第38話

 ロイは、ここで修業を考えているので、剣を手にしたまま、静かに神殿の中を見渡していた。石造りの柱は長い年月を経て崩れかけているが、どこか神聖さを感じさせる空気が漂っている。それに、この場所には何か見えない力が働いているように感じるのだ。


「何かあるな・・」


 ロイは寝てから体力は回復したが、服が濡れていたので、身体は冷えているはずなのに、妙な温かさが肌を包み込んでいる。さらに、モンスターが潜んでいる森のため、襲われてもおかしくない状況でありながら、緊迫感は全くなく、不安な気持ちが完全に消え去っていた。まるでこの神殿が世界から隔離され、何者にも触れられることのない安全地帯であるかのように思えるのだった。


「なるほど....結界か...」


 自然とその言葉が頭に浮かぶ。結界の中に入る経験は一度もないが、噂している冒険者から小耳にはさんだことがある。強力な魔法や古代の技術によって守られている場所は、結界によって外部の侵入を防ぐことができるという。ロイが感じているのはまさにそれだった。ここにいる限り、外からモンスターが襲われることはない。モンスターの脅威から、結界で神殿に入られないように止めているのだ。


(ここを拠点にするか・・)


 安堵の息を吐き、祭壇の前に剣をかざす。


「スターナイト。...お前は一体何者なんだ?」


 剣をじっと見つめる。夜空の星々をした刃が淡く輝き、ロイに何かを語りかけているかのようだ。剣を握るたびに、その力が自分の中に流れ込んでくるのがわかる。だが、それはまだ未知の感覚であり、どのように扱えばよいのか分からない。


(この力を...俺は扱えるのか?・・)


 自問しながら、剣を軽く振ってみる。その瞬間、周囲の空気が変わり、空間にひずみが生まれるような、周囲がゆがむような感覚を感じさせる。振った剣の一振りが、空間に影響を与えているのは明白のようだった。しかし、それが何なのかはまだ理解できない。


「どうなってるんだ.....?」


 戸惑いの中で、再び剣を振り下ろす。今度は、はっきりとした力の感触が身体に走り、周囲の空気がゆっくりと動き始め、時間がゆっくりと流れているかのような感覚だ。ロイの目の前にあった埃が、剣を振る瞬間、時間が停まったかのように、宙に浮いている。


(時間を止めているわけではなさそうだが・・・)

(俺以外の物の時間だけが停まっている感覚か・・・)


 この状況に驚きと興奮を覚える。剣の一振りで周囲の動きが鈍くなるのだ。それは、自分が時間を操れる人間になったかのような感覚になるが、同時に、この力は扱いを間違うと周囲に被害が及んでしまうのではないかと思ってしまう。


(この力、簡単に使っていいものなのか・・?)


 ロイは剣を下ろし、深く息を吐く。今の自分ではこの力を完全に制御できる自信はない。無理に使えば、周囲にどんな影響を与えるかわからない。だからこそ、慎重に使わなければならないと考えた。


(これは...ただの剣技じゃない・・)

(俺自身の力が関わっている気がする・・)


 頭の中を整理しながら、剣を見つめる。スターナイトの力は、自身のジョブスキルに反応しているようなだった。自分の中にある力が、この剣を通じて解放されているのかもしれない。


「『十帝』.....」

(俺のジョブスキルが関係してるのか・・?)


 ロイは確信する。これは、自身のジョブスキル『十帝』に由来しているはずだと。しかし、その能力がどのようなものなのか、まだ完全には理解できていない。少なくとも、半径100メートル以内にあるものが、ロイの動きに影響を受けているのは間違いなかった。


(この範囲の中では....俺が時間を支配しているようなものなのか・・・)


 それは無双状態と言っても過言ではない。周囲にいる全ての者が、動きを停められたかのようになり、彼だけが通常の速度で行動できる。それは恐ろしいほどの秘めたる力だ。しかし、その力をどうコントロールするかが問題である。


(どうしようかな・・)


 再び剣を振り、周囲の空気を感じ取ろうとした。だが、その力が強すぎるのか、彼の意識が過剰に反応してしまう。周囲の空気がピンと張り詰め、まるで時間が一瞬停止したかのように感じられるが、ロイ自身の動きも制限されてしまった。


(ちょっと待ってくれ....)

(これじゃ自分も動けなくなる・・)


 少し混乱する。自身の動きまでも遅くなる感覚は予想外だったのだ。『十帝』の力は、支配する範囲内の敵を無力化するものだと感じていたが、逆に自分に影響が及ぶこともあるのかもしれない。


(そうか、、、。)

(まだ...この力を使いこなせていないんだな・・)


 ロイは深呼吸をすると、一旦剣を下ろす。この力は危険だ。自分が完全に制御できるようになるまでは、慎重に扱う必要があると。その一方で、これをうまく使いこなせば、敵に対して絶対的な優位性を立てることができると確信する。


(この力を...コントロールするには....)


 何度も自問しながら、剣を振り続けた。体が自然と動きを覚え始め、剣を手にした際の軽やかさと、どこか重みを感じた力の一片も次第に馴染んでくる。そして、スターナイトの力を感じながら、少しずつ動きを調整していく。


(もっと速く・・)

(もっとスムーズに・・)


 そう思いながら、剣を振る動きを繰り返す。最初は力のコントロール上手くいかなかったが、次第にその動きを制御できるようになってきた。剣を振るたびに、周囲の空気が静かに動き出し、時間が鈍くなる感覚も徐々に薄れていく。


(よし、少しずつ掴んできたな...!)


 ロイは力のコントロールを諦めずに修練し続ければ、必ず使いこなせると信じていた。何より、この剣が彼を支えてくれている感覚があったのだ。


「俺を選んでくれたんだろ・・?」

(スターナイト・・・)


 剣に語りかけるように呟くと、スターナイトは静かに星々を輝かせ、ロイの言葉に応えるかのように光を放つ。彼の中で、剣との絆が深まっていくのを感じる。これから先、どれだけの時間がかかるかはわからないが、この場所で修業を積み、力を完全に手に入れることを決意する。


「一緒に強くなろうな・・」


 スターナイトはまた光を放ち、ロイは笑みを浮かべ、再び剣を振りかざすのだった。

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