第3話 

テレビの前に鎮座するソファーに座る人物が二人いる。一人は男でありコーヒーを片手に持っていて、もう一人の女はその男に足を絡ませるようにして体を寄せている。


「兄さん、最近の神宮寺の様子おかしくないですか?」

重い前髪をした女はより深く男の足に絡める。なまめかしい雰囲気がそこに漂い始める。

「ん、あぁそうだね確かに最近神宮寺は俺に突っかかってくることが少なくなったね」

「というよりもなんかよくわからない行動をすることが多くなってきた気がします」

「あぁパクエリの件とかね」

「そのほかにも最近ではフェンスを越えたテニスボールを拾ってきてくれたと思ったら下に思いっきり叩きつけたり、怪我した人が出たときはいの一番にその人を担いで保健室に向かいながら「ははっ!こいつは俺がもらったぜ!」とか言ってましたし」

「………ははっなんかおかしな人間になりつつあるよね」

「でも、嫌いではないです、兄さんに直接危害を加えているわけではないので」

頬を染めた女はまるで胸を押し付けるように体を密着させる。


「危害って、美音は神宮寺のことなんだと思ってるんだよ」

「クズです、最低最悪の粗大ごみです………けど今のあの人はぎりぎり人として認識できます」

「そうか、あいつもあいつなりに頑張ってるのかな」

「兄さんは神宮寺のことどう思ってるんですか?」

「俺は今の神宮寺は嫌いじゃないよ」

飄々とそういう小鳥遊累に美音は少し口をとがらせた。


「そう、ですか………」

美音はもう神宮寺の話は聞きたくないとそこで会話を切ってしまった。



「っ………!」

大量の異様な形をした魔獣が一人の男を追いかけている。赤くツンツンとした髪をもった男が顔面傷だらけで必死に逃げている。

「はぁっ!くっそ!あんのくそアマ俺をはめやがって!がっ!」

息切れして、走るスピードが落ちたところを最高スピードを維持した魔獣が体当たりする。


背中に強い衝撃がはしり、男は二、三回転しながら吹き飛ばされ、壁にぶつかる。


「くっそ!」

男は振り向きながら炎を飛ばす。その炎は拳台ほどにまで膨れ上がり、魔獣の数体を焼いたが、まだ倒せなかったのか焼かれた魔獣も男を食いちぎろうと血眼で追いかける。


「はっ!はっ!はっ!」

何度も、何度も、それを繰り返すが魔獣の数は全くと言っていいほど減っていない。


「逃げてばかりではだめだろう、小鹿め」

その男が必死に逃げている光景を高台から眺める人影が一つ。


緑髪のショートボブ、女子高生のように制服を着ているその女は妖艶な笑みを浮かべて男に文句を言う。


「だがやはりお前はいい、こう絶望的な状況になっても生を捨てていない」

女は頬を染めうっとりとした目で男を見る。


男は未だに血を流し続けており、その姿はお世辞にもかっこいいとは言えない。


「あぁ早くお前が屈服する姿を見てみたい………ん?」

そこで如月は気づく、男が明らかに自分の方を見ていることに。


(気づかれた?この距離で、どうやって?私は完全に気配を消していたはずだが)


