第2話
魔獣は長く生きれば生きるほどその力も強大になっていき、姿も自由に変えることができるようになっていく。
そしてなにを言おう俺の目の前にいるほぼ人間と変わらないこの女は最恐最悪ド変態魔獣”如月”と魔法統一会から名づけられているほどの超長生き魔獣なのだ。
だがこいつは人を貶めることしか考えていない野郎だ。
というかこのゲームのほとんどの鬱展開は如月で始まり如月で終わるといわれるほど鬱を放出している。
通常魔法統一会の一部上層部しかしらないような「魔獣を食すことで魔力をあげる」という知識を神宮寺が知りえたのはこの如月のせいである。
こいつのせいで徐々に神宮寺は小鳥遊への劣等感を募らせていくことになる。
まず最初のイベントである魔力解放イベントでは主人公の内なる力に気付いた如月が魔獣をけしかけ魔力を解放させ、神宮寺が唯一勝っていた部分を見事につぶして見せた。
そこから如月は神宮寺が弱っているところにつけこみ、自分に依存させるようにした。
そうしてもう如月なしでは生きられないような体にしてから、次々に最低なことをしていく。
死ねない呪いをかけてから魔獣が大量にいる蟲毒に放り投げ、四肢どころか生きているのかすら疑わしい状態にしてから主人公の前にその半分死体の神宮寺を投げて、呪いを解き無様な姿を主人公に見せながら神宮寺は絶命する。
それを見ながらこいつは妖艶な笑みを浮かべて高笑いしていやがった。
しかも神宮寺に目をつけた理由が「絶望したときの顔が一番おもしろそうだから」というもう最低中の最低の理由だったのだ。
と、まぁこいつは柔らかな笑顔をいつも浮かべているが、その内心にはどす黒い悪魔を飼っているのだ。
表面上は緑髪をショートボブで切りそろえ、まんまるとしたかわいい瞳、背は俺よりも低くて一見すると女子高生にしか見えないようなミニスカートをはいている。
かわいらしいフリルがついたスカートの上には体のラインがきちんと出るように少し小さめのシャツを着ている。
それにぼんきゅっぽんっともう全男子の理想を叶えたような体型をしている。こんな体で「私に依存してもいいんだぞ?」なんて言われた日にはもう依存するほかないだろうな。
………こいつの正体を知らない限りだがな。
「消えろ、カス」
「ふむ、どうも私は嫌われたようだ」
俺の罵倒はまるで効いてないのか飄々とぬかす。
こいつとの面識はここで初めてではない。俺の前世の記憶が戻る前の神宮寺の中に潜む劣等感に目をつけた如月は前々から神宮寺に接触していた。
まぁ、そのときは普通の会話をするくらいの仲であった。それでも現状では神宮寺が唯一まともにしゃべれる存在ではあったが。
でも俺の記憶が戻ったからにはそうはいかない。一刻も早くこいつとの関係を断ち切らねばならないのだ。
「さてもう一度聞こう、なぜお前は魔獣を食っている?」
「………知ってるだろ?魔力を増やすためだ」
「どこでそれを知った?」
「教えるか、さっさとどっか行け」
あいさつがわりに指に灯した炎を如月に向けて放つ。
驚くべきことにその炎は少し前の俺のものとは思えないほどでかかった。まぁそれでもマッチからガスバーナーに変わったくらいの変化である。
当然、そんな俺の魔法は如月の息によってかき消される。
「………なぜそうも嫌う」
如月は一瞬のうちに近づき細い指を俺の体をなぞるようにのぼらせていく。柔らかな胸の感触が伝わってくる。
だが不思議と頭は冷静だ。
「おい、消えろ」
腕を横なぎに払ってその場をどかさせる。
「ははっよくわかんないけど私は嫌われてしまったようだ」
ちっなんでそれを自覚しておいて笑顔でいられるんだ、こいつ。
「あぁけどいいな、今の君は実にいい」
「何言ってんだお前?」
「いいよその目、すべてにおいての覚悟を決めた目だ」
「ちっ、どうでもいいがもう二度と俺に関わろうとするな、このくそアマ」
「前までの君は優柔不断で小鳥遊累に劣等感を抱えてただけのただの遊びやすそうなガキだったが、今の君はなんというか、今すぐにでも潰してやりたい意志の強さを感じるよ」
如月は恍惚とした笑みを浮かべ、自分の体を抱きしめている。
「は?てめぇやっと本性あらわしやがったな」
「ふっ気づいてたくせに、まぁいいや、まさかただのおもちゃだと思ってたはずの人間がこうも進化するとは思いもよらなんだ、私はねぇ君のこれからの人生が楽しみで仕方ないよ」
「てめぇ何言って………」
「私を楽しませてくれよ?」
如月はそれだけを言い残し、霧のように消えていった。
しばし街灯の光を浴びながら立ち呆ける。
………まずい、多分今ので完全に目をつけられた。
何がいけなかった?あいつが求めるのはプライドの高い扱いやすい神宮寺だったはずだ。だから扱いずらくさせればすぐ引いていくと思ってたのに、なんでこうなるんだよ!!
