星海のレクイエム

中村卍天水

第1話 星海のレクイエム

プロローグ


宇宙の深淵、無限に広がる漆黒の闇。その中を、一艘の宇宙船が静かに進んでいた。その名は「アクアリオン」。地球最後の希望を託された宇宙潜水艦である。


西暦2187年、人類は存亡の危機に瀕していた。突如として現れた宇宙人、ゼルク星人による侵略。彼らの目的は、地球の豊かな資源だった。高度な科学技術を持つゼルク星人に対し、人類はなすすべもなく敗北を重ねていった。


最後の抵抗として、人類は残された資源のすべてを注ぎ込み、「アクアリオン」を建造した。この艦は、水中と宇宙空間の両方で活動できる特殊な設計で、最新のスティルス技術を搭載。敵の目をくぐり抜け、ゲリラ戦を仕掛けることができる唯一無二の存在だった。


艦長の倉本孝行は、操縦席に座りながら、地球の姿を見つめていた。青く輝く惑星は、今や灰色の雲に覆われ、その美しさを失いつつあった。彼は拳を握りしめ、静かに誓った。

「必ず、地球を取り戻す」


第1章:出撃準備


「アクアリオン」のブリッジは、緊張感に包まれていた。艦長の倉本孝行は、乗組員たちに向かって最後の指示を出していた。


「諸君、我々の任務は明確だ。敵の補給線を断ち、彼らの母艦を見つけ出し、破壊する。これが、人類最後の反撃となる」


倉本の声には重みがあった。50歳を過ぎた彼の目には、これまでの戦いの苦悩が刻まれていた。しかし、その眼差しには決意の炎が燃えていた。


「艦のスティルス機能を最大限に活用する。敵の目をかいくぐり、奇襲を仕掛ける。これが我々の戦略だ」


乗組員たちは、厳しい表情で頷いた。その中には、若き水雷員の鈴木勝海の姿があった。22歳の彼は、アカデミーを首席で卒業したばかりのエリートだった。しかし、その目には不安の色が浮かんでいた。


「鈴木、君は水雷システムの責任者だ。敵艦を発見次第、即座に対応できるよう準備しておけ」


「はい、艦長!」鈴木は力強く返事をしたが、その声には微かな震えがあった。


隣には、軍医の坪田美咲中尉が立っていた。30歳の彼女は、この任務が初めての実戦だった。医療キットを抱えながら、彼女は静かに周囲を見回していた。


「坪田中尉、医務室の準備は整っているか?」

「はい、艦長。どんな事態にも対応できるよう、準備は万全です」


彼女の声は落ち着いていたが、その目には緊張の色が見えた。


ブリッジの隅では、ベテラン技術者の田村俊雄が黙々とコンソールをチェックしていた。60歳を過ぎた彼は、多くの戦いを経験してきた。その手の動きには、年月を経た確かな技術が見て取れた。