すると男は急に方向を転換し、魔獣を少しづつ減らしながら如月の方に向かって走ってくる。


「はっ、そうかやはり気づいたか」

だが彼女にはここを立ち去ろうとする気はなかった。むしろ血だらけの彼を抱きしめてやりたいと思っているほどだ。


「来るなら来い受け止めてやる、お前が生きていればの話だがな」


と、彼女は口では言っているが内心では彼が生きてこの高台に来ることはわかっていた。


そしてその予想は10分後正しいことが証明される。


ばんっ、と後ろの屋上の扉を開けた一人の人物がいた。


「はっ、はっ、はっ、てめぇころ、す」

全身傷だらけ、最早顔は元の顔がどんなものだったのか忘れてしまうほどずたずたにされていた。


片手には魔獣の足を掴んでいる。歯型があることからその足を食べながらここに来たことは明白だった。


「やっぱり来たか、うーん実にうれしいねぇ抱き着いてもいいかい?」

「いいぜ、抱き着いてきたらお前の喉元に魔法をぶち込んでやる。

「はっ、なら触るのはやめておこう」


強気な言葉を連ねる男だったが、その腕はぷらんっと力なく垂れている。抵抗できるはずもないのだ。


「てめぇ、だなあんなに大量の魔獣を呼び寄せたのは」

「そうだよ私だ、どうだった?辛かったかい?」

「はっ!屁でもないわくそがっ」

「じゃあ次はもっと過酷な試練を与えようか」

如月は楽しそうに声のトーンを上げて答える。


「………」

それだけは嫌なのか口を閉じてただ如月を睨む。

「嘘嘘、今の君にこれ以上の負荷を与える気はないさ、今はこれで十分だ」

「ころ、す、お前を」

「いつかそうしてくれ、私は君に期待している」

「ころ、ころ、す………」

出血多量のせいか男の意識はとび、背を地面にぶつけた。


「………本当に君には期待しているんだ神宮寺郎、いつか私を殺してくれ」

如月はひざを折って目の前の倒れている男に顔近づける。

「そうでなきゃ君が死ぬぞ?」

ちゅっとなんのためらいもなく男と口づけをかわす。血みどろに濡れていることなんてまるで関係ないほどに濃厚にキスをした。


すると男の傷は一瞬のうちに回復していき、ねじ曲がった腕が通常通りの方向に戻っていく。血は止まり、傷は塞がっている。


(気づいているか?神宮寺今日けしかけたのは10体あまりの魔獣だ、それらすべてを倒せるようになっているお前は相当強くなっているんだぜ)


彼女は消える、まるで元からそこにいなかったように自然に、風に流されるまま消えていった。



目が覚めたら曇り空が広がっていた。うん、まさか目覚めてから一番最初に見る景色がまさか天井でもなく空だとは驚きである。


「………覚えてねぇ」

まるで昨日のことを思い出せない。確か大量の魔獣に追いかけられてそれで………

「あ、そうだあのくそアマを見つけて殺そうとして気絶したんだった」

こんなことをするのはあのくそアマしかいねぇと思って、あいつが好きな高台を見てたらやっぱりいた。それで追いかけて着いたと思ったら気が抜けて意識を失ったんだった。


てか傷とか全部直ってるじゃんか、あのくそアマが直してくれたのか?やっぱ何考えてるか読みづらいクソだな。


「いやぁ、ここどこよ」

昨日の夜は必死だったからかここにどうやってたどり着いたかも覚えていない。いやぁ学校どうしよう、俺今スポーツ着なんだけど。それに教科書とかない………。


前世の記憶を取り戻してから1か月、なんとかクラスメイトからのあの冷たい視線だけをやめさせたいと四苦八苦して、少しクラスメイトの対応が朗らかになってきてあぁそろそろ語尾に「くそがっ」とつけなくてもいいかなと思ったらこれだよ。