「たくっ、ふざけんなよ」
もうメンタル大分やばい、ただでさえ魔獣を食って削られてたメンタルが如月のせいでさらに削られてしまった。
「前途多難すぎるだろう………」
・
次の日
「おはよ、神宮寺」
「なんでお前が俺の家の前にいるんだくそがっ」
いつも通り学校に向かおうとして家の扉を開けたら主人公の小鳥遊累とその妹の美音が立っていた。
「なんでって、そりゃお前と一緒に登校したかったからだ、当たり前だろ?」
「何が当たり前なんだくそがっ!お前俺のこと嫌いだろうがっ」
「何言ってるんだ、俺がいつそんなこと言ったよ」
「くっ、でも俺は嫌な奴だろうが!くそがっ!」
「嫌なやつは自分で嫌なやつとは言わないよ」
「て、てめぇ、あぁ言えばこういう」
そうだ、こいつは超ド級のお人好しなんだった。今までさんざん最低なことをしてきた俺に対して悪感情一つ持たなかった、ある種の異常者だったのを忘れてたぜ。
「あぁ、あと昨日パクエリくれたんだってな、ありがと」
「あぁ!あれは俺が口をつけたやつだぜ、へっさぞ嫌だったろう?」
そうだぜ昨日のパクエリの件は我ながら最低だど思ってたんだ。それでどんどん俺への好感度を落としていってくれ。
俺はゆっくりとお前の前から姿を消すからよ。
「え、あぁまぁそれは聞いてたけど、別にお前の口のつけたパクエリを飲むくらい全然嫌ではないよ?」
「はぁ?おまっそんなわけ………そ、そうだ!俺と一緒に登校するのなんて美音ちゃんが許さないだろ!」
ここで一度対象を美音ちゃんに変える。
我ながら頭いい。美音ちゃんの俺への嫌悪具合は限界突破してるはずだ、俺と一緒に登校するなんて………。
「兄さんがいいなら私は別に」
冷たい瞳なのは変わっていなかったけど、まさかの返答に俺はたじろいでしまう。
「は?どうなっていやがる」
「ほら美音もこう言ってるんだ早く行こう」
「はぁ!?」
「あぁ後お前最近語彙力なくなってきたよな」
「うっせぇわくそが!」
くっそ、何が起こっている。
・
時は進み4時限目
「で、あるからしてここの式はX=3となるからして、Y=6となるからして………」
語尾が「からして」の数学の先生の授業をあくびをしながら聞く。
いやぁ授業ってまじで退屈で最高だわ。前世ではサラリーマンしてたけど忙しすぎて退屈って感じることなかったからなぁ。
………と、この時間中もちゃんと今後の対策を考えないとな。
まず、あの小鳥遊兄弟の変わりようについてだ。なんだありゃ?俺が知ってる小鳥遊累はあんなに積極的に俺に関わろうとしてこなかったし、美音ちゃんの方もなぜか止めようとしないし、何かがおかしい。
まぁこれは一旦おいておこう。
次に直近のイベントについてだ、主人公の魔力解放イベント、これは如月によって呼び寄せられた大型の魔獣と戦うことになり、俺が大怪我するものだが………。
うーん、いくら考えても対策という対策があまり思いつかんな。俺がこっから急速に強くなっても致命傷になるのは避けられないだろうしな。
一つ思いつくのは竜胆雅にイベント当日学校に残ってもらうくらいだが………。
今までの悪行を考えたら俺の話を聞いてくれるとは思えないんだよな。それにそれだとちゃんと小鳥遊累が魔力に目覚めるかが不確定だ。
ゲームでは小鳥遊が魔力に覚醒して魔獣を倒した後に異変に気付いた竜胆雅が急いで学校に向かい、小鳥遊が魔力に目覚めたことに気付くみたいな展開だったからな。でも俺の保身を考えるとありかもな。
とりあえずそれが起きる日はわかってるんだ、どうにかして俺が痛い目にあわないように小鳥遊のやつを魔力に目覚めさせなくちゃ。
「………まぁ確実なのはもっと強くなること、だよな」
「うーん?何かいったのかからして」
「あ、すいません独り言してました」
「………じ、神宮寺が謝ったからして!?」
「あ、まず」
考え事してたせいか神宮寺ロールプレイ中だってことを忘れてた。
けどよぉ、俺が謝っただけでクラス全体が騒然とするってどうよ。
「え、あ、さっさと授業始めろやくそがっ!」
「あ、いつも通りに戻ったからして」
「「ふぅー」」
なんで俺が暴言言ったら皆安心するんだよ、普通逆だろ。
・
そして授業が終わり昼休みになる。
だが今日の昼休みの雰囲気はいつもと違っていた、なにやら授業が終わったかと思えば一斉に生徒達が廊下に向けて駆けだした。
