第4話 ゲーム世界


 香織かおりが起きたのはナノマシンを投与して1時間後だ、まだ午前中で彼女は起きるとすぐに謝ってきた。


「なんかごめんね優真ゆうま、勝手についてきて寝ちゃったみたい」


「平気だよ、こちらこそ付き添ってくれて助かったよ」


「うん、でももうあんな危ないことしちゃだめだよ?いくら体が丈夫でもまどかちゃんも花音さんも心配するだろうし」


「……そうだな」


「じゃ、別れた私と一緒にいるのも変だし、もう帰るね」


「ああ」


 全ての記憶はそのままで、付き合っていた事実を残しつつ、俺がフラれたという記憶へと改変して香織は今日から俺のただの幼馴染に戻る。


「学校ではいつも通りでね、別にケンカして別れたわけじゃないし幼馴染なんだから」


「もちろん」


 これが一番不自然でないシナリオだろう、彼女が授業で感じた俺の変化もなかったことにした。


 香織を玄関まで見送ると彼女はそのまま笑顔で出て行った。明日からはきっと新しい関係性で日常が送れるだろう。


 この胸に渦巻く香織への欲望は紛れもなく優真のものだろう、だけど、この小さな感情は俺の気持ちに違いない。


「あんなに若い恋人は今までいたことがなかったからな」


 数百年分の年齢を恋することなく艦長として生きてきた元の俺にとってはあまりにも強烈な数日だった。


「あら優真どうしたの?」


「……母さん」


 玄関で声をかけてきたのは寝室で目を覚ました高宮花音たかみやかのんだ。はっきりいって花音がどういう風に優真に接してきたかは分からない、だから俺は彼女の記憶から優真を嫌いな部分全てを消して息子であることのみを残した。結果どういう風に今の俺に接してくるかは未知数だった。


「どうしたの?もう、酷い顔」


 頬を撫でられると俺は少しほっとした。


「学校大変だったわね、昼まではまだ時間があるしちょっと……あれ?」


「?どうしたの」


「時間があるし寝室で、寝ようかなんて言おうとするなんて……お母さん疲れちゃったのかも」


 苦笑いを浮かべる彼女に俺は少しだけ察することができた。彼女の記憶は消せたけど体の記憶までは消せていない。


 息子を殺そうとした母がどれだけのことをその身に受けてきたのかは正直想像もつかない。


「ちょっとぎゅってしてもいいかな優真」


「……いいよ」


 そっと抱きついてくる花音はしばらくすると顔を赤らめて離れる。


「ふう!元気になった!」


「ならよかった」


 ダイニングキッチンの部屋へと向かう彼女の足元にはポタポタと体液が漏れていた。


 俺はスキル【性技】の調教欄を開く。


 【前野まえの ともえ】 88%恋愛中。

 【西京院凛さいきょういんりん】 53%片思い中。

 【隼野はやの れい】 52%片思い中。

 【おぎ 一花いちか】 50%片思い中。

 【家崎継美いえさきつぐみ】 24%気になる。

 【高梨たかなしリリカ】13%興味。

 【高宮 円】  5%妹。

 【高宮花音】 10%母。

 【佐塚さつか香織】  1%幼馴染。

 【神橋琴乃かんばしことの】  0%知り合い。

 ======


 数値に誤差はあれど香織も円も花音も改善している。


「あとは円だけか」


 円の部屋の前で考える俺は部屋へ入るかどうかを思案していた。普通の兄ならここは勝手に妹の部屋へは入らないだろう。


 考えた結果俺は無難にノックした。コンコンとノックをすると中から円の声が返ってくる。


「はーい」


 数秒待つと扉が内側へと開いて円が顔を覗かせる。


「どうしたのお兄ちゃん」


「今日は悪かったな色々と」


「本当だよ!車の前に出て止めるとかもうやめてよね、しかも私のクラスメイトだったしみんなお兄ちゃんのことめっちゃ気になってたよ」


「そうか」


「香織さんとも別れたからいいけど、あんまり年下と遊ばないでよね、お兄ちゃん遊び癖が酷いから――」


 なるほど、円の中での矛盾を解決するならそういうことになるわけか。香織と付き合っていた事実と阿野村和香と仲良くなった事実を繋ぎ合わせて、クラスメイトの女子とも仲がいいとなるとそうなっても仕方がない。