このまま遅刻したら心象悪いよなぁ。

「はぁ、もっかい人間関係立て直し頑張るかぁ」

「あんたこんなとこで何してんのよ!」

「ふえ?」

諦めて眠気に任せてもう一度寝ようとしたら俺の顔除く人がいた。


黒髪ポニーテールの竜胆雅である。


綺麗な顔が俺の視界いっぱいに映し出される。うん、いいね眼福だ。


「あんたこのままだと遅刻するよ!」

「俺は、いいんだ、このままでもう俺はここで死んだっていい」

「何言ってんの、ほら行くよ」

俺は無理やりに腕を引っ張られ、立たされる。


「おい!何すんだ!今日はさぼるって決めてたのによぉ!」

「それは私が許さない、だってそれは校則違反でしょ?」

「………魔法使うのはいいのかよ」

竜胆尊は魔法で体を強化することによって体を浮かしていた。


昼に魔法を使うのは人目につく可能性が高いためあまり推奨されていない。だというのにこの女堂々と使っていやがる。


「魔法の法律より学校の校則でしょ?」

「おま、はっまぁいい、人よけの魔法は任せたぜ」

「えぇ完璧なものを施してあげる」

「信用するぜ、それじゃあ!」

俺も魔法を使い体を浮かせる。そして俺は竜胆の背中を追いかけながらなんとか学校につくことができたのでした。


「よかったわね、私がいたおかげで校則を守ることができて」

下駄箱に靴を入れながら隣にいた竜胆雅がそう言ってきた。


「はっ、まだ変わってねぇな堅物ぅ」

「そうね、変わらない理由があるとすれば、あのカレーパンのせいかもねっ」

竜胆雅はそう言ってはにかむように笑う。


「味しめやがって」

「じゃっ、またね神宮寺」

「おう」

あの件を境になぜだか竜胆雅はよく俺に話しかけてくるようになってきた。


まぁかといって前までの注意がなくなったわけじゃないけど、前までより世間話が増えた気がする。


「………やぁ神宮寺」

「おはようございます、神宮寺先輩」

「あぁ?なんだよお前らか」

俺が下駄箱で上履きに履き替えた後に後ろから話しかけてきたのは小鳥遊累、その人であった。

いつも通りの決まらない前髪をしている。隣に従者のように付き従う美音もいつも通りの目まで隠すような重い前髪をしている。


「もう、くそがっ!というのはやめたのか?」

「………はっ俺の語尾はそんな幼稚なもんじゃないんだよ」

「ははっ、それは少しさみしいね、君が遠くに行ってしまう気がして」

「あぁ?はってめぇは俺に持ってないもんいっぱい持ってるくせに何言ってやがる」

「!、それって………どういう」

「うるせぇ、俺は先に行くぜぇ」

俺を引き留めようとした小鳥遊累の声を俺は無視して歩き出す。


俺は主人公である小鳥遊累に極力嫌われないようなムーヴをしてきた。


ゲームでの神宮寺は主人公への嫌がらせのほかにも魔法を使って他の女子生徒を洗脳していた。それだけは主人公は許していなかった。


自分への嫌がらせは許せても他者への危害だけは許せない人間だ。


それを俺は徹底的にしなかった。そのおかげで小鳥遊累の対応がゲーム本編よりも少し朗らかな気がする。


………そして俺は明日あいつを教室に呼び出し、魔獣に襲われ、あいつの魔力を覚醒させる。それで俺の役目は終わりだ。


それが終われば俺が重要な役目を果たすイベントはない。あとはほとんど主人公側に害をなすことばかりやってたからな、あいつ。


あとはもう少しづつ物語のレールから外れていけばいい。やる気をなくした俺をも見ればどうせ如月のやつも興味をなくすだろう。


そうだ、そうすりゃ俺の物語は終わる。あと少しだ。


俺は教室の前で足を止め、扉を開く。


前まではこれだけで場は騒然としてたけど俺の悪い噂が鳴りを潜めてからは俺が教室に入るだけじゃ特にそんなことにはならなかった。


だがまぁ今でもクラス内の友達はゼロ人である。


俺はいつも通り一人で自分の席に座っている。

まぁそういう人間関係は後々なんの負い目もなくなってからすればいいことだ。


「あー、やばっ教科書忘れちった」

と、俺の隣に座る”佐藤典敏”が冷や汗を流しながら机の下を探っている。

「………おい典敏、俺のを貸してやる」

「え、いいよ後で何されるか怖いし」

完全に好意で言ったつもりが以前までの素行が悪すぎて拒否されてしまった。


「んなことせんわ馬鹿がっ」

「うわぁ、また暴言吐かれたわー」

「はぁ!?おまっ、俺はただ好意でっ」

「なぁみんなー、聞いてくれ神宮寺が俺に暴言を吐いてきたんだけど」

佐藤典敏はすぐ後ろを振り向き大声をあげた。


その先には大勢のクラスメイトが固まっていた。

「うわっ、最悪」

「やっぱ神宮寺君ってそういう人なんだね」

「ははっでも大丈夫だぜ、俺は神宮寺の良さ知ってるからよ」

あざ笑うような視線が俺に浴びせられる。


「はぁ、たくっくだらねぇ」

俺は席を立ち逃げるように教室を出た。


………そうか、クラスメイトの対応が朗らかになってきたと思っていたのは俺だけだったか。


多分俺はクラスメイトから舐められている。


最近俺への言葉が堅苦しくなくなったのはこれが理由だろうな。


だがそうなる理由もわかる、確かに俺は今まで相当な横暴をしてきた。だからこそ、最近の少し柔らかくなった俺に対して舐めやすかったのだろう。というか俺をあざ笑いたかったのだろうな。


