第17話
竜胆雅は気が強いキャラだ。何をするにも自分が正しいと疑わない。完全なる一匹狼、それが竜胆雅というキャラだった。
だけどその気の強さに柔らかさを加えたのが小鳥遊累、つまり主人公だ。
小鳥遊のおかげで竜胆からは角がとれて、丸くなりクラスの人間とも仲良くできるようになっていった。
そして竜胆雅は強くまっすぐな芯を持ちつつも自分とは違う人を受け入れることができて、小鳥遊の事が好きでけどその気持ちを伝えられなくてもじもじしているような、そんなかわいく立派な人間だった。
でも今の雅はそうじゃない。
弱く、俺にすがっている。俺が助けたことをいつまでも根にもって前を向けずにいる。
今の彼女は、竜胆雅じゃない。
「雅………」
「神宮司………あ、あ」
雅は目に涙を浮かべ、俺の服にしがみつく。
「なんでっ、私はあんたを助けようと」
「はぁ………」
雅の言葉に一度ため息を吐くと雅は肩をびくっと揺らした。
俺は魔法で来栖理亜との間に巨大で堅牢な鉄のドームを作り出す。
その閉じ込められた空間で雅と目を合わせる。
その瞳は揺れていて今にも大泣きしそうだった。
「あんたは、私が救うって」
「お前は神にでもなったつもりか?」
「え?」
服を掴んでいる手の力がゆるんだ。
「お前は全部自分でなんとかできるって思ってるのか?」
「いや、そんなことはない、けど」
自信がないのか俺から視線をそらした。
「そんなことあるんだよ、お前は自分の力でなんとかできないことも自分でやろうとしてる、現に来栖理亜と戦ったとき俺を閉じ込めやがった」
「それは私があのときの恩を返そうと」
「あれが恩返しになると?」
「っ………、ごめん」
もう下を向いて俺の顔を見ようともしない雅に向かって俺は容赦なく言葉を浴びせ続ける。
「あんな身勝手に人を縛ってよ、俺を助けようとしてんのに逆に俺の身を危険に晒した」
「………ごめん」
「なんでお前は人を頼ろうとしないんだ?」
原作で小鳥遊累は竜胆雅に人に頼ることの大切さを説いていた。でも俺はあんなに優しく言えない。あんなに人に好かれるような言い方はできない。
だから俺は俺のやり方で………。
「だって人を頼ろうとすると何かお返ししなきゃって思っちゃうの、それにそもそも人を信用できない、正しい私の意見をまるで聞き入れようとしないもの」
「………人をなめんなよ」
声をワントーン下げて、ドスの効いた声でしゃべる。
「全部自分の思い通りになると思うなよ、自分が神になった気でいるなよ、お前だってお前が信用してない人間なんだぞ」
「それは、そうだけどっあいつらはルールも守れないようなっ」
何かを返そうとしたが何も言い返せなかったのかすぐ押し黙る。
「見下すなよ」
「私は見下してない!ただあいつらがルールを守ってないだけ!」
「ルールを守らないだけねぇ、それは廊下を走るとかか?」
「そう!あいつらは私の言う事も聞かずに皆に流されて平気でルールを破っていく!」
「………そうだな、確かにルールを守ることは大事だ」
「!でしょ!」
反転目を輝かせて俺に賛成を求めてくる。
「けどそれを守らせるのはお前じゃない」
「え………」
「人ってのは自分で責任をとらなくちゃいけないんだ!」
俺は再び大声をあげて鉄のドーム内に声を響かせる。
「廊下を走って先生に怒られる、万引きをして万引きをした先の店長に怒られる、ルールにはそれを守らせる人間が必ずいる、でもお前はそうじゃないだろ」
「っ、でもそうじゃないと学校の治安が今まで私が守ってきたことが」
「報われない、って?」
「………うん」
力なく、まるで吐息のようなあいづちを返してきた。
