第14話:Je t'aime
大阪梅田の堂山交差点をメロンブックスに向かっている時、ラーメン大戦争の前ですれ違ったおじさんに「Je t'aime」と言われた。
金色のガラケーを持った小太りの社長っぽい見た目の人だった。
私の前を美人の女性が歩いていたから、そういうことかとも思ったけど、違和感はあった。
おじさんはケータイから顔を上げたところで、女性とはすれ違い終えていて、かつ私のことも視界に入っていないようだった。
独り言だったのかもしれないが、「Je t'aime」なんて言うのだろうか。
疑問に思いつつも歩いていくと、いかにもディスクユニオン帰りなカップルが肩を組んで歩いて来た。
男の方は真っ赤な長髪で手に何らかの音楽機材が入ったボックスを持ち、女の方は鞄を持っていた。
幸せそうな二人が私の横をすり抜ける時、「Je t'aime」とやはりはっきりと声を合わせて言った。
変なことも一回なら気のせいで終わるが、二回となると偶然にしては珍しいと思えてくる。
ただまあ、往来で肩を組むような熱々の恋人なのだから仕方ないかと思って、メロンブックスの入る梅田 City Villa Act IIIまでやってきた。
ちらっと覗いたディスクユニオンでは、相変わらず音楽オタクが集まってレコードをカシャカシャやっていた。
何だか懐かしい気持ちになりながら階段を上ると、一回に設置された赤い公衆電話ボックス(電話自体はもうない半個室)で、スマホを開いて電話している女性が。
花柄の赤いワンピースを着た大戦前のアメリカ女性みたいな格好で、電話ボックスとよく合っていて映画のようだ。
いいものを見たと思って上階に上がると、食品衛生なんちゃらの品評会が開かれていて、廊下にパイプ椅子が並んでいた。
三、四人のスーツ姿の男性や女性が、一人分間を開けて無言でつまらなそうに座っている。
会場の中からワイシャツの男性が「お次の方~」と呼びに来て、立ち上がったスーツの男性が明らかに私を見ながら「Je t'aime」と言った。
ガタイがよく、目つきの悪いフランケンシュタインみたいな男性だった。
三回目ともなると、何か作為を感じてしまう。
怖くて振り向けないまま、メロンブックスに避難する。
ディスクユニオンとはまた違った雰囲気のオタクが多くて、心がホッと癒される。
さっきのは何だったのかと思いつつ漫画を買って、帰りがけにトイレに寄った。
すると、出てきた清掃員の男性がボソッと「Je t'aime」と呟いた。
彼はそのまま道具を片付けに行ってしまった。
こうなるともう怖くて、足早にビルを出てやよい軒で夕食を食べた。
お腹を満たしたら恐怖もおさまり、さあ帰ろうと堂山の交差点で信号を待つ。
ここには警備員というか、交通整理のおじさんたちがいて、大声を張り上げて歩行者を守ってくれている。
信号が変わる際にも「信号変わりますよ~!」という旨を叫んで知らせてくれる。
だが、「信号変わりますよ~! はい、Je t'aime!」と叫んで、ぺこりと頭を下げられた。
愛の言葉も、こういう風に浴びせられると怖くなる。
しかも全員、突然「Je t'aime」と言って、その後も普通に何事もなかったかのようにしているのだから不気味だ。
結局それが最後で「Je t'aime」は終わった。
あれは一体何だったのか。
次があったら「Ich liebe dich」とかになるんだろうか。
大阪梅田特有のものなのか、堂山付近で同じ体験をした人は教えてほしい。
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