第3話  戦闘と好意と体の意思


「こんっの!」


 ミノタウロスの攻撃を受けた香織かおりはそのロッドで拳を受け止める。


「やぁあ!」


 そしてリリカがショートランスでミノタウロスの後方を攻撃してその皮を削っているようだ。


「はい!」


 継美つぐみはずっとショートダガーでミノタウロスの目や鼻、手首や足首のような場所を狙い手傷を増やしている。


 そしてミノタウロスの狙いが移ると今度は狙われた者が拳を受け止めているようだった。


 ステータスというものがある以上彼女らは普通の人間よりも身体能力は優れている。本来ならあのミノタウロスの剛腕を受け止めることなどできない。


 だが香織もあの華奢な継美でさえ受け止めている。一般人なら腕が折れた上で体が吹き飛ぶほどの腕力だ。


「三人とも素人ながら中々にやる、対してお前は期待値が低いな酔っ払いのケンカレベルとは――」


 俺の目の前で剛腕を振るうミノタウロスのもう一体はその拳に比べて体捌きなどが素人に近しいレベルだ。あらゆる格闘術を習得し終えている俺の脳とナノマシンによって強化された体の前にミノタウロスなんて素人だ。


「ブモォオオオ!」


「お前はそればかりだな。つまらないが今は徹底させて避けさせてもらう」


 俺の遊びよりもあちらの戦いだ。


「初級ロッドスキル!ストライク!」


「ブモォオオオ!」


 ヒザにめり込んだロッドがその威力を表している。そしてさらに怯んでいるところへリリカと継美が続けて攻撃する。


 ゲームらしい動きと言えばそうだが、戦いとしてはまだまだ拙いところが目立つ。


 武器にスキルがある以上武器を手放せないのが制約になっているようだ。それに加えて体格差があって最も狙いたい急所である頭が常に高い位置にあるのも戦闘が長引く原因のようだな。


