルは、ジェシカに、長とのやり取り、そして文の存在を話した。ところが、ジェシカは文の存在はおろか、赤子を預かっていたことすら知らなかった、といった。


「まこと、御存じありませぬか」


「ええ。大体、あそこで赤子なんて預かるわけがないでしょう。もし預かっているなら、誰かの家で預かるのが当然でしょうに」


 赤子が見つかったのは、町はずれの教会、それも半地下の納骨堂だった。預かるにしても、もう少し場所柄というものを弁えるはずだ。その意味でも、やはりちぐはぐといえる。


「もしすると、町の人は本当に知らなかったかもしれませんよ」


「アーフェルタイン様、それはどういうことですか」

 ハンナの尋ねに、アーフェルタインはこう推量した。


「つまり、町の人間ではない誰かが、わざと赤子をさらうなりして、あの場所に置き、諍いを起させた、ということですよ」


「あの烏天狗たちに、町を襲わせるため、でござろうか」


「ええ、恐らくは。でも、何故それをやる必要があるのか。そして、それは誰なのか。……、町を襲わせるくらいですから、この町に相当な怨みのようなものがあるのかもしれません。ジェシカさん、心当たりはありませんか」


「……、もしかしたら、あの子かもしれない」


 あの子、というのは、いまから数十年昔に、この町を追い出された家族がいた、という。その家族は狐族スカーシュの家族で、町の者たちは、この狐族一家を歓待した。


 ある日、その狐族の子供と、町の子供でちょっとした喧嘩が起ったのだが、その時狐族の子供の力がつよく、町の子供たちは怪我をしてしまった。


「それならば、喧嘩両成敗ということになるが」


「でも、この時の町長さんは、一方的に町の子供を庇い続け、結局獣人の子供のせい、ということになった。それだけならまだしも、その後、今度は獣人の親がそれぞれ諍いに巻き込まれて、それがもとで死んじまったのさ。残った子供は夜逃げ同然に町を出ていった」


「その狐族の子供は、どこに?」

 分からないね、とジェシカは答えた。

「探しますか?その狐族の子を」

 アーフェルタインの言葉に、エファルが頷いた。


「だったら、ハンナは私に任せてほしい。アーキムもいることだし、その方がいいだろ」


「では、ジェシカ殿には二人をよろしくお願いいたす」


「狐族のこの名前は。……たしか、メルダロッサとか言ったね、女の子だよ」


「おなごにもかかわらず、おのこより力強いのか」


「狐族は、狐の見た目から力が弱く思われがちですが、どうしてどうして、人間よりは強いのです。怪我をさせたというのは、なくはない話ですね」


「アーフェルタイン殿、狐族というのは、数の多寡はどうでござろう」


「多寡。……多いか少ないか、ということでしたら、数は多くありませんね。ムーラなどの北方の国なら多少いるでしょうが、それでも数は少ないと言えるでしょうね」


「となると、どこへいっても目立ちそうなものだが、そううまくいくまい」


「狐族は集落を持ちませんからね。……ひとまず、バーストに行きませんか?」


「ばーすと?」


「ムーラの首都です。ムーラの中でも最大の町ですし、人も多いから何か情報も得られるかもしれませんよ」


「では、そちらに向かうといたそう。どのくらいかかり申す?」


「ここからですよ、馬で二十日ほどですかね。……エファルさんは馬は大丈夫ですか?」


「馬術については小笠原流を少々」


「……、ええと、出来る、ということでよろしいですね?ジェシカさん、馬はありますか」


「アーキム、馬小屋まで連れていっておやり」


 馬は数頭あった。どれも健康そうな良馬で、アーフェルタインは栗毛の馬を選んだ。エファルがどれにするかと、馬の目を見ながら探した。どれもが目を逸らす中、黒牝馬だけが、エファルから目をそらさなかった。


「ほう」

 エファルが首を撫でると、黒牝馬はエファルの胸を鼻でさすった。アーフェルタインがそれを見て、

「相性がよさそうですね。アーキムさん、この馬は?」

 と尋ねた。


「その馬は、たしか父ちゃんがバーストから連れてきた馬だけど、誰も背中に乗せなかったんだ。それが、あれだけ直ぐになつくなんてなかったことだよ」


「名前はあるのですか?」


「名前なんてないさ、ただ皆はじゃじゃ馬くらいにしか思ってなかったよ」


 エファルが他の馬を見ようとすると、黒牝馬がエファルを睨み付けるように見つめる。


「他は無理ですね」


「そのようでござるな。……、おぬしに決めよう。馬具はどこにあろうか」

 エファルが周りを見渡すと、黒牝馬が鼻で奥を指すと、鞍と鐙、手綱や轡などが掛けられてあった。

「よく、教えてくれた」

 エファルが撫でると、馬はまた嬉しそうに首を振る。エファルが馬具一式を二つ持ちだし、一つをアーフェルタインに渡し、もう一つを自らつけた。黒牝馬は軽やかないななきをあげた。