多分内心では皆その気持ちがあったのだ。ずっとキレ散らかしていた俺のことだ。そのはねっ返しは相当なものだろう。俺の考えが浅はかだっただけだ。


「いや、まぁいい少しづつ仲を深めていけばいい話だ」

そう、それだけそれだけの………。

「あれぇ?神宮寺君じゃん、きみぃ随分おとなしくなったもんだよねぇ」

丸眼鏡のくそ出っ歯、”天才一てんさいはじめ”が眼鏡をくいっくいっとしながら俺の方に向かって歩いてきた。

するとそのまま俺の頭をぽんぽん、とまるで赤子のように撫でてくる。


こいつは俺にいじめられてたからな、そのせいか。


「触んな、殴るぞ」

威圧を込めてくそで出っ歯を睨みつける。すると出っ歯は「ひぃっ」とおびえて一歩下がった。

「また神宮寺がすごんでるよ、ださっ」

「早くどっか行ってくれないかな」

「………全部聞こえてるぞ」

「「すいませーん」」

すると俺の後ろで俺に聞こえるような声量で煽ってきていた女子二人は高笑いを上げて教室の中に入っていった。


「はっ、哀れだな神宮寺」

出っ歯がまたなんか言ってやがる。

「うるせぇよ、殺すぞ」

「っごめんなさい!」

すぐさま退散して出っ歯もまた教室に戻っていった。


「………はっ、くだらねぇ」

「神宮、寺?」

「ん、なんだ?」

俺に話しかけてきたのは竜胆雅だった。いつもはとんがってる瞳も今は垂れ下がっている。


「もし、よかったらあんたのかわりに私が強く言おうか?」

「はっ!そんなことしたらてめぇが嫌われるかもしんねーだろうが」

「でもっ今のあんたは見てらんない」

「随分とたくましい正義感を持ってるもんだなぁ、だが安心しろぉ俺は大丈夫だ」

「………めんどくさ」

「はぁ!?てめぇ俺は何もめんどくさくないだろうが!」

「ふんっ助けてほしいならそういえばいいのに、今のあんたの顔歪んでるわよ?」

「っ………」

言われて俺は顔を隠す。だめだ竜胆の顔が見てられない。


「まぁあんたがそういう弱音を吐かないやつだってのも知ってるつもり、けど一匹狼にも味方はいるわよ?」

「………とりあえずは自分で頑張るわくそがっ」

「そ、なら私は干渉しない、でも泣きつきたいときはいつでも頼りなさい」

からかうようにニヒルに笑い、腕を大っぴらに広げた。


「ふっ、誰が頼るかよ」

それだけを言い残し俺はもう一度教室の扉を開けた。


ひそ、ひそ、ひそ。


聞こえてくる、普通の会話が俺への悪口なのではないかと思えてくる。だがここで反論などしない。俺はクールな男だ、こういうときは極めて冷静に努めよう。


「はいでは、皆さん席について」

俺の少し下向きな気持ちは先生が入って来たことにより払拭される。


………まさか授業がありがたいと思うことになろうとは。


「それでは授業を始めます」



そして時は流れ放課後、俺はいつものように小鳥遊累がいるテニス部に向かっていた。

「ふんっ、今回の嫌がらせは結構めんどいだろうなぁ………」

くっくっくっと内心で笑いながら俺はまだ新しいテニスボールを片手にしている。


今日はいつも使っているソフトテニスボールではない、少し跳ね方が違うテニスボールをあいつらのかごの中にいれてやるぜぇ。


「あ、第二マネジャーさんだ、ちわーす!」

すると後ろから見慣れたテニス部員から話しかけられた。

「なんだと!俺は神宮寺郎だ!」

「そうなんすね、第二マネージャーさん」

「だから俺は神宮寺郎だと言っているだろう!」

そういっていたずらそうに笑ったテニス部員は俺の横を通り過ぎていった。


………なぜだかわからないんだけど、一度怪我した部員を嫌がらせに勝手に保健室に連れて行ったときからそういわれるようになってしまった。


何度も俺は神宮寺郎だと言っていたのだがまったくと言っていいほど聞き入れてもらえなかった。


「………ざけやがってっ」