「田村、エンジンの状態は?」


「問題ありません、艦長。いつでも最大出力で稼働できます」


田村の声には、自信と誇りが滲んでいた。

倉本は、改めて乗組員全員を見渡した。彼らの表情には、不安と決意が入り混じっていた。

「諸君、我々の任務は困難を極めるだろう。しかし、忘れるな。我々の背後には、地球があり、そこに残された人々がいる。彼らの未来のために、我々は戦うのだ」


倉本の言葉に、乗組員たちの表情が引き締まった。


「出撃準備、完了!」


艦内に緊張が走る。「アクアリオン」は、静かに地球の軌道を離れ、未知の宇宙へと飛び立っていった。


第2章:敵との遭遇


宇宙の闇の中、「アクアリオン」は静かに進んでいた。艦のスティルス機能により、それは周囲の宇宙空間と見分けがつかないほどだった。

ブリッジでは、乗組員全員が緊張した面持ちで自分の持ち場に就いていた。鈴木は水雷コンソールの前で、常に敵の動きを警戒していた。


「艦長、未確認の物体を探知しました」鈴木の声が、静寂を破った。


倉本は即座に反応した。「詳細を報告せよ」

「はい。サイズから判断すると、ゼルク星人の巡洋艦クラスです。現在の距離、およそ50,000キロメートル」


倉本は眉をひそめた。「想定より近いな。警戒態勢を最高レベルに上げろ」


「了解」


艦内に緊張が走る。坪田は医務室へと急ぎ、万が一の事態に備えた。田村は、エンジンの出力を細かく調整し、いつでも全力で動けるよう準備を整えた。


「鈴木、敵の動きは?」


「現在のところ、我々の存在には気付いていないようです。しかし...」


鈴木の言葉が途切れた瞬間、警報が鳴り響いた。

「敵が我々を探知!接近してきます!」


倉本は冷静さを保ちながら、即座に指示を出した。「回避行動!全速力で離脱せよ」


「アクアリオン」は、宇宙空間を縫うように動き始めた。しかし、ゼルク星人の巡洋艦も負けじと追跡を開始する。


「敵艦、攻撃態勢に入りました!」鈴木の声が悲鳴のように響く。


次の瞬間、宇宙空間に光線が走った。ゼルク星人の攻撃だ。「アクアリオン」は間一髪でそれをかわしたが、衝撃波が艦を揺らした。


「損傷報告!」倉本の声が響く。


「軽微な損傷です。シールドは80%を維持しています」田村が即座に報告した。


倉本は一瞬考え込んだ後、決断を下した。「反撃する。鈴木、魚雷の発射準備!」


鈴木は緊張した面持ちで、水雷システムを起動させた。彼の手は微かに震えていたが、その目には決意の色が宿っていた。


「目標捕捉!発射準備完了です」


「発射!」


「アクアリオン」から、青白い光を放つ魚雷が発射された。それは、宇宙空間を高速で飛行し、ゼルク星人の巡洋艦に向かって突進していく。


敵艦は、必死に回避を試みたが、「アクアリオン」の魚雷は狙いを正確に捉えていた。大きな爆発が宇宙空間を揺るがし、敵艦に直撃した。

「やった!敵艦に命中!」鈴木の声に、歓喜の色が混じる。


しかし、倉本の表情は厳しいままだった。「油断するな。これはまだ始まりに過ぎん」


彼の言葉通り、ゼルク星人の巡洋艦は大きなダメージを受けながらも、なお戦闘を続ける姿勢を見せていた。


「敵艦、エネルギー充填中!何かを準備しています!」


倉本は即座に判断した。「全速力で離脱!彼らの攻撃範囲から脱出するんだ!」


「アクアリオン」は、再び宇宙空間を縫うように動き始めた。しかし、ゼルク星人の巡洋艦も諦めない。


激しい追跡戦が始まった。「アクアリオン」は、あらゆる操縦技術を駆使して敵の攻撃をかわし続ける。しかし、敵の攻撃は執拗だった。