「けど、あいつら生徒にとってお前はやかましい存在だろうな、細かいルールを押し付けてくるし、些細な問題すら許さない、そんなやつがほんとに報われると思うか?」
本当はこんなこと言いたくない。これを言えば雅の今までを否定することになってしまうから。
それでも今言わなきゃ多分雅は一生変われない。竜胆雅にはもう一生戻れない気がした。
あの輝かしい少女の姿はもう見れないのかと、恐怖すらした。
「そんな言い方しなくても………」
この言葉が一番効いたのか声は震えていた。雅の中で何かが折れる音がした。
「もっと肩の力を抜け雅」
「………」
俺はがくっとななめになっている雅の肩に手をポンっと置く。その肩はどこか震えていて俺におびえているようだった。
「ルールを守らせるのはルールを作った責任者だ、お前は無理して守らせなくてもいいんだ」
「私が無理しなくてもいい?」
「あぁさっきも言ったがルールを破ったやつは破ったやつに責任をとらせろ、お前が気にすることじゃない」
「………」
へたりこんだ雅に俺は続けて言う。
「それにお前は他人を頼らなさすぎなんだよ、人は誰かを頼りながら生きていくもんだ、信用がない?人を見ようともしてないくせによく言うぜ」
「っ!でも神宮寺は全部一人でなんでもできるじゃない、人を頼らなくてもあんたはっ」
もう言葉にもならない声を上げる。
「お前さ、なんで俺が今ここにいることができるか覚えてないのか?」
「それは………」
雅の揺れた瞳が俺を視界にとらえる。
「俺がここにいれるのはお前が助けてくれたからだろ、感謝しかねぇよ」
「神宮司」
雅はへたり込んだ足に力をいれる。目に生気がともる。
「俺はお前を頼った、だから次はお前が俺を頼れ」
「人を頼る………」
「お前にからみついているしがらみを苦悩を半分でもいいから俺に分けて見せろ!竜胆雅!!」
「本当に頼ってもいいの?」
「当たり前だ、お前が頼ってくれるなら俺はうれしいぜ」
「これから先、多分私と小鳥遊君、そしてあんたは一生追われ続ける」
「だろうな、だからこそお互い頼らないとだめだろ」
「私は頼るのに慣れてないからきっとめんどくさいよ?」
「んなの知ってんだよ、けどそれも含めて竜胆雅という人間だろ」
「ははっ敵わないなぁ神宮寺には」
そこで初めて竜胆雅は笑った。
目の端にため込んだ涙をぬぐって地面に捨てる。
「………ありがとう神宮寺、あんたのおかげでなんかスッキリした」
もうそこに弱い少女はいない。強く猛々しい芯の通った瞳が俺を刺す。その柔和な笑みが俺にも笑顔を移した。
「………ごめんね神宮寺」
竜胆雅はひざに手を当てて立ち上がる。ぼさぼさのボブカットの髪が横に揺れた、すると髪が目に入った。どうやら最近は髪を切っていないようだった。前髪が目に被さっている。
すると竜胆は手に鉄のナイフを創造した。
そのナイフで前髪をためらいもなく切って見せた。
「は!?」
「うんこれであんたの顔よく見える」
竜胆は切り取った前髪を見て少し名残惜しそうにしながらも空に投げ捨てる。
そしてそのまっすぐな瞳で俺を見つめたまま、俺の胸に飛び込んできやがった。大きくはなくとも確かな圧力を感じる乳の感触に冷や汗が止まらない。
おい!聞こえるか世にいるヤリチンどもめ!こんなときどうすればいいか教えてくれ!
「は、え、、、は!?」
くっそ!前世でも童貞の俺が女の子にこんな密着されたら動揺しちまうだろうが!!!ヤリチン!助けてぇぇぇ。
「ごめん私が悪かった、最初からあんたを頼ってればこんなことにはならなかったよね」
「竜胆………」
ん、こいつなんか笑ってないか?
