第42話 ロイの苛立ち
ロイは、また森の深部に足を踏み入れる。今までの修業で鍛えられた肉体と、神殿の力で研ぎ澄まされた剣技に、動きが洗練されていた。
(・・・)
森の奥から、低くうなり声が聞こえてくる。すぐに剣に手をかけ、周囲を警戒する。風の音の中に、異様な気配が混じっている。それは、今まで戦ったモンスターたちとは比べ物にならない圧力があった。気配の正体が見えた時、目の前に現れたのは、巨大なベアーだ。ベアーは巨大な熊で、体長はおよそ5メートルもいく。
(出てきたな・・)
ベアーはその大きな体で地面を踏みしめ、前足を上げて立つと、威嚇するように咆哮を上げた。鋭い爪を振り上げ、いつでも攻撃を仕掛けてきそうな勢い。そんな状況でも、ロイはその威圧に動じることなく、静かにスターナイトを抜く。
「久しぶりの初モンスターか・・・」
ベアーが地響きを立てながら突進してくる。すぐに『十帝』の力を発動させ、ベアーの突進が鈍くなる。時間が停止したようになり、ロイは冷静に距離を詰め、スターナイトを振り下ろす。
(何もかもが遅すぎる・・)
剣がベアーの厚い皮膚に触れた瞬間、巨体は一瞬で切り裂かれた。ベアーは咆哮をあげる間もなく、その場に崩れ落ちる。剣を鞘に収めると、次の敵の気配を探るために進んで行くと、森の奥から再び異様な気配が漂ってきた。
(また新しいモンスターだな・・)
「あれは......トレントか...」
森の中の木々が動いたかのように思われたが、トレントと普通の木と明確な違いがある。トレントには、木の幹の中心に顔がある所だ。そのトレントが姿を現し、ゆっくりと動いて近づいてくる。森そのものが動き出したかのような状況は中々の迫力を持っている。巨大な木の枝を触手のように持ち上げ、ロイを見下ろしながら攻撃しようとしてくる。
「ほぉー、随分と...でかいな」
(森の木が、そのまま動いてるようにしかみないな・・)
トレントの動きをじっと見つめ、一手を考える。トレントの動きは遅いが、その体は非常に頑丈だ。単なる力技では倒せない相手だと、すぐに判断した。そのため、トレントの足元に素早く滑りむ。
(まず攻撃するなら、足だな)
スターナイトが一閃し、トレントの足元を狙って振り下ろす。巨木のような体を持つトレントだったが、剣の一撃はそれを容易く切り裂く。トレントの巨体がバランスを失い、横に倒れてしまう。
「これで終わりだ」
トレントが地面に倒れた瞬間、ロイはその顔に向けてスターナイトを突き刺す。トレントに声を発する声帯がないため、ただ巨大な体に動きが止まるだけになった。
トレントを倒し一息付こうとしたその時、遠くから水の音が聞こえてくる。その方向に目を向けると、近くには川が存在する。その川から水を落としながら、動いてくる生物がいる。近くに見えてくると、そこには次なる相手、水辺に潜むクロゲーターだった。水中での戦闘は不利だが、陸に持ち込めば、一気に殲滅できる。そのため、迷わずその場に向かうことにする。
「今度は川辺か....面白い!」
ロイは孤独と同じモンスターを討伐することに、心が荒んできていたが、今日は新しいモンスターと遭遇することができているので、いつもより身体と心が興奮しているようだ。
川辺に足を踏み入れると、水面から覗く鋭い目が彼を睨んでいるのに気づく。クロゲーターは水の中から一瞬で飛び出し、鋭い歯と強靭な顎で、ロイに襲いかかってきた。しかし、ロイはその動きを完全に見切っている。
「甘いな」
クロゲーターの動きが遅くなる。水中に適している彼らであっても、『十帝』の力の前では、スローモーションのように動いて見える。ロイはスターナイトを構え、一瞬でクロゲーターの巨体を切り裂く。クロゲーターは生物として、ワニになるため、皮膚は固く鱗になっているにもかかわらず、簡単に切り裂いてしまうのだ。これは、スターナイトの刃が、あまりにも偉才過ぎる切れ味だからかもしれない。
クロゲーターの鋭い牙はロイに触れることもなく、あっけなくもそのまま水面に沈んでいった。
(・・・・・)
一瞬すぎたため、再度周囲を見渡した。森の静けさが戻り、敵が討伐されたことを何度も確認する。Cランクのモンスターたちは確かに手強い。だが、ロイには敵わない。修業の日々が、彼に圧倒的な力を与え過ぎた。
ロイは静かに剣を収め、森の奥を見つめる。深くため息を吐き、剣を鞘に収めた。魔の森は静寂を取り戻し、風の音だけが耳に届く。Cランクモンスターたちは手強かったが、ロイにとっては既に脅威にはならないため、ベアーの圧倒的な体格も、トレントの巨体も、クロゲーターの鋭い牙も、すべてロイの前では無力。
(・・・歯ごたえがない)
そう呟きながら、ロイはゆっくりと森の奥へ歩みを進めた。静かな闘志が燃えている。戦いを重ねるたびに、さらなる強いモンスターと自分を脅かす力を持った相手と戦いたいと。そこで自身の強さをさらに手に入れてたいと。それが、今のロイの気持ちであり、本質になっている。
そのため、ロイにとって、脅威にならない相手ばかりで、心が満たされない感覚も抱えていた。
ふいに、気配が森の奥から漂う。ロイはまた新しいモンスターではないかと、顔がほころんでしまう。これまでとは違う、さらに強大なものが接近してくると。
(来るぞ・・!)