そう、今日は学校の一大行事があるのだ。
「無料カレーパン100個、先着順、無くなり次第終了」
と書かれた張り紙が今日の学校には貼られている。
みなまで言わなくてもいいだろうが、つまりこのイベントは学校中が血眼になって無料のカレーパンを奪いあう戦争ということだ。
かくいう俺も全力ダッシュで廊下を走り無料のカレーパンをもらうため階段を駆け下りていく。
まわりにはたくさんの生徒がカレーパンをもらうために奔走している。
ははっ楽しっ、なんか体育祭みたいだ。
すると、大勢の人間が走る中、まるで激流の川にただ一つ位置する大きな岩のように律儀に歩いている人間がいた。
「ちょっとあんたたち!廊下は走らないで!危ないでしょ」
「はっうるさいぜ竜胆、お前みたいな堅物の言うこと聞くやつなんてここには居ねぇよ!」
「ちょっ待ちなさい!」
「はっ堅物女が」
酷い暴言だな。竜胆は間違ったことは言ってないのに。
とか思いながら俺は竜胆に見つからないようにそろーっと走っていくこととしよう。
俺は廊下の端を小走りしながら竜胆のことを追い抜かした。
そしてつい振り返ってしまったのだ。
「「あ」」
運が悪いことに目があった。もうそれはがっつりと。
「ろう、………っ」
何かを言おうとしていた竜胆はそこで口を閉じた。チャームポイントのポニーテールがやけに垂れ下がっているように見えた。
これは、足を止めるしかないよなぁ。
俺は小走りしていた足を止め、竜胆雅の方に歩いて向かう。
すると竜胆雅は目をまん丸に開き後ずさりをした。
「なっ、なんで戻って来たのよ」
「なんでお前俺にだけ注意しなかったのか、それが聞きたくてな」
「………あんたに言ったってどうせ無意味だと思ったからよ」
「以外と止まったかもよ?」
「そんなわけないっ、あんたより普通の感性をもってるあいつらですら聞き入れてもらえなかったのに」
「けど俺は今止まってお前の話を聞いてるぜ?」
すると竜胆は口をむっと尖らせて上目遣いで睨んでくる。
「あんた、なんかむかつくようになったわね」
「はっ、くそ真面目竜胆様は相変わらずだけどな」
「いいのよ私はこれで、真面目に生きてればいつかは報われるはずだもの」
竜胆雅の家は貧乏だった。お父さんが蒸発し、母の手一つで育てられてきた彼女は学校が終わればすぐバイトに行きお金を貯めている。
魔法を使って悪だくみをすればすぐ集まるのにな。
だが彼女は竜胆雅だ。絶対にそんなことはしない。
そんな背景があるからこの無料カレーパンは彼女にとって超重要なイベントなのだ。であるにも関わらず彼女は校則を遵守し律儀に歩いている。
どうしようもないほどの生真面目さ、それが彼女の欠点であった。いつかきっと報われると思いながらその信念を曲げようとしない。まったくもって厄介な性格の持ち主なのである。
だが………
「お前が何を信じてるのか知らんけど、そいつはそうやって真面目に生きてるお前に今までなんの報酬も与えてこなかったんだぞ、それでもそれを通すのか?」
「………あんたに、なんでそんなこと言われなくちゃ」
自信がなくなってきた竜胆雅は俯きながら弱弱しい声で抵抗する。
「ほらっ今走れば間に合うかもだぜ?」
「嫌よ、私は絶対に走らない」
「あきらめるのか?」
「ええ、校則破るような猿になるくらいなら無料のカレーパンぐらい諦めるわ」
強がりかぷいっと踵を返した竜胆雅は自分の教室に向けて歩き出す。
多分、これで今日の彼女の昼食はなしになるのだろう。
でも、それは俺が許さない。
「だよな、お前はそういうやつだ、んじゃあいっしょに購買まで行くぞ」
「はぁ?なんで私がそんなこと」
「いいから行くぞ」
俺は半ば無理やり竜胆の手を握り、引っ張り始める。
竜胆は抵抗しようと腕を引くが男の俺に適うはずもなくなすすべなく、引っ張られ続ける。
「ちょっ、なんでっ無料のカレーパンはもうないのにっ!」
「お前、購買にはカレーパンしかないって思ってるのか?馬鹿が」
「馬鹿ってあんたねぇ!私は模試オール90点以上のえりーって痛い痛いいたい!!強く握んないで!」
つい手を握る力が強くなってしまった。
「あぁすまん、条件反射で」
「何が条件反射よ、てかあんた謝れたのね」
え、何俺は謝れない人間だとでも思われてるの?