「お前もしかしてハグして許してもらおうとしてるか?」
「………ばれた?」
俺の胸のすぐ下にある竜胆雅の顔が俺を見上げてへっと唇の端から舌をぴょこっと出した。
「お前なぁ………」
「でも申し訳ないって思ってるのは本当、一生をかけてあんたに返していくつもり」
「重いって」
「でもそれくらいあんたにしてしまったことの重大さを理解しているの」
「気にすんな、今のハグで帳消しだ」
今度は俺も笑みを返す。
その笑みを見た竜胆は頬を真っ赤にして唇を尖らせる。
「そ、そう?じゃあいつでもしてあげるわあんたへの借りになるからね、してほしいときはいつでも呼びなさい」
「やだよ恥ずかしい」
「なんでよ!呼んでくれたっていいじゃない!」
「………じゃあたまにはな」
そういうと竜胆雅はいつもの快活な笑顔を取り戻す。そうだ、やっぱ竜胆雅にはその笑顔が似合う。
まぁ童貞の俺にはそんなこと言う度胸ないけどね。
「話は終わり?じゃあ続きをしましょうか」
俺の渾身の鉄のドームはしかし来栖理亜に溶かされ、綺麗に穴を開けられていた。
「結構時間かかったな?」
「そうね、中々歯ごたえがあったわ」
俺が煽るように笑うが来栖理亜は顔色一つ変えずに答える。
まるで自分が勝つことを微塵も疑っていないといわんばかりの顔つきだ。
「無駄な時間をとられた、そろそろ決着をつけましょうか」
来栖理亜は俺に掌を向ける。そこから放たれるだろう何かの魔法に体が震える。
「そうだなじゃあ場所変えようぜ、ここじゃ周りを巻き込む」
「えぇいいわ、じゃあ海でも行きましょうか」
「了解だ、行くぞ竜胆」
「ふえっ!?」
俺は竜胆雅の体に風をまとわせ少し宙に浮かせる。そのままゆっくりと上昇させ、それと同時に俺の体にも風をまとわせる。
俺と竜胆は既に遠くに行ってしまった来栖理亜を追いかけ、風魔法を使って飛ばす。
「ちょっ早くない!?」
「あぁ!?我慢しろや!」
「むりぃぃぃ!だって口の中に風が入ってブサイクになっちゃう!」
必死に口を開かないように頬に力を入れて閉じているようだが、今になって何を気にしているというのだろうか。
「ブサイクになったっていいだろ」
「だめに決まっ………ぶばばばばばばばばばっ」
「ははっおもぶばばばばばばばばばばっ」
俺と竜胆は二人そろって口の中に風を含み、頬を異常なほど揺らした。
そしてめちゃくちゃ不細工な顔面のまま俺と竜胆は来栖理亜のいる海岸に到着した。
波は荒だっており、崖の岩盤にこれでもかと体当たりをしている。どこかの火曜日にやっているサスペンスだったら犯人を追い詰める場所にぴったりの場所だ。
切り立った崖はとても高く落ちれば最後どうあがいても這い上がるのは無理だと言われているようだ。
「ははっ余裕だったぜ」
「にしては随分と口がしわしわだけど」
「俺は自分で自分の水分を飛ばす魔法を持ってるからな」
「くだらない魔法」
来栖理亜は笑う、しかしそこに温和な感情は含まれていない、嘲笑に近しいものだ。
「………じゃあやるか」
「えぇさっさと始めましょうか」
「神宮司………」
心配そうに上目遣いを使いながら俺のことを見る。もう竜胆には魔力が残っていないはずだからな、それも含めて心配なんだろう。
「心配するな竜胆、俺は負けない」
「!、………わかった信じるね」
竜胆は俺の服から手を離し一歩下がった。
「もういいかしら?」
「あぁいいぜ」
「………!」
来栖理亜は俺の下の地面に鉄の柱を隆起させる。宙に放り投げられた俺は空中で回転する。
「はげっ!?」
完全に隙だらけとなった俺の体に来栖理亜は追撃に炎のたまを放った。
「ちっ魔法の切り替え早すぎだぜ」
その炎の玉をさらに巨大な炎の玉で相殺する。
「じゃあこれはどうだ!」
空中で身をひねり鉄の矛を作り出し来栖理亜に向かって飛ばす。だがその矛は来栖理亜によって作り出された鉄の壁で防がれる。
「ははっやるぅ」
「………ふふ、じゃあこれはどう?」
少し声が弾んで聞こえたが多分気のせいだろう。だって巨大な氷塊が俺の頭上にできてるんだから。