「ブモォオオオ!」


「……少しだけ静かにしていろ」


 俺は右手でミノタウロスのアゴに掌底を当てると奴は足元をふらつかせながら腰を落としてしまう。


 脳震盪が起こせるならいつでも隙を作ることができる。


「ちょっと!!こいつ!」


 視線を少しミノタウロスBへ向けている内にミノタウロスAが香織に抱きついていた。


 リリカも継美も必死に剥がそうとしているけど奴は余裕がありそうだ。これは手を出さないわけにはいかないな。


「ちょっと貰うぞ――」


「ブ!ブモォオオオ!」


 ミノタウロスBの右側の角を折るとそれをミノタウロスAの眼玉へと投げつける。かなりの威力を出したそれは軽々と眼玉を貫通して後頭部から外へと飛び出る。


 さすがのミノタウロスも痛みで香織を離す、その隙にリリカは全力で駆けてショートランスをその傷へ向けて突き刺した。


「キモ!」


 負傷した箇所をしかもスキルで貫かれたら無事ではない。ラットと同じように体が白く光って霞のように消えると黒色の角二本と透明な袋に入った肉が落ちる。


 一体を倒した香織はすぐに俺の方へと視線を向ける。俺の無事を確認したからか安心した様子で声をかけてきた。


「優真!交代して!」


「ああ、まかせた――」


 ミノタウロスの攻撃を避けた俺は直ぐにバックステップで距離をとって香織に合流した。


「高梨さん!継美ちゃん!もう一体だよ!」

「余裕!」

「です!」


 それからはまたいつも通りの戦いでミノタウロスも変な行動をすることなく倒されるとまたアイテムをドロップする。


 俺は最初に落とされた透明の袋入り肉を拾うとそれが真空パックされていることに驚いた。


 ゲームだからだろうけど、こうも便利だと違和感があるがこの世界の人間にとっては普通なのだから俺も疑問に思っても仕方ない。


「やった!倒した!」


「うん倒したね、最初はどうなるかと思ってたけど」


「こ、こんなこと初めてだから、ドキドキした、ね」


 彼女らにとってはこのアイテムよりも戦いの勝利の方が嬉しいらしい。それにしてもアイテムを視界に入れるとそのアイテムの値段がUIに表示されるのは驚きだ。


 角が二本で2000円、肉が10000円、それがもう1セットで合計24000円。


「自給でこれは破格だな」


 冒険者が職種として需要があるはずだ、四人で割っても6000円の収入だからな。


 俺がアイテムを拾い終わると香織が俺に抱きついてくる。


「もう、心配したんだから」

「ああ、ごめん」


 そんな俺たちを気にせずリリカは真顔で俺に質問する。


「どうして優真くんがミノタウロスの攻撃をあんなにも避けられたの?あなたって武器スキルが無いからモンスターを倒したこともないのよね?ステータスの上昇であるレベルも上がっていないのに――」


「……それは俺のスキルの隠し効果みないなものかな」


「隠し効果?そんなの性技のスキルにあったっけ」


 咄嗟の俺の言い訳に香織も不思議がる。そしてリリカとしてもそれで納得していない様子だった。


 たしかに優真があそこまでミノタウロスの攻撃を避けれることはありえない、だが俺はそれを認めることもできないし否定し続けることしかできない。


「実は香織が戦うことで俺も強くなっているんだ」


「私が戦うことで優真が?それって例のスキル欄のこと?」


 そうか優真は調教というスキル欄の話を彼女にはしていたのか。


「そうだ」


 俺はそう答えたが、実際のところこのスキルにはそんなものはない。が誤魔化せるのなら何でもよかった。


「それって!すごいじゃん!じゃあじゃあ!攻撃とかも強くなってるとか?」


「ん?ああ一応な、でもあまり周囲には言わない方がいいと思ってな」


「どうして?」


「それは魅了の性能がある男が腕力も高くなってるなんて女の子からしたら怖いだろ?」


 これは俺の率直な意見だ。


「とう!」


 不意にリリカのショートランスが俺の視界内に現れるけどその気配はもう少し前から察していた。


 槍の先を左手で掴むとリリカは驚いた様子で、香織はむしろリリカの行動に驚いている様子だった。


「へー優真くんこれを素手で止めるんだ、なら一般人なんて余裕だしBクラス程度なら簡単に勝てそうだね」


「高梨さん!急に危ないよ!」


 さすがにリリカもこれ以上は何もしないだろう。


「ふ~ん、すっごいいいかも」

「何が?!」


 不敵な笑みのリリカに困惑する香織、何が何だか理解ができない継美。


 俺はとりあえずショートランスから手を離すと三人に笑みを向けて言う。


「とにかく、ゲートを出て実習を終えようか」


「そうだね、もう!高梨さん!今度優真を攻撃したら私も許さないからね!」


「はいはい、ごめんごめん」


 とりあえずこの場は見逃されたようだ。リリカはまだ俺に対して何かを考えている様子だし、それにどうやら継美の俺への視線も妙に増えている。


 ゲートを出ると出迎えた教師の谷崎は驚いているようだった。


「最速なんて珍しいな!高宮がいる以上いつも下位だったのにな」


 それがどうしてかは理解できなくはないが、どうやらそれ以前の話かもしれない。


「それにしても他の班が遅いようだな」


「あの、谷崎先生、今日のゲートボスが2体現れたんだけどこれって――」


「ぼ、ボスが2体?!いかん!緊急退避装置を作動させるぞ!」


 慌てた様子で谷崎は各ゲートの右側に置かれた赤いスイッチを押して回る。すると次々に生徒たちがゲートから吐き出されるように現れると中には血まみれの者もいる。


「い、医療班!西村先生!けが人を!」


「谷崎先生!これはどうしたんです!」


「どうやら誰かがゲートの設定を変えているらしく、ボスが2体現れた様子なんだ」


 西村先生はどうやら保健職員のようで白衣に白いワイシャツとミニスカートで何故か白いニーハイソックスを穿いてガーターベルトで止めている。そんな格好はとても挑発的に見えるがそもそもそういうキャラクターなのかもしれない。