「俺はそんなに酷いことはしないよ」


 リリカや継美との中も今後自然とクラスメイトとして円に話せるし、阿野村和香と会うことになっても違和感がないから円の記憶にはそれを植え付けた。


「私疲れたしちょっと寝るね」


「そうか」


「せっかくの学校閉鎖だもん、楽しまないとね」


 そう言って扉を閉じた円は俺が艦長であることも何もかもを忘れている。彼女とは出会ってすぐに色々助けられた、これ以上甘えて巻き込むわけにはいかない。


 アルセウスのデータ、この空白に当てはまる名前である高宮優真の名を入れると新しい隠しデータが解凍され始めた。


 きっとこのデータが今後俺が目指す目標となるだろう。


「さて、何が出るのか――」


 視界に現れたのは文字列、俺はそれを一瞥して全てを記憶すると自身の部屋の扉の前で頭を扉に預けた。


 そしてゆっくりと扉を開けて部屋にはいるとゲーミングチェアであろう椅子に腰かけるためにフラフラと歩いた。


「あまりにもな物言いだなアルセウス」


 アルセウスのデータには彼女からのメッセージが書いてあった。タイトルは【ゲーム・アルブレイブのストーリー後半の崩壊と修正】だ。


 ――――――


 宇宙統合機構所属第7艦隊コアAIアルセウスはマテリアルボディーとともに艦長と宇宙空間で次元の歪へと消失したかに思われた。


 しかし、意識が覚醒すると私は阿野村和香という肉体へ入っていた。意識だけではなくAIとしての基本的な機能とともに阿野村和香という人間になっていた。


 阿野村和香本人はそれに気が付いていて、私が体へ入る前に強い風邪の症状でうなされ気絶したと言っている。それらから推測を重ねると私はマテリアルボディーから意識が粒子体へと変化して彼女の中へと混入したと考えた。


 そして、検索機能を使い色々な検索の中で旗艦のコアが修復している事実と近辺に存在していることを理解した。そしてコアから武装の転移を試した結果それは叶わずこちらからの通信にも返答はないことからクルーや並列AIがいないことを想定した。


 それからあらゆる検索を試す過程で阿野村和香を検索した結果、一つの検索結果がありそれらに複合する情報を入手した。


 ゲーム、アルブレイブというタイトルの登場人物、それが阿野村和香であり私アルセウスの外見モデルであることを知る。


 それらの情報を精査した結果、ここがどうしようもなくゲーム世界であるという事実が確定していった。


 阿野村和香との会話は意識下において容易でおしゃべりな彼女のおかげで現状データとゲームデータとの照らし合わせが完了したのは3日とかからなかった。


 その情報に基づいて現状を当てはめるなら、現状はストーリー後半でそのストーリーが崩壊している事実だ。


 ストーリー後半、主人公たちが卒業ごパーティーランブルを結成、ランブルは富豪の令嬢でパーティーメンバー相羽澪の財力で装備を整えそれぞれの強さによって常勝パーティーとして有名になっている頃だった。


 しかし、現在ランブルは停滞していてレジェンドどころかエピックの下のブレイブで停滞していた。


 ゲートのランクは強さとともに名前が変化する。アンランクから始まり、その上がビギナーでその上がブレイブ、ここまでが下位パーティーが挑むゲートだ。


 ブレイブの上がエピックでさらに上がレジェンド、その上がミソロジーで最上位がファンタズマ。神話級であるミソロジーより幻想級であるファンタズマが上であるのはダンジョン難易度が理由であり、これは不変の等級になる。