 馬小屋から馬を出し、二人が乗ったところで、

「ああ、そうだ。……馬、おぬしの名前はあけび、だ」

 と、エファルが首を撫でた。


「アケビ?」

「それがしの家内の名でござる」

「カナイ?」

「内儀、嫁、妻ともいうかな」

「そういえば、エファルさんは、妻がおられましたね」

「左様。他にも嫡男の小太郎がおり申す」

「ま。まあ、ご家族に会えるといいですね。……では、行きましょうか」

「あーきむ殿、ハンナ殿とじぇしか殿を頼む」

 わかった、とアーキムがいうと、二人は食糧を確認し、アーキムが手を振るのを見て、バーストに向かった。



 バーストはムーラの首都であり、最大の町であるが、町の規模そのものは大きくない。例えば、隣の神聖帝国レザリアの首都、聖道ホーリー=ロードやシーフ=ロードの首都月下の鷹ムーンホークに比べれば人口は少ない。首都バーストの入り口の、開け放たれた大きな鉄門扉をくぐったところで、門番が詰所から現れた。

「どこから来た」


 エファルは馬から下りると、アケビの轡を掴みつつ頭を下げた。

「これは申し訳ござらぬ。それがしエファルと申す狼族、この者はアーフェルタインというエルフでござる。ビシャという町から」


 と、アケビの首を撫でて、

「この馬でやって来た次第、もし出向くところあらば、よろしく取次を願いとう存ずる」


 というと、門番は口をあけて呆けてながら聞いているようだった。


「……、今、なんといった?」


「それがしエファルと申す狼族にて、この者はアーフェルタイン。……」


「それはわかった。その、何をしにやって来た、と聞いている」


「ああ。これは失礼致した。めるだろっさと申す狐の娘を探しており申す。門番は狐の娘をを見たことがあるや」


「狐族の娘か。……、最近は見ちゃいないな。まあ、狐族は見た目が派手だから、直ぐに分かるし、数もそういないからすぐに見つかると良いな」


 門番は二人を通すと詰所に戻った。

 アーフェルタインも馬から下り、入り口に一番近い宿をとった。馬を小屋につなぐとき、アケビは少し暴れたが、エファルが宥めると途端に大人しく小屋に入った。


「本当に、貴方にしかなつかないんですね」

「実に珍しいことでござる。人吉の城下の馬の調練でもこのようなことはありませなんだ故」


「……、とにかく、探しましょう。狐族の特徴はその名の通り、キツネ。ただ、狼族と違って、狐族は人間に顔の構造が近く、人間に狐の尻尾が生えている、というタイプの獣人です。見た感じでは中々判別が難しいですが、大抵は狐のふさふさした尻尾を生やしていますから、それを踏まえていれば、間違えることはまずないでしょう」


「なるほど、狐が人間に化け損ねた風に捉えればよい、と」


「ああ。……、そう、そんな感じです。では二手に分かれて探しましょう」


 アーフェルタインは魔法城アドラホーンに向かって行き、エファルは別方向へ向かった。狐族がどういう生活をしているか、皆目見当がつかなかったが、エファルは狐の生態を思い返した。狐は群れるということをしない。つまり人通りの多いところは避ける。それは、裏通りやあるいは人気のない所にいる割合が高い。ついで、林や森といった場所にいることが多い。つまり整備された場所ではすみにくいかもしれない。


 エファルは表通りなどを避け、裏通りや整備されていない場所を中心に探索した。どこも空振りに終わり、宿に戻ろうとしたとき、何かが後ろからぶつかった。


「どこ見て歩いてんだ、おっさん」


 エファルの方を見もせずにぶつかった塊は、そう吐き捨てた。無礼な奴、とエファルが腰のあたりをさすると、腰のベルトにつけていた袋がなくなっていた。


掏摸めんびきか」


 エファルは自分の体に着いた匂いを直ぐに嗅ぎ、さらに地面に鼻を押しつけて匂いを確認すると、匂いのほうへ走った。


 匂いが途切れたのは、魔法城の裏手で、そこは湿った土がむき出しの場所で、生活にあぶれたらしい者たちが居座っていた。

 エファルはさらに匂いを鼻から吸い込んだ。先にいることは間違いない。エファルは駈け出した。速度は上がっていき、『匂いの元』の前で止まった。

 塊の正体は、人間だった。ただ、ふさふさした太い尻尾を左右に動かしている。手にエファルの小袋を持っている。


「な、なんだよ」

「娘、その小袋を返してもらおうか」

「何の話だよ」

「ごまかしても無駄だ、その小袋にはバディストン公国の刻印が縫いこまれてある」

 娘が慌てて探そうとするのへ、エファルは腰の長剣を抜いて娘の尻尾にあてた。

「返さばそれで良し、さもなくば、斬る」

 エファルは明らかに殺気を見せた。娘は、わかったよ、といって小袋を放り投げてよこした。

「拾え」

「なんでだよ」

「拾えと申しておる!!」

 エファルの怒鳴り声は周囲の者が恐れて逃げ出すほどだった。エファルが尻尾を斬ろうと振り上げた時、娘は素早く拾ってエファルに手渡した。逃げようとする娘の尻尾をエファルは踏みつけつつ、中身を調べた。


「金目の物なんぞ、入ってなかったぜ」

「無論、金子は他の者に預けておる故な」

「あのエルフか」

「連れ立ちは一人だけではない。……時に娘、めるだろっさという女を知っておるか」

 娘が逃げ出そうとするが、尻尾を踏まれて空振りに終わった。

「知っておるのだな」

「おっさん、そいつに何用だ」

「聞きたいことがある。存じよりの者であれば案内願いたい」

 娘はしばらく黙っていたが、やがて、ため息交じりに、

「俺がメルダロッサだ」

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