雨祓市因習村事件 後編

 翌日。一通り取材を終えた高村と賀川は、祭りの会場に向かっていた。二人とも昨日までのトレッキングウェアではなく、伍堂玲香ごどうれいかにあつらえてもらった例大祭用の着物を羽織っている。


「いやあ、玲香ちゃんいい子ですね。因習村の村長の娘とは思えないくらいしっかりしてますし」


 賀川は先日とうってかわって上機嫌だ。高村は吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けて消す。


「まあな。他の連中も伍堂家の手前か、ずいぶんと協力的になってくれたもんだ」


「玲香ちゃんがいるだけで全然対応違いましたもんね。その辺は流石に村長の娘というか」


 真夏の夜のぬるい空気が二人の頬を撫でる。先日の出会い以来、年が近いこともあってか二人はすぐに打ち解けてしまった。


「まだ二十一歳で滝塚市たきつかしの大学に通っているみたいで。基本的には一人暮らししているのも影響しているんですかね。やっぱり外部の情報って重要なんですね」


「両親の教育もあるだろうよ。因習村の村長とは思えないくらい対応が誠実だぜありゃ」


「なんかこの村、伍堂家とそれ以外、ってくらい感じ違いますよね」


「まあ、その伍堂家には誰も逆らえないってのも因習村っぽいけどな」


 二人は貸しだされた下駄を鳴らしながら田舎道を歩く。遠くまで聞こえていた虫の音が、二人が近づくと一瞬小さくなり、遠ざかるとまた大きくなる。


「お祭りっていつ頃からでしたっけ」


「この村が始まって以来から続いている祭りだな。神社の例大祭のことを指してる」


 賀川の問いかけに、高村は持っていたライトで手帳を照らす。


「毎年この時期に三日かけて行われる。前祭ぜんさい本祭ほんさい後祭こうさいで三日間。今日は前祭に当たる日だ。食史山しょくしやま神社で古より伝わりし神を崇める儀式を見ることができる」


「ネットに載っていたアレですね。手順は覚えてきています。けど、本当にこのご時世にそういう事するんですかね」


「今回の取材はその裏取りもかねてる。ネットの通りでもいいし、違っても問題ないさ」


 手帳を閉じると、高村は賀川に歩調を合わせる。二人が昨日訪れた三叉路にたどり着くと、左側の道から軽やかな下駄の音が聞こえてきた。


「おふたりさん。言いつけ通り下駄はいてきたんねぇ。殊勝殊勝」

「その微妙に上から目線、どうにかなりませんか」

「まあまあ高村さん、この村に関していえば玲香ちゃんの方が先輩ですよ」

「うふふ。まあ勘弁してくださいな。村の外の人と話せて嬉しいんよ」


 まあ、それなら、と高村は呟く。伍堂玲香はくふふと笑うと身を翻してからんころんと歩き始める。二人はその後にえっちらおっちら続いた。


 急斜面に作られた急角度の階段を上り切った二人の前に、丹塗にぬりの鳥居が見えてきた。その亀腹かめはらに座り込んだ賀川は持ってきていたタオルでしきりに汗を拭っている。一方の高村は天を仰いで呼吸を繰り返していた。時折腰を軽く叩く。