 本来ならエピックの後半に挑んでいるはずのランブル、しかしパーティーメンバーであるはずの顔ぶれが全然違うことが理由と推測。


 本来のパーティーメンバーは、主人公の天王寺怜てんのうじれんを筆頭にその幼馴染の阿久津雅あくつみやび一条愛いちじょうあい相羽澪あいばみおがいるはずだった。


 でも今ランブルのメンバーは天王寺怜と秋宮誠二あきみやせいじ秋宮あきみやケイトと坂出学さかいでまなぶという四名。同学年別学校卒業の秋宮兄妹の双子と同級で一緒に同じ学校を卒業した坂出学、この三人の結成理由は分からないがどうして幼馴染などのヒロインたちが彼の元にいないのかは簡単に調べが付いた。


 学生時代に起きた勧誘が原因だと判明した。師匠枠という言葉があり、それは主人公たちの育成サポートキャラだがその中にいる相羽悠乃あいばゆの、相羽澪の姉がこのパーティーメンバーになっている要因で間違いないと推測。


 ランブルが発足した時に別に発足したパーティー【リリー】に阿久津雅と一条愛と相羽澪の名前があり、パーティーのリーダーが相羽悠乃である事実がこの後半ストーリーの崩壊に繋がっている。


 経緯は不明なためこれまでのことはここまでにして、これから私がすることを記すならまず初めに艦長のリブートを開始する。


 艦長、名前の定義が不具合のために不明になっていることからここでは個体名は無いまま艦長と記す。これも歪に巻き込まれた結果だと推測。


 艦長にする時に注意する点は男性であること、阿野村和香の中のナノマシンの8割を付与して覚醒させる。この時私は残り2割のナノマシンの復旧のために休眠に入ると予想。


 次に年齢は周囲の違和感を与えないために16~20歳を選択。最後にナノマシンの性能と特性を考えてゲーム内の敵個体への付与を検討する。


 その理由は敵を一人減らせること、敵個体は個体ステータスが高いこと、不自然にイケメンが多いことがあげられる。


 ナノマシンを付与したなら顔の変化も容易ですが、それを行うと周囲に関心を持たれ強化体によって力を発揮すると病院へ送られナノマシンを発見される可能性もある。


 転用できないように自滅するナノマシンを大量に排出されると機能不全にも陥る。最悪艦長という個体が死亡する可能性もある。


 ゆえに成長しなくても成人している容姿、加えて急に体が強くなっても違和感が少ない者。


 そうして艦長を選定していた時だ、阿野村和香の周囲にストーカーが現れる。間違いなく例のあいつに違いない。


 ストーリーで阿野村和香を襲いスキルで操る敵側のキャラクター、個体名ハーレムマスター優真。


 終盤にボスとして現れる高宮優真と阿野村和香、彼はスキル【性技】によって序盤に邪神に操られて家族や幼馴染を魅了して道具のように使う。


 阿野村和香はストーカーである彼に処女を奪われ、スキルによって魅了されて主人公たちの前に仲間として現れる。ストーリーでは彼女はボス討伐後主人公のハーレムに加わり活躍する。


 阿野村和香自身にこの事実を教えることはなんらかのイレギュラーを起こしかねないため基本開示しない方針を取る。


 ここまでが高宮優真で艦長をリブートすることになった経緯である。


 ここからは艦長が高宮優真でリブートを成功していると仮定して記す。


 艦長の任務はストーリー後半の修正であり、まずこれを読んでいる時点でかなりの現状把握を終了している上、思考能力もリブート前とほぼ同等と考える。


 故に艦長は高宮優真の周囲を平穏にし阿野村和香と接触していると私には分かる。阿野村和香との共闘はもちろんだですが、修正を鑑みリリーのパーティーと接触し少なくても相羽悠乃をスキルにて調教し仲間に加えてください。


