第1話 高宮優真


 キュィイイ。


 不意に世界がゆっくりになる感覚、これがナノマシンによる思考加速であることは理解できたが、どうして勝手に発動したのかが俺には理解できなかった。


 視界内に広がる情報から目の前の女子中学生の三人に危険が迫っている様子で俺はその周囲の脅威度を確認する。


 左奥・男・脅威度低、右奥女・スーツ・カバン・OLと推測・脅威度低。


 脅威度が高い相手がいない、そう思っていると視界の右側が赤い点滅をし始めて視線を向けるとようやく脅威度の高い存在を確認する。


 学校校門前の道路・乗用車・運転席の男・風薬による意識力低下・脅威度高。


 俺は何の予備動作も無しに走り始めると視界で距離と時間と速度とで勝手に計算が始まり、このままでは車と三人との間にすら間に合わないことが分かる。


「リミットオフ」


 ナノマシンによる身体能力の限界突破、それによって俺は一秒とコンマ121で目の前の三人の前に立てる。それが分かると次に計算されるのは車の速度とそれを止めるための行動選択だ。


 UIには数パターンの行動が選択に現れると、その中から俺が選択したのは車の運転手を含める全員が助かる方法だった。それは車が時速53キロメートルで俺の前に到達した時、振り上げた右足で数トン規模の直下への重量を生み出し車体のボンネットを潰して車を止める。


 この方法なら運転手は軽傷で済むし周囲が巻き込まれることはない。ただ、この方法は唯一俺が普通ではないことを周囲に認知されてしまう。


 今まで通りの認識のままではいられない、だがそれがどうした、あの三人を助けることが俺ではなくこの体が望んでいることだ。


「優しいヒーローか」


 そうして俺は女子中学生三人を暴走車から助けることになった。このままだと俺が誰でどういう状況なのか、ナノマシンが何なのかが分からないままだろう。


 今からそれを説明するにあたって時間を少し戻して説明する必要がある。


 全てはあの休日を起点としている。


 ――――――


 ダダダダっガチャ、ギィギィイイ、キィキィキィ。


 騒がしい、こっちはついさっきまでスライムと戦ってたんだ、どうかもう少し静かに動いてくれないか。


「もう……まだ起きないのかな?お・に・い・ちゃん」


 体の上に何かが乗っている、これが何かは分からないが鼻に香る匂いは悪くはない。


「起きないと~チッスしちゃうぞ」


 チッスの意味は分からないが、この唇をなぞられるのは少し違和感があるな、なんだろう不快ではなくむしろ高揚感か。


「ん~いつもより起きないな~昨日あれだけ疲れることしたからかな?それとも学校で何かあった?ねぇお兄ちゃん」


「……アルセウス、この目覚ましはなんだ?妙に性欲に響く起こし方をする……俺はこういうのは嫌いなんだが」


 そう言いつつ目を開けるとそこには見慣れない少女が適度な露出度の服を着て俺の体にまたがっていた。


「きみは……誰だ?」


「何言ってるの?新しい遊びかなお兄ちゃん」


 いや、いやいや、俺はどうしてしまったのか、ここはどこだ?見慣れない部屋だしそもそもどうやってここへ?宇宙に投げ出されて黒い塊の中へ入る瞬間までは覚えてはいるんだが。


