時雨
今、最もSランク冒険者に近いとされている冒険者、時雨。
和服にその身を包み、刀を手に持って戦う彼女は世にも珍しいソロで活躍する冒険者でもある。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
そんな冒険者、時雨は今、片膝をつきながら息を切らしてた。
その体には多くの傷がつけられ、血が垂れている。
「ぶもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお」
そんな一体の巨人。
大地を掘り起こしては巨大な穴を作りて水が溜まし富士五湖となり、掘り起こした土を積み上げては富士山を作り出すダイダラボッチである。
「……こいつ、強い」
刀を握る時雨は目の前にいる己の背丈の数十倍もある巨体を前に言葉をにじませる。
強い。
それがすべてだ。
コメント
・いやぁぁぁぁぁああああああああああああああ!
・嘘だろ……?マジか!これで死ぬとかないよなっ!?
・……あまりにも強すぎるだろ、魔境にもほどがある
・時雨ちゃん!死なないでぇっ!!!
苦境に立たされている時雨の姿。
初めてそれを見て、配信を見ているコメント欄は阿鼻叫喚の地獄となっていた。
コメント
・誰か助けにいけないの!?
・こんなところに誰も来られるわけねぇだろっ!
・蓮夜の方はダンジョンじゃなくて、テレビ局だ。
・無理だろ
時雨が今、いるのはダンジョン334階層。
ここまで来られる人物なんてごく一部。助けを求められる可能性など、ないに等しかった。
「……イレギュラー、個体かな」
そして、それは時雨とて、承知の上だった。
コメント
・カンヌシ……なら、ここの近くにいるんじゃないか?
時雨はボロボロになった体へと鞭を打ち、立ち上がりながら刀を構える。
「ふぅー」
そして、抜刀の構えを取る。
「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!」
そんな時雨を前に、ダイダラボッチも動き出す。
ダイダラボッチはその巨体を動かし、長い腕を鞭のようにしならせながらシオンの方へと振るう。
「───抜刀」
それを迎え撃ったのは時雨の、神速の抜刀術。
光に迫る勢いで放たれたその斬撃は自分の方へと振るわれる巨大で長いダイダラボッチの腕を、その抜刀術は完全に斬り落とし、自分に迫るその攻撃をなかったこととした。
だが。
「かはっ!?」
その巨体に見合わぬ俊敏さで振るわれるもう一つの手による打撃を受け、時雨の軽く、小さな体は吹き飛ばされていく。
「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
吹き飛ばされていった時雨の体が止まる頃にはもう、彼女が抜刀で斬り裂いた腕も再生している。
コメント
・こ、こんなの……どうすればいいの?
・勝てるわけがない
・強すぎる
・何もかもあるじゃん!こんなのズルだよっ!
絶望的すぎる状況は、コメント欄にも伝播していく。
「……はは」
そして、時雨までもが、絶望的な笑みを浮かべる。
「ォォォォォォオオオオオオオオオオオオッ!!!」
時雨が立ち上がれず、地面に倒れ伏したままでいる中で、ダイダラボッチはその巨体を一歩、一歩と動かして時雨へと迫っていく。
もはや何もする必要はない。
このまま時雨の方へとダイダラボッチが向かい、その巨大な足で踏みつぶすだけで終わってしまう───。
だが、それよりも前に。
「羅生門」
天より門が降りる。
「ぉぉおおおあああああ?」
その巨大な門へと当たり、ダイダラボッチはその体を止める。
ダイダラボッチほどある巨大な鉄の門。
そこには般若の顔が描かれている扉が備え付けられている。
「千手観音」
そして、その門が開かれ……その門の先より伸びてくるのは金色に光る千の手であった。
金色に光る千の手は確実にダイダラボッチの体を掴み、そのまま力任せに体を地面へと叩き落として動きを強引に止めてしまう。
「ぉぉぉぉぉぉおおおあああああああああああああああっ!?」
金色に光る千の手に体を押さえつけられたダイダラボッチは実に情けない悲鳴を上げる。
「暴兎」
そんな、動きを無理やりに抑えつけられたダイダラボッチへと真っ赤な目を爛々と光らせる真っ白で、小さな兎が……何千万という数でその巨体へと襲い掛かっていく。
「「「ガリガリガリガリガリガリ」」」
「ぁぁぁぁああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
兎たちはダイダラボッチの体へと牙をたて、その体を貪り食らい始める。
「な、何が……?」
黄金の腕に動きを封じられ、兎に集られて悲鳴を上げているダイダラボッチを前に、時雨は呆然とした声を漏らす。
「大丈夫でしたか?」
そんな、時雨を覗き込む一人の少年の顔が、彼女の瞳に映る。
「へっ……?」
「いや、意地悪かったですね。それで無事なはずもないですね……今、治しますよ」
時雨が呆然としていた間に、その少年は札を一枚取り出して焼却。
それに伴って、これまでの時雨を体を蝕んでいた多くの傷がすべて治癒される。
「はい、全部、治りましたか?」
「えっ、はっ……へ?」
その事実を前に、時雨が少年よりかけられる疑問の言葉に答えることも出来ずに疑問の声を浮かべていた中で。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
ダイダラボッチが咆哮を上げて立ち上がり、自分へと群がっていた金色に光る千の手も、兎も、そのすべてを吹き飛ばしてしまう。
「……マジかい」
そんなダイダラボッチの方に視線を向け直した少年は、ちょっとばかり面倒そうな声をあげるのだった。
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