第41話 孤独の重さ

 森での実戦を終えると、神殿の中に戻った。肉体の疲労は感じておらず、心の中に眠っていた焦燥感が次第に湧き上がる。神殿の中は相変わらず静かで、時間が止まっているかのようだ。モンスターとの戦闘が終わり、静けさだけが彼を包み込む。


(ここには誰もいない・・)


 独り言のように呟く心の想いが、神殿の広い空間に虚しく流れる。この神殿は、修業の場として機能しているが、同時に、この場所には誰もいない。戦い続ける理由を持たない者であれば、長くいることに耐えられないだろう。


 剣を壁に立てかけ、深呼吸をする。森での戦闘は確かにロイを鍛えてくれる。しかし、その戦いの先に何が待っているのか、何度も自問していた。長い時間を過ごす中で、彼は次第に孤独を感じ始めていたのだ。


(俺は、ここで力を求めたが・・・)

(何のために求めているのか、わからなくなってきている・・)


 体は鍛えられていく。なのに、心は重くなっていく。毎日繰り返される訓練、誰とも交わらない日々。修業は進むが、孤独という名の敵は、常にロイの側にあった。彼にはその孤独に向き合う覚悟が必要になってきたのだ。


(・・・)


 剣を手に取り、無心で振り始める。剣技を磨くたび、体が答える。あれからスターナイトの軽さは手に馴染み、振り下ろすたびに威力が出る。だが、剣を振るたびに、ふとした瞬間、脳裏に浮かぶのは、誰とも会わない孤独な日々。


(・・・・・・)


 誰もいないこの場所で、一人で自分と戦うしかない。孤独との戦いは、精神的な修業でもある。体を鍛えることと同じように、心も鍛える必要があるのだ。

 剣を振る手を止め、天井を見上げる。神殿の高い天井は、まるで彼の心の中を見透かしているように、上から見守っている。ここは、修業するものを強くする場所でもあるが、同時に孤独を追い詰める場所でもあった。


(・・・・・孤独)


 孤独感に押しつぶされそうな気持が、自分をさらに強くする。気づけばまた、剣技の訓練を続けた。神殿の修業とは自分と向き合い、自分を超えるための戦いを成し遂げること。これが神殿の本質だった。

 神殿は体力だけでなく、精神力も鍛えられるが、孤独の中で生まれる焦りや不安。それらを押し殺し、自分を鍛え続けること。それこそが、本当の試練だった。


(・・・・。)


 孤独な修業の日々を続けていくと、⦅孤高⦆という強さを身に着けることができる。それは身体も精神も最高になりえる。最高は、最強よりも、遥かなる高みと言える象徴でもあるのだ。この孤独との戦いは厳しいが、耐えれば誰にも超えられることはない。


 その後も、剣を振り続けた。体の疲労は少しずつ蓄積していくが、それでも動きを止めることをできない。神殿の中で聞こえるのは、剣を振るう音と、風の音。静寂に満ちた空間に響く音は、自身が生きていることを確かめるようなもの。


(・・・強く....)


 誰もいない神殿、ただひたすら繰り返される剣の訓練。戦う相手もなく、ただ自分を磨くことだけに集中する日々。肉体と精神。これはまさに、《剣の頂》になる者へ、世界が与えた贈り物なのかもしれない。

 ただ、齢8歳のロイには普通ではない。異常なことだと、皆も思うのだろう。


 時折、神殿の外に出て、魔の森を歩く。そこも戦いがあるだけだった。スライム、アント、そして時折現れる強敵。ロイはすでに、森の中で出会うどんな敵も恐れてはいない。彼の剣技と『十帝』の力をもってすれば、すべての敵が鈍く見える。しかし、勝利の喜びは薄れ、戦いそのものが単なる日課になっていく。


(勝つのは.....当たり前か・・)


 森の中を歩きながら、戦いに飽きてきている自分に気づいた。修業を通して得た力は確かに成長している。それでも満たされることのない孤独感が、心をおおっていく。誰もいない森、そして誰もいない神殿。身体は強くなっていくが、その先に何かあるのか、わからない。神殿に戻ると、再び剣の訓練を始める。強くなるため、修業を続けている。それは間違いない。


 ある日、ロイはじっとスターナイトを見つめた。スターナイトは彼を選び、そして彼に力を与えてくれた剣だ。


(スターナイト....俺は・・)


 スターナイトを持つことで、圧倒的な力を手に入れ、その力を振るう相手は、ロイにかすり傷一つつけることもできない。森の中で何度もモンスターを討伐し、そのたびに剣を振り続けたが、その勝利に対する実感が薄れている。


(・・・・・。)


 力を手に入れたとしても、心の中の空虚は埋められない。自分自身と向き合い続け、孤独を乗り越える戦いは終わることがない。


(修業の先・・何かは・・・)


 夜になると、神殿の外に出て星空を見上げる。冷たい風が頬を撫で、月明かりが森を照らしていた。しばらくの間、夜空と星々を見つめていた。神殿の静寂に包まれたこの場所で、時間が止まっているかのように。修業の日々は孤独と向き合うこと。星々の輝きを見ていると、ふと遠い昔を思い出す。


(外の世界はどうなっているんだろう・・)


 神殿に閉じこもり、ひたすら修業を続けてきた。この場所は強くする場所でありながらも、同時に外の世界との接点を完全に絶っていた。孤独な修業は彼を確実に強くしていたが、心の穴を空けたのだ。鉱山奴隷の時も、孤独を感じていたが、人がいなかったわけではない。他の奴隷達がいたから、あの時と状況が違うのだ。


 だからこそ、彼は修業を続けるしかなかった。スターナイトを振り上げ、再び無心で剣を振り始める。剣技は上達し、彼の動きは風のように軽く、まるでちょうのように舞い、鷹のように飛ぶ。身体は岩のように固く、力はおとぎ話の英雄のよう。その全てが剣の一振り一振りに込められているのだ。生半可なモンスターが勝てるわけがない。



 森の中に足を踏み入れると、神殿での修業だけではなく、実戦の中で自分の力を試すことも重要なため、森の中には、これまで倒してきたEランク~Cランクのモンスターたちが潜んでいる。


(また......同じか)


 ロイの目の前に、現れたスライムは一瞬で切り裂さかれた。次々と現れるオーク、ワーム、スパイダーなど、彼にとって全く脅威にならない。どんな敵も、『十帝』の力を使えば、一瞬でその動きが鈍くなり、彼に追いつくことはできなくなる。


(はぁ・・・)

(これじゃ......戦いというより、作業だな)


 モンスターを討伐することが、彼にとってはもはや日常の一部になっている。神殿に戻れば、再び孤独な修業が待っている。神殿の中に戻ると、祭壇の上に腰を下ろした。剣を膝の上に置き、じっとそれを見つめる。スターナイトは、ロイを何とか元気つけようとしてくれているのか、時たまに星々の光を輝かせてくれるが、心の孤独までは消してくれない。


(スターナイトは...力の使い方を導いてくれる...元気づけてくれる.....)

(なのに、俺の心の中は.....空っぽのままだ......)


 頭を垂れ、しばらくの間、何も考えずにその場にいた。修業の日々は肉体を鍛えるが、それと同時に心を蝕んでいくのだ。孤独との戦いは終わることなく、それに耐え続けるしかない。


 星々が輝く空の下、月明かりに照らされる神殿が、ただただロイを見守っているだけだった。


(・・・・・)

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