(早く来い!俺を楽しませてくれ!)
ゆっくりと木々の間を進んでいくと、巨大な影が視界の端に映る。その影に向かって歩みを早める。そして現れたのは、体を覆う苔と根が絡み合ったトレントの仲間とは異なる、もう一つの自然の巨人だった。
「トレントとは少し違うな・・」
ロイが視線を上げると、その先に見えたのは、さらに巨大なトレントの変種、エルダー・トレントだった。エルダー・トレントは静かにロイを見下ろし、太い腕をゆっくりと持ち上げた。その動きには威圧感とともに、自然そのものが動き出すような迫力があった。
「いいねぇ」
「さっきのトレントより、楽しめそうだ!」
剣の柄に手をかけ、集中しながらも、顔は笑っている。この相手は明らかに先ほどのトレントよりも強力だからだ。ロイは身体は熱いが頭はとても冷静だ。これは今までの経験が物語っているからだろう。エルダー・トレントの動きが鈍重であることを確認すると、一気に距離を詰める。
「巨木な身体付きだから、頑丈の可能性あるか・・」
「一撃で死なねぇよな?」
エルダー・トレントが巨大な腕を振り下ろしてきた瞬間、ロイは動きを読んで一気に飛び退く。振り下ろされた腕が地面を砕き、周囲に大きな振動を起こす。その隙に、再び間合いを詰めた。
「へっ!簡単にやられてくれるなよ?」
『十帝』の力を発動させ、エルダー・トレントの動きが鈍くなったその瞬間、ロイはスターナイトを振り下ろした。巨木のような体を持つエルダー・トレントだったが、スターナイトの一閃がその体を一瞬で切り裂く。轟音とともにエルダー・トレントの巨体が崩れ、地面に倒れ込んだため、ロイは深くため息を吐く。
(・・・・)
(はぁ、、やはり、一撃だったか)
「身体が頑丈なら、少しは楽しめると思ったのに・・」
ふいに、また新たな水音が彼の耳に届いた。ロイはその音に反応し、すぐに川の方へと向かった。川の水辺には、まだ別の敵が潜んでいるかもしれないと。まるでモンスターを狩ることに執着している狂人狩人のようだ。
(今度の相手は......どこだ?)
水面に映る月明かりが静かに揺れている。だが、その下に何かが潜んでいることは間違いない。ロイは剣の柄に手をかけ、再び戦闘態勢に入る。すると、水面が一瞬揺れ、巨大な影が水中から浮かび上がってきた。
「またか・・・」
ロイは一気に興奮から、落胆してしまう。前よりは巨大なクロゲーターが水中から姿を現し、鋭い牙をむき出しにしてロイに襲いかかろうとしていた。だが、ロイはすでにその動きを読み、『十帝』の力を再び発動させると、クロゲーターの動きが停まったかのようになる。
「遅い・・・」
スターナイトを一気に振り下ろし、クロゲーターの巨体を一瞬で切り裂いてしまう。水しぶきが上がり、クロゲーターはそのまま沈んでいく。静かに剣を収め、再度モンスターがいないかと周囲を確認する。
森の中に漂っていたモンスターの匂いが解けてしまう。ロイはしばらくの間、その場に立ち尽くし、虚無に陥っているのだ。モンスターも簡単には倒せない奴らばかりのはなのに、手応えを感じないのだ。
(もっと...もっと強い相手はいないのか!)
ロイはモンスターに八つ当たりをするように、剣を握りしめた。これまでの修業と戦闘がロイの性格までも変えてきてしまっているのかもしれない。
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