悪態をつきながら、俺はテニスコートに入るための扉を開ける。

「あ、神宮寺先輩」

するとすぐ横にいた美音ちゃんが俺に話しかけてきた。なんか最近は冷たさが消えてきた気がする。


「あぁ、ふっこれをやるよ」

「え、これって公式のテニスボールじゃないですか」

「へっそうだぜぇ、跳ね方が違うだろうぅ?」

「え、まぁそうですけど」

なぜか美音ちゃんは物珍しそうに俺が渡したテニスボールをまじまじと見ている。


「ふっまぁいいここに100球のテニスボールを用意してやったぜ、他のテニスボールとの違いにさぞ苦しむといい」

「え、こんなに!」

美音ちゃんは俺が用意したテニスボールが入ったかごに飛びついた。


「お、おぉ」

「ありがとうございます!最近テニスボールが減っていて困っていたんです」

「お、お、おうよ」

普段絶対に見せないキラキラとした目を向けてくる。その圧力に思わずたじろいでしまう。


「皆さん!神宮寺先輩がテニスボール100個を届けてくださいました!」

「「なにぃ!?」」

「げっ!」

美音ちゃんのその一声を機に大量のテニス部員がこっちに寄って来た。なんで監督までいるんだよ!


「本当かい!神宮寺君!」

テニス部部長である”川俣隆二”が俺の手を握ってぶんぶんと力強く振る。筋肉が擬人化したようなこの人の握る力は手折れるじゃないか?と勘違いしたくなる。

「え、えぇまぁテニス部の皆さんの迷惑になればと」

「迷惑だなんてとんでもない!君は帰宅部にも関わらず毎日テニス部に通い我らテニス部の益となることをたくさんしてくれたではないか!」

「そうっすよ、第二のマネージャーさん」

さっきのテニス部員が口をはさんできた。


………悪くない気分だ。


「なんなら君マネージャーをしないか?」

そんな男だけのハーレム状態の中ハーレム要因の一人である監督がそんなことを言ってきた。

「はっ俺は帰宅部だ、引き抜くことはできねぇぞ、先生」

「ははっ、そうかいそうかいそれなら難しいねぇ」

その後も数分わちゃわちゃと俺は抵抗することも許さず祭り建てられていたが、ようやくマネージャーである美音ちゃんが口を開いてくれた。


「はいはい皆さん、そろそろ練習に戻ってください!」

「「へーい」」

………監督さんよ、それは美音ちゃんじゃなくてあんたが言うべきことだったんじゃないのかい?


人が掃けそうになった去り際、小鳥遊累がこっちを向いて声は出さず口だけを動かす。

”ありがと”と、そういわれている気がした。


「………その、神宮寺先輩本当にありがとうございます」

「あぁ?てめぇごらっ俺は迷惑かけに来てんだ礼なんていらねぇだろうがっ」

深々とお辞儀をしてきた美音ちゃんにそれだけを言って、俺はその場を去った。


………ふぅ、とりあえず明日は最初で最後のイベントだ。気合い入れないとな。



彼は知らなかった、ここはゲームの世界ではあるが、ゲームの通りに世界が進むわけではないということを。


「なんで、何が、起こってる」


魔獣の口からこぼれる血は滴り下に小さな湖を形成している。


魔獣の口にはその大きな口には似合わない、人の腕のようなものをくわえていた。


絶叫する小鳥遊累の声を聞いて彼は瞳孔を小さくする。息は荒く冷や汗もひどい。この状況がまるで受け入れられないといった状況だった。


「………なんで、魔力が解放されねぇ」


彼はあとずさり、壁に背中をつける。


魔獣はその4本の腕を器用に使い、ケツをかき、頭をかき、人の頭を転がし、人の足をおもちゃのように振り回している。


飛び散る血は教室の壁に絵具のように染みついていく。


「さぁ神宮寺郎、お前の絶望を見せてくれ」

緑髪の少女は学校の屋上で、妖艶な笑みを浮かべていた。













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