 西村ひかり、彼女の容姿と服装からデバイスを覗き見したが、どうやら普通に真面目な女性保健職員のようだ。ただ、彼女はストーカー行為に会っていて日々困っているようだが、個々の情報だけでその犯人を特定はできないようで警察も犯人を捕まえられないようだ。


 その犯人がまさか既に捕まっていて、捕まえた警察官がそのまま彼女のストーカーになっているからこれは気が付けないだろうな。


「この子、骨折してる、こっちは?うん、骨に異常はないようね」


「俺は他の学年のゲートに異常が無いかを確認してくる!西村先生はここを頼みます!」


「谷崎先生!救急車の手配お願いできますか?」

「もうしています!」


 行動が早い、彼らが教師であることはこの学校の人材の能力の高さが分かる。


 にしても、今回のこの騒動は一体何が目的なのか。無差別な気もするが何かしら意図を感じる気もする。


 あらゆるものを情報化するこの眼を持ってしても全てのことを知ることは叶わない。


「優真」

「……大丈夫だ」


 戦えるといっても普通の高校生だ、手が震えるほど怖いのも無理はない。


「ん?」


 たしかに左手は空いているからな継美が握っても問題はない、いや、恋人がいるのにこれはいけないことではないか?いや、継美には良くしてもらっていて秘密を守ってもらうためにもここは握っておくのが正解か。


 ってあれリリカ、きみは後ろから抱きついたりしたらダメだろ。


「ちょっと、高梨さん――」

「いてて、ごめんて」


 さすがの香織もリリカの手の甲を抓ってそれを阻止した。


 ――――――


 その日は結局警察や救急車が裏門から入るほどの騒ぎになって授業は中断、授業どころではなくなって高等部は帰宅になった。しかも同じような事件が中等部のゲートでも起こって中等部も同じように授業を中断し帰宅になった。


 俺は着替え終えるとそのままカバンを手に持って歩き始めた。実習服の他には特に何も入っていないそれを持って帰るのは洗濯するためだ。


 香織には待っててと言われたが、校門前ならまどかの安否も確認できそうだからな。デバイスでのやり取りは円に止められているし、とにかく校門前で待つことにするか。


 校門を出て左前で立つと左側から次々に中等部の学生が駆け出してくる。女子も男子も関係なく出てくるあたり被害が少なかったから大した恐怖にならなかったと察することができる。


 目の前を男子の集団が駆けていくと、どうやら誰かしらの家でゲームをする予定のようだ。特に彼らの会話で誰がケガしたとかは話していない。


「さすがに円の話をしているはずもないか――」


 そして女子たちが俺の目の前で横断歩道の前で信号が変わるのを待ち始めた。話を聞く限り三年のようだが、道路を渡ったら少し元来た方角へと歩いて中等部の校門より高等部側へ近い道が目の前の道路の直角に伸びている。その道を真っすぐ行けば若者が集まる街への電車が止まる駅があるのだそうだ。


 普段は直帰する彼女の中の一人が初めてその街へ遊びに行くのだそうだ。デバイスの地図で見ても確かにその駅へはバスを待つより歩いて行った方が早く着く。何せこの時間帯のバスの量はかなり少ない。


 来年には高等部というだけあってあの三人のスタイルは中々成長している。あの真ん中の清楚で長い黒髪が靡く子がお嬢様らしいけど、初めての他の街への外遊らしいがそんな境遇なのはやはり金持ちの子だけだろうな。


