井波浜区心霊屋敷事件―中編

「へっへっへ。やっぱり心霊スポットで待ち伏せは効率がいいなぁ~」


 うーわ、めんどくさいのが出たよ。全身黒ずくめ、中肉中背ちゅうにくちゅうぜいだが明らかにこちらよりは体格のいいおっさん。推定年齢四十歳が下卑げびた笑みを浮かべながらこちらを向いている姿はとてつもなく不快だ。


 霊視ができる私は夜目よめが効く。そのせいで、後退したぎわとか、夜中になって伸びてきた無精ぶしょうひげが目に入ってしまう。


 ああ、どうせ襲われるならステイサムくらいのイケオジに襲われたいなぁ。いや、それでもレ〇プは嫌だけどさ。尊厳そんげんが破壊される。


 あ、こんな状況で割と余裕なのは、昔除霊の時にもっとひどいはずかしめを受けたことがあるからだよーん。あの時は本気で死にたくなった。


 私はじりじりと後ずさりしながら、後ろ手で護身ごしん用スタンガンをボストンバッグから取り出した。


 一メートル先にはおっさん。その後ろに目的の心霊屋敷。私の周囲にはうっそうとした雑木林ぞうきばやし。車を止めてある空き地まで、歩いて五分、走れば二、三分といったところかな。でも、多分走っているうちに捕まるんじゃないかな。


 いや、おっさんが初手で足をつる確率にかけてひた走るか? あ、ランニングシューズいてる。うーん、が悪そうだなぁ、嫌いじゃない賭けだ。


「お、大声を出して警察を呼びますよ」


 私はとりあえず決まり文句を口にする。自分でもおどろくほど声がふるえていた。


 やっぱり、思考と心は別なんだね、私に関しては。では、頭でも自覚しよう。今、私は性的暴行を加えられそうになって心の底からおびえている!


 多分おっさんには最初からそう見えていたのだろう。彼は鼻息を荒くして、着ているフード付きパーカーのファスナーを少しおろした。


「中々にかわいい声をしているなぁ……突き上げた時にいい声で鳴きそうだ」


 キモい。


「いくらさけんだって警察は来ないぜ。ここは住宅街から百メートル以上離れた場所だからな。それに、心霊屋敷があるおかげで、何かあっても肝試きもだめしに来た馬鹿ばかだとしか認識にんしきされない」


 性欲をあまし過ぎた異常者たちにとっては、絶好ぜっこうのスポットってことかぁ。


「思ったより胸はなさそうだな。まあいい、穴があれば十分だ……ぐへへへ」


 おっさんがこちらににじり寄ってくる。仕方しかたなしに私はスタンガンを両手でかまえた。おっさんの表情が先程さきほどまでと異なり、真剣なものに変わる。


 と思ったら、彼は自分の腰に回していた右手をひゅんと振り回した。


「痛っ!」


 私の左手に痛烈つうれつな痛みが走る。あ、スタンガン落としちゃった。ううう、めっちゃ手のこうが痛い。見てみるとたてにぱっくりとけて、血が出ている。


「へへへ、護身ごしん用に色々持ってきているのさ。ちぇっ、傷物きずものにはしたくなかったんだけどなぁ」


 私がスタンガンを拾おうと踏み出す前に、おっさんの強烈なシュートが雑木林に炸裂した。


 まずい。このままだと私は知らないおっさんに身も心も破壊された上に、おっさんの子供産まされちゃう。身の破滅はめつだ。怨霊おんりょうの子供はらまされそうになった時以来の身の危機ききだ。


 そんなことを考えているあいだに、私の背中せなかにぶ衝撃しょうげき。ああ、前門ぜんもんのおっさん後門こうもん大木たいぼく……いや、ことわざとしては使い方が違うな。これはただの現状描写です。


観念かんねんしな。たっぷりと、可愛かわいがってやるからよ」


 おっさんの手が私の体に伸びてくる。一応抵抗ていこうしてみたが、なんかきたえているみたいで普通に勝てない。このおっさん女レイ〇するのに人生けすぎじゃないか? その努力で彼女作らない?