「くそっ、このままでは...」倉本の表情に焦りが見えた。


そのとき、鈴木が叫んだ。「艦長!敵艦の後方にアステロイドベルトを発見!あそこなら...」

倉本は即座に理解した。「よし、そこだ!全速力でアステロイドベルトに向かえ!」


「アクアリオン」は、一気に針路を変更し、アステロイドベルトへと突入した。無数の小惑星が宇宙空間に浮かぶ中、艦は巧みな操縦で障害物をかわしていく。


一方、ゼルク星人の巡洋艦は、その大きさゆえに身動きが取れなくなっていた。


「やった!敵艦、追跡を断念!離脱していきます!」


ブリッジに安堵の空気が流れる。しかし、倉本の表情は厳しいままだった。


「これで一時的には逃げ切れたが、敵はまだ諦めていない。次の作戦を考えなければならない」


彼の言葉に、乗組員全員が緊張した面持ちで頷いた。この戦いは、まだ始まったばかりだった。



第3章:ブラック回転の選択


アステロイドベルトを抜け出した「アクアリオン」は、宇宙空間の静寂の中を進んでいた。先ほどの激しい戦闘の余韻が、まだ艦内に漂っていた。


倉本は、重い口を開いた。「諸君、我々にはもはや選択肢がない。ブラック回転を使用する」


その言葉に、ブリッジ全体が凍りついたような静寂に包まれた。ブラック回転。それは、「アクアリオン」が秘密裏に搭載していた究極の兵器だった。


田村が、おもむろに口を開いた。「艦長、その兵器の使用には...代償があります」


倉本は深くため息をつき、乗組員全員に向かって言った。「諸君、今から話すことは、極秘中の極秘だ。このブラック回転には、恐ろしい秘密がある」


全員の目が、倉本に釘付けになった。


「この兵器は、高度な物理学と工学の結晶であり、その原理は非常に複雑です。ブラックホールは、極端に強い重力によって時空が歪み、光さえも脱出できない天体です。ブラック回転は、このブラックホールの特性を人工的に作り出すことで、目標を消滅させることを目的とした兵器です。 ブラック回転の発射装置には、莫大なエネルギー源と、ブラックホールを生成するための特殊な物質が必要です。発射されたブラック回転は、目標に向かって回転しながら移動し、その中心にブラックホールを形成します。ブラックホールの重力によって、目標は引き裂かれ、最終的には完全に消滅します。 しかし、ブラック回転には、発射者も巻き込んでしまう危険性があるという大きな欠点があります。発射装置周辺の空間も歪ませるため、発射者はブラックホールに飲み込まれてしまう可能性が高いのです。」


ブリッジに衝撃が走った。鈴木は息を呑み、坪田は手で口を覆った。


「言い換えれば、使用する者は...生き残れない」


重苦しい沈黙が流れた。誰もが、自分の命と引き換えに地球を救うという重大な選択を突きつけられたのだ。


鈴木が、震える声で尋ねた。「艦長、では誰が...」


倉本は静かに答えた。「志願者を募る。強制はしない。しかし、誰かが行かなければならない」


再び沈黙が訪れた。それは、死の重さを感じさせるほどの沈黙だった。


突然、坪田が前に出た。「私が行きます」

全員の目が、彼女に向けられた。


「私は医者です。人の命を救うのが私の仕事。もし私の命で、地球の全ての人を救えるなら...それは医者として最高の仕事です」


倉本は、彼女の決意に満ちた目を見つめた。「坪田...」


しかし、次の瞬間、鈴木が叫んだ。「だめだ!僕が行く!」


全員が驚いて彼を見た。鈴木は、震える 声で続けた。「僕はまだ若い。でも、だからこそ...この任務を果たせるんです。僕の未来を、地球の未来に変えられる。それこそが、僕の役目だと思います」