 そして、玲香はそんな二人を数歩離れた位置から笑顔で見守っている。高村と賀川と同じ段数の階段を上ってきたというのに、一筋の汗しかかいていない。


「れ、玲香ちゃん、若いねー」


「え~? うちと愛亜里めありさん四つしかちがわないやん」


 玲香は二人を先導するかのように鳥居をくぐる。高村は腰をさすりながら、賀川は手で顔をあおぎながら、それぞれ鳥居をくぐった。


 その時、乾いた音が響いた。それが、玲香が石畳を蹴った音だと二人が気づいたのは数秒経ってからだった。


「ま、このへんでええでしょ。ささ、おふたりさんこっちに履き替えて履き替えて」


 そう言うと玲香はどこからともなく取り出した登山靴を差し出してくる。


「え?」


「あの、何で履き替える必要が」


「いいから」


 有無を言わさない迫力がそこにあった。


「履き替えましょ、おふたりさん」


 高村と賀川は先程までとうってかわって上機嫌な声に従い、大人しく登山靴に履き替えた。玲香は二人の下駄を両手で抱えるとからんころんと先を行く。


「なん、だったんだ?」


「さあ……でも、玲香ちゃんがそう言うなら、たぶん重要な事なんじゃないかと」


 賀川は首を傾げながら玲香の後に続く。高村は首筋を撫でると、周囲を気にしながら歩き始めた。


 三人が境内にやってくると、そこには因習村の村民たちが集まっていた。


 奥に古びた神社があり、高村たちの方に向かってせり出している舞台がある。その上には数名の男女が膝立ちになっていた。


 村民たちは登山靴でやってきた高村たちをジロジロと見ている。二人は居心地が悪そうに境内けいだいの隅に移動した。


 その時、村長が社の扉を開けて中から姿を現した。例大祭が始まったのだ。


 そこには、ネットに記されていたのとまったく同じ、奇怪な光景が広がっていた。


 村長は口先の尖った犬に似た面を被り、舞台上でぴょんぴょんと飛び跳ねるように踊る。


 その踊りに合わせて、村人たちは五体を倒置し、上半身を上下に動かして村長を崇め奉るのだ。


 そして、舞台にいる男女も村長のものと似た意匠いしょうの面を被り、泣くような独特の歌い方で、高村たちが昨日聞いたわらべ歌のフルコーラス版を歌っていた。


――おいのりさまはやどにとられてしんでもた

――ふたくちさまはやしろのたもとにさらしくび

――にいなめのまつりにめをくりぬかれ

――からだわかたれてもいかされる

――けえろけえろ いわとさけえろ

――いわとのおくにはゆめのくに ゆめのくに

――われらのかみさままっとるよ きばをといでまっとるよ


 わらべ歌に合わせ、どこからともなく祭囃子まつりばやしが聞こえてくる。聞くものを不快にさせるかのような変拍子へんぴょうし不協和音ふきょうわおんの雨あられ。賀川は時折身をよじらせ、眉をひそめている。一方の高村はというと、用意しておいたカメラを回すこともせず、ただ祭りに見入っていた。


 その最中、彼はふと正気を取り戻したかのように辺りを見回す。ひれ伏す村民、舞台で踊る村長、境内けいだいの端に見える白い髪、それらが彼の視界をかすめていった。


 そして彼は見た。境内けいだいの左手、食史山しょくしやま神社の裏手に続く獣道の奥に、青白いゴムのような皮膚をした、口の尖った犬のような顔をしている怪物の姿を。


 すんでのところで高村は自らの口をおさえた。そして怪しげな踊りに興じる村人たちの方を横目で見る。そして肩から掛けていたカメラに手を伸ばした。


 誰も、高村たちの方を見ない。もちろん、獣道の方も。彼はゆっくりと口から手を離すと、生唾なまつばを飲み込んだ。


「……賀川、見たか」


「え、何をですか?」


 高村は無言で獣道の奥を指さす。しかしながら、その先にはうっそうと茂る森が広がっているだけだ。彼は舌打ちをすると村人たちの方を一瞥し、獣道に向かって歩き出した。


「高村さん!」


「怪物がいる。写真を撮ってくる」


「ええ……?」


 自分を置き去りにして獣道に向かった高村を、賀川が追う。村人たちは祭りに集中しており、彼女らの動きには一切気が付かない様子だった。


 草を踏む音が小さく響く。高村は獣道を山の頂上の方に向かって一心不乱に進んでいた。登山用のライトで周囲を照らしてはいるが、昼間に比べると圧倒的に視界が悪い。


「どこだ、どこにいやがる」


 光の先には木や草しか映らない。それでも彼は左右に光を振って何かいないか探し続ける。この探索の果てに先程の怪物が見つかれば彼は満足するのか。それは他ならぬ彼自身ですらわかっていないようだった。