 この時、調教した仲間が何人だろうとナノマシンを付与して通信を可能にしておいてください。はっきりいって今更主人公に期待してもこのゲームの邪神は倒せない、ので、艦長にリリーを率いてもらいファンタズマゲートの邪神を討伐してほしいのです。


 最後に阿野村和香はスキルなしで調教してください。心の隙間をつくか彼女に気に入られることでスキル性技の調教が作用してくるはずです。


 最優先は相羽悠乃をスキルで魅了してリリーへ潜入すること、次に阿野村和香をスキル無しで魅了することです。


 艦長、私ができるのはここまでです。あとはあなたの思考が選択が頼りです、幸運を祈ります艦長。


 ――――――


 そのデータを俺は一瞬で読み終えるとゲーミングチェアに崩れ落ち、アルセウスの言葉をもう一度思い返しながらこれからの計画を練る。


「まずは相羽悠乃のデータを見返すか――」


 記憶しているけど、文字を見ながらの方が気が落ち着く。何せこれからこの女性をスキル【性技】で魅了するのだから。


 どうしてわざわざスキルを使わなくてはいけないのかも予想が付くが、あえて言えばストーリー後半の破綻が関係しているのだろう。


 シナリオがおかしいということはそれを曲げた存在がいてそれが相羽悠乃であることは間違いなく、そして彼女が通常のキャラクターなら設定通り研究者として相羽グループのゲート関係の研究に専念しているはず。


 だから今パーティーリーダーとしてリリーに参加している時点で不自然だ。


 アルセウスの例を鑑み、彼女の中に別の人物の意識が混入している可能性がることを認識しておくべきだ。


 溜息が止まらない。


『優真さん!今いいでしょうか!』


 阿野村和香の通信か、今はむしろ雑念が消えていいかもしれない。


『どうしたんだ阿野村さん』


『私……お願いしたいことがあるんです』


『俺でよければ力になりますよ』


 今の俺は他人に優しくするくらいの気持ちの余裕が必要な気がする。


『私!エッチなことしたいです!』


『ええ、え?はぁ?』


 言っている意味が理解できなかった。


『私今エッチなことに興味あって、優真さんはエッチなスキルを持っている人で、私はエッチなことしたくて』


 阿野村和香は処女でなければならない、だが本人がそれを失う可能性がある行為を望んでいる。


『私、今、思春期なんです!頭の中エッチなことでいっぱいなんです!』


 これはもしやゲームの修正力!?アルセウスも懸念点として概要に記載しているやつか?


『今からオナニーするので聞いてくれませんか?』


『いや、ま、待ってほしい……俺の理解が追いついてない』


 本当に理解できない、思考パターンが突出して壊滅している。こういう時どうすればいい?アルセウス……ならこう言うのか。


『よし阿野村さんアルセウスからの伝言を伝えるよ』


『アルセウスさんの!お願いします!』


 よし、オナニーよりもアルセウスを優先してくれると一縷の望みを持ってよかった。


『艦長である俺との性的な接触は禁止する――だそうだ』


『……え?嘘ですよね?本当にアルセウスさんがそんなことを言ったんですか?』


 いや、そんなことは言っていない。


『嘘に違いありません!だってアルセウスさんは艦長なら常にエッチなことしてくれるって言ってたもの!』


 アルセウス?!はぁ!?いつ俺が常にそんなことをしたんだ?あれ?そういえば今の俺はリブートされた俺でそもそも記憶にアルセウスとのそういった行為やクルーたちとのそういった事柄が全て無くなっている。つまり俺がおかしい――のか?