 信号が青になると彼女らは迷いなく歩き出した。


 キュィイイ。


 ん?これは――


 不意に世界がゆっくりになる感覚、これがナノマシンによる思考加速であることは理解できた。だが、どうして勝手に発動したのかが理解できない。


 視界内に広がる風景に情報が追加されていく、目の前のあの三人に危険が迫っている様子で俺はその周囲の脅威度を確認する。


 左奥・男・脅威度低、右奥女・スーツ・カバン・OLと推測・脅威度低、脅威度が高い相手がいない。


 だが視界の右側が赤い点滅をし始めて視線を向けるとようやく脅威度の高い存在を見つけた。


 学校校門前の道路・乗用車・運転席の男・風邪薬による意識力低下・脅威度高、間違いなくこいつが原因だ。


 俺は何の予備動作も無しに走り始めると視界で距離と時間と速度とで勝手に計算が始まる。単純計算でこのままでは車と三人との間にすら間に合わないことが分かる。


 これは出し惜しみしている場合じゃない。


「リミットオフ」


 ナノマシンによる身体能力の限界突破、それによって俺は一秒とコンマ121で目の前の三人と車の間に割って入れる。それが分かると次に計算されるのは車の速度とそれを止めるための行動選択だ。


 三人は車には気づいて俺を視界に入れているが避けられる状況ではない。


 UIには数パターンの行動が選択に現れると、その中から俺が選択したのは車の運転手を含める全員が助かる方法だ。それは車が時速53キロメートルで俺の前に到達した時、振り上げた右足で数トン規模の直下への重量と同等の力を生み出し車体のボンネットを潰して車を止める。


 この方法なら運転手は軽傷で済むし周囲が巻き込まれることはない。ただ、この方法は唯一俺が普通ではないことを周囲に認知されてしまう。


 今まで通りの認識のままではいられない、だがそれがどうした、あの三人を助けることが俺ではなくこの体が望んでいることだ。


「優しいヒーローか」


 優真が成りたがっていた存在に俺が成りたいわけじゃない存在に。


「なるしかない」


 俺は右足を勢いよく振り下ろすと右足の靴がメキメキと音を立てて破れ、車のボンネットに右足が突き刺さると車体の反動が全身へと伝わる。


 その反動は俺をのけ反らすことはないが風が発生して後ろの三人のスカートや髪がそれに靡く。


 反動は抑えられた、だが音の方は少しどうしようもなかった。大きな音で周囲の視線はもちろんそれを確認しに現れた高等部の生徒たちも増えていく。


「さすがに誤魔化しも効かない状況だな」


 運転手は打ち身程度で俺は靴と制服のズボンが右足側だけボロボロだ。


「あの!」


「?」


「大丈夫ですか!」


 いや、それは俺のセリフだけどね。


「ああ、運転手の人は大丈夫だよ」


「いや、そうじゃなくて――」


「あなたのことです!」


 三人の内二人はグイグイと俺を心配して寄ってくるが、一人はまだ驚いているのかその場で立ち尽くしている。


 ま、車がかなりの速度で突っ込んできてそれに気が付いて視線だけは向けていたから驚いても仕方がない。


「体とか!足とか!車なんですよ!」


「ヤバイでしょ!血とかは?!」


 これは早く立ち去ろうにも二人に抱きつかれている上に運転手のこともあるしで。


「どうしようも――」


「何してるの!お兄ちゃん!」


 円が声をかけてくれなければ俺は全てのことを受け入れていたのかもしれない。


「ちょっと二人!離れて!」


「あなた――」

「誰?」


「私はこの人の妹!悪いけどお兄ちゃんは先帰って!あなたたちはここに残って警察に事情説明!運転手の人は大丈夫か分からないから救急車と警察、そういえば今学校にいるんだよね!高等部にもいるの?」