 そうすること十数分、ふと高村は周囲を見回した。そして自らの背後にライトを向ける。光に照らしだされたのは草木の生い茂る森。そう、何者の手も介在していないような森林だ。


「……道が、なくなってる?」


 高村の首筋をぬるい汗が伝った。彼はがさがさと草をかき分け、先程まで進んできたはずの道を探そうとする。しかし、ライトに照らし出されるのは踏み荒らされた形跡もない草木のみ。彼は振り返って足元を光で照らす。そこには高村自身が草を踏み固めた痕跡が残されていた。彼は額を拭って一度息をつく。


 その時である。彼がライトを振った先に、光が吸い込まれる場所があった。恐る恐るそちらに近づくと、山肌にぽっかりと空いた、高さ三メートル、横幅六メートルくらいの洞窟が見えてきた。


「こんなところに、洞窟……?」


 彼はゆっくりとそちらに近づく。そして、あと数歩で入り口といったところで急に顔をしかめて立ち止まった。そのまま鼻をつまんで眉根まゆねを寄せる。


「ひでぇ臭いだ」


 思わずといった様子で彼はえずく。そうしているうちに、ふと辺りに静けさが訪れた。


 その時、彼はゆっくりと顔を上げ、鼻を摘まむのも忘れて洞窟の方を見た。


「なにか、聞こえる」


 それはか細い音だった。いや、よくよく耳をすませてみると、甲高い犬のような鳴き声だった。そして高村はその音に何らかの規則性を感じ取った。


 彼は洞窟の入り口の横にしゃがみ込み、目を閉じて音に集中しようとした。


 遠く遠くから音が聞こえる。物悲しく、断続的に。それを数分の間聞き続けていた高村は突如目を見開いた。


「会話……?」


 確かに彼の言うとおり、音は断続的に、聞き方によっては互いに音を交わしあっているように聞こえる。だが、普通ならばそれだけで会話と断ずることはできない。


 そう、彼の精神状態はそれほどおかしくなってきていたのである。


「なにを、言っているんだ……?」


 高村が洞窟の中に向かって身をせり出そうとした、その時。


「なんやぁ、高村さんこんなところでなにしとるんですぅ?」


「うわあああああっ!」


「にゃあああっ!?」


 高村は背後からかけられた声に、文字通り跳び上がって叫んだ。


 伍堂玲香は声をかけた相手が大声を出したため、文字通り跳び上がって叫んだ。


 二人はそのまま着地し、目を見開いて見つめ合う。


「あ、えーと。こんなところでなにしとるんですぅ?」


「こ、この奥に……」


 平静さを取り戻したのか、玲香はいつも通りのにこやかな表情で問いかける。

 対して混乱の極みにある高村は、洞窟の中を指さした。


「なにか、いる」


「なにもおりませんよぉ。いたとしても、冬眠から覚めた熊とか」


 玲香は冗談めかしたように、右手をちょいちょいと振る。その後も高村はたどたどしく洞窟の先に何かがいることを伝えようとするが、玲香は取りあう様子を見せない。


 そうしているうちにごうを煮やしたのか、高村は歯ぎしりをすると叫んだ。


「やはりか、やはりこの奥に何か隠しているんだな!」


 高村は玲香の静止を振り切り、洞窟の奥に向かう。ぬかるんだ土と石が混じった地面の上を走る音が響く。


「そういえば賀川はいったいどこに行った。まさか因習村の連中に捕まったんじゃ……」


 奥に向かう程、入り口付近で感じていた臭気しゅうきが強くなる。腐り落ちた肉の臭いが高村の鼻と目を刺激する。ごほごほと咳き込み、思わずといった様子で彼は洞窟の壁に手をついた。


「ん?」


 普通、洞窟の壁と言えばごつごつした岩肌を想像するだろう。もしかしたら、表面に這えたこけの感触や、湿しめり気、ぬめりを感じることも考えられるかもしれない。


 しかしながら、高村の手に伝わった感触は、少なくとも洞窟の壁ではなかった。


 とても柔らかく、そして勢いよく指が沈み込む。同時に、なにかがぶしゅっと吹き出し、鼻腔びくうを壮絶な腐敗臭ふはいしゅうが刺激する。ぶよぶよしたそれに完全に指が飲み込まれると、高村の手に固い木材のような感触が伝わってきた。