「す、すまないが記憶が混乱しているようだ、ここはどこできみが誰なのか教えてくれないか?」


「……え?記憶が混乱って、記憶喪失?嘘だよね?冗談なんでしょ?」


 困惑の様子でこちらを見つめる少女に言えることは一つだけ。


「冗談ではなく事実を伝えているんだ、俺は第7艦隊の艦長の――」


 ズキっと頭に痛みが走ると俺は自身の名前が思い出せないことに気が付く。


「俺は艦長の……名前は――誰だっただろうか」


「お兄ちゃん、変だよ!急にどうしたの!?いつもみたいに笑ってみせてよ!」


「すまない、俺はきみの兄ではなく、第7艦隊の艦長なんだ名前は忘れたがこれが事実だ」


「……意味分かんないよ!」


 そう言った少女は部屋を飛び出るように出て行く。


 俺は一体どうしてしまったんだ?記憶が閲覧できない?どうして?こんなことは今までに経験がない。


「お兄ちゃん!これ見て!」


 もう一度部屋へ戻ってきた少女は女の子らしい手鏡を俺に向けた。鏡に映る自身の姿は全くの別物で、俺はついつい少女の手ごとその鏡を握りしめた。


「これが俺の顔?誰だこれずいぶん若いな――」


「……顔の左頬の傷を見て何も思わない?その傷の事も忘れちゃったの?お兄ちゃん――」


 たしかにその顔にかぎ爪のようなもので縦に傷付けられたあとがあるが、俺がその傷の記憶がないのは今更考えるまでもない。


「傷のことは悪いけど覚えていない、そもそも俺はきみの兄じゃ――」


「嘘つき!お兄ちゃんは嘘つきだ!そうやって忘れた振りしないでよ!その傷は私を庇ってできた傷だよ?私とお兄ちゃんにとって特別な――」


「すまない、だが覚えてはいないんだ」


 俺がそう言うと少女は顔を胸に擦り付けるように抱きついてきて、俺は抵抗することなくそれを受け止めるしかなかった。


 数十分が過ぎ泣き止んだ少女と俺は互いの空白を埋めるために質問と回答をする機会を求めあった。


「俺はきみがいう兄の体に目覚めると入っていた、自分の名前以外はある程度覚えているが、ここがどこかは分からないしきみの名前も知らない」


「……私はまどか高宮たかみやまどかであなたは高宮たかみや優真ゆうま、私とは一つ違いで16歳、父は外国に出張中で母は専業主婦、母の名前は高宮たかみや花音かのん37歳で元モデルだから今もスタイルが……ってこんなのはいいか」


「円、俺は便宜上きみの兄優真として振る舞うことになりそうだ、だがきみの兄がどんな人間だったのかを聞きたい」


 彼女から語られた兄高宮優真はとても正義感の強い男で、妹の危機に必ず助けになって今は冒険者育成学園に通っているようだ。


「ぼ、冒険者育成学園?それは探検家とかそういうやつか?」


「冒険者はゲートへ入ってモンスターを倒して素材やお宝を売ってお金を稼ぐ人のことだよ、私も来年から通うんだけど父さんは今外国のゲートの設営に行ってて次会えるのがいつになるかも分からないんだ」


「そうか……ここはかなり特殊な場所のようだ、そのゲートと円と優真の父と母についても聞いておきたい」


 円に話を聞く間、ずっと気になっていたことが一つあった。円と兄の距離感が妙に近いということがずっと気になっている。


 胸が当たるのもそうだが、時々首にキスしたりゆっくり腰を前後させる。抱きついたままであることが要因ならまだ分からないでもないが、それにしても一般的な兄妹きょうだい像からは随分かけ離れているように感じた。


「だから母さんと父さんはもう三年も会ってないんだよね、そのせいでお兄ちゃんに母さんがべったりなの、だからってあまり何でも受け入れたらだめだから、たぶん本当のお兄ちゃんだって母さんとは適切な距離にいたと思うよ」


「……母と適切な距離って、ここは法的に近親での性行為が認められているのか?」


「……法律的にって駄目に決まってるじゃん」


 含みがある様子の円に俺はとりあえず今日は休みたいことを伝えると、物足りなさそうにしぶしぶ部屋を出て行った。そして隣の部屋が彼女の部屋であることはその時の物音から確信した。


 色々とあり過ぎて整理が追いつかない。


 体をベットに倒して天上を見つめながら話を整理していると、不意に視界の右上に見覚えのあるアイコンが点滅する。


「これは、アルセウスからの通信!」


 艦長の時に何万回と日常的に見てきたアイコンはAIたちからの通信やクルーたちからの通信のアイコンで、その表示される名前がアルセウスであることから俺は少しだけ興奮していた。


