第4話 友人

 ただ単純に街道と言っても、その種類は多岐に渡る。

 日本に於いては、古くから存在する陸上の道路を指しているが、つまるところ街や集落、或いは寺社仏閣なんかに繋がっていて、人が歩む道ならば街道と言って問題ないのだ。

 そして、ここは異世界、それもまず間違いなく中世ヨーロッパ的異世界。

 街道と言えば、土によって気持ち整備されているか、最大限努力しても石のタイルが敷き詰められている程度だろうと思っていた。


 だがしかし現実はどうだ、直射日光によってが熱を放っているではないか!

 何が悲しくて俺は異世界で輻射熱を感じている?これでは、街へ行ってもコンクリートジャングルで迷う可能性を否定できない。 

 現代知識を持ち込んだ奴が俺の前に40000人も居たという現実を、俺は甘く見すぎていた様だ。

 

 現代文明の存在を身近に感じれば感じる程、こうして血まみれの半裸で剣だけを持って歩いている現状がいかにヤバいのか考えてしまう。

 良くて通報、悪くてその場で斬首だろうか。

 竜と激戦を繰り広げてきたんです、なんて言い分を誰が信じる?

 少なくとも俺は言われたって信じられない。


 が、現実は実に無情。エンジン音が背後から響き、人の気配がどんどん近付く。

 ……エンジン音が、響いている。車の。ここ、異世界。

 とは言ったものの、正直地面がアスファルトな時点で察していた。

 とりあえず道路の傍に避ける。異世界でも死因が交通事故は洒落にならん、異世界から異世界に転生しては笑うしかない。


 複数の要因により鼓動が速くなる心臓を抑えながら、走ってくる車をガン見する。

 それは案外、レトロであった。

 赤く小さな車体はどうにも素朴で、大正ロマンの様な何かを感じてしまう。日本初の量産乗用車が、確かこんな見た目だっただろうか。

 

 焦げ茶色の上等そうなシートに座って運転しているのは、痩せこけたオールバックの中年男性。金によって彩られた黒色のコートは、素人目にも上質な物に見える。

 恐らくは貴族か豪商か、やんごとなきご身分の方ではあるのだろう。

 車内後部に座っているのは、同じコートを着用した黒髪の少女。恐らくは男性の娘だろう。男性と違って目は綺麗な黄色で、艶やかなセミロングの黒髪と合わさりまるで月夜の様だ、などと。


 人様の外見と関係性を分析する俺は半裸の不審者で、親子と思われる二人は信じられないものを見たかの様な顔のまま通り過ぎて行った。

 仕方のない事だろう。殺されなかっただけ幸運だ。

 そう思った次の瞬間、横から何者かに切り付けられた。


「ッ……!?随分な挨拶だな、挨拶もナシに攻撃とは!」

「仕方がないだろ!?オレはもう無理だ、余裕がないんだ。頼むから金目のモノを全部出してからオレの経験値になってくれ!」

「つまり殺して奪い取るって事だろ!?治安が悪いにも程がある!」

「それを血まみれのお前が言うの!?」


 困った事に、そこを突かれると返せる言葉が何もない。

 

 唐突に現れて刃と正論を振りかざしてきたのは、黄土色のチェニックを着た無精髭の男だった。先程の親子とは異なり、見るからに平民。

 獲物は刃の錆びた短剣で、切り付けられてもそこまで痛くなかった以上、大した脅威ではなさそうだ。

 レベルアップで防御力的なものが上昇したのか、それとも短期間で大怪我を負いすぎて痛覚が麻痺しているのかは、定かではない。


「多分食うに困って野盗に落ちたとかそういうのだろ?なら俺を襲っても意味はないぞ、何せお前よりも装備品が少ない!さあ、回れ右して帰ってくれ」

「だ、だが……オレにどうしろって言うんだよ。帰る場所はもう奪われたんだ、あのクソッタレ企業に!それに、俺は何でも食べられる。そういうを授かって転生したんだ!お、お、お前を殺して食べちまう事だって出来るんだ……!」


 男は短剣を両手で握り締め、俺の腹部目掛けて突き出してくる。

 失うものが無い人間の狂乱がどれだけ怖いか、俺はよーく知っているが……しかし、企業とな。

 あまり異世界らしくない響きだが、転生者の中に起業を志す者でも居たか?

