第16話

「雅ぃ!」

「がっ!くっ、危なかった」

深く刺さったと思われていた氷の槍はなんとか腹に張られた鉄の盾で防いでいた。


「よかった、防いでいたんだな」

「大丈夫だよ神宮寺、私は大丈夫」

防いでいたとしても衝撃は腹に残っている、現に竜胆雅の顔は苦痛に歪んでいる。彼女の言葉は強がりにしか聞こえない。


「そう、防げたの」

「当たり前でしょ?あんなあっけない幕引きはさせない」

「あらそう、で?」

来栖理亜は風で竜胆雅の体を上に飛ばし、隙をひけらかす。


「それがどうしたの?」

「くっそ!」

大量の炎の玉が一斉に竜胆雅に向かってはじき出される。そのすべては確実に竜胆雅の体にぶつかった。


はずだった。


「風魔法で脱出したのね」

瞬間三百六十度に配置された炎の玉の一点に向かって風魔法で自分を飛ばし、背中に炎を喰らいながら包囲を抜け出していた。

「魔法の扱いではあんたに負けるわけにはいかないからね」

「炎を喰らっておいてよくいう」

「ちょっとあんた油断しすぎじゃない?」

「っ!?」

来栖理亜は目の前で煙魔法を発動され、視界が不鮮明になる。


(だけどそれは相手も同じこと)

だがその中で彼女は冷静に状況を分析し、自分のまわりに風で作った檻を形成する。

(ならその煙を利用してあげる)

来栖理亜はただ竜胆雅が攻撃してくるのを待つ。


(さぁいつでも攻撃してきていいわよ、その瞬間あなたを………)