「こちら艦長、アルセウス聞こえるか?アルセウス……アルセウス――」


『あ、あの、その、艦長』


「聞こえているぞ!アルセウス!」


『聞こえますか?艦長さんですか?私は……阿野村あのむら和香のどか、私はあなたが誰なのか知りたい……そして私が誰なのかを――』


「どうしたアルセウス!聞こえてないのか?!」


 どうやら俺の声は届いてないらしく、彼女の聞きなれた声が一方的にこちらへと繋がっているようだった。


『聞こえてないよね、また連絡します……』


 スッとアイコンが消えると、ついさっきの出来事が夢だったように感じてしまうほどの消失感を覚えた。だが同時にアルセウスがいる事実に少しだけ安心もしていたのは間違いない。


 口元に笑みを浮かべていたのは無意識で、次の瞬間にはまた別の問題が発生してしまう。


 リンドン、チャイムのような音が鳴ると一階から母らしき声が聞こえてもう一人の声がする。数秒後には階段を上る音が聞こえてくる。


 俺は自分への訪問者であった場合と母がそれを知らせに来た場合に備えて体を起こして身構えた。


 足音はそのまま円の部屋を通り過ぎて俺の部屋の前で止まると躊躇ちゅうちょなく扉を開けた。


「もう優真!いつまで寝てんの!デートの時間過ぎてるよ!」


「……香織」


 彼女は佐塚ささつか香織かおり、優真の幼馴染で恋人だと円は言っていた。ただその時の言葉に円は嫌悪感を抱いていたように見えた。


 香織はすぐに俺の部屋へ入ると一番奥にある窓のそばの机に向かい小さい棒を手に持つ。ペンや文字を書く道具だと推測したそれは彼女が操作すると空間に操作画面が表示されるため通話や通信機器の類だと推測できる。


「やっぱり、またデバイスの電源オフってるし、もう~オフるなって言ってるのに~優真すぐオフるし、香織だって心配するんだからね、もしかして私の事嫌いなの?」


「す……ごめん香織」


 優真と香織の距離感は円から聞いただけで今はまだ手探り状態だ。俺は変なこと言っていないか、優真なら何と答えるかなど考えながら話してはいるが、こんな時こそ高性能なAIのサポートがほしいところだった。


 泣いてる様子の後ろ姿だった香織は涙を拭く素振りのあと笑顔で振り向いた。


「でも久しぶりに優真の部屋に入った気がする、最後に入ったのって付き合う前だよね?付き合い始めてからは円ちゃんが怒るって理由で入らせてもらえなかったし」


「円は香織のことを嫌ってるからな」


 円の言葉を信じるなら円と香織はあまり仲良くないし、それを公然と表していたらしく優真もそれを隠さなかったと言う。


「そうそう、大好きなお兄ちゃんを取った泥棒猫だもんね~、そんなところも可愛いよね円ちゃん」


 ドン!と壁が叩かれると俺はそれの意図がすぐに分かって、香織もそれを察してかニコリと笑みを浮かべて言う。


「ふふ、円ちゃんいるんだ~今日は部活休みか~、だったら今日はここでしちゃおうよ優真」


「……するって、その、ここでか?」


「もう、そんなに円ちゃんのことが気になるの?仲のいい兄妹って関係じゃないよそれ~」


 話しながらベットの方へと移動した香織がそのまま掛布団を寄せて座るとおもむろに上着を脱いでシャツも脱ぐ、そして現れるFカップのバストが妖艶なブラに包まれて現れると思わず俺も見とれてしまう。