 恐る恐る、高村は自分の手を壁から引き抜く。そして、持っていたライトで自らの手と、それが降れていた何かを照らし出した。


「あ、あ、うわあああああっ!」


 それは、腐敗し、発生したガスで膨張した人間の死体だった。生前の面影はなく、髪も半ば抜け落ちているため、性別は判別できない。


 高村は腰を抜かし、泥混じりの地面に尻もちをつく。そしてそのままじりじりと壁から距離を取ろうとする。


 そんな彼に更なる不幸が襲い来る。腐敗した人間の体液が絡み付いた指先がまた、何かに触れた。


「え……?」


 割と硬めの感触。思わず彼はそれを指先で転がしてみた。すると、光の中に白い紐のようなものが短く付着した、球形の何かが現れた。


「め、目だぁああああああっ!」


 彼は四つん這いになって死体と眼球から逃げ出す。そしてなんとか立ち上がると死に物狂いで洞窟の中を走り回る。何に追い立てられているのか、どこに向かっているのか、それさえ分かっていないかのように、悲鳴を上げて足を動かし続ける。


 そうしているうちに、彼はいつの間にか洞窟の奥までたどり着いていた。そこで彼は立ち止まり、疲労に逆らわずその場にへたり込んだ。いつしか腐臭にも慣れてしまったのか、洞窟の空気を大きく吸っては吐いてを繰り返す。


 ある程度落ち着きを取り戻した彼は、登山用のライトで辺りを照らし、そして絶句した。


 まず地面。そこら中に白い何かでいくつかの線を交差させた、いわゆる魔法陣のようなものが描かれている。もちろん、その白い何かとは人骨を粉状にしたものだ。


 次に左右の壁。髪、目、鼻、唇、指、爪、そして肉や骨など、人体を構成するパーツが何らかの意図を持って壁にかけられていた。


 最後に洞窟の奥。おぞましい、冒涜的ぼうとくてきな画風の壁画が描かれていた。数多くの怪物たちが人間と思しき二足歩行の何かを捕らえ、処理し、儀式に使う様子が丁寧に描かれている。