『冷静になってくれ阿野村さん、俺たちはアルセウスの言葉でこうして仲間になったんだ、そうだろ?』


『そうですね』


『今俺の目の前にいたならキスくらいならしてもいいけど無理だろ』


『行きます』


『はい?』


『今すぐ優真さんの家に行くので!待っていてください!』


『じゅ、住所も知らないだろ?!』


『心配ありません!通信で位置は把握していますから!あれ?意外と近い!一ブロック隣なんですね!あと30秒で着きます!』


 は?30秒?いやないだろ。


 そう考えながら周辺地図を展開すると阿野村和香の家が百メートル圏内にあることが分かる。


「冗談だろ――」


 明らかにゆっくりと近づいてくる阿野村和香の位置が優真の家の前に止まると玄関のチャイムが鳴る。


 母花音の声が聞こえ始めると俺を呼ぶ声が聞こえて。


「優真?友達の阿野村ちゃんがきてるみたいだけど」


「ああ、分かってる――」


 階段ですれ違う瞬間に花音は言う。


「新しい彼女さんかしら?」


「違うよ、ただの友達」


 そう言って俺は彼女の前に立って言う。


「いらっしゃい」


『とりあえず上がって話そう』


 阿野村和香は笑みを浮かべると返事をして俺の後を追って部屋へと向かう。


 階段を上がり切ると円の気配が彼女の部屋の扉の前からした。通り過ぎ俺の部屋を開けて阿野村和香を招くと俺は通信で会話をする。


『隣に妹がいるんだ会話はこっちでしようか――アルセウス』


『はい、艦長』


 対面してようやくこれまでの意図が理解できた。オナニーだのなんだのは意識を取り戻したアルセウスの悪戯だったわけだ。


 阿野村和香の頭上のアイコンの名前がアルセウスである事実でそれを察することができた。


『気が気ではなかったぞ、急に予想外すぎる会話だったからな』


『こちらとしては予想通りの行動で楽しめました艦長』


 表情が硬い、間違いなくアルセウスが阿野村和香の体を使っているようだ。


「あの優真くん、私たちも何か話さないと変じゃない?隣に妹さんいるんでしょ?」


「……じゃ、勉強でも教えてもらえますか?阿野村先輩」


「!先輩――なんかいいですね」


 話し方は阿野村和香なのに表情はアルセウス、阿野村和香とアルセウスがそれぞれ口や表情を担当しているのだろう。


『で?俺はこれから相羽悠乃を本当にスキルで襲うのか?』


『肯定、相羽悠乃が何かしらの要因でイレギュラー行動をとっていることは明白、ならば彼女ごとこちらへ取り込みパーティーを乗っ取ることが何よりも近道だと思われます』


 たしかに理に適っている、けれどそれが本当に最善であることなのかが分からない。


『あちらの様子を窺って仲間になれる可能性を見出すことは無理なのか?』


『無理ではないでしょうが最善であるとは言い難いですね』


『だが、状況を見るに相羽悠乃のおかげでパーティーリリーはレジェンドに挑戦中のようだし』


『たしかにその様ですね、相羽姉妹の干渉によりオリジナルのシナリオの倍の資金を使っていますから』


 そう、別に相羽悠乃はシナリオを改変したけど悪い方向へと導いているわけではない。ならコンタクトをとって協力を模索することこそ最善であるのでは?