「………は?」
「さようなら」
柔らかな笑みを浮かべた来栖理亜が手を振り下ろし巨大な氷塊は俺の頭に向かって一目散に落ちてきた。
まるで俺を喰らうためだけに作られたような氷塊に脂汗がにじみ出る。
「燃えてくれ頼むぅ!」
俺は必死に手から繰り出した熱線を氷塊に向かって打ち出す。
「すごい魔力量」
俺の熱線は氷塊に見事に命中し氷塊の表面を徐々に溶かす。
そしてその熱線はモノの見事に氷塊を撃ち抜き、粉々に打ち砕いて見せた。
「俺つよ」
「じゃあこれはどう?」
続いて来栖理亜に課せられた試練は全方位を固める強固な水の檻、その内壁から飛び出ているのは数十本にも及ぶ槍の数々、………やりすぎでしょ。
「殺意が高すぎやしませんか!?」
「こんな程度じゃ死なないでしょ」
「俺は死なない」という強迫に近い信用はしかし、暴力となって俺に襲い掛かる。
無数の水の槍が俺の視界をふさぐ。三百六十度どこにでもやりの矛先が俺に向いている恐怖はどうにも形容できない。
「しゃらくせぇぇぇぇ!!」
俺が地面に拳を叩きつけ、それを中心に巨大な竜巻を発生させ槍を吹き飛ばす。
「………すご」
「くそがっ!今度はこっちだ!」
俺の竜巻を見てあっけにとられたのか口を少し開いていたところを刺すように風魔法で強化した足で一気に近づく。
その急接近に驚いたらしい来栖理亜は腰を引かせて後ろに下がる。
そこを狙い俺は風魔法で足を強化したまま炎の剣を生成する。
「二種類の魔法の同時使用………あなたそんな離れ業もできたのね」
だが来栖理亜はそんな俺に接近されてもまったく物怖じしなかった。それにどこか寒気を感じ、俺は踏み込めたはずのもう一歩を踏み込むのをやめ、剣の切っ先を腹の先端に少し刺すだけに留まった。
「以外と慎重ね」
すると俺がさっき踏み込もうとした地面に足を食い破らんと天を向く氷の棘が散乱していた。
「へ、へへっそんな攻撃オミトオシってわけさ」
「そ、ならこれはどうかしら」
「な!っ!?」
来栖理亜は俺の目の前で指をはじいた。すると瞬間、強烈な光が俺の視力を一瞬で奪っていった。
「が、っく」
まともに周りの状況がつかめず、情けなく腕をがむしゃらに振るう。
だがすぐに冷静さを保ち、風魔法で上空に飛んでその場から退避することを選択する。
上空に飛び続けることで少しづつ視力は回復していくこともできる。
だが、それすら彼女の読み通りだった。
俺よりも上空にいつの間にかいた彼女は風魔法で自分の体を浮かせながら炎魔法を手を中心に溜めていた。
「やば………」
「楽しかったわ神宮寺郎」
そして放たれた炎の玉によって俺の視界は真っ赤に染まる。
どう対処する、風魔法で飛ばす?いや魔力を溜める時間がない、なら水魔法で消化するか?いやあの火力に見合うだけの魔法はすぐには出せない。
なら、なら………と次々と浮かんでくる案を、次々に潰していく。その中で最良の選択などないということを思い知らされた。
「これ、死ぬ」
そう覚悟したとき、なんの前触れもなく鉄の盾が俺の前に現れた。
「はえ?」
炎の玉はその鉄の盾によって相殺され、掻き消えた。
「はぁっはぁっはぁっ!今、やっちまいなさい!!はぁっ神宮寺!!」
顔色を悪くした竜胆がそう荒れた声で叫んでいた。
「最高だぜ竜胆雅!!」
「………はぁ、私の負けね」
忌々しく竜胆雅を見下ろした来栖理亜は諦めたように目をつむる。
どうやらさっきの炎の玉で魔力が尽きたようで体を浮かせていたはずの風魔法すら消えていた。
「おまっそれで地上までどうやって帰るつもりでっ」
「計算違いだったわ、私もつい熱くなっちゃったみたい」
微笑む来栖理亜はもう生を手放しているように見えた。
俺は後先も考えず手を伸ばしてしまっていた。
その手を来栖理亜は払った。
「お前馬鹿っ!」
「馬鹿はそっちよ、本当にあなたという人はっ」
高ぶる感情そのままに来栖理亜は真っ逆さまに切り立った崖に落ちて行った。
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