 そう聞いた円に俺は頷く。すると円は俺の手を引っ張って俺の手放したカバンへと向かう。


 そして丁度そこへ香織がリリカと継美と一緒に出てきて、それを見つけた円はカバンの位置で香織を手招きする。


「な、何!どうしたの円ちゃん!って優真も足!」


「お兄ちゃんを連れて帰ってもらえますか?私が警察と救急車を呼びに行ってきます、だからお兄ちゃんをよろしくお願いいたしますね」


 睨みつけるようにそう言う円に香織は驚いていた表情を笑顔に変えて言う。


「任せてよ円ちゃん」


 そう言うと円は高等部内へと走りだし、香織は俺の手を引っ張って俺の家へと歩き出す。


「ごめんね高梨さん、継美ちゃん、優真こんなんだし今日は解散で――」


「そうみたいね」


「で、ですよね……」


 残念そうな継美を置いて俺は香織と帰り始める。


 生身の右足と靴を履いている左足との感覚は中々に違和感だが、置いてけぼりになっているあの中等部の三人と比べるとまだましだろう。


 さすがの俺もここから全部完璧にやり過ごすことができないだろうから、今日のところは円と香織に感謝してこのまま帰るとする。


 帰り道、手を握る香織の表情が不思議そうに俺を見つめている。俺はそれに気が付かない振りをして歩き続ける。


「……なんか違うなー」


 その呟きに俺は視線だけを返して香織はその瞳を覗き返す。


「なんか優真、すっごくいいかも、カッコイイっていうのと、ミステリアスなところ――」


 たしかに本物の優真に比べたら身体的に強くなって隠し事もかなり増えた。


『艦長さん』


 不意に響く阿野村和香の通信。


『悪い、今はちょっと通信できない』


『え?!あ、じゃ、またあとでしますね、何分後ぐらいがいいですか?』


『13時だ』


『……はい、分かりました』


 この間も香織の瞳は俺を見つめている。


 ミノタウロスの時から彼女の優真への印象が変わっているのには気が付いていた。さらにあの校門前の状況だ、壊れた車と女子中学生に抱きつかれる恋人、その恋人の右足は靴なくズボンがボロボロ。


 ゲートで見せた強さの片鱗がその状況を見ても驚かない理由になっている。


「昨日からの変化が何かは気になるけど、でもいい方向へ変わっているから私は嬉しいな」


 ピピッと頭の中で音が鳴るとUIの調教欄のアイコンが点滅している。香織の顔から前方へと視線を向けてからそのアイコンを選択した。


 【高宮 円】300%カンスト。

 【高宮花音】372%カンストオーバー。

 【佐塚香織】200%調教完了。

 【前野 巴】 88%恋愛中。

 【西京院凛】 53%片思い中。

 【隼野 怜】 52%片思い中。

 【荻 一花】 50%片思い中。

 【家崎継美】 24%気になる。

 【高梨リリカ】13%興味。

 ======


 香織の数値が激増している、しかも知らない名前がリリカや継美よりも上にあるし、その継美とリリカの数値も上昇している。


 スキル性技を使用していない人の数値が上昇しているのはどうしてだ?その理由も分からないが、この50を超えている三人はあの中等部の子たちかもしれない。


「ねぇ優真――」


 いつの間にか家の前で俺は香織の顔の前で佐塚香織の調教完了の文字が点滅している。


「今日も家に寄っていていいかな?」


 もちろんやるつもりなんだろうけど。


 そう考える俺の耳もとで香織が囁く。


「エッチなことしたいなって――」


 艦長時代、クルーやAIたちとこういう雰囲気になった時に俺は絶対断ることはしなかった。だから俺は迷うことも断ることもすることなく彼女の手を引っ張って家の中へ入った。


 家の中に入ると当たり前のように心配した様子で花音かのんが出迎えてくれたけど、香織がいるからか普通の母の表情で出迎えている。


「大変だったようね、香織ちゃんも大丈夫かしら」


「はい、色々あったけど大丈夫です」


 俺は二人が言葉を交わしたのを横目で見つつ香織の手を引っ張って二階へと足早に上がった。


 階段を上がって円の部屋の前を通り、優真の部屋へ入るとそのまま香織の体をベットへと抱き上げて下ろす。


「わ!きゃ!ちょっもう~強引だよ~」


 照れ隠しなのは察することができた。


 二人のカバンは入り口に下ろしていて、俺は香織へおもむろにキスをすると彼女はそれを受け入れる。そのまま右手でワイシャツのボタンを外しリボンをそのままにブラのホックを外してそのままスカートの下へと手を伸ばす。


