第15話
「………来栖理亜、俺達を見逃してはくれないか?」
「無理ね私はあなたたちを殺す義務がある」
来栖理亜の神宮寺を見下ろす視線は重く冷たい。
「義務ね、守る必要があるのか?それ」
「守らなければならない、でなければ人でなくなってしまうから」
「人であることにそんな執着する必要があるのか?」
それはほぼ人を辞めた神宮寺郎だからいえる一言だ。絶対のルールを破った側だからこそいえる高みの見物だ。
だから彼は彼女を来栖理亜という人間を理解しきれていなかった。
彼女は社会の歯車になることを決めた側の人間だ。どこまでもルールに則り生きている、ルールを破るのが怖い。
義務を捨てることが、環境を変えることが、どこまでも怖いと思ってしまう人間なのだ。
「あなたにはわからない、人を辞めたあなたには!」
感情的になった来栖理亜が指をくいっと動かす。
「っ!!伏せろ雅!」
「え………!」
首元にぞっとする悪寒を感じ取った神宮寺が無理やり竜胆雅を地面に押し付ける。
するとさっきまで彼がいたところに鉄の刃が横切った。
「ちょっめちゃくちゃじゃないあいつ!」
「まぁめちゃくちゃなことをしてるのは俺らなんだが、まぁだとしても死ぬわけにはいかないよな」
「そうね、絶対に死なせるわけにはいかない」
神宮寺は少し違和感を感じる言い回しに眉をひそめたがすぐ前を向き立ちあがる。
「仕方ない、戦うか」
神宮寺はどこかで彼女のことを舐めていたのだろう。
ゲームではほとんど出番のないキャラであり、実力を発揮していた場面もなかった。
だから彼は最も愚かな”戦う”という選択をとってしまった。
「そうまぁどちらにしても殺すけど」
来栖理亜は突き放す。
「はっ二人ならなんとか無力化できんだろ」
「………いや私一人だけで大丈夫」
「は?おまっ何言って」
瞬間、竜胆雅は指を鳴らし神宮寺郎を丸い球体に閉じ込める。
「その中にいれば絶対に怪我しないから」
「ちっ壊れない!」
神宮寺が何度殴ってもその球体は壊れなかった。
なら魔法を、と手をかざすとそれ横目で見た竜胆雅がとがめるように口を開く。
「あんたの魔力じゃ破れないよ」
「くっ!何を考えてんだくそがっ!こんなことする理由がねぇだろ!」
どん!どん!と何度も球体の内壁を叩く。
「いやあるの、だって私があんたを助けるっていう構図ができる」
雅の歪んだ笑顔は依然見たときより邪悪に、醜悪に、ただ一人の人間に向かって投げられていた。
神宮寺郎への深い愛はさらに深く………。
「どうでもいいけれど、あなたたちはどちらも殺す」
「殺させない、私が」
「そう、もし首を飛ばされてもそんな戯言が言えたのなら私はあなたを狂人として誉めてあげる」
来栖理亜は再び指を少し動かす。
「もう見切ってるよ、その魔法」
腕に鉄の盾を創造し横から現れた鉄の刃を相殺する。
「………じゃあこれはどうかしら」
来栖理亜は手を天に上げ、闇で覆われた籠を作り出す。
それは完全な闇であった。すぐそばにあったはずの壁すら見えなくなり、太陽の強烈な光すら遮断する。
囚われた神宮寺と来栖理亜は目を丸くし、周りがまったく見えなくなった世界で絶句する。
(闇魔法か、こんな高度な魔法まで使えるのか来栖理亜)
徐々に自分が来栖理亜のことを舐めていたことに気付き始め、神宮寺は冷や汗を垂らす。
「あなたは私のことが見えるかしら?」
その声はどこか弾んでいて子の状況を楽しんでいるように思えた。
「見える?見つかるの間違いよ」
竜胆雅は強烈な光を自分の体内で生成し、囲われた闇を打ち払う。
「ほら、見つけた」
雅は背後からナイフを持って迫っていた来栖理亜を見て、にやっと煽るように口角をあげた。
「光魔法………、それを使う魔法使いが幹部以外にいたことに驚きだわ」
来栖理亜は大げさに後ろに下がり、ナイフを捨てる。だがその顔に焦りはなく、眉一つ動かさない。
「修行したから、たくさん」
(うっそだろ、確か雅が光魔法を習得するのってもっとストーリーが進行した後だったはずだ)
予想以上の雅の成長に神宮寺は丸かった目をさらに丸くする。
「………」
来栖理亜は無言のまま指から炎を作り出す。
その炎の塊は膨張を続け、空に家を包み込むほどの大きさになった炎の玉を保持する。
「単純な魔力勝負ってわけね、乗ってあげる」
だが雅の自信はその巨大な玉を見てもまったくひるむことなくにやついた。
「………」
来栖理亜はその炎の玉をまっすぐ愚直に雅に飛ばす。
「そっちが炎ならこっちは水でやってやる」
雅も同様に来栖理亜と同等ほどの水の塊を作り出しぶつけた。
それら魔法はまたも相殺しあい、大量の水蒸気があふれ出した。
「っ!まじか、どんだけものすごい魔力量だよ」
神宮寺にとってこれほどの巨大な塊同士のぶつけ合いは初めて見るものだった。
だがそれほどの魔力を竜胆雅が蓄えられた裏には理由があった。
それはおよそ20日前、神宮寺が捕まって10日ほどのことである。
竜胆雅は如月と一緒に夜の街に繰り出していた。
・
「おい、竜胆」
「何?」
「お前魔獣を喰う覚悟があるか?」
夜によくあらわれる魔獣、そしてさらによく出現するスポットにて如月は竜胆雅の前についさきほど殺した魔獣の死体を投げる。
「魔獣を食う?それがなんの意味になるの?」