だがそのまま音沙汰もなく煙は霧散していった。


「………何も、してこない?」

「なわけないでしょ」

「それは」

煙が晴れた先に待っていたのは雷を拳に帯電させている竜胆雅の姿。


「まさか………」

「そのまさかよ、私はただ雷を貯める時間が欲しかっただけ!油断せず構えてくれてどうもありがとね!!」

「………これは防ぎきれない」

一本の巨大な雷の大砲が来栖理亜を貫いた。


「ぶっはぁ!はぁはぁはぁはぁ」

「大丈夫か!竜胆」

「私は大丈夫っ、だからっ」

急に襲った疲労が肺を活発に動かす。果てしない動機が起きまともに視点すら合わない。

ほとんどの魔力を費やした竜胆雅はぼやける視界で倒せていてほしい相手の方を見る。


「ほんと馬鹿ね、そんな衝動的に魔力を使ったら疲労するに決まってる」

「はぁ、はぁ、はぁっ!嘘でしょ流石に予想外」

「………痛くないわけじゃないわ、現に血を流している」

「そんな擦り傷つけたくらいでほめられてもうれしくないわ」

竜胆雅の魔力のほとんどをつぎ込んだ雷魔法は腕や足、腹などあらゆる箇所に擦り傷をつけていた。


多量ではないものの来栖理亜の体に傷をつけることに成功していた。


「いや自慢していい成果よ」

「あんたを倒せてない時点で私の負けよ」

「認めるの?」

「はぁ、はぁ、はぁっ!」

息切れは止まらずなおも続く。だがそれは疲労だけのせいではない、彼女の威圧がそうさせているのだ。


「くっそ!おい竜胆今すぐこれを解除しろ!」

「でもっ、でもそれじゃ………」

「くっ!早くしない死んじまうぞ」

「私はっ、私はそれでも………」

「きっ、くっそ、なんで」

竜胆の意志は固く、それに呼応するように作り出された球体は以前硬度を落とさない。


「やってやる、たとえ魔力を無駄に使うとしてもここで何もしないよりましだ」

神宮寺は手を構え、そして魔法の準備を始めた。



場所は変わり、魔法統一会本部。

「次はお前だ!」

風魔法を腕や足に纏わせた小鳥遊累が魔法統一会の幹部相手に大立ち回りをしていた。

「打てぇ!」

「「はぁぁぁ!!」」

幹部である会長の指示で何度も一斉射撃を発動させるがそのすべては小鳥遊累の俊敏な動きによりほぼすべて避けられていく。


「くっそどこにそんな力あるとっ」

「ぐわぁあぁぁ」

風魔法をまとわせ強化された拳で殴られたただの職員たちはなすすべなく気絶していく。


「あやつの周りに炎の壁を生成しろ!動きが止まるはずだ!」

会長は職員達にそう命令し小鳥遊累の周りに壁を作ったが、もう遅い。その場所に彼はいない。


「もうそこに!」

会長の強大な魔力をもってしても小鳥遊累のその魔法はあまりに異常だった。

「このわし自ら殺してくれる!」

巨大な炎の玉が寸分たがわず累の方に飛んで行く。


「こんなの!」

風魔法を解除し、水魔法を繰り出し炎の玉を相殺する。

「今じゃ貴様ら!」

「「了解」」

会長以外の幹部である二人は累と同じように風魔法で全身を強化して累に襲い掛かる。


「やっばっ!」

どんっ!と重いパンチを累の腹に入れ込んだ。その衝撃は果てしなく、音速を超えるスピードで地面に叩きつけられる。

「がっ、つはっ」


「まだ、だ」

背中に激しい痛みが襲うがすぐに立て直し雷の鎧を瞬時に体に生成する。


顔すらも覆う雷の鎧はさきほどまでのスピードを消し去り、片手には剣を、もう片方の手には巨大な盾を持っているまるで重戦士のごとき重量感を放っている。。


「なんなんだ!あいつは!なぜあんなにも魔法の扱いがうまいのだ!」

「会長、私達があいつに強襲をかけますのでどうかその隙にあやつを」

「わかった、そっちも頑張って隙を作ってくれ」

「おまかせください」

そういって眼鏡をかけた幹部の男は雷の鎧を身にまとった小鳥遊累に突撃していく。そして会長は隙を狙い打つために魔力を天井に貯め始める。


「死にさらせぇぇ!」

「しゃっ!」

炎の剣を手に持ち雷の鎧に向かって切りつける。


「かはっ!」

眼鏡の幹部は鎧にひびを入れたがカウンターとして重い一撃を顔面に喰らい数百メートル吹き飛ぶ。

「まだ私がいる」

女医のように白衣をきた女が追撃とばかりに視界を埋め尽くすほどの岩石を頭上に落とす。


「効かないよ!」

生成した雷の剣を岩石に突き刺す。すると一瞬でひびが入り綺麗にぱかんっと割れた。

「うっそでしょ、ビル一棟壊せる魔法なんだけど」

「そこか」

「いったっ!」

女は剣から放たれた雷魔法により肩をうたれる。


「「今だ!」」

次に職員達が一斉に大量の岩石が小鳥遊累の頭上に出現する。それはなだれのように累の頭上に落とされた。


「くっそ!」

小鳥遊累は剣を捨て盾を両手持ちで頭上に構える。


ばぁぁぁぁん!という心臓に響くような振動が起こる。この下敷きになればもう人の原型すら残らないだろうと思ってしまうほどの大量の岩石、だが場にいる全員が小鳥遊累がそれで死亡したとは微塵も思っていなかった。


「………油断するなよ、貴様ら」

会長はばちっ、ばちっと今にも爆発しそうな光を頭上に溜めながら顔をしかめる。


「っ!来るぞ!」

眼鏡の男が警戒したのとほぼ同時に岩石で埋められた場所から一筋の光の柱が建築された。

「光魔法まで使うのか!」

「まだ、だぁ!」

頭から多量の血を流した小鳥遊累が岩石の中から体をのぞかせた。


「すいません、我々にはもう魔力が」

「あぁわかった、後ろに引っ込んでいてください」

「「はっ」」

さきほどの魔法で魔力を使い切ったらしい職員達はすぐさま後ろに下がっていく。

「さてやりますか」

「化け物討伐を」

雷の鎧は壊れていたが未だに殺気だった鋭い視線を女の幹部と眼鏡の幹部に向ける小鳥遊累、その視線はまだ彼に体力が残っているということを知らせるには十分であった。


「風魔法」

「光魔法」

眼鏡の男は風邪の大砲を、女医の女は光の光線を小鳥遊累に向けて放った。


「………はぁっ!」

小鳥遊累は炎魔法で目の前に壁を数十枚作る。風魔法と光魔法はその炎の壁とぶつかり相殺するかに思われたが光の魔法が数十枚の炎の壁を貫通し、小鳥遊累の横腹を貫いた。


「っ、あっ」

はじめての重傷に顔を歪める。


「今です会長!!」

「了解じゃっ」

眼鏡の男の合図とともに頭上でずっと作り続けていた光の玉がようやくこのときか、と意気揚々に小鳥遊累に向かっていく。


「っ!くっそ、調子に乗りすぎちゃったか」

自分の力に酔っていたことにようやく気付いた小鳥遊累は後悔したが、それは既に遅く、光の玉は小鳥遊累の体を呑み込んだ。


激しい轟音と共にさきほどの岩石の雪崩以上の音が本部に鳴り響く。空爆にすら耐えられるほどに頑強に作られているはずの床を完全に壊し、地下に通ずる巨大な穴を作り出す。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁこれでも死んでなかったらもう化け物と呼ぶのすら生ぬるいわ」