 あ、息がくさい。目がおかすことしか考えてない。私は地面に押し倒され、一枚服をがれた。


 シミを数えていたら終わるかな、でも天井がないな。そんなことを考えて現実逃避げんじつとうひしようとした瞬間。


強姦ごうかんは犯罪ですよ」


 すずを転がしたような声、というのはこういうのを言うのだろう。現代だと声優さんが演技している時の声が、マイクを通した時と同じ質感しつかんで聞こえてくるというか。


 おっさんが声のした方向を見る。私も首だけをそちらに向けてみた。


「その人から離れてください」


 うわっ、めっちゃ美人! え、え、男? 女? わからんくらい美形びけい


 かみ白くて長っ、質感ふんわり、まつ毛も白い、しかも長い、右目と左目で色違うのはカラコン? 身長は男にしては低めで女にしては割と高め。なんかこの世のものとは思えないくらいの美人が数歩先におる。


 無論むろんおっさんは私に興味きょうみ無くすよね。そりゃあそうだ。私だって、ベッドインするなら顔がいい方がいいもの。あのレベルの美人なら男でも問題ないでしょ、ほぼ女の子にしか見えないし。


 あわれ、おっさんは鼻息を荒くして美形の方に引き寄せられちゃう。電灯に集まる虫かな。実際そのようなものか。必死さは段違だんちがいだけど。


 辛抱しんぼうたまらんとばかりに飛び出したおっさん。美人の二歩手前で何かにぶつかるおっさん。くずれ落ちるおっさん。気絶したのかおっさん、動かないなおっさん。


 私が上半身を起こしてぼけっとしていると、その美人は私の方にやってきた。


 近くで見るとオーラがすごい。美の波動はどうで私が消えて無くなりそう。光源を前にしたかのように両手を身体の前に出した私に向かって、美人さんはしゃがみ込んで手を差し伸べてくれた。


「大丈夫でしたか?」


「ちょっと待って。まだ直視ちょくしできなくて……」


「はあ」


 首をかしげた。かわいい。じゃない、先に言うべき言葉があるはず。私はキャミソールがはだけていないかを確認した後、頭を下げる。


「た、助けてくれてありがとうございました」


「このあたりは強姦魔ごうかんまがよく出没すると聞いていたので、ねんのため見回っていただけです」


 おとりか何かのつもりだったんだろうか。確かにこの美少女(?)が闊歩かっぽしていたらおそいたくなるだろうけどさ。


 あ、すごいいいにおいする。にぎった手が赤ちゃんみたいにやわらかい。でも、不思議ふしぎと安心するくらいどっしりもしてる。体幹たいかんがすごいのかな、私を引き起こすときも微動びどうだにしなかった。


 実際に立って並んでみると、私が少し見上げるくらいの身長。髪は背中の中ほどくらいまでかな、ストレートだけどふんわりしてそう、さわりたいのをぐっとこらえる。


 思ったよりおさなく見えるなぁ。でも雰囲気ふんいきは大人のそれ。なんかよくわからない、この子。


「へー、正義感せいぎかん強いんだね。でもダメだよ、君みたいな子供が」


「……そうですね」


 何か言いたそうだったなぁ。


 あ、着ていた灰色のパーカーをいで差し出してくれたよ、やさしいね。同じパーカーが下から出てきているような気がしたけど、見なかったことにしよう。


 私はもそもそとパーカーを羽織はおる。さっきと同じいい匂いがする。幸せ。


「ところで、あなたはこんなところで何を?」


「ああ、私ね。幽霊をはらいに来たの」


 気持ちあっけらかんと言ってみた。


 予想通り、この子は固まっている。無理もないよねぇ、さっきまで〇イプされそうになっていた人が、両手をこしに当て、無い胸を張って変なことを言う。わかる、わかるよぉその気持ち。


 大丈夫。奇人きじん変人へんじん詐欺師さぎしばわりされるのはれっこ。あまりかかわり合いになってほしくないから、最近はさっさと正体しょうたいをばらして向こうの方から去ってもらうようにしている。私なりの処世術しょせいじゅつ


「えっ、お姉さん本物の除霊師じょれいしなんですか!?」


 ……なんかめっちゃ食いつかれたぞ?


「見えるんですか、幽霊。あっ、あの辺に浮かんでたりしませんか!」


 すごいキラキラした目で見られてる私。だけどそっちには幽霊の気配がしない。でも、念のためにと私は目を霊視モードに切り替える。


 ……何も見えない。てか白っ、真っ白。三百六十度白、白、白。五センチ先も見えないよこれじゃ!


 ここで私の脳裏のうり既視感デジャヴュ。これ、車運転してた時と同じじゃん!


「ど、どうですか? いますか、幽霊」


 こいつか。この美形少年少女か、全ての原因、滝塚市の光の柱は!


 これはおそらく霊力れいりょく。しかも日本屈指くっし大怨霊だいおんりょうとかと真正面ましょうめんからぶつかることのできる程度の大出力。


 幽霊案件に関わるようになってから五年しか経ってないけど、このレベルに出会ったの初めてだよ! そして二度とないと思うよ! 本当に人間か!?