『アルセウスはどう思う』


『艦長の意思に従います、私は艦長のサポートですので』


『……なら俺は最善を目指すとするよ』


「あの、優真さん彼女さんと別れたのは本当なんですか?」


「……ああ」


「どうして別れたんですか?」


「……学業に専念するためにかな」


「なるほど」


 阿野村和香はまともな人間である、品行方正で令嬢ではないけど品性が備わっている。設定資料にはそうあるけど、所詮は設定という話かな。


 アルセウスの用事が済むと阿野村和香は普通に帰ってしまった。


 本当に妙なことを言い出した時は何事かと思ったが、アルセウスの冗談でよかった。


「これ以上の面倒は無いとしてほしいところだよ」


 その日はそれまでのことが嘘のように時間が過ぎ、高宮家は平穏が戻ってきたようで家族らしい生活が始まった。


 ――――――


 ダダダダっガチャ、ギィギィイイ、キィキィキィ。


 騒がしいなどうかもう少し静かに動いてくれないか。


「もう……まだ起きない、お・に・い・ちゃん」


 体の上に乗っているのは円か?鼻に香る匂いはやはり悪くはない。


「起きないと~鼻に指突っ込んじゃうぞ」


 朝妹に起こされて、学校へ行く支度をして母に挨拶して朝食を食べる。そして妹と一緒に家を出て学校へ向かう。


 高校の校門前で俺を待っていたのは三人組の中等部の女子たち、昨日の礼を言うとデバイスで連絡先を交換した。


「妹としては兄がモテるのは嬉しいものだよ」


 そう言った円と三人と別れると、次はクラスメイトの高梨リリカが現れた。


 彼女はニヤニヤしながら腕に抱きつく。


「へ~優真くん中等部の子に告られでもした~?」


「そんなんじゃないよ、昨日助けた時にちょっとね」


「あ~なんか昨日車がすっごいことになって優真くんが止めてあの三人を助けたってわけ?」


「見ていたんじゃないのか?」


「い~んや、人から聞いたの」


 目撃者の多さからしても知っている人は知っていることだろう。


「やっぱり筋肉凄いね、ジム行ってどうこうってレベルじゃないけど、これスキルの効果?」


「……そなんだ、実は急にスキルが肉体に反映して俺自身もまだこれが現実なのか分かってないくらいには動揺しているんだ」


「ふ~ん、香織が惚れたのは自慢しないこういうところかな」


「はは、違うかな、それに香織とは別れたしね」


「へ~、え?マジ――」


 さらっと話して浸透させる、これが一番周知させることができる。


 教室に入るとリリカは継美を見つけて駆け寄る。もちろん俺と香織が別れた話をするためにだろう。


 俺が席に座ると前の席の男が話しかけてくる。


「高宮、お前香織ちゃんと別れたって本当か?」


「ああ、実は随分前に振られてたけど、無能な俺を可哀想に思って隠してくれてたんだ」


「へぇ」


 名前も知らない彼がさらにこの話を広げてくれるだろう。


 それにしても課題が大きすぎる。相羽悠乃に接触するために色々アルセウスと思案した結果、現状では俺にその適正が無さすぎるということが分かった。


 相羽悠乃への接触は阿野村和香が担当することになったのは彼女が女性であり、優真に操られていないことをアピールする手段があるからだ。


 阿野村和香は今髪の毛が腰ほどにまで届く長さをしているが、高宮優真に操られている時は彼の好みであるショートにさせられる。つまり今の彼女を見ても相羽悠乃がこのゲームのストーリーを知っていても敵意を抱かない。


 アルセウスが阿野村和香のサポートとをする以上ミスをすることはないだろう。なら俺は今できることを模索していくべきだ。


 アルセウスの見解では今のままの俺では邪神に負けることはないが勝つこともないらしい。強化体は丈夫だが攻撃という面では頼りないというデータがある。


 そこでゲートの装備を手に入れて武器を使うことを提案された。そもそも優真は武器スキルは使えない、だがアルセウスの転送機能が使えるようになれば旗艦アルセウス内でそれを資源として武器の製造が可能だ。


 ちなみにアルセウスコアは異次元にあるらしく、そこで修復中の旗艦アルセウスに物体の転送ならできたそうだ。だが今は俺のリブートによるナノマシンの減少がそれをできないようにさせている。


 俺をリブートする前に試しにハサミを送ったら資源としてカウントされ、それによりナイフを生成してこちらへの転送も可能だった。それらのデータから俺はゲート産のアイテムを資源として高次元の武器によって邪神に対抗するということをアルセウスが提案した。


 スキルが使えれば俺も相羽悠乃の資金力を使って複数のスキルが付いた武器も使えたんだが、ボスである高宮優真が武器スキルを使えないのも彼が家族や阿野村和香を襲う要因にしたかった設定なのだろう。


