第3話

 一年後、クラスの半分が知らない顔に移り変わった。

 しかしその中でも、記憶に深く刻まれた彼女の姿を、僕の目は捉えた。

 彼女を見るのは数ヵ月ぶりだった。

 春休みに入る前の三学期から、彼女は学校に来ていなかったから。


「や、やった」


 同じクラスだ。思わず、小さなガッツポーズをする。

 しかし、彼女の席に近づくにつれ、僕は嫌な予感でいっぱいになった。



 僕の瞳に映っていた彼女は、僕の知っている彼女とは明らかに違った。



 あの笑顔は面影もなく消え、クラスの中心だという印象が強かった彼女は、そこにはいなかった。

 周りを取り巻いていた女子生徒も、話すきっかけをうかがい続ける男子も姿はなく、彼女は一人教室の隅で、何をするわけでもなく、ただ佇んでいた。


 僕の世界を変えた浅野星は、かつて胸に光っていた委員長の印であるバッジと共に、消えていた。

 知る機会がなかったと目を背けていた、彼女が学校に来なくなった理由。

 きっと、僕が声をかけていれば、違う未来があったはず。

 僕は、遠い存在だと勝手に距離を置いて、彼女を知ろうとしなかったことを深く後悔した。


「浅野さん……」


 でも、話しかけたい。でも、話しかけられない。

 これじゃ、前と一緒じゃないか。

 そうわかっていながらも、気付けば「おはよう」が話しかけた理由として使える時間は終わっていた。


 結局、言えなかった。

 彼女にあれだけ、気持ちを、世界を、心を、揺さぶられていながら。


 ──もしかしてこれは、僕に許された最後のチャンスなのではないか。


 ふと、頭の中にそんな考えが浮かぶ。


 あの日、彼女に笑顔と挨拶を貰っていなければ、僕はどうなっていたか。

 とても考えられたもんじゃない。



 そうだ、僕は、彼女に恩返しをしたいのだ。



 何かではなく、表情で。

 モノではなく、言葉で。

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