「もう――ブラぐらいちゃんと外させてほしいんだけど、ん――」


 その正論は今は必要ない、というかもう止まれない。俺としても驚くほどの興奮で、本当ならナノマシンによって抑制されるはずの性欲が全然抑えられない。


 彼女の下着を脱がして膝くらいから足でそのまま押して脱がすと指を内ももからゆっくりと股へと進ませた。


「ん~、んっん――」


 もう全然入れてもという感じだが、しばらくは焦らしたいなんて考えが出るあたり俺も随分香織に興奮しているんだな。


 理性と性欲がせめぎ合うまでのこの時間をUIでも彼女の感度の上昇を確かめながら続ける。


「円ちゃんが――」


「……」


「帰ってきたら止められちゃうかもね――」


 その挑発は完全に理性を崩壊させてしまうものだった。上も下も脱ぎ捨てた俺に香織は「わぉ」と小さく声を漏らす。


「いつの間にこんなにムキムキになったの?」


 たしかに昨日までの筋肉量とは違う、何せ数トンを右足で発生させるために筋肉量がかなり増えているから。


 だが今はそんなのどうでもいい。


 それから数十分なのか数時間なのか、俺は分からないほどに香織の体に夢中になっていた。


「優真、もうそろそろ円ちゃんに会ってあげた方がいいよ」


「……円に?」


 俺が耳に意識を向けると隣の部屋で泣いている円の声が聞こえていて、さすがの香織もこの状況にいたたまれない様子だった。


「数十分前からずっとだよ、私もこんな雰囲気じゃ楽しめないし、ね?」


「……」


 正直俺としてはどうでもいいほど続けたい気持ちがあったが、グッと思考を抑え込むと何とか香織の意見に賛成できるほどには理性が戻った。


「香織、悪いけど見送れないから」


「うん、今すぐ会ってきてあげて、あなたが私と同等に愛している人のところへ」


「ああ」


 部屋を出る時、香織はボソっと呟いた言葉。


「あなたを私と同等に愛している人のところへ」


 その言葉を聞こえないように言った意味は彼女の気づかいだろう。


 俺は廊下に出て自身が裸なのに気が付いた、でもここで部屋へ戻るのはバツが悪い、だからそのまま円の部屋に入ることにした。


 ノックをして円の返事はない、だからそのまま扉を開けようとする。すると先に扉のドアノブが回り始めると扉が招くように開かれた。


 俺が体を中に入れて扉を閉じると扉を開けた本人は部屋の奥にあるベットの上まで移動していた。


 そういえば、俺が円の部屋に入るのは今日が初めてだった。


「円――」


「死ね」


「……」


「なんなのよ、勝手にお兄ちゃんの体使って、勝手に危ないことして、普通車の前に立つ?!お兄ちゃんの体なのに!?死んでよ、勝手にお兄ちゃんを危険にさらすなよ、キモイよ、ゴミィ」