会長は大穴を見てそうつぶやくが、まだ死んでいない可能性がある小鳥遊累という男に恐怖すら感じていた。

「………本当に、おとなしくしてくれませんかねぇ」

震える手で眼鏡をくいっとあげる。


しかし、数分経っても小鳥遊累はその姿を現さない。


「そうか、ようやくか」

ほっと胸を撫でおろした会長はしりもちをついて天を仰ぐ。


その天には顔のついた絶望がいた。


「や、久しぶり」

「如月………なぜ貴様が」

そうそこには余裕のこもった笑みをこぼす如月がいたのだ。


「回収しに来た、一応私も協力者だからな」

すると大穴の底からもう一人の如月が肩に力なく垂れている小鳥遊累をもって現れる。

「………まだ生きているというのか、その男は」

「息はしてる、まぁ当分起きないだろうけど」

担ぎあげている累を横目で見てそう答える。


「くっそなんなんだ、なんでこんなことに」

会長だという余裕はとうに消え去り目に涙を浮かべている。

「こいつは私が回収する」

「お前ら!如月を攻撃………し、ろ」

会長がそう叫ぼうと穴の端にいたはずの眼鏡の男と女医の方を見たが、そこにはもう二人の服を着ただけの胴体しかなかった。その傍には如月が二人いる。


すると彼らの首が会長のすぐ横に投げ捨てられる。


生気の失われた瞳がとがめるように会長を睨む。


「あ、あ、あぁ、なんなんだ、なんでそんなにお前がいるんだ」

「私は分裂できるんだ」

平然とそう告げるがその宣言は会長の心を折るには十分だった。もう勝てない、と確信した瞬間だった。


「………だ、だが神宮寺はきっと来栖理亜が殺すぞ」

その負け惜しみにも捉えられる言葉に如月は鼻で笑う。

「お前はあいつを舐めているな?」

「な、なに?お前の方こそ来栖理亜を舐めているだろう!」

「確かにあの小娘も強いだろうが、私のダーリンの方が強い、確実に」

「な、なわけがあるか!あの程度の魔獣に死にかけるような実力しかないんだぞ!」

その当然とも思える、会長の抵抗は、如月にとっては嘲笑するだけの価値しかなかった。


「はっまぁ見てみろ、あいつがまだ実力の半分も出せてないだけだったって知ることになる」

如月は手にモニターのようなものを作り出した。そこには球体に囚われている神宮寺郎が映されていた。



「やってやる」

神宮寺の魔力は手に集約していく。その魔力は炎の渦のようにうごめいてる。


「無駄、だよ神宮寺、神宮寺の魔力じゃあ」

「無駄かどうかはやった後考える!」

竜胆雅の静止も聞かずに炎の渦は徐々に大きくなっていき、そして放たれた。


炎の渦は球体にぶつかり、ぎぎぎっと徐々に球体を削っていっているように思える。


「無駄だよ、神宮寺」

竜胆は自分の作った檻に自信があるのか、壊されるなどまるで思っていない。


だが来栖理亜は神宮寺が作り出した炎の渦を見て冷や汗を垂らしていた。

「………なに、あの魔力密度は」


炎の渦は回転数を上げていく。そしてついに球体にひびを入れるに至る。


「………うそでしょ」

竜胆雅はその信じられない光景に絶句する。


「このままいっけぇぇぇ!」

炎の渦による球体へのひびはさらに大きくなっていく。


「………そうだ、あいつはまだ魔獣の魔力に体が完全になじんでいなかっただけだったんだ」

如月はそれを見てほくそ笑む。


「今のあいつは魔法使いの中でも上位の位置にいる」


そして限界を迎えた球体はぱりんっと音を立てて霧散していった。


「嘘、私の渾身の光魔法だったのに」

綺麗な破片が竜胆雅の前で舞う。

「ようやく出れた」

平気な顔をして球体から出てきた神宮寺はへたり込む竜胆雅を見下ろしている。


「雅、お前」

「あぁ、もう、私は………」

雅は丸い瞳を歪ませて泣きそうになるのを我慢するように下唇を噛んだ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る