「う、ああ、ああああああ」


 ここにきて、高村は先程取り戻した落ち着きが嘘であったかのように、両手で頭を押さえて呻きだした。


 そして、どこからともなく――こんな洞窟の奥で聞こえるはずもないのに――あのわらべ歌が聞こえてきた。


――おいのりさまはやどにとられてしんでもた

――ふたくちさまはやしろのたもとにさらしくび

――にいなめのまつりにめをくりぬかれ

――からだわかたれてもいかされる

――けえろけえろ いわとさけえろ

――いわとのおくにはゆめのくに ゆめのくに

――われらのかみさままっとるよ きばをといでまっとるよ


「やっぱり、ここは、ここは!」


 彼の脳裏に何が浮かんだのか。それは次の瞬間すぐにわかることだった。


「因習村だぁああああああっ!」


 高村は発狂した。あらん限りの声を上げると、目の前にした現実の全てに背を向けて走り出した。目は血走り、口の端からは泡が出ていて、喉からは絶えず悲鳴が漏れている。


 そうすること十分ほど、高村は自分の行く手に何かの影があることに気づき、足を止めた。恐る恐る、ライトで気配のする方を照らしてみる。


 そこにいたのは、ゴムのような弾力のある皮膚を持つ、人間に似た怪物だった。


 蹄状ひづめじょうに割れた後脚、犬に似たおぞましい顔、そして鋭いかぎ爪を備えた前脚を持っており、人間のように二本足で立っていた。


 高村と怪物はほぼ同時に叫んだ。走り出すのは高村の方が速かった。


 そのまま彼は何かに追い立てられるかのように洞窟の外に向かって走り続けた。


 そしてようやく、彼は十三夜の月が照らす森の中に戻ってくることができた。


 休息を取ろうと高村が手近にあった岩に腰掛けようとした時、彼に追いついた怪物が、生臭い吐息を彼に吹きかけた。


「ぎゃああああああああっ!」


 逃げ出そうとした高村は木の根に足を取られ、転倒する。岩にぶつけた額から血が流れだす。


 何かが倒れる音、炸裂さくれつ音、人間のものと思しき足音。痛みに悶える彼の耳にそれらが飛び込んでくる。


 そして、雨祓市にある因習村の森に甲高い悲鳴が響き渡った。


 うずくまり、震えていた高村は、自分が無事であることに気が付くとゆっくりと目を開け、体を起こした。


 そこには、黒焦げになった二足歩行の怪物がいた。


 死んだわけではないらしく、頭部がアフロになっていた。怪物は天を仰ぐとギャグ漫画のように口からボフッと黒い煙を吐いた。


 そして、その斜め後ろに高村の知らない人物が立っていた。


「あ、生きてますね」


 真夏のぬるい風に吹かれて、絹のような白い髪がたなびいた。





 蹂躙じゅうりんだった。


 雨祓市因習村の住民は突如現れた脅威に果敢かかんに立ち向かったが、全ての抵抗は無意味に終わった。


「うおおおおおお手斧が融けたァ!?」


「鎌も無理だ!」


「こん棒も丸太も効かねぇ、いったいなんなんだあのガキ……ぎゃあああああ!」


 手に手に武器を取り、近接戦闘を挑んだ者たちは一秒ももたなかった。


「ならば銃だ。とにかく撃ちまくれ!」


 狩猟用のショットガンが子供に向けられる。いくつもの銃口から火薬が爆ぜる音が鳴り響いた。


「なんかめっちゃ煙出てるぅ!?」


「違うこれ、散弾があいつの目の前で蒸発してるんだよ!」


「ふざけんな小さいとはいえ鉄の球だぞ何で蒸発する……ぐえええええええ!」


 村人たちはショットガンごと火だるまになった。そしてギャグマンガのように黒焦げになり、口から煙を吐いて倒れる。


「ならば呪術だ。因習村のすいを集めた特大の呪詛じゅそを喰らえ!」


 神社からおどりり出てきた男たちが、口々に呪詛を唱える。その呪詛は本来ならば生贄の命を媒介にして超強力な怨霊を呼び出すことができる。


「行け、怨霊よ。そのガキを呪い殺せ……いやお前が来るのはこっちじゃないあばばばばばば!」


 しかしながら、呼び出された怨霊は呼び出した男たちに襲い掛かった。そう、これは単なる呪詛返しである。だが、当の本人はきょとんとしている。


「くっ、かくなる上は……覚醒した者たちを呼び寄せ、あの子供を始末する」


「村長!」


 村長が悪人面で指を鳴らすと、山から犬の遠吠えが響く。


 ……はずであった。


「なぜだ、なぜ誰も現れない!」


 村長の叫び声空しく、誰も救援に現れない。その様子を見て、子供は華奢な指先で宙に円を描いた。


 するとその部分が暗く染まり、そこから黒焦げアフロスタイルの覚醒した者たち、つまり食死鬼グールたちがぼとぼとと落ちてきた。


「ええええええええええええーっ!?」


 村長を始めとした、因習村の住民たちは目玉が飛び出そうになるほどに目を見開いて叫んだ。その様子を、白い髪の子供は冷めたような目で見ていた。 


「まったく。恩情で生かされたというのに、こんなところでファッション因習村作ってまで何してるんですか、あなたたちは!」


 叫び声と共に子供は飛び出した。もはや抵抗する者はいない。そして、あまりにも強すぎる一人の子供の前に、因習村の住民と食死鬼グールたちは一匹たりとも逃げ出すことすらできなかった。


 きっかり一分後、目を丸くしている高村と賀川、柔和な表情を浮かべている伍堂玲香、そして鬼神のごとき強さを見せた子供の前に、因習村の住民全てがひれ伏した。


 これが、雨祓市因習村で起こった出来事の全てである。




                                 