「……」


「うっ、スンっ、勝手にお兄ちゃんの体でカッコイイことすんな、お兄ちゃんの体で彼女とエッチすんな、お兄ちゃんの体で……私のお兄ちゃんよりカッコイイことすんな」


 円はベットから立ち上がると涙を流しながら俺の胸板に拳と突き出した。三回突き出したあと拳をさすりながら頭をトンと俺のみぞおちに置く。


「めっちゃムキムキだし」


「円」


「ん」


「?」


 その手を広げる意味は理解するのに数秒が必要で、円は俺の反応にもう一度眉を顰めて言う。


「ん!私も抱いて、がんばった、円もすっごいがんばったもん」


 抱けと言われても隣にはまだ香織が。


「大丈夫、あの人は私とお兄ちゃんの関係を知ったうえで付き合ってるから」


「そうなのか?」


「そうだよ、妹を襲って犯すような人をあの人は本当に愛してる人なの」


 そ、それは中々に複雑な関係があったようだな優真と香織にも。


「きっと中身が変わっていることにも気が付いているし、その上で中身が変わってもお兄ちゃんのこと好きだから私は――」


 だから円は香織を嫌っているのか?なら円はどうして俺に抱けなんて。


「円は俺に抱かれてもいいのか?」


「……よくない、でも無理じゃん、もう浮気しちゃったし、知っちゃったし、今更――」


 制服を勢いよく上半身だけ脱いでブラを外した円は言う。


「もう、お兄ちゃんよりも、あんたのことの方が――」


 出会ったのは昨日で、まだ一日程度しか経っていないのに。


「優真のことはもういいのか?」


「よくない、私はお兄ちゃんが好き、殺したいほど好き、私が大嫌いだった頃から私を性的な目で見ていたお兄ちゃんが殺したいほど大好き」


 なんだろうこの違和感。そうか、ようやく俺の理解が追いついてきた。彼女らの言葉と行動は歪んでいる。


 全てはスキル【性技】によって発生している歪みが彼女らの言動に繋がっているんだ。


「円、お前はいつから優真の事を嫌いになったんだ」


「私がお兄ちゃんを嫌い?何を言ってるの?」


「好きになったのはいつだ?」


「中学入ってすぐだったかな、制服着てお母さんに見せ……見せ――」


 なるほどその頃に優真が円を襲ったんだな。


「花音はいつからだ?いつから優真と関係を持った?」


「……母さん、母さんは分からない、でも……その傷は、母さんが――」


 この頬の傷、なるほどファングでできた傷、つまり花音のダガースキルによる傷。


「お兄ちゃんを殺したい……でも、母さんでも無理だったの――おぉおおお!」


「円!」


 円は白目を向いて頭を押さえている、きっとスキル【性技】に抵抗した反動だろう。


「もういい、全部分かったから、だから円……今は寝ていろ」


「……うぅ」


 予想外だ、アルセウス……どうしてもっと分かりやすくデータを渡さなかったんだ。いや、むしろあいつなりに考えてあえてその事実を伏せたに違いない。


「優真……お前、いつからスキルの操られていたんだ――」


 俺の中にある正義感は間違いなく本当の優真のものだ。それなのにどうしてここまで自分の家族やおそらく香織もスキルによって優真に感情を操られている。


 円をそのままベットへ寝かせると俺は自分の部屋へと戻った。


 服を着た香織がボーと壁を見つめている。円の部屋のある方を見つめる彼女は少しだけ見え方が今までと違っていた。


 その表情には何もないようにとりつくろわれているが、その瞳は悲しみに満ちているしその横顔は疲労を感じさせる。


「香織……少し俺の言葉を聞いてくれ」


「……うん」


 俺は円のことから香織にする質問は一つに選んでいた。


「優真の事を愛しているか?」


 俺を愛しているかではなく、スキルを所持する俺からの質問への回答はおそらく彼女の真実が聞くことができる。


 その優真は目の前のではなく、本当の優真のことを指すのだから。


「私は優真を愛していないわ」


「……そうか、なら優真と別れられるとしたらどうする?」


「……別れる?そんなこと死なないと無理よ、もう私の心は……死んでいるもの」


 優真が彼女へかけている言葉の縛り、おそらく円よりも複雑で残酷なものだろう。


「香織、俺の命令を復唱してくれないか?」


「命令を……復唱……、私は優真を愛して、優真以外を愛さない、好きな人を忘れる、誰も好きにならない」


「……」