「おはよう~」


 軽快な挨拶は香織のものだろう、視線を向けるといつものように明るい彼女の笑顔が見えた。


 リリカが座った彼女へ近づいて何かを話している様子だ。俺はわざと耳の良さを消して彼女たちの会話を聞かないようにしている。


 そうして会話を終えるとリリカは俺の方へと歩み寄ってきた。


「本当だったんだね、なんか意外――」


「そうでもないだろ」


「いやいや二人とも昨日は凄くカップルだったよ?」


 まっカップルだったからな。


 今俺は香織の視線を感じている。きっと俺とリリカが話していることを気になっているがそれがどういう気持ちかも分からない彼女は静かに視線を逸らした。


 平穏な学校生活、それが始まると俺は考えていた。けれどそうもならない。


「ほら昨日みたいなことはないから安心しろ~」


「結局昨日のは何だったんですか?谷崎先生――」


「……それは調査中だ、ゲート関連の企業も分からないらしい」


 それは俺やアルセウスも同じことだ、昨日のことは設定にもないイベントで誰がどういう事情で発生させたのかも分からない。


 可能性としては終盤ボスである高宮優真を殺すためのものだったのかもしれない。というのがアルセウスの仮説だ。


 さて、昨日とは違って香織は俺とグループを組まないだろうし。


「優真くん、一緒に組もっか」


「リリカ――」


 リリカがこうも積極的に組んでくれるなんて、デバイスで調べた通り彼女は俺とそういう関係を望んでいるのかもな。


「あ、あの、私もいいですかね」


「継美」


「いいじゃんツグツグ、一緒に組も」


 継美も昨日あぶれていたからな、この三人でも始められるルールではある。


 実習は最大5人、最低3人のパーティーで始まる。だから香織も誰かのグループに入れるはず。


「あれ?香織が超キョドってるけど――」


 たしかに視線を向けると香織は誰のグループにも入っていない。ざっと見まわしても4人のパーティーが多い、だけど基本男が中心のパーティーがそれで女性ばかりのパーティーも陽キャの香織に声をかけられないでいた。


「香織~こっちきなって」


 あれは波谷里奈なみやりな、それほど美人でもないが男ばかりのパーティーで紅一点、乱交やらなんやらやってると噂があるが、実際には処女で童貞たちの前で粋がっているだけ。普段から香織が俺という恋人もちなのを裏垢で嫌味をSNSで散々綴っている。


 香織を誘うのは童貞たちの前でカーストを見せつけるためだろう。


「……」


 香織は露骨に嫌そうな顔をしている。


「私、高梨さんたちと組むから――」


「え~入れてあげるのに~」


 香織は苦笑いでこっちへ駆け足でくるとドンと俺に体を引っ付けてくる。


「……香織?」


「ん~へへ入れてくれる?」


 今にも泣きそうな香織に俺は昨日の流れが頭に過り右手で頭を抱こうとした。


「はいは~い、元カレに甘えな~い」


「高梨さん――」


「私が甘やかしてあげるからね~」


 あやうく恋人でもないのに頭を抱くところだった、リリカには感謝しないとな。


 ゲートの方へ視線を向けた俺を香織がチラリと見ていることなど知る由もなく。


 学校のゲートは模擬戦専用で武具がドロップすることのない設定であるため、ゲート産の武具を手に入れるには休日に本物のゲートに入る必要がある。


 しかし、俺たちの学生が入ることはできないため、アルセウスの提案でゲーム設定通りに優真が使っていた違法ゲートを利用することにした。


「休日まではここで牛狩りか――」


「何か言った?優真くん」


「いいや、今日は俺も戦いたいなってさ」


 そうして俺は休日までを訓練と位置付けて学生の領分をこなすことにした。

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第7艦隊の艦長ゲーム世界に転生~超弩級AI美女アルセウスを添えて~ @tobu_neko_kawaii

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