「あぁ?くそがお前俺をなめてやがんなぁ?」
「いやいやそういうキャラだったでしょあんたは」
「………うっせ、それは言うんじゃねぇカスが」
もうそういわれちゃうともう何も言い返せないよね。
「声小さいわよ、ていうか手はしてよ、購買までは付き合ってあげるから」
「あ?了解だ」
ぱっと手を離すと竜胆は俺が握っていた手をポケットにいれていたらしい除菌シートでふき始めた。しかも指紋が削れるんじゃないかってくらい激しく。
「………失礼な野郎だ」
もうこれはムーブでもなんでもなく、俺の本心である。
そしてしばらく言い合いながら歩き続けていると、次第に購買の看板が見え始めた。
「ついたな」
「ええ。けどやっぱりカレーパンは売ってないわね」
もう人が掃けていった購買の前で少し残念そうに「カレーパン完売」と書いてある紙を見て残念そうに眉を曲げた。
「そうだな、無料のカレーパンはないな」
俺はそんな残念がってる竜胆雅を手招きする。
そこに並べられているのはおいしそうに盛り付けされた弁当や、総菜やパンたちだ。もちろんその中にはカレーパンもあった。
「え、何?」
「ほしいのはあるか?」
「え、どういうこと?」
「だからぁ、お前が食いたいのはなんだって言ってんだよ」
「え、は、え?」
理解が追い付かないのか、おごられ慣れていないのかわからないが竜胆雅は何度も首をかしげる。
「まだわかんねぇのか?俺がおごってやるって言ってんだよ」
「は?なんでっ、あんたがそんなことする必要ないじゃない」
「これが俺にとって必要なことなんだ、ボケが」
「え、ほんとにいいの?」
「いいって言ってんだろうが」
「じゃ、じゃあカレーパンで」
「了解、それだけでいいのか?」
「え、だってそれ以上頼むと卑しい女みたいじゃない」
頬を染めてもじもじしているが、ゲーム中ではバイトで出される賄いを腹が壊れるほど食っているのを知っているので今更という感じである。
「まぁいいや、んじゃあばぁさん、カレーパン一つとじゃがいもバターパン一つ」
「はいよ!380円だよ!」
「んじゃあこれで頼む」
俺は財布からちょうど380円を出して購買のおばちゃんの手に乗せてかわりにパンを二個もらう。
そしてその二個のパンをもって俺と竜胆は購買を後にする。
「ほら、お前のカレーパン」
「あ、ありがとう」
「はっせいぜい感謝してって、ここで開けるのか」
「あぁ我慢できなかったからな、ありがたくいただく」
竜胆は待ちきれずカレーパンに豪快にかじりついていた。
「あぁ、おいしいなぁ」
ほんとに幸せそうに彼女は顔を緩めた。あんだけおいしそうに食われると俺も食いたくなってくるやん。やめてや。
「はっくそが」
「はむっ、はむっ、はむっ」
「は、早いな」
食い始めたと思ったら竜胆はもうカレーパンは衣の一つも残さず食い切っていた。
「ごちそうさまです、いやぁ大変美味だった、ほんとうにありがとう神宮寺」
「はっこんなちいせぇことで感謝されてもなぁ!」
「小さいことではないんだがな………」
竜胆が深々とお辞儀してくるもんだから思わず声が上ずったわ。
「ねぇ、神宮寺」
「あ?なんだくそが」
「………報われた、あんたのおかげ」
そういって彼女は笑った、屈託のない綺麗な笑顔だった。
やめてくれ、そんな顔は………。
「ちっ、ならよかったなカスが!」
俺は急ぎ足で教室に戻る。あのままあの場にいたらきっと竜胆尊のことを好きになってしまっていたからだ。
くっそ!何してんだ俺は!死亡フラグを折るつもりが逆に死亡フラグを大量に持っている竜胆雅に近づくなんてっ!
火照る脳に酸素を送りながら俺はそんなことを思っていた。
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