「優真と結婚して子どもを二人産んで……その後の子どもは何人でも産むし育てる、浮気を許す、浮気相手の子どもも自分の子どもと思う」


 まるで子どもの暗示だ。


「最後に、どんなに絶望しても――死んではいけない」


「それで全部……もし、キミが全てを忘れて全てが元に戻る方法があるとしたらキミは受けるか?」


 いや、香織は受けるだろう、昨日今日俺と少し過ごしただけで皮は死にたいほど嫌いな優真なんだから。


「……や、やだ、やだ」


「ど、どうして――」


「す、好きなの、あなたを、優真の姿をしていても、あなたのことが――」


「それは、信頼できない気持ちだ――」


 どうしてアルセウスのデータが少なかったか、どうしてデータの中に不自然な箇所があそこまで多いのか。


「香織、俺の血を飲むんだ」


 俺はナノマシンに命令して血を付与しようと考えた。その理由はおそらくアルセウスが阿野村和香の体から俺を作るために血を分けたことで彼女は意識を失っている。


 体内のナノマシンの濃度が低くなると自動的に復旧するためにスリープすることがある。つまりアルセウスは俺、いや優真に血を分けナノマシンを付与して俺を覚醒させた。だから俺は名前を憶えていないし記憶が抜けている部分が多いんだ。


 優真と阿野村和香あのむらのどかの接点は設定にもない、つまりアルセウスがどうして優真へと血を付与したのか、それは簡単な推理だ。


「俺の血には香織の記憶を封じる、違うか、消すことができる力がある」


「いや、っだ」


「たった数日だったけど、キミのことを」


 香織の意識はフッとなくなって俺の腕へと体を倒した。俺はそのまま彼女をソファーへ寝かせると次は円の部屋へと向かう。


 阿野村和香は処女を喪失することでゲームの設定の悪へと走る。ならその原因となる者がいるとなると、それは間違いなくもうすでに彼女の前に現れているはずだ。


 阿野村和香の設定では高校生活はすぐに終って、そのまま主人公たちの前に敵として現れる。もちろん今現在そんなことはない。


「阿野村和香が処女喪失した原因はつまり高宮優真というスキル性技を持つ者の存在からだとしたら」


 全てに説明がつく、スキル性技で彼女は香織や円のように彼に操られてしまったのだとしたら、それなら全てに説明がつく。


「なんて事実で、なんて胸糞の悪い真実だ」


 俺はこのゲームの敵キャラにアルセウスによって再生された記憶のない多少の人格を残した艦長だったってことだ。


「そしてアルセウスがどうして優真に俺を付与したのか、そんなこと考える必要もない」


 そうすれば俺の人格によって優真は阿野村和香を襲えない、ストーリー後半の主人公パーティーの裏切り者も現れず、終盤に戦うボス的ポジションの優真が今以上に強くなることもない。


「俺でもそうするよアルセウス、でもここまでは予想していなかった――だろ?」


 俺が香織や円や花音を助けるなんて考えていなかっただろ。そしてこんな気持ちにさせられるなんて考えてもいなかっただろう。


「くそっ」


 円の部屋で円にも血を垂らして飲ませる。ナノマシンは傷が無くても操作次第で皮膚の外へと出るし、何なら唾液でもいいがそれは相手の気分の問題で嫌だろうからそうしない。


「何をする気――」


 円が俺の手を押さえる、けれどそんなことで俺が止まることはない。


「キミたちはあまりにも不幸だ」


 血が口に入ると香織よりも早く意識を失う円。彼女の苦痛も苦悩も開放されるはずだ、誰もが元に戻れるならそれを選択するはずだ。


「あとは花音か」


 一階へ降りて行くと俺は視界上に表示させたスキルの調教の項目の花音の数値が381%であることを確認してホッとする。


 400になるとこのスキルが解除できなくなる、なんてルールがあったりすれば目も当てられない。


「母さん、ちょっといいかな」


「はい、ご主人様――」


 そうして花音にも血を飲ませると俺はようやく胸を撫でおろす。


 こうして見ると花音は鍛えられた体をしている、元冒険者だという話は本当のようだ。ダガー使いが包丁を持って習得済みのスキルを発動させたなら、ちょうど優真の頬の傷ができそうだと授業の時にファングを見て感じていた。


「できれば初めからやり直したいところだ」


 そう吐き捨てた俺は花音を寝室へ移動させるため抱えた。

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