悪い陽キャ

 陰キャに恋は難しい……何てことを考えながら、海馬と有馬の二人と朝のHR前の会話を楽しんでいた僕。


「……ん?」


 そんな自分たちの方へと近づいてくる人影に気づき、そちらの方に視線を向ける。


「おい」


「……何でしょう?」


 そして、自分の前に立った人。

 それはうちのクラスの陽キャでBランク冒険者である黄野悠希さんだった。

 いや、急にこっちへと何の用?


「俺はよ、甘夏たちとダンジョンに行くことにしたんだよ」


「そうなんだ」


 何の報告?


「き、気を付けてね……?」


 いつも仲良くしている友達を引き連れて、自分の前でよくわからない宣言をし始める黄野さんを前に僕はとりあえず声をかけてみる。

 一体、この場は何待ちなのだろうか?


「ちっ……」


 でも、とりあえず、僕の答えは待っていたものじゃなかったのだろう。

 黄野さんは舌打ちをし、非情に不機嫌そうな態度を取っていた。


「ちょっと!」


 そんな黄野さんに対して、僕が困惑の表情を浮かべていると、甘夏が怒りの声を上げ始める。


「甘夏は一旦、黙っていろよ。俺に任せろ……お前は、高校生にして、Dランク冒険者になっているんだぜ?そんな将来有望でよ、こんな陰キャと関わっているのはお前の特にならないぜ?」


「千夜だって冒険者よ」


「ハッ。こんな目立ってもないやつが冒険者をやっていたところで何だって話だ?俺のようにBランク冒険者なのか?」


「……ッ」


「あわわ」


 な、なんか、黄野さんと甘夏が険悪な雰囲気で言い合いを始めちゃったよ。


「甘夏もさー、別にそのことをそんなかばうことはなくない?甘夏が優しいことはわかるけどさぁー」


「別に……黄野が最初から千夜に絡みに行かなきゃいいだけの話じゃん」


 これ、僕のせい?

 自分のせいで、甘夏の友情関係にヒビを入れるの、ちょっと抵抗感あるんだけど……。


「確かに……悠希の方も高圧的な態度でいきなり絡みに行くのは辞めてあげなよ」


 おっ、甘夏をアシストするかのように一人の男子生徒が声を上げてくれた。

 甘夏が孤立する、ってことはなさそう?多分。


「はぁー?そんなことはないだろっ、別に俺はお前に対して高圧的な態度なんて取っていないよな?俺たち、仲いいもんな?」


「えっ?いや、特には」


「……クソ陰キャが」


「ちょっと!」

 

 やっぱり僕の答えは壊滅的だったらしい。

 黄野さんは苛立ちを露わにしながら、僕の胸倉をつかんで、そのまま持ち上げ始める。


「おい、お前……あまり、甘夏の幼馴染だからって調子乗るなよ」


「……?」


「ハッ。甘夏がお前のような陰キャに何時までも」


「はぁ……」


 何だこいつは。

 甘夏のことが好きで、一緒に登下校している僕へと嫉妬心を覚えているのだろうか?

 別に僕と甘夏はそういう関係ではないが……勘違いで、こうして、嫉妬心を燃え上がらせている人は結構いた。

 とはいえ、でも、目の前にいる黄野さんって付き合っている女の子いるよね?


「おい!朝のHRを始めるぞっ!」


 なんてことを考えていた中、教室の中へと入ってきた担任の先生が声を荒らげ始める。


「そこっ!一体何をしているんだ!席につけ!」


「ちっ」


 そんな担任の先生の言葉を受け、黄野さんは僕の胸倉から手を離し、そのまま自分の席へと戻っていく。


「大丈夫だった!?」


 そして、そんな黄野さんと交代するかのように甘夏が僕の方に近寄ってくる。


「ん?別に大丈夫だよ。甘夏。心配かけてごめんね?ほら、朝のHRが始まるから、早く席につかないと」


 わけだが、もう朝のHRも始まるし、早く席に戻った方が良い。


「う、うん……わかっているけど」


「ほら、僕は大丈夫だから」

 

 僕は甘夏に自分の席へと戻るように促していく。


「……わかったわ」


 そんな僕の言葉に従って、甘夏は自分の席へと戻っていく。


「……いや、さっきのは何だったの?すごく険悪な空気になっていたけど」

 

 そして、自分の席の周りに海馬と有馬の二人だけが残り、平穏な時間が戻ってきたタイミングで僕はぼそりと言葉を漏らす。

 険悪な雰囲気になっていたことはわかるが……何で、急にギスギスしだしたのか。

 ちょっと、突然過ぎないかな?アクセルを踏むのが。

 しかも、僕が起点だったし、一体、僕が何をしたというのか。


「……マジかよ、こいつ」


「……神々廻殿はもうちょっと周りの空気感を読めるようにした方がいいですぞ」


「むにゅん」


 僕ってば、幼少期、誰とも会話せずに狭い部屋の中で一人、生きてきたこともあって……ちょっと人の感情をどうのこうのとか苦手なんだよなぁ。

 そこら辺の情緒を育てるような教育はほとんど受けてこなかった。


「千夜、大丈夫か?」


 なんてことを考えていると、教卓の前に立つ担任の先生から声がかけられる。


「あっ、大丈夫です」


「そうか、それならよかった。それで、海馬と有馬も自分の席に戻れ。朝のHRを始めるからな」


「「……あっ」」


 そして、続く先生の言葉を受け、有馬と海馬の二人も慌てて自分の席の方へと戻っていくのだった。

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