「強くなれる、確実に」
「それは本当なのね」
竜胆雅は強さに目がなかった。
それもそうだろう、神宮寺郎の奪還計画のためには少しでも強くなった方がいいのだから。
だがまだ敵と認識している如月の言葉を鵜呑みにするほど彼女は盲目ではなかった。
「そうだ、私を信じろ」
「できるわけがない、何かの罠である可能性が高いもの」
「だろうな、だから一回目は無理やり食わせてやる」
「っ!?何を!」
謎の光の輪によって拘束された雅は無理やり口を開けられ魔獣の肉を次々に食わされていく。
「がっ!げっ!」
肉も内臓も骨も容赦なく竜胆雅の喉に流しこんでいく。喉に硬い骨が突っかかるがそんなのお構いなしだ。吐き気を催し何度も吐いたがその度に吐いたものをまた食わせた。
「やめっ、がっ!」
「うるさいなぁ、この私が食事の手伝いをしてあげてるんだから感謝してほしいものだよ」
「もうはいらっ」
「はいはい、あと少しですよー」
そして如月は最後の魔獣の目玉を完全に呑み込ませ、吐かないように顎を押し上げる。
「むーっ!むっー!」
「吐くなよー、吐くなよー」
笑顔とも真顔ともとれるいやらしい顔をした如月は足をばたばたとして必死に暴れる竜胆雅を見て煽るように言う。
そしてしばらくして竜胆雅の吐き気は収まっていった。
「はぁっ!はぁっ!はぁっっ!」
ようやく苦痛の時間が終わったと思い地面によだれを垂らす。
「これで魔力が強化されたはずだ、とりあえず炎を作り出してみろ」
「はぁっ、こっれで強化、はぁされてなかったら、あんたを殺す」
「まぁやれるもんならって感じだが、そういうのはどうでもいいから早くやれ」
如月は呆れたようにあくびを吐く。
「ちっ、見てなさいよ」
そして竜胆雅は手に炎を作り出した。
「え、何この大きさ」
作り出された炎は依然自分が出せた出力を大きく超えたものであった。
「それが魔獣を食べた成果だ」
「………こんなにも違うんだ」
雅は自分が作り出した炎に見とれて、目をうっとりとさせる。
「どうだ?この違いを見てやると決めたか?」
「えぇ、今だったらあの食べる苦しみすら気持ちいものだと思える」
「はっ、いいなぁ大分キマってるよお前」
竜胆は薄笑いを浮かべて、口の端から垂れた胃液の一部を手でふき取る。
「だが一日に食っていい魔獣の数は一匹だけだ」
「?、なんで」
「そりゃあそんな一度に大量に食ってたら魔獣の魔力をうまく取り込めずに死ぬかもしれないし、死なないとしても魔力がなじむまでに結構な時間がかかっちゃうからな」
「そう、ならそれに従うわ、ほんとならもっと大量に食って早く強くなりたかったけど」
「食わせた私が言うのもなんだが、あんな辛い経験しといてもっと大量に食いたいみたいな発言されるとは思わなかった」
「ふっ神宮寺を助けるためなら何でもできるから、私は」
「いいねぇ、イカれてる」
如月はそう言って軽く笑った。
・
これが竜胆雅が強くなれた顛末であった。
「あなたにそんな魔力量があったなんて驚きだわ」
「頑張ったのよ精一杯、あんたのためにね神宮寺」
竜胆は戦闘中だというのに後ろを振り返り神宮寺に向けて微笑む。
「え、お、おう」
急に名指しで呼ばれた神宮寺は焦って姿勢を正す。
「というか!いい加減こっから出せ!竜胆!」
「だめ、だってあのときと同じ状況にしなきゃいけないから」
「さっきからあのときってなんだよ!学校で魔獣に襲われたときのことか!?」
神宮寺は一度強く魔法の球体を叩いた。
「そうあのときに私は誓ったの、今度は私が神宮寺を報わせる」
「お前、どうしたってんだ」
「だからそこで見ててよ、私があんたを守る姿を」
竜胆雅は細く長い数百本にも及ぶ氷の槍を手に浮かべた。
その槍は光り輝いていて、鋭利な歯先は来栖理亜に向けて照準を向けている。
「おい!そんな物騒なもん………」
「なに?私の身よりこんな女が大事なの?」
完全に殺そうとしている竜胆雅を止めようと声を上げたがドスの効いた声で神宮寺をとがめる。
それには流石の神宮司もビビったのか声を収める。
「ちがっそういうわけじゃねぇ!人を殺すのはだめだろ!ってことで」
「だからそれって私よりあいつの方が大事ってことだよね?」
「………くっ、だからそうじゃねぇって」
冷たい視線はさらに冷たく神宮寺を刺す。
「もういいから神宮寺はそこで見ててよ」
「おい!雅!」
神宮寺の静止の声もむなしく大量の氷の槍は一直線に来栖理亜に向けて飛んで行く。
「………何を勘違いしているのかわからないけど、このくらいの魔法だったら対処は余裕よ」
「っ!?」
来栖理亜は炎の魔法をまるでトンネルのように中心に穴を作って伸ばし、氷の槍を包み込んだ。
そしてその大量の槍は一瞬で溶かされ、跡形もなく消え去った。
その妙技にあっけにとられた竜胆雅は一瞬思考が止まった。
「がっ!?」
その隙を見逃さず、来栖理亜はお返しといわんばかりに大量の氷の槍を竜胆雅の腹に集中させて刺した。
「あなたは魔力も、覚えてる魔法の数もほとんど私と変わらない、けど経験だけが圧倒的に足りなかった、それが敗因よ」
「っ!雅!!!」
神宮寺の悲痛な叫びが響いた。
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