 

 一歩引いて攻撃を躱し、そのまま剣で切り上げ短剣の刃を落とす。

 どうしてこんな芸当が出来るんだろうな、俺。


「もう武器は意味を成さない、だからとりあえず落ち着いてくれ!」

「落ち着けるかってんだ!俺は、俺はこの異世界でセカンドライフを送るつもりだったんだよ––––––––!!!」


 男は短剣を捨て、拳を固める。

 そこに脅威は感じない。なのに、油断してはならない気がした。

 異世界。セカンドライフ。無法技能チートスキルを持って無双。

 この男が転生者であるのなら、必ず何か力を持っている筈なのだ。


「スキル『悪食讃歌グラトニー』起動……フェンリル、血肉再現!」


 ヤバい。スキルの正確な効果は分からないが、フェンリルって言ってる以上は強力なスキルに間違いない。だってフェンリルだぞ?

 北欧神話にて語られる怪物、悪評高き災いの狼!

 

 可能な限りバックステップで距離を取る。目を離すな、剣を構えろ。

 相手が人なら殺す訳にもいかない。本来ならば傷付けたくない。そもそも武器を向ける事すら嫌で嫌で堪らない。

 だが、やるしかない。 

 こうも落ち着いているのはクソッタレなスキルの効果なのか、それとも俺が案外イカれてる人間だったのか……なんて、今はどうでもいい。


 男が跳ぶ様に走る。

 速度と加速、どちらを取っても人間業ではなく、短剣を握り締めて震えていた男と同一人物とはとても思えない。

 一歩、二歩、三歩––––––––


 爪の様に伸びた白いオーラが、俺の顔面を捉える。


「うあああアアアアアア!!!」


 間一髪、剣で爪を弾く。

 ……重い!


 獣の如き唸り声と共に繰り出される攻撃は、どれも致命傷となり得る鋭さを持っていた。防御は間に合っているが、喰らえば重症は必至。

 殺せない相手ではないが、平和的拘束は不可能。

 強くなったと思っていた。実際強くはなっている。

 だがそれは転生者として当たり前の強さでしかなく、戦いの土俵に上がっただけで無双など出来る訳もない。

 

 覚悟を決めて、首を断つ。それしかないのか。正当防衛だ何だと言ったところで、罪悪感は一生付き纏う。それでも、やるしかないのか?

 思考が回る。少しずつ、確かに決意が固まっていく。


 しかしそれらは、エンジン音によってふと振り出しに戻された。

 車がバック走行で帰ってきたのだ。

 それは俺達のすぐ側で急ブレーキを踏んで止まり、運転していたオールバックの中年男性は車から飛び降りこちらへ走ってくる。

 

 俺に対して一心不乱に爪を振るう男の影を、彼が踏む。

 瞬間、猛攻はぴたりと停止した。


「スキル『影魔法』第二段階ランク2、『影踏』。まさか君と会えるとは思っていなかったよ……。怪我はないかい?どうして全裸なんだ?教えてくれよ」


 急に止まってしまった男は、伸びてきた自分の影に首を絞められて気絶した。


 訳が分からない。これも彼の能力なのか?スキルって言っていたな、まさか転生者?いや、何にせよ、どうして彼はここまで俺に馴れ馴れしいんだ。

 分からない。前世で会っていたとして、彼のビジュアルなら忘れる事はない。

 

「助けて頂き感謝します。どなた、でしょうか」

「そんなに畏まらないでくれ。僕だ、君の先輩の……古柳こやなぎひさしだよ。今の名前はヒサシ・フォン・レーゼゲルト。覚えているだろう?」

「…………は?」


 馬鹿げている。

 俺を助けてくれた男は、意味不明にも、2年前に交通事故で亡くなった先輩と同じ名前を名乗った。

 先輩と似た声質。似た口調。似た態度。


 ただ、年齢だけが異なっていた。

 





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