井波浜区心霊屋敷事件―前編

 白、純白、真っ白。私の視界にはそれしか映らない。


 右も左も白、しろ、まっしろ。こんな場所に放り込まれては前後、左右、上下、幽世かくりよ現世うつしよの感覚もわからなくなる。


 まずいまずい。このままでは事故ってしまう、私は慌てて


 すると私の視界には車が行き交う道路が飛び込んでくる。そしてセンターライン際に対向車。


「危なっ」


 急ハンドル。あやうくこするところだった。クラクションがうるさいなぁ。ごめんってば、と心の中でつぶやく。


 少し走って、ほっと胸をでおろしたところで、コンビニエンスストアの看板が目に入ってきた。


 ちょうどいい、休憩きゅうけいにしましょう。私は駐車場に車を停めてエンジンを切った。


 夏の夕暮れに似合わない蒸し暑さ。外気温三十一度、湿度七十四パーセント。


 ああ、世界がもう少し涼しかったころが懐かしい。まあ大丈夫か、すぐにヒヤッとすることになるだろうから。


 私はスマートフォンを取り出して地図アプリを開く。目的地は滝塚市たきつかし井波浜いなみはま区の小高い丘の上にある幽霊屋敷。ここからだと後十分くらいかな。


 準備は万全。私は軽乗用車のトランクを開けて、茶色のボストンバッグを開ける。


 中から出てくるのは独鈷杵とっこしょ月輪がちりんなどなど。


 まるでお坊さんか何かのようですって? もしくはネット掲示板の霊能力者とか。


 そう、何を隠そう私は除霊じょれいを生業とするお祓い師なのだ。ない胸を張る。


 今日は界隈かいわいで有名な、光の柱に包まれた街、滝塚市に来ちゃってます。

 

 滝塚市は心霊現象しんれいげんしょうがほぼない街として有名です。いいことですよね。心霊現象なんて百害ひゃくがいあって一利いちりもないので、無い方が絶対にいい。


 怪奇かいき現象はあるんですけど、界隈では霊の関与は考えられない、ということでほぼ意見が一致しています。


 替わりに妖怪が出るという噂がありますね。そっちは私の専門じゃないから別の人たちにお任せお任せ。


 一応コンビニで飲み物を補充。今はごくフツーの服を着ているから怪しまれることもなし。運転席のドアを開けて、まだ冷気の残る車内へGO。


 スクリューキャップを開けると二酸化炭素がはじける音がする。炭酸って言った方がさわやかかな? まあでも水素の音が聞こえるとか言ってたCMコマーシャルもあったし、大丈夫でしょ。


 過度な甘みをのどの奥に流し込むと、返す刀で胃の中からが噴き出す。


 ああ、二十一の乙女が出していい音じゃないよねぇ。いや、いくつになっても同じような音が出ると思うんだけど。


 私はドリンクホルダーにペットボトルを置き、エンジンをかけた。そのまま左右を確認し、ゆっくりと国道に出る。この時間帯は交通量が少なくて助かる。さっきみたいになるとかなわないから、霊視はなし。


 ドライブの最中、私は頭の中で目的をおさらいする。


 民家にとりついた悪霊退治。報酬は前金五百万円と出来高。最高で合計一千万円。うーん、明らかに怪しい依頼だぁ。テンション上がってきたなぁ。


 あ、でも確定申告時に結構持ってかれちゃうな。売上一千万円だけど経費がそこまでかかってないから、所得は割と多めになっちゃうんだよね。それでも贅沢ぜいたくしなければ一年は十分に暮らしていけるよ、やったね。


 事のあらましは一週間前。SNSのDMに依頼が送られてきたのがきっかけ。依頼主は滝塚市在住の、えーと、仮にAさんとしよう。守秘義務には違反してないよー、大丈夫だよー。


 Aさんいわく、数年前に井波浜区の丘の上に住宅を購入したのだが、ポルターガイストやらすすり泣きの声やら金縛りやらで住むことができなくなり、昨年家を手放したそう。


 現在は滝塚市を離れ、隣県にアパートを借りているそうな。ご家族もいらっしゃるみたいで、なんだかんだ苦労なされているらしい。


 ところがやっぱり住み慣れた地元が恋しいらしく、何とかして家を取り戻せないかとネットの海をさまよって見つけたのが私だった、ってわけ。


 悪徳業者にも騙されたみたい。そちらの方は詐欺さぎ罪で警察に届出とどけでを出しているようで、そろそろ捕まるらしいよ。


 というわけで、私は怪しい依頼文とは裏腹うらはらに、割と切羽せっぱまっている依頼主のため、真夏の夜中に車を走らせ、隣の県にある滝塚市にやってきた。


 一応依頼主さんとは事前に顔合わせをして、正式な契約書を交わしていますよ。前金が全て現金だったのはびっくりしたけど。富豪ふごうってすごいなぁ、どうやってお金稼いでいるんだろう。


 などと考えていたら、ナビゲーションを無視して目的地を通り過ぎようとしていた。いけないいけない。対向車がいないことを確認し、私は丘へ続く道に向かう。


 そして、私は目的地付近の空き地に車を止めたのだった。


                                  ――続く

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