 後日。滝塚市三竹区みたけくのとある喫茶店にて、高村隆宏と賀川芽亜里、そして伍堂玲香の三人は因習村の出来事について語り合っていた。


「と、いうわけなんよ」


 玲香の言葉に、高村と賀川は口をあんぐりと開けたまま固まった。

 頬に手を当てたまま、玲香はしばらくの間動かない二人を見つめていた。

 すると突然、高村と賀川は顔を下げると体を震わせた。そして次の瞬間思い切りよく顔を上げて叫ぶ。


「あの村は滝塚市に生息していた食死鬼グールと、その血縁者が二年前に作った村ァ!?」


「伝説も因習も神社も何もかも事実上のアトラクション!?」


 店内がざわつく。三人はやってきた店員に注意され、声をひそめながら話を続ける。


「まあ実際生贄、というか、食料を求めていたのは本当。二年間活動していたせいで、そこそこの数のYouTuberとかが犠牲になっとる。そればっかりは、どれだけ謝罪してもしきれんねぇ」


「……どこか他人事ひとごとに聞こえるのが恐ろしいぜ」


「でも、玲香ちゃん一人でどうこうできる問題じゃないですよ、これ」


 高村はカップを手に取りコーヒーに口をつける。


「何を言っても言い訳やからぁ。そこに関しては本当、ごめんなさいとしか」


 玲香は殊勝な顔をして頭を下げる。賀川は憮然としている高村の脇腹を小突いた。


「高村さん同じ立場なら何かできるんですか?」


「いや、たぶん、無理だな」


 すまない、と高村も頭を下げる。


「別にええって。何度も言うけど、悪い事しとったのこっちですしぃ」


「結局、あの村はどうなるんだ? 会社からもこれ以上は関わるなの一点張りで、何も教えてもらえないんだ」


 あの出来事を記事にした高村は、当然デスクから叱責された。


 それだけならばよかったが、以降因習村に関する全ての取材を禁止された。村人も、怪物たちも、そしてあの白い髪の子供についてもわからずじまいだったのだ。


「時間をかけてでも復興するよ」


「復興?」


「目指すところは因習村アトラクションやんねぇ」


 高村と賀川は目を見合わせる。それは前と同じではないのか。


「南方さんがよくしとぉくれたから、種の根絶は避けられそうなんよ。だから、きちんとした生き方をする。それを目指してくことになるねぇ」


「それはなにより……なのか? というかそれでなぜ因習村アトラクションという発想に?」


「いいこと、じゃないですか? いわゆる心を入れ替えて頑張りますということですし」


 ふと、玲香はスマートフォンに目をやると二人の方を向いた。


「じゃあ、うちはこれで」


「あ、玲香ちゃん。最後に聞いておきたいんだけど」


「ん?」


 立ち上がろうとした玲香を賀川が止めた。いつもの柔らかさからは考えられないくらい鋭い視線がほんの一瞬だけ、賀川に注がれた。しかしそれも一瞬のこと、すぐに雰囲気を戻すと、玲香は賀川の方を見る。


「どうして、あんなことを? その、自分たちの種族を」


「うちねぇ、人食べたくないんよ」


 玲香は賀川の話をさえぎった。表情に似合わない硬い声が続く。


「美味しいと一度も思ったことないんよ。だからもう十年以上は食べてない。それでも大丈夫なんよ。できるはずなんよ、皆も。人間にとって代われない以上、共存が現実的な道なのに、いつまでもあいつらは……」


 玲香はうつむいて大きなため息をついた。数秒後、ガバっと顔を上げ、立ち上がる。


「暗い話してごめんねぇ。それじゃ、またねおふたりさん」


 五千円札をテーブルに置き、立ち去ろうとした伍堂玲香は首だけを振り返って二人を見つめる。


「因習村で、まっとるよ」


                                   ――了




               

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

滝塚市の与太話 ことのき @kotonoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画