 きっと優真もこの胸と顔が好きで彼女を恋人にしたのだろう、そう思ってしまうほどの破壊力パワーを持ち合わせていた。


「どうしたの?外してくれないの?いつもはすぐ外してくれるのに~、もしかして円ちゃんに遠慮してる?」


「いや、そんなことないよ」


 優真ならここは退かない、円の兄像は性に貪欲だった。


 ブラを外したあとはどうするのか。


「いつもみたいに吸い付いて噛んで舐めてね」


「あ、ああ」


 日頃からそうしているのだろう香織の言葉通りにすると彼女は声を抑えることなくあえいだ。


「あっ、ふ、ん!」


 すると隣の部屋からそれまでと比べものにならないほどの壁を叩く音、いや蹴っている音が連続して鳴り始める。


「あはっ円ちゃんプンしてる」


「……うるさいってことかも」


「違うよ、私のお兄ちゃんに何してんのってことだよ~」


 そう耳元で囁く香織はスカートの中から下着を取り出すとゆっくり俺のズボンと下着を脱がしだす。おそらくいつものことだろうと俺はそれをされるがままに任せた。


「よいしょ、もう準備できてるから」


「あ、いや、うん」


 準備ができていると言われたら彼女が濡れているのだと察することができる。そしてこちらも既に彼女に触れられた時点で直立していた。


 ゆっくりと腰を下ろす香織は慣れた様子で挿入を済ませて一気に奥まで届くと声をもう一度洩らす。


「あん――う、動いていいよ」


「……」


 本来なら脳が抑制するはずの性欲が異常に高まっている気がする。そう思った次の瞬間だった、視界内に大きく表示された文字を俺はそのまま口にする。


「スキル……性技せいぎ?」


「待って、スキル使う気なの?声抑えらんないよ!」


 口にした瞬間からの俺は例えるならロデオの牛状態だ。家の外まで響く香織の声と部屋の中に響く生々しい音と円の壁を蹴る音で明らかな騒がしさになった。


 無我夢中すぎて壁の音も香織の声も聞こえなくなったことに気が付いた時にようやく俺は数時間過ぎていることに気が付いた。


 スキル性技の意味は今は分からないが、香織の様子を見ると完全に気を失っていた。ベットも掛布団もシーツもマットレスも服も何もかもびしょびしょで、彼女の服はいつの間にか濡れないところへと固めてあった。


 俺はこのままではと彼女をソファーへと移動させて寝かせて疲労がなかったために後片付けを始めた。


 マットレスに見覚えの無い文字が書かれているが視界のUIが翻訳と表示されると文字も読めるように変換された。


 ナノマシンによるデータ領域には接続できないけどその機能は使えるようだ。おそらくはこの体の脳にある知識を用いた文字解析の結果だろうけど、アクセスできないだけで本来の高宮優真の知識は残っているようだ。


 マットレスの文字は乾燥除菌と書かれていて、そのボタンを押すと内側から温風がマットレスを乾燥させているようだった。速乾とはいかないだろうがこれである程度の手間は省ける。


 あとは乾いているタオルで濡れた部分を拭き、香織の体も別のタオルで拭いて綺麗にすると俺は机の前に置かれたゲーミングチェアのような椅子に腰を掛ける。


 机に置いてあるデバイスを手に取ってそれに視線を合わせるとUIにそのデバイスの詳細が次々と表示される。ネットワークに繋がっていることや電波による通信通話が可能で、この家の鍵や車があればそれのドアを開けるカギにもなる。


 かなり重要度が高いデバイスなのだろうが、どうして優真はこれの電源を切っていたのだろうと少し考える。その答えはデバイスの通信の履歴や検索の履歴を見れば分かるすぐに理解できた。


 彼はどうやらこのスキル【性技】によって悩んでいるようで、検索履歴に表示される性技の強化や派生に関する情報は性行為に特化したものだった。


 スキルとは先天性に備わっているものではなく、ある時後天性に発生する特殊技能のことらしい。そして正義感溢れる兄だった男が得たスキルが性技だったとしたら落ち込むのも無理はないし幼馴染とこういう関係なのも頷ける。


 ―――――


 約三十分、香織が目覚めて最初に言ったのは。


「スキルは反則だから、もう体も疲れちゃったし今日は帰るね」


 服を着る前にそう言った彼女はそれでも怒っている様子ではなく、ブラを付けるのを手伝ってと言ったりシャツを着せてと言ったりと本当の恋人のように俺は彼女に答えた。


 最後に手鏡を要求されそばには円の物があったが、さすがに妹の物を嫌っている相手に貸すことはできないため、デバイスの鏡機能を使うことにしたが香織はその機能の鏡の性能が悪いと言い少し不満そうだった。