田村も静かに前に出た。「いや、私が行くべきだ。私はもう十分に生きた。若い命を無駄にするわけにはいかない」


倉本は、目の前で繰り広げられる光景に胸が締め付けられる思いだった。彼らの勇気、そして覚悟。それは人類の希望そのものだった。


しばらくの沈黙の後、倉本は決断を下した。「...私が行く」


全員が驚きの声を上げた。

「艦長、それは...」鈴木が言いかけたが、倉本に遮られた。


「これは命令だ。私が艦長として、最後の任務を果たす」倉本の声には、揺るぎない決意が込められていた。「諸君の勇気に感謝する。しかし、これは私の責任だ」


誰も反論できなかった。倉本の決意は固く、その眼差しには後悔の色はなかった。


「準備を始めろ。敵の母艦を発見次第、作戦を実行する」


乗組員たちは、悲しみと尊敬の入り混じった表情で頷いた。


倉本は静かに立ち上がり、ブリッジを見渡した。「諸君、これが最後の作戦となる。必ず成功させる。人類の未来は、我々にかかっているのだ」


艦内に緊張が走る。「アクアリオン」は、最後の決戦に向けて、静かに宇宙の闇を進んでいった。


第4章:最後の決戦


「アクアリオン」は、慎重に敵の領域に近づいていった。艦内は重苦しい空気に包まれていた。全員が、これが最後の戦いになることを理解していた。


突然、警報が鳴り響いた。


「敵の母艦、発見!」鈴木の声が響く。


巨大なゼルク星人の母艦が、彼らの前に姿を現した。それは、地球の月よりも大きな、恐ろしいほどの巨体を持っていた。


倉本は冷静に指示を出した。「全速前進。敵に気付かれる前に、できるだけ接近する」


「アクアリオン」は、スティルス機能を最大限に活用しながら、巨大な母艦に近づいていった。


「距離50,000キロ」


「40,000キロ」


「30,000キロ」


鈴木の声が、緊張感を高めていく。


「20,000キロ。艦長、もうすぐ射程圏内です」

倉本は深く息を吸い、覚悟を決めた。


「了解。ブラック回転、起動準備」


田村が慎重にブラック回転のシステムを起動させた。「準備完了です、艦長」


倉本は立ち上がり、乗組員全員に向かって最後の言葉を述べた。


「諸君、私はこれから最後の任務に向かう。君たちは、必ず生き残り、地球に帰還しろ。そして、新しい時代を築くんだ」


全員が、涙ぐみながら敬礼した。


倉本は、ブラック回転を装備した小型シャトルに乗り込んだ。発射の瞬間、彼は地球を思い浮かべた。青く美しい、あの故郷の姿を。


「発射!」


小型シャトルは、「アクアリオン」を離れ、ゼルク星人の母艦に向かって飛んでいった。


敵はついに「アクアリオン」と小型シャトルの存在に気付き、攻撃を開始した。しかし、もう遅かった。


倉本は、母艦に接近するにつれて、自分の生命力が吸い取られていくのを感じた。しかし、彼の決意は揺るがなかった。


「さらばだ、地球よ。そして、新しい未来を...」


彼の意識が遠のく中、ブラック回転が起動した。


巨大な光が宇宙空間を覆った。ゼルク星人の母艦は、一瞬にして消滅。その衝撃波は、周囲の敵艦隊をも飲み込んでいった。


「アクアリオン」のブリッジでは、誰もが息を呑んで見守っていた。


光が収まると、そこにはもはやゼルク星人の艦隊の姿はなかった。


鈴木が震える声で報告した。「敵...消滅しました」

歓喜の声が上がる。しかし、それは同時に深い悲しみを伴うものだった。


坪田は静かに涙を流し、田村は黙って目を閉じた。

「艦長...ありがとうございました」鈴木の声が、静かに響いた。


「アクアリオン」は、静かに地球への帰路についた。彼らの使命は果たされた。しかし、その代償は大きかった。


新たな章が始まろうとしていた。人類の、そして地球の新しい歴史が。


エピローグ


地球に帰還した「アクアリオン」の乗組員たちは、英雄として迎えられた。彼らの勇気と犠牲によって、人類は存続の危機から脱したのだ。

倉本艦長の遺志を受け継ぎ、鈴木、坪田、田村たちは、新しい地球の再建に尽力した。彼らの経験と知識は、平和な未来を築く上で貴重な財産となった。


宇宙には依然として未知の脅威が潜んでいるかもしれない。しかし、人類は団結し、そして「アクアリオン」の物語を心に刻みながら、新たな道を歩み始めたのだった。


空には再び青い空が広がり、海には生命が満ち溢れていた。地球は、徐々に昔の輝きを取り戻しつつあった。


そして人々は、夜空に輝く星々を見上げるたびに、倉本艦長と「アクアリオン」の乗組員たちのことを思い出すのだった。彼らの犠牲が、この平和な日々をもたらしたことを。


新しい時代の幕開けと共に、「星海の雷撃」の物語は、永遠に語り継がれていくのだった。


(終)

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星海のレクイエム 中村卍天水 @lunashade

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