 ここはなんとしてでも出力コントロールを学んでもらわねばなるまい。主に私の目の健康のために。


「ええとね、非常に言いづらいことなんだけど。信じてもらえない前提ぜんていなんだけど」


 私は先程声がした方向を向いてみる。やはり視界は白のままだ。


「なんでしょうか」


「きみにはたぐいまれなる霊力がそなわっているみたい」


 何かしらのリアクションがあったっぽいぞ。霊視切ってないから真っ白で何も見えないけど。


「まさか、僕にそんな力があったなんて……」


 マンガの主人公かい。


「でも、僕幽霊見えませんけど」


「うーん、霊視ができるのと霊力が強いのとは別問題なんだよね。ほら、ボディビルダーにプロボクサーのフックができるかと言われると微妙びみょうじゃない?」


IQアイキューが高い人でも、全く知識のない分野の高等問題を解くことは難しい、という感覚に近そうですね」


 私が言うのもなんだが、そのたとえ、わかりやすいのかな?


 それはそれとして。私の言う事をある程度信じてもらえているようで何より。霊視は一度切っておこう、面倒めんどうくさいから。


 では、次の段階だんかい。霊力コントロールについて。


 一般霊能者ザコどもは言葉で説明するのは難しい、とか言うんだよ。だが、私は違うッ! 思わず顔が劇画調げきがちょうに。あ、また首を傾げたね、かわいい。


 元来がんらい霊力なんてものは人間にそなわっている力でしかない。誰しも持ってる。そこのあなたも持ってる。


 だけど悲しいかな、やはり才能の差というものがあって。身長と似ているかな、最初っから大きい人と、最初っから小さい人、そういう差は現実としてあるんだ。


 だけど、霊力のいいところは体重みたいに増やすことができるってところ。


 もちろん、限度はあるよ。体重増やしたいからって二郎ラーメンばっかり食べてたら、心疾患しんしっかん脳血管のうけっかん疾患、高血糖による昏睡こんすいとかで死にかねないでしょ?


 でも、二郎ラードばっかり食べているのに健康診断では体重と腹囲以外は問題ない人もまれにだけど存在する。それも才能だよね、うつわの大きさともいう。


 なんか話が脱線だっせんしたね、コントロールの話だ。私からすると感覚をつかむのとても簡単なんだけど、お師匠ししょう様とか、同業者どうぎょうしゃはわからん、って言うのよね。


 というわけで、何とか理解してもらうために色々いろいろ試行錯誤しこうさくごしてみた結果、次の通りに説明するのが一番わかりやすいという結論けつろんたっしたんだ。


 それでは行きましょう。せーの。


ってやったことある? お腹を引き締めるお手軽トレーニングなんだけど」


「ありますよ」


 話が早い。助かる。


 ちなみに、プランクとはうつ伏せになり、肘を九十度曲げた状態で前腕ぜんわんを床につけ、足を伸ばした姿勢しせいをとって腰を浮かせた状態をキープするトレーニング。


「霊力のコントロールはあれと感覚が一緒。腹筋ふっきんを内側に引きしぼる感じで、霊力を自分に押し込めてみて」


 うん、これが一番わかりやすい。筋肉と霊力ってすごいてるんだよね、わたし的には。


 私の目の前にいる子は一瞬いっしゅん目を丸くしたけど、特に何か言うこともなく目を閉じた。おそらく教えたとおりに霊力を絞っているのだろう。とりあえず霊視してみよう。


 うわ、まだ真っ白。もう少し待つか。


 そしてきっかり三十秒後。まわりの景色けしきがだんだんと見えてきた。目的の家、周囲の雑木林、そして人間一人分くらいの太さをした、光の柱。


 ……いや、確かに私は絞れと言ったよ。だけど初めてでここまでうまく絞れると思ってなかったよ。


 もう少し上手じょうずだと自分の体の表面に、薄い膜の様に霊力をまとうことができるんだけど、この子は天に向かって霊力をほとばらせてる。サイヤ人か何かか?


 ともかく視界は確保できた。この子をめたたえなければなるまい。


「すごい、初めてなのにほぼ完璧かんぺきに霊力をコントロールできてるね」


「ありがとうございます」


 しゃべる光の柱。声は声優。


「これで周りが見えるようになった……近くに幽霊はいないみたいだね」


「そうですか……」


 光の柱が少しこっち向きにかしぐ。


 切り上げ時かな、と思った私は、パーカーを借りパクしていることに気づかず、くるりと後ろを向いた。肩越かたごしに光の柱が見える。


「じゃあ、私はこれで」


 夜道よみちには気を付けるんだよ、と言い残し、私は目的の家に向かった。


 どの口が言っているんだよ、というツッコミが頭の中にひびいた。


                                  ――続く

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