「じゃ、バイバイまた明日学校でね」

「ああ、また明日」


 頬にキスした香織はそのまま部屋を後にして階段を軽快に降りて行くと玄関で母に一言声をかけてこの家を出たようだった。


 あれだけ喘いでいたのに母に挨拶するところを見ると母と香織はかなり仲のいい間がらかもしれない。もしくは母はあまり子どものことに口を挟まないタイプなのかも。


 まるで現実感が無かったのに完全にここが現状がリアルであると感じてしまった。


「入る」


「円」


 ノックも無しで入ってきた円は部屋を一瞥して鼻をスンスンと言わせると小さく何かを呟いた。


「あの女の臭いがする」


「ん?」


 本当は聴力も完全に強化されていた俺にはちゃんと聞こえていた。


「何でもないよ~でも、めちゃめちゃムカつく、私のお兄ちゃんなのに――」


「円――」


 椅子に座る俺に円は対面で腰を下ろすとロンティーをサッと脱いでしまう。


「円、その格好は……」


「びっくりした?ロンティー1枚にしてからきたんだ~へへ」


 裸の円に俺はついさっきまでの興奮の余韻がぶり返す感覚に襲われて勃起してしまう。


「まさかお兄ちゃんが記憶もないのにスキルを使うと思わなかったな~、あの人より私の方が先にそのスキルに襲われたのに」


「襲われたって、優真と円は兄と妹だろ?」


「そうだよ、正真正銘の兄と妹だけどお兄ちゃんの童貞は私の処女と交換したんだからね」


 驚愕の事実というわけでもない、艦長時代に俺は自身の種から産まれた子どもとさらに子どもを産ませてさらにその子どもに子どもを産ませてさらに――というところまでしてもDNAに異常が出ることが無いため法でも倫理的にも何もおかしいことではなかったからだ。


 むしろ恋愛感情が無く家族愛のみの関係が艦長とクルーにあったための行為でもあるわけだが、ここはそういう場ではないのに優真は妹を抱いたのだろう、おそらくはそのスキルによる衝動からだ。


「だからお兄ちゃんは今あの人を抱いたその快楽を私の体で上書きしないとダメなの」


「だが、俺はきみの本当の兄では」


「いや!本当のお兄ちゃんじゃなくてもこの体はお兄ちゃんのもので私のものなの!だから抱かないなんて許さないから!」


 そう言うと円は強引に俺のズボンの中に手を入れてまさぐり始めた。


「抱かないなら母さんに言ってここで誰にも会えないようにするから、母さんは私の言うことに絶対賛成してくれるんだからね」


 正直既に俺の体は彼女の小さい体と年相応な膨らみに反応している。


 状況だけ考えれば俺は目的があって今はアルセウスと合流することが優先で、こんなところで部屋に閉じ込められる状況になることになってはならない。


「分かったよ、円の言う通りにする」


「……じゃ、性技使ってよお兄ちゃん」


 性技をまた?今は昼少し前で今始めると次はいつ止まるかも分からない。


 グッと体を密着させて耳元で円は囁く。


「逃げちゃダメだよ、お兄ちゃん」


「……スキル、性技――」


 上下する円の顔が次第に変化して厭らしさを増していく。見つめていた視点はだんだん閉じたり黒目の部分が上へと向かうと白目になったり、次第に口がだらしなく空いて舌もさらけ出す。


 まるで自動で動く体に視界に映る円はどんどん淫らになって、次第に太陽が沈んで部屋が暗くなる。


「……水」


 そう言う円に俺はベットとソファーの間の低い小さな机の上に置いてある水のペットボトルを手に取ると腰を動かしながら片手で開けて口にそれを含み円の口にキスして口移しする。


 水の補給をしつつ円の口の中で舌がまるで生き物のようにうねって舌先が上あごを高速で触れる。


 とても失礼なことだと思いつつも香織と比べてしまうと体の軽さと受動的ではない円との方が相性がいいのかもしれないと考えてしまう。だがよくよく考えればこの責任は本物の優真のもので俺としては知ったことではない。そう、もうどうとでもだ。


「お、お兄ちゃん――」


 気が付くと俺はソファーで円の上に覆いかぶさっていて抜いたばかりのものからは吐き出された欲望が彼女の体を汚していた。


 荒く息をする円はまだ意識があるようで俺がソファーからベットへ移動するとゆっくりと座って小さな机の上の開いてない炭酸ジュースに手を伸ばす。


 俺が疲れていないのはもしかするとナノマシンの機能が作用しているからだろうか。


「本当にお兄ちゃんじゃないんだ」


「だから言ってるだろ俺は優真じゃないって」


「そうだね、お兄ちゃんだったら頸動脈けいどうみゃくを絞めるし髪も引っ張るしもっと強引だもん」


 それはさすがの俺もひく。


「でも今日は優しかったし……気持ちよかった、本当は痛いのやだし、優しくされたかったから、その、ちょとだけ嬉しい」


 恥ずかしそうにそう言うと円は耐えられなくなったのか部屋を足早に全裸で立ち去った。と思ったらもう一度扉を開けて顔だけ覗かせた円。


「記憶戻るまでも戻ってからも協力するから、頼ってよねお・に・い・ちゃん」


 円がそう言って別れたあと、俺は一人で部屋の片づけをしていたら円のロンティーが置いてありゆっくりそれに顔を埋めようとしてハッとするとソファーにそっと置いた。


 片づけを終えた部屋でもう一度ゲーミングチェアであろう椅子に座ると、精神への疲労感がどっと押し寄せてくる。


 UIの右上の機能は相変わらず使えない様子で通信してきたアルセウスへの返信もできないままだ。


 しかし、UIを展開していくと使える機能を発見する。一つをすぐに選択すると視界にステータス画面が表示される。


 この機能は本来バイタルが表示される画面だが、記載されている名前の欄には【高宮優真】という文字が書かれていて役職はしっかりと艦長になっていた。


 状態における欄に【強化身体】と書かれていて、それをさらに展開するとDNAの変質による強化身体とはつまりナノマシンによる強化体であり、身体構造がナノマシンによっていちじるしく強化されていると記載されていた。


「やはりナノマシンがこの体にあるってことか、だからアルセウスとの連絡もできる、だが今は制限がかかっているがそれは異常ではないということか」


 異常であればこのステータス画面にも記載されているはずだ。それが無いということはつまり現状が平常だということだからでしかない。


 さすがに第7艦隊が傍にいるなんてことはないだろうが、コアのAIのアルセウスがいることは間違いない。


「あとはこの機能は見たことが無いやつだけど、スキル性技による派生パッシブ……調教欄?」


 その項目を選択した途端に展開された文字列には名前と何かのメーターとパーセンテージが書かれていた。


 【高宮 円】300%カンスト。

 【高宮花音】359%カンストオーバー。

 【佐塚香織】138%調教中。

 【前野 巴】 87%恋愛中。

 【神橋琴乃】  0%知り合い。

 ======


 その下にも見えるだけで数百人単位の名前が記載されていたがパーセンテージの部分はほとんどが0%を示していた。


「もしかしなくてもこれは高宮優真が性行為をした対象との関係値か?」


 少しだけ理解できたが、カンストとカンストオーバーに加えて調教中と恋愛中、それらをこの知り合いから導き出す結論は単純なものだった。


 知り合いは性行為をしていない相手で、恋愛中は性行為数回程度とすると調教中は百ではないがそれに近しいほどしていて、それ以上はつまりそれだけしているということだろう。


「にしても円の下の名前……どう考えてもこれは優真の母の名前だよな……」


 円としているのだから今更驚きはしないが、優真も大変な好色家こうしょくかだったのだなと思うしかなかった。


「あとで円に母と優真のことをもう一度再確認するべきか、それとも円が知らないところで行われているとすれば秘密にするべきか?」


 それに前野まえのともえはだれなのだろうか、など悩んでみたものの俺はバカバカしくなってきたため考えるのを止めた。


「優真のことを庇いきれる自信がない、とりあえず今は無難に受け流そう、そうしよう」


 しばらく一人で考えていると円が部屋をノックする。


「……お兄ちゃん?」


「なんだ?」


「起きてるなら返事してよ」

「いや、勝手に入ればいいだろ?」


「もう、本当のお兄ちゃんなら、いいよって言ってくれるもん」

「分かった」


 部屋の中へ入ってきた円は部屋を一瞥してロンティーを見つけるとそれを取って出て行こうとする。


「円、少し聞きたいことがあるだけどいいかい?」


 それを聞いた円は指を振るとガッカリした様子で言う。


「違う違う、そういう時は、円これこれってどういうこと?教えて、だよ」


「……円、優真と母さんってやってるのか?あと前野巴って人に心当たりはないかな」


「母さんとお兄ちゃんはしてるけど、お兄ちゃんは悪くなくて悪いのは母さんなの、お母さんああ見えてドMだからお兄ちゃんを誘ってエッチなことしたんだよ、信じられる?」


 きみらも中々だけどその母も中々だな。


「あと前野巴はお父さんの妹で、大学生の時泊りに来てたんだけどお兄ちゃんがお母さんとしてる時に酔っぱらって数回参加したことがある人だよ」


「つまり前野巴は叔母ってことか、なるほど」


 それで母さんは優真とやっていたと、何でもありな状況だな。


「どうしてもっとまともな体に入らなかったかな」


 そう呟いた俺の胸倉を掴んで円は睨んだ。


「お兄ちゃんを悪く言うのは止めて、優しくてすっごく頼りになる人なんだから」


「……すまなかった、謝るよ」


 正直理不尽だ、ブラコンの妹を持つ兄の体にたまたま俺の意識が入ってるだけなのにどうしてこうなるのだろうか。


 ――――――


 一階には両親の寝室と浴室とトイレ、リビングダイニングキッチンの空間で一部屋になっている。玄関から左側にトイレと浴室と寝室があり右側にキッチン等がある。


 そんな部屋で俺は黙々とご飯を食べているが母も円も口を開くことはない。母の手料理は中々の美味しさだが空気は最悪だった。


 母は俺と円の様子をちらちらと見ているだけで声をかけることもなく。円は円で母とは目を合わすこともなくいただきますもなくテーブルの上のご飯を食べ始めた。


 俺は円の言う通りに挨拶もなしで母と目を合わさないようにご飯を食べ、本物の優真が嫌いなトマトを残して食事を終えることに集中した。ちなみに優真はトマトとメロンが嫌いらしいがメロンソーダやメロンパンは平気だそうだ。


「じゃ、私先にお風呂入るからお兄ちゃんも一緒する?」


「後で一人で入るよ」


 これも話し合いでいつもと同じように答えたつもりだ。だが母である彼女には一瞬で見抜かれるかもしれない。


 母と2人きり、あまりの気まずさに食器を片付ける彼女に声もかけないまま二階へと帰ろうとすると、母が急に俺の手を握って耳元で声をかけてくる。


「ご主人様」

「!」


 ご主人様?!こ、これにはどう返すのが正解なんだ?俺の数百年の艦長人生でご主人様など言われたこともないし、今は知識の泉にアクセスできないからこれはもう感に頼るしかない。


「どうした?」


 これは正解なのか?


「あの、今日の夜はどうしますか?」

「……」


 どうする?何を?俺は何をすることになるんだ?


「今日もお預けなんですね……もうすぐ一週間ですがまだ一週間ですもんね、ご命令通りあと二週間がんばって我慢しますからねご主人様」


 やけに若々しい母だと思ったが、どうやら優真をオスとして完全に認識しているようだ。発情した動物のメスのように誘う彼女の体は元モデルと言うより現役のセクシー女優のそれだ。


「あと二週間後ですね、ご主人様」


「二週間だな」


 何が?ではあるが今はただただ息子が中身が変わってもそもそもオスとしてしか見てないなら気が付くわけがない。


 円が入った後のお風呂に入り、母の気配を感じて立ち上がろうとすると円の怒鳴る声と母の謝る声が聞こえてきて二人の気配が消えると俺はようやく落ち着いて湯舟に浸かった。


 その後は何事もなく優真の部屋着らしいものを着てそのまま部屋へ移動してベットへ倒れると一日の事を思い返して溜息を吐いた。


「なんて一日だ――」


 そう呟いた俺はそのまま